旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

緊急事態

「これ、海ですか?」


 夜が明けて景色が見えるようになると、目の前に水面が広がっていた。
 もう着いたのか……。


「いや、霧で先が見えないだけで、これは海じゃなく川だな」  
  
 少し寝ぼけながら浄化魔法を自分とほのかにかける。
 この川を渡った先に、今回の目的地である神獣領域がある。
  
「神獣領域って、やっぱり普通の人が行くことはないんですか?」
「そもそも存在していること自体がSランクになって初めてわかるレベルだろうな」
  
 冒険者の中でも空を飛ぶ手段があるのは稀だ。先が見えない状態で、泳いで渡ろうと思えるようなやつはおそらくいないし、船を出そうにもあそこにいって作らないといけないとなると、ハードルが高い。
 安易な気持ちで川を越えれば、異次元の魔物たちにたちまち刈り取られる。風竜など神獣領域では餌に過ぎない。Sランクの冒険者とはいえ、前情報なしでは太刀打ちできないフィールドだった。
  
「そもそも、ここまで来るだけでも、歩いてくるとかなりしんどい」
「そうですよね……結構色々な地形を越えたりしましたし」
「空が飛べて、ハクの本気と互角以上に戦えて初めて踏み入れられる場所かな」
「私、大丈夫ですかね……」
「……何とかする」
  
 そう。何とかするしかない。
 正直に言えば自分の命ですら危うい場所だが、もう何年もこの生活を続けてきた俺は少し慣れが出てきていたようだ。それが油断につながっていたともいえる。
 今回はほのかがいる。話をしながらこれから行く先の状況を再確認することで、緩んだ気持ちを引き締められる。ここから先は、自分の命ですら危うい場所だと肝に銘じながら進む。ミーナがほのかを連れてこさせたのはこのためだろうか。
  
「さて、これ以上近づくとテリトリーに入る」
「テリトリー?」
「神獣領域の門番のテリトリーだ」
「そんなものがいるんですね……」
「いるかもしれない、のレベルだけどな」


 門番は気まぐれだ。素通りさせてくれる時もあれば、何日も立ち塞がることもある。便宜上門番と呼んでいるだけで、彼に神獣領域を守る意図があるわけではない。ただちょうど、境界線を住処にしているだけだ。
 むしろ、侵入者は彼にとって歓迎すべき相手だろう。川を超えようとした哀れな獲物を餌にするために、そこにいるのだから。
  
「まだ結構距離はありますよね?」
「そうだな」
「それなのに、もうテリトリーなんですか?」


 ほのかは懐疑的だ。確かに俺もこんな距離で見えないところから攻撃されるとは思っていなかった。だが、何も知らないほのかに警戒を促すならここしかない。この先は常に危険地帯という認識でいなければ、身を守ることはできない。
 神獣領域は、ここまでの森の常識は通用しない場所だ。


「もしこのまま進んだ先にそいつがいたら、そうだな……あの木を超えたあたりからはもう危ない」


 川を見下ろす灯台のように立った一本の木を指さす。そこからもまだ、崖を一つ下ってようやく河原にたどりつくという距離がある。川までは大丈夫だろうと油断した竜が、あそこで飲み込まれたのを俺は見ている。


「とはいえまだ大丈夫だけどな。いつでも魔法が使えるようにしておくことと、常に魔力視で辺りを確認しておくようにしてくれ」
「わかりました……」
  
 緊張した表情でほのかが頷いた。
  




 その次の瞬間だった。  
  


「きゃっ!」
  
 突然の衝撃、少し遅れて浮遊感が身体を襲う。
 しばらく経ってから、ようやく思考が追いついた。


「嘘だろ!?」
  
 トパーズが、やられた。
 雲の床が失われ、空中に投げ出されている。トパーズが、門番に


「ほのか!」
  
 手を伸ばすがほのかには届かない。付き添っていた翼竜が、落ちていくほのかを追いかける。だが、ほのかの落下速度のほうが早い……。
 追いついたもう一匹の翼竜が俺を拾い、ほのかたちにはさらにおいていかれる形になった。
  
「追いかけてくれ!」
「キュイ!」
  
 一鳴きしてから追いかけるが、すでに視界から消えている……。
 ほのかもそうだが、トパーズも心配しないといけない。さっきの衝撃は十中八九、神獣領域の門番によってもたらされたものだった。だとすれば、まだ間に合う。
  ほのかを見失い、右往左往している翼竜まで追いついたところで一度止まり、トパーズを呼んだ。


「サモン!」
  
 飛び出すようにキツネが姿を現し、五本の尾を揺らした。  


「大丈夫か」
  
 すぐに駆け寄ってきてこちらの心配をするように顔を寄せてきた。
  
「俺は大丈夫だ。お前は……」
  
 様子を見ても目立った外傷はない。
  
「無理はするなよ」
  
 応える様に身を翻し、背に乗るように促してくる。
 トパーズの力は、翼竜をはるかに上回っている。従ったほうが良いだろう。
  
「ありがとう。お前らは別の仕事を頼む」
  
 ほのかを見つけることができなかった翼竜が申し訳なさそうにキュイキュイ鳴きながらこちらまでやってくる。その頭を撫でながら、次の手を打つ。
  
「サモン」
  
 宙に浮いた紙を受け取り、魔道具を使ってミーナに向けた手紙を書く。翼竜の首にかけられた皮袋に手紙を入れ、もう一度“サモナー”のスキルを発動した。
 こちらから向こうへの情報の伝達は、基本的には原始的な伝書鳩に頼ることになっていた。俺のスキルは呼び出すことに関しては自由だが、送り返すことには大きな制約が伴うためだ。


 ミーナとの連絡手段は基本的にあちら頼み。
 向こうで進捗状況を書いた紙を魔獣に持たせ、その魔獣を俺が呼ぶことで、ほぼリアルタイムであちらの情報を得ることができるというものだ。この方法であれば、魔獣の召喚がなくなったことが、そのままこちら側に何かあったことの合図にもなった。


 だが、今回は翼竜に甘えてでもこちらの情報を伝える必要がある。これで契約が解除されるリスクもあるが、やむを得ない。せめて手紙を送り届けるところまでは強制的に契約に加え、手紙を預けた一匹を送りだす。


「悪いけど、今回は許してくれ。魔力を借りてミーナのところに送り返す」


 この手はなるべく使いたくなかったが、そうも言っていられない状況であることは明白だ。
 ミーナからの連絡は一定の時間ごとにこちらが呼び出す。その時までには返事を用意しているだろう。


「やられて早々悪いけど、ほのかを探す。頼むぞ」
  
 翼竜を見届け、すぐにトパーズと残った翼竜に呼び掛ける。トパーズの背を撫でると、そのまま森の木々に真上から飛び込んでいった。器用に枝葉を交わしながら地面までたどり着く。
  
「ほのか……」
  
  落ちた衝撃は、ほのかの魔法でつくられた服なら守り切れるだろう。問題はその後だ。
 万が一危険な魔獣に囲まれたり、落ちたショックで気を失ったまま巣に連れ去られれば、それは命の危機に直結する。


「とはいえ、ほのかなら何とかしている気もするな……」


 あの適応能力を考えれば、むしろ空から落ちた程度で何か危機的な状況に陥るというのも想像しづらいものがある。楽観的な気持ちでトパーズを走らせ、ある程度捜索範囲が絞れたところで自分の足でも歩き回ることにした。




―――


  
 だが、一日中駆け回っても、ほのかの姿は見つからなかった。
  
「どうなってるんだ……」
  
 どういう形であれすぐに見つかると思っていた。


 最悪の場合でも魔獣に襲われて、巣に持ち帰られる程度のことしか想定はできない。これに関しては対策として、トパーズに全力で威嚇の咆哮をあげてもらっている。可能な限り神獣としての格を見せつけるように、存在感を放ちながら。
 これだけの相手がいる中でのんきに食事を取ろうと思うような相手はいないだろうし、逆に好戦的な相手であればこれで引きつけることもできる。野生の動物たちの本来の姿を考えれば、おそらく食事よりも自分たちの身を守る行動に出るだろう。


 だが、ほのかは見つからない。


「どこに……」 
   
 心配そうにトパーズと翼竜が寄り添ってくる。 
 暗くなってしまった。このあたりはもう魔族領域に入っている。勝手の分からない土地での夜の活動は、危険度が段違いになる。このまま闇雲に探して自分の身も守れない状況に陥ったら取り返しがつかない。
   
「少し休んで、明け方にもう一度動くか」 


 トパーズと翼竜に語りかけながら、大きな木の根元に腰を下ろした。
 一息つく間もなく、何者かの声が耳に飛び込んだ。


「その必要はないよ」 
   
 一人の男が木々の陰から現れる。翼竜はおろか、神獣であるトパーズにさえ悟られることなく……。
 ローブを頭から被り、柔らかい表情を携え、男は告げた。 
   
「君の探し物を意図せず拾ってしまったようでね」 


 Sランクの冒険者であれば皆、相手を見ただけである程度の強さがわかるという。 
 俺はSランクではあるが、自分自身の強さではなく、パートナーの力を借りた紛い物だ。だから周りの冒険者と比べても、そういった自分自身の力に頼る能力に乏しい。 
   
 そんな俺でも、肌で感じ取れる。本能が訴えかけてくる。
 目の前の男は、ただものではない。
  
 龍の末裔どころの話ではない。魔族領域はここまで危険なところだったのか……。 
   
「おっと、別に敵意はないんだ。お困りのようなので声を掛けさせてもらったんだよ」 
「ほのかか」 
「人間の女の子だね。名前はわからないけれど、その様子なら正解だろう。着いてくるといい」 
   
 待つ素振りもなく、背を向け歩き出した。 
 考えている暇はない。この男の真意がわからなくても、自分にできることは着いていくことだけだった。 
 心配そうなトパーズの横腹を撫でると、翼竜が頭をすり寄せてくる。二匹を撫で、男の後を追いかけた。 
   



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