旧 ペットショップを異世界にて
妖孤
「準備は大丈夫か?」
「アツシさんの魔法……ずるくないですか?」
「そう言われてもな……」
ほのかが言っている魔法は、厳密にいえばスキル、“サモナー”のことだ。
このスキルは契約済みの魔物たちを自由に呼び出せるものだが、遠征を行うに当たってはそれ以上の効果を発揮する。
「だって……道具の出し入れまでできるって……」
「実際には道具だけの出し入れではないんだけどな」
サモナーはあくまでも生物を召喚する能力だ。どこまでを生物とするかは怪しいところはあるが、少なくとも装備品や生活用品をそのまま出し入れできるような力ではない。
「でも、見せてもらった時には物だけが移動してましたよね?」
「色々やり方はあるんだけど、できるだけ負担のないやつらに物だけ渡して帰ってもらったり、そのまま開放したり、色々だよ」
「私には道具だけのように見えたんですけど、そんな一瞬で戻ったりしてるんですか?」
「あぁ、それはちょっと違うやつだな」
遠征に当たっての準備を説明する中で出した魔物は、少し特殊だ。
「ほのかが見た、物だけが動いてるってのはこれだろう?」
手品のように手を離れた小型の剣をフワフワと動かす。
「それです!え、どういうことですか!?」
「バアルのお仲間だ」
「それって……」
「ゴースト。ほのかなら見ようと思えば見えるだろ?」
「え?えっと……」
目を細めたり遠ざけたりしながら一生懸命ふわふわ浮かぶ剣を見つめるほのか。
「あっ!」
「見えたか?」
「はい。意外と可愛いんですね!」
ゴーストは普通の人間には見えないが、魔力を扱える者なら見ることができる。
「魔力視。魔力を持ったものを見る魔法だ。ダンジョンに入ったりする時は必須スキルだから、使いこなせるようにしておいたほうがいい」
「わかりました!」
すぐにゴーストと戯れ始めるほのか。本当に何に対しても物怖じしない子だな……。
「魔物が身につけてるものとか、持ち物として認識されてるもんはセットで持って来られるんだよ」
「すごく便利ですね……」
ほのかの言うとおり、冒険者として活動するに当たっては非常に便利なスキルとして重宝している。
「まぁ、無制限ってわけじゃないけどな」
「持って来られる量には限りがあるんですか?」
「そうだな。送り返してるとこっちの魔力が持たないし」
「召喚する時には魔力はいらないんですよね」
「そっちは召喚される側に払ってもらう契約なんだよ。じゃなかったらハクなんか呼び出せない」
実際には送り返す時にも魔力を融通してもらうような形はとれなくはないが、契約にない甘えになる。多用するのはお互いの信頼関係に傷をつけるため、避けたいところだった。
「じゃあハクを送り返したりはできないんですか?」
「あいつの場合は、必要なら自分の魔力で勝手に戻るとは思う」
「結構適当な感じなんですね……」
ハクくらいになるとまぁ、それでいける。
今から会う相手はその正反対だと言えた。契約をしっかり守り、相手に迷惑をかけずに過ごす必要がある。そもそもどうして俺と契約してくれたかもわからない存在だ。
「で、ほのかは荷物……そうか、ないんだな」
「はい、これだけです」
ほのかの私物はここに来た時に来ていたセーラー服くらいだ。あとはエリスと生活用品を買った以外、物が増えるタイミングもなかった。
「今度、買い物行こうな」
「それは嬉しいんですけど、このタイミングってなんかこう……」
「この遠征が終わったら、一緒に買い物に行こうな?」
「それです!アツシさんが死んじゃうやつです!」
くだらないことをしながらほのかの分まで必要なものを確認した。
―――
「さて、じゃあ出発するけど」
「ハクに乗って行くんですか?」
「いや、今回は空から行く」
「空ですか!楽しそうですね」
ほのかは何でも楽しんでくれるな。
「あ、でも……私、馬にすら乗ったことないんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
ハクに跨ってる様子を見てる限りバランス感覚に大きな問題があるわけでもない。
落ちた時のために横に二匹ほど竜も連れて行くつもりだし、そもそも落ちるようなタイプの魔獣ではないから大丈夫だろう。
「サモン」
開けた場所に手を向け、魔法陣を展開させた。
「こんな大きい魔法陣、初めてですね。どんな子が来るんですか?!」
「私も気になるわね」
ミーナも身を乗り出して魔法陣を見つめ始めた。二人とも興味津々である。
ベルも、ネロと何かを話していたがこちらの様子が気になって顔を覗かせている。
「俺一人なら風竜で良いかと思ったけど、ほのかもいるしな」
「すみません……」
「いや、こっちの方が都合が良いこともある」
風竜は早いものの、途中で戦闘が起こる可能性も高く、今回の場合はそういったイレギュラーはできるだけ避けたい。
何より、風竜で神獣領域の中には入れない。俺もしんどいしな……。
「そろそろだ」
魔法陣から煙のような白いものが沸き起こる。
「なんか、すごい演出ですね」
「そういうわけじゃないんだけどな」
「え……?」
そのまま煙が一つの塊になり、大きくなっていく。
「何が出てくるのかしら?」
「もしかして、煙の魔物とかですか?」
「ほのかに分かりやすく言うなら妖孤ってやつかな」
大きく広がった煙が中央に集まり、一匹の大きな獣が現れる。
「妖孤……?」
「今日はちゃんとキツネだな」
「今日はってことは、いつもは?」
「化けられるからな。なんか色々だよ」
コロコロと姿を変えてこちらの反応を楽しむ。そういうやつだった。
普段から高山や空の上にいることが多いため、召喚した時は大体一緒に周りの雲を連れてくる。
「久しぶりだな。でかくなったか?」
狐の魔獣が顔をそむける。
「なんでだ……?」
「大丈夫なんでしょうね……」
明らかに友好的でない態度を見て、ミーナも心配してくる。
「最近構ってなかったから拗ねてんだな」
「え、そういう雰囲気の相手じゃないですよね?!」
登場の仕方が大げさだったこともあってほのかはびびっているが、格の上で言うならほのかがいつも戯れているハクのほうが上だ。
日本人としては神社とかでも見るようなところがあるし、イメージがお堅いんだろう。
「ほら、悪かったよ」
頭には届かないので腹のあたりから撫でまわす。綺麗な金の毛並みが指の間を流れる。手触りも抜群だ。いつまでも撫でていられる。
「故郷まで、ひとっ走りしてほしいんだけど」
撫でられる手は黙って受け入れていたのに、顔はそむけたまま。ただ、五本の尾が少しずつ揺れ始めていた。
「一応言っておくけれど、自分より大きな獣にあそこまで不用意に近づいたり、しないようにね」
「私も体験したので、あれがアツシさんの力だというのはよくわかってます……」
「それならいいわ」
ミーナとほのかはまだ遠巻きに見ていたが、そろそろ出発だ。
「ほのか、行くぞ」
「えっ、もう大丈夫なんですか?」
「元々そんな怒ってないさ。呼んだ時はだいたいこんなんだよ」
そむけていた頭をこちらに向け、少し睨んだ気もするが、まあ大丈夫だろう。
「全然大丈夫そうに見えないんですけど……」
「まぁ、ほのかも撫でたら機嫌も直るさ」
「そんなものなんですか……」
近づいてきたほのかが恐る恐るという感じで手を伸ばすと、威嚇するように頭を振った。
「きゃっ!」
「あれ……」
思ってたよりご機嫌斜めだな……。
「はぁ……アツシ、その子女の子なんじゃないの?」
「よくわかったな」
「じゃああれね。久しぶりに呼んだご主人様が女の子に囲まれてるからご機嫌斜めなのよ」
「そんなことあるわけ――」
言いかけたところで地面に小さな穴が開いた。
「おいおい……」
振り返ると、顔をそむけたキツネがいた。
「まじか……」
「これ、私乗せてもらえるんでしょうか……?」
不安そうなほのか。
「もう少しこまめに呼んであげたらいいんじゃないの?私と違っていつでも呼べるでしょう?」
「ミーナと比べられてもな……」
皇族の人間と比べても仕方ない話ではあるが、そもそもこいつはなかなか呼びだせない理由があった。
「こいつもな、今から行く神獣領域で出会った魔獣なんだよ」
「それって、神獣ってことかしら?」
「最終的にはそうなるかな。そう呼ばれるまでにはまだしばらくかかるだろうけど」
尾が五本。俺と出会った時は三本だったが、これがそのまま強さであり、存在の格でもある。
神獣まで、いまでちょうど半分くらいの力だろう。
「で、神獣ではないと言っても、こういう相手との契約は大体条件が絞られてるんだ」
「呼びだす回数が制限されているのかしら?」
「いや、こいつとの契約は、移動目的でのみ、呼び出して良いってことになってる」
「なるほどね……」
戦闘力で言えばシズクやマモより上だ。ハクとも良い勝負になるだろう。
だが、そういう協力は求められない。
「しかし妖孤ってこんなポンポン尾が増えるもんなのか……?もっと何年もかかると思ってたんだが」
「優秀な子なのね」
ミーナが褒めると、得意気に鼻を鳴らす。
「まぁそういうわけで、大がかりな移動をする機会なんかほとんどないから呼びだす回数も自然と少なくなるんだよ」
「そう……気になったのだけど、名前もつけてないの?」
「完全契約ってわけじゃないからな」
撫でていた手を頭でつついてくる。
「なんだよ」
「名前、欲しいんじゃないの?」
「そうなのか?」
目を見つめる。ようやくこちらを向いた。
金の毛並みに、宝石のような瞳。綺麗な顔が近づいてきて
「うわっ」
舐められた。
「分かった、名前な?名前」
尻尾がぱたぱたと揺れる。それぞれの尾が時間差で動くのが面白い。
「キンちゃんとか、やめてくださいね」
ネーミングセンスについてはまったく信用がないな……。
「ほのかが考え――」
「駄目よ。貴方が考えるの」
ミーナの言葉に同調するようにキツネの頭が揺れる。
「わかってるよ。えっと……そうだな……」
名付けはほんとに困る……。色つながりはすでに封印され……あ。
「トパーズ」
「あら、アツシが考えたにしてはまともな感じね」
「宝石ですか。良いんじゃないですか?」
「お前もそれで……よさそうだな」
五本の一歩がバタバタ揺れていた。
「じゃあ改めて、行ってくれるか?トパーズ」
答えの代わりに、再び霧であたりを白くする。
「わぁ……」
「これがトパーズの魔法」
変化。
先ほどまでのキツネはどこにもおらず、白い塊が広がって行く。
「雲みたいですね?」
「そうだな。雲の絨毯。ちょうど森を超えるにしても上手く擬態できるしな」
「すごいわね。ここまで姿かたちが変わるなんて……」
ミーナが感心している。
こうなると反応も読めないが、きっと誇らしげな顔をしていることだろう。
「じゃあ、五日後に」
「ギリギリになるようならそのまま森のことを優先して。万が一の時はエリスもいるのだから、無理はしないように」
「わかった」
とはいえ、できるだけ手早く済ませて来よう。
戻ってから店で待機して、タイミングを合わせて森を鎮圧すればいい。
「ほのか、飛ぶけど、大丈夫か?」
「はい!」
「トパーズの周囲は上空でも空気を安定させてくれるから大丈夫だと思うけど、何かあったら早めに言うように。息苦しいとか、寒いとかな」
「わかりました。よろしくね、トパーズちゃん?」
雲を撫でて、そのまま飛び乗った。
一日もあれば目的地に着く。のんびりとした空の旅だ。
神獣領域に入るまでは、ほのかに空の旅を楽しんでもらうとしよう。
「アツシさんの魔法……ずるくないですか?」
「そう言われてもな……」
ほのかが言っている魔法は、厳密にいえばスキル、“サモナー”のことだ。
このスキルは契約済みの魔物たちを自由に呼び出せるものだが、遠征を行うに当たってはそれ以上の効果を発揮する。
「だって……道具の出し入れまでできるって……」
「実際には道具だけの出し入れではないんだけどな」
サモナーはあくまでも生物を召喚する能力だ。どこまでを生物とするかは怪しいところはあるが、少なくとも装備品や生活用品をそのまま出し入れできるような力ではない。
「でも、見せてもらった時には物だけが移動してましたよね?」
「色々やり方はあるんだけど、できるだけ負担のないやつらに物だけ渡して帰ってもらったり、そのまま開放したり、色々だよ」
「私には道具だけのように見えたんですけど、そんな一瞬で戻ったりしてるんですか?」
「あぁ、それはちょっと違うやつだな」
遠征に当たっての準備を説明する中で出した魔物は、少し特殊だ。
「ほのかが見た、物だけが動いてるってのはこれだろう?」
手品のように手を離れた小型の剣をフワフワと動かす。
「それです!え、どういうことですか!?」
「バアルのお仲間だ」
「それって……」
「ゴースト。ほのかなら見ようと思えば見えるだろ?」
「え?えっと……」
目を細めたり遠ざけたりしながら一生懸命ふわふわ浮かぶ剣を見つめるほのか。
「あっ!」
「見えたか?」
「はい。意外と可愛いんですね!」
ゴーストは普通の人間には見えないが、魔力を扱える者なら見ることができる。
「魔力視。魔力を持ったものを見る魔法だ。ダンジョンに入ったりする時は必須スキルだから、使いこなせるようにしておいたほうがいい」
「わかりました!」
すぐにゴーストと戯れ始めるほのか。本当に何に対しても物怖じしない子だな……。
「魔物が身につけてるものとか、持ち物として認識されてるもんはセットで持って来られるんだよ」
「すごく便利ですね……」
ほのかの言うとおり、冒険者として活動するに当たっては非常に便利なスキルとして重宝している。
「まぁ、無制限ってわけじゃないけどな」
「持って来られる量には限りがあるんですか?」
「そうだな。送り返してるとこっちの魔力が持たないし」
「召喚する時には魔力はいらないんですよね」
「そっちは召喚される側に払ってもらう契約なんだよ。じゃなかったらハクなんか呼び出せない」
実際には送り返す時にも魔力を融通してもらうような形はとれなくはないが、契約にない甘えになる。多用するのはお互いの信頼関係に傷をつけるため、避けたいところだった。
「じゃあハクを送り返したりはできないんですか?」
「あいつの場合は、必要なら自分の魔力で勝手に戻るとは思う」
「結構適当な感じなんですね……」
ハクくらいになるとまぁ、それでいける。
今から会う相手はその正反対だと言えた。契約をしっかり守り、相手に迷惑をかけずに過ごす必要がある。そもそもどうして俺と契約してくれたかもわからない存在だ。
「で、ほのかは荷物……そうか、ないんだな」
「はい、これだけです」
ほのかの私物はここに来た時に来ていたセーラー服くらいだ。あとはエリスと生活用品を買った以外、物が増えるタイミングもなかった。
「今度、買い物行こうな」
「それは嬉しいんですけど、このタイミングってなんかこう……」
「この遠征が終わったら、一緒に買い物に行こうな?」
「それです!アツシさんが死んじゃうやつです!」
くだらないことをしながらほのかの分まで必要なものを確認した。
―――
「さて、じゃあ出発するけど」
「ハクに乗って行くんですか?」
「いや、今回は空から行く」
「空ですか!楽しそうですね」
ほのかは何でも楽しんでくれるな。
「あ、でも……私、馬にすら乗ったことないんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
ハクに跨ってる様子を見てる限りバランス感覚に大きな問題があるわけでもない。
落ちた時のために横に二匹ほど竜も連れて行くつもりだし、そもそも落ちるようなタイプの魔獣ではないから大丈夫だろう。
「サモン」
開けた場所に手を向け、魔法陣を展開させた。
「こんな大きい魔法陣、初めてですね。どんな子が来るんですか?!」
「私も気になるわね」
ミーナも身を乗り出して魔法陣を見つめ始めた。二人とも興味津々である。
ベルも、ネロと何かを話していたがこちらの様子が気になって顔を覗かせている。
「俺一人なら風竜で良いかと思ったけど、ほのかもいるしな」
「すみません……」
「いや、こっちの方が都合が良いこともある」
風竜は早いものの、途中で戦闘が起こる可能性も高く、今回の場合はそういったイレギュラーはできるだけ避けたい。
何より、風竜で神獣領域の中には入れない。俺もしんどいしな……。
「そろそろだ」
魔法陣から煙のような白いものが沸き起こる。
「なんか、すごい演出ですね」
「そういうわけじゃないんだけどな」
「え……?」
そのまま煙が一つの塊になり、大きくなっていく。
「何が出てくるのかしら?」
「もしかして、煙の魔物とかですか?」
「ほのかに分かりやすく言うなら妖孤ってやつかな」
大きく広がった煙が中央に集まり、一匹の大きな獣が現れる。
「妖孤……?」
「今日はちゃんとキツネだな」
「今日はってことは、いつもは?」
「化けられるからな。なんか色々だよ」
コロコロと姿を変えてこちらの反応を楽しむ。そういうやつだった。
普段から高山や空の上にいることが多いため、召喚した時は大体一緒に周りの雲を連れてくる。
「久しぶりだな。でかくなったか?」
狐の魔獣が顔をそむける。
「なんでだ……?」
「大丈夫なんでしょうね……」
明らかに友好的でない態度を見て、ミーナも心配してくる。
「最近構ってなかったから拗ねてんだな」
「え、そういう雰囲気の相手じゃないですよね?!」
登場の仕方が大げさだったこともあってほのかはびびっているが、格の上で言うならほのかがいつも戯れているハクのほうが上だ。
日本人としては神社とかでも見るようなところがあるし、イメージがお堅いんだろう。
「ほら、悪かったよ」
頭には届かないので腹のあたりから撫でまわす。綺麗な金の毛並みが指の間を流れる。手触りも抜群だ。いつまでも撫でていられる。
「故郷まで、ひとっ走りしてほしいんだけど」
撫でられる手は黙って受け入れていたのに、顔はそむけたまま。ただ、五本の尾が少しずつ揺れ始めていた。
「一応言っておくけれど、自分より大きな獣にあそこまで不用意に近づいたり、しないようにね」
「私も体験したので、あれがアツシさんの力だというのはよくわかってます……」
「それならいいわ」
ミーナとほのかはまだ遠巻きに見ていたが、そろそろ出発だ。
「ほのか、行くぞ」
「えっ、もう大丈夫なんですか?」
「元々そんな怒ってないさ。呼んだ時はだいたいこんなんだよ」
そむけていた頭をこちらに向け、少し睨んだ気もするが、まあ大丈夫だろう。
「全然大丈夫そうに見えないんですけど……」
「まぁ、ほのかも撫でたら機嫌も直るさ」
「そんなものなんですか……」
近づいてきたほのかが恐る恐るという感じで手を伸ばすと、威嚇するように頭を振った。
「きゃっ!」
「あれ……」
思ってたよりご機嫌斜めだな……。
「はぁ……アツシ、その子女の子なんじゃないの?」
「よくわかったな」
「じゃああれね。久しぶりに呼んだご主人様が女の子に囲まれてるからご機嫌斜めなのよ」
「そんなことあるわけ――」
言いかけたところで地面に小さな穴が開いた。
「おいおい……」
振り返ると、顔をそむけたキツネがいた。
「まじか……」
「これ、私乗せてもらえるんでしょうか……?」
不安そうなほのか。
「もう少しこまめに呼んであげたらいいんじゃないの?私と違っていつでも呼べるでしょう?」
「ミーナと比べられてもな……」
皇族の人間と比べても仕方ない話ではあるが、そもそもこいつはなかなか呼びだせない理由があった。
「こいつもな、今から行く神獣領域で出会った魔獣なんだよ」
「それって、神獣ってことかしら?」
「最終的にはそうなるかな。そう呼ばれるまでにはまだしばらくかかるだろうけど」
尾が五本。俺と出会った時は三本だったが、これがそのまま強さであり、存在の格でもある。
神獣まで、いまでちょうど半分くらいの力だろう。
「で、神獣ではないと言っても、こういう相手との契約は大体条件が絞られてるんだ」
「呼びだす回数が制限されているのかしら?」
「いや、こいつとの契約は、移動目的でのみ、呼び出して良いってことになってる」
「なるほどね……」
戦闘力で言えばシズクやマモより上だ。ハクとも良い勝負になるだろう。
だが、そういう協力は求められない。
「しかし妖孤ってこんなポンポン尾が増えるもんなのか……?もっと何年もかかると思ってたんだが」
「優秀な子なのね」
ミーナが褒めると、得意気に鼻を鳴らす。
「まぁそういうわけで、大がかりな移動をする機会なんかほとんどないから呼びだす回数も自然と少なくなるんだよ」
「そう……気になったのだけど、名前もつけてないの?」
「完全契約ってわけじゃないからな」
撫でていた手を頭でつついてくる。
「なんだよ」
「名前、欲しいんじゃないの?」
「そうなのか?」
目を見つめる。ようやくこちらを向いた。
金の毛並みに、宝石のような瞳。綺麗な顔が近づいてきて
「うわっ」
舐められた。
「分かった、名前な?名前」
尻尾がぱたぱたと揺れる。それぞれの尾が時間差で動くのが面白い。
「キンちゃんとか、やめてくださいね」
ネーミングセンスについてはまったく信用がないな……。
「ほのかが考え――」
「駄目よ。貴方が考えるの」
ミーナの言葉に同調するようにキツネの頭が揺れる。
「わかってるよ。えっと……そうだな……」
名付けはほんとに困る……。色つながりはすでに封印され……あ。
「トパーズ」
「あら、アツシが考えたにしてはまともな感じね」
「宝石ですか。良いんじゃないですか?」
「お前もそれで……よさそうだな」
五本の一歩がバタバタ揺れていた。
「じゃあ改めて、行ってくれるか?トパーズ」
答えの代わりに、再び霧であたりを白くする。
「わぁ……」
「これがトパーズの魔法」
変化。
先ほどまでのキツネはどこにもおらず、白い塊が広がって行く。
「雲みたいですね?」
「そうだな。雲の絨毯。ちょうど森を超えるにしても上手く擬態できるしな」
「すごいわね。ここまで姿かたちが変わるなんて……」
ミーナが感心している。
こうなると反応も読めないが、きっと誇らしげな顔をしていることだろう。
「じゃあ、五日後に」
「ギリギリになるようならそのまま森のことを優先して。万が一の時はエリスもいるのだから、無理はしないように」
「わかった」
とはいえ、できるだけ手早く済ませて来よう。
戻ってから店で待機して、タイミングを合わせて森を鎮圧すればいい。
「ほのか、飛ぶけど、大丈夫か?」
「はい!」
「トパーズの周囲は上空でも空気を安定させてくれるから大丈夫だと思うけど、何かあったら早めに言うように。息苦しいとか、寒いとかな」
「わかりました。よろしくね、トパーズちゃん?」
雲を撫でて、そのまま飛び乗った。
一日もあれば目的地に着く。のんびりとした空の旅だ。
神獣領域に入るまでは、ほのかに空の旅を楽しんでもらうとしよう。
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