旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

元の世界

「つまり……」 
「彼女も、龍の血を引いている」 
「ベルさんも、龍なんですか!?」 
    
 驚いた様子のほのかと、口には出さなかったが驚きを隠せないミーナ。 
 ミーナの能力は真実を見抜くが、見ようと疑ってかからない限りわかるものではない。ミーナがベルに対して疑ったのはあくまでも“皇族であるか”という部分だけだった。その嘘が明るみになった以上、そこから先に踏み込む必要はなかった。ミーナの中に、ベルまで龍という発想はなかったんだろう。そのくらい龍という存在は珍しい。 
 俺自身、こうして目の前にいても、まだ実感が薄かった。 
    
「一応聞くけど、純血種ではないよな?」 
    
 龍はその辺の魔獣とはまるで別次元の生き物だ。数々の物語の中で登場する伝説の生き物。 
 亜人種である人間族や獣人族よりも高位の存在である悪魔や妖精以上の存在。神に近い存在と言われることすらある。魔獣の中でも高位のものは神獣と呼ばれるが、龍はその神獣以上の格を持つ。 
    
「あぁ、私自身も純血ではない。この子の母は亜人種だ」 
「そりゃ純血なら人間の魔法で抑えられるはずないか……」 
「純血の龍の力がどれほどかは、私もわからないがな……」 
「やっぱり記憶もないか」 
   
 龍はこうして末裔たちが存在することは知られているが、純血の者は確認されていない。そしてその末裔たちも、自分の祖の姿や力については未知数という状態だった。 


「この子は今のところ龍化もできない。スキル以外は人族と同じだと思ってもらっていい」 
「あの力以外にスキルはあるのか?」 
「いや、これといったものはないな。この姿以外は龍の力ではなく、スキルによる変装の域を出ない」 
 本来、龍は人に、いや、あらゆるものに姿を変えることができる。それは血を引く末裔であっても変わらない。精霊や悪魔と同じ、身体に縛られない存在だ。だがベルの場合は亜人の血が色濃く出ているため、逆に龍の姿をとることも出来ないということだった。 
 とはいえ、変装の域をでないといわれたあのスキル、皇子を名乗っていた時のことを考えるとそれでも十分な能力だ。 


「アツシさん、龍と竜ってそんなに違うんですか?」 


 ここに来て改めて、ほのかが龍に対する疑問を口にした。


 竜と龍は同じ響きだが、この世界では明確に発音が異なっている。同じように“リュウ”と口に出したつもりでも、こちらが明確にこれらを分けて考えていれば相手にも違ったものとして伝わる。同じように、同じ音でありながらこの二つを聞き間違えることもない。 


「竜に関しては、正直でかいトカゲくらいのイメージで問題ない」 
「え……」 
「そんな説明で片付ける人はアツシくらいでしょうけど、まぁ龍と比較して考えるなら、間違ってはいないわね」 


 ミーナがフォローしてくれる。 


「で、龍の方は、もう俺らの世界で言うと鬼とかそう言うのに近い。伝承で伝わってるけど実物がいるのかどうかはわからない。地域によっては信じていないところも多い」 
「えっと、でもちゃんといるんですよね?」 
「わからん……」 
「じゃあ、この人たちは?」 


 ほのかの疑問はもっともだ。その辺はしっかり説明しないといけないだろう。 


「ネロって言ったか?歳は覚えてるか?」 
「いや、数えていないな……。生まれてからとなれば数千年は経っているだろうが、知っての通り記憶が安定しているのは数百年に限定される」 


 この世界で数百年の寿命というのは珍しくはない。亜人種でもそのくらい生きる種族はいる。特にエルフなんかは長命で知られる種族だ。さらに言えば同じ亜人種でも、魔族なら数百年の寿命というのはそう珍しい話でもない。 
 なんなら人間でも魔法を利用すれば寿命は二百年くらいに引き伸ばせるし、転生魔法のような禁術を利用してさらに長く生きている人族もいるらしい。 


「えっと……」 
「純血の龍は確認されてないんだよ。こうして血を引く者たちがたまに現れるだけでな。そしてその末裔たちにも生まれたころの記憶はない。しかも、普通は正体をわざわざ明かしたりはしない」 
「なるほど……」 


 普段は自分の気に入った姿でその種族に溶け込んで暮らしている。これを見破れるのはミーナのようなスキルをもった者だけだ。逆に言えば、ミーナのようなスキルがあるからこそ龍の存在が証明されているといえた。 
 ほのかはいまいち納得のいかない表情を見せながらも、ひとまず飲み込むことにしたらしい。 


「悪いことをすると鬼が来るぞとか、鬼の血を引くものが、とか言うことがあっただろう?あれが魔法のおかげで一応信憑性を持っているけど、実際に目にすることはないから微妙な存在ってことだ」 
「確認の方法は私みたいなスキルより、龍魔法と呼ばれる魔法を使いこなしてる者を龍族と呼ぶってパターンが多いわね」 


 ミーナのようなスキルは稀だし、そもそもそのスキル所有者の言葉を信用するかしないかというところでまた話が分かれてしまう。 
 俺はミーナの言葉をそのまま信用に値すると考えることができるのでこうして話を進めているが、今のところ彼らを龍と信じる根拠は言葉によるものしかない。 


「ちなみにだけど、ほんとにあるのか?龍にしか使えない魔法って?」 


 ちょうどいい機会だしネロに聞いてみることにする。 
 いくつか龍魔法と呼ばれる魔法はあるものの、正直に言うとエリスやほのかくらい魔法適性が高ければ龍でなくても使えるのではないかと疑う部分があった。一般的に龍魔法が使えることが龍の定義であり、スキルによる鑑定が信憑性の怪しいものということになっているが、俺の場合その認識が真逆になっていた。 


「龍の持つ魔力は特殊だ。エルフは精霊の力を借りるように、龍は次元を超えた先に力の源がある」 
「次元を超えた先……?」 


 興味本位で聞いた話が思いの外大きな話になった。 


「龍は生まれるまでの千年を、卵の中で長い夢を見ながら過ごす」 
「聞いたことはあるな」 
「自分が生まれるまでの千年の間に、様々な次元を超越する」 
「どういうことだ?」 
「そうだな……ここではない、どこか遠い世界で生涯を過ごす。それを何度も繰り返し、繰り返し、いくつもの記憶を得るわけだ」 
「ここではない世界?」 
「魔獣がいない世界、魔法のない世界、肉体がない世界、陸がない世界……様々な世界で、様々な種族として生き、そして死ぬ。これを繰り返して十分な知識と力をつけて、はじめて龍は生まれる」 
「アツシさん、それって……」 
    
 ほのかの言わんとすることがわかる。 
 そういうことなら、俺たちの世界の話も、聞くことが出来るかもしれない。 
    
「その世界、実在するのか?」 
「それはわからん。だが、我々には確かにその記憶がある。とはいえ私ほど龍として生きてしまえば、その記憶は薄れ、失われている。人族のいう夢のような話だ。そこで得た経験や力だけは残るがな」 
「例えばだけど、魔法のない世界で、科学ってのが発達してて、それで……」 
「そう言った話なら、まだ記憶の新しいベルに聞くと良い」 
「私?」 


 突然話を振られたベルが驚いた様子でこちらを向く。 
 スライムのせいで裸になっていたが、ほのかやエリスと同じように魔法で服を作り出したらしい。この世界でよく見るシンプルなワンピースのような服に、肌や髪を隠すように薄手のフード付きの上着を着ている。 
 シイル皇子を名乗っていたときのようにしっかりと顔を隠すつもりがないため、短めにそろえた白髪がちらちらフードから見えている。浅く被っただけのフードでは隠れない白い肌と紅い瞳が、今は困惑の色に染まっていた。 


「教えてくれ。どういった世界にいたのか」 
「えっと……」 
    
 ベルが一生懸命思い出してくれている。今朝見た夢ですら、数時間でおぼろげになるのだ。彼女の混乱した記憶の中から、あるかもわからない俺たちのいた世界のことを思い出すのは難しいかもしれない。まして、聞けたところでどうしたという話でもある。 


 だが、気になる。諦めたはずだった元の世界も、手を伸ばせば届くところにあるなら手を伸ばしてしまう。 
 そこにほのかが帰るためのヒントがあるかもしれない。そこに、何か俺が生きていた痕跡を見られるかもしれない。 




 ――― 




 ほのかが来てから色々な話をする機会はあった。だが、お互いが満足するような話は何一つ得られなかった。 
 ほのかも俺も日本人であることは間違いない。ほとんど同じ時代に住んでいたこともわかる。誤差があるとすればここに来てからの5年間。それに期待して、ほのかにいくつか質問をした。 


「誰かが消えただとか何だって言うニュースはなかったんだな?」 
「すみません……覚えている範囲で大騒ぎという話はなかったです。行方不明のニュースがあったとしても、関係ない話だと……」 


 申し訳なさそうに話すほのかだが、それを責められるはずもない。俺だって自分に直接関わりのない人がニュースでどうなっていても、記憶に留まるのは良くて数日だった。 
 となると、もう自分の中で出てくる質問はしょうもないものに限られた。 


「じゃああれか。読んでた漫画とかの続きが知りたい……いやでも完結してない話を中途半端に進められると余計気になるか……」 
「えっと……私あまりそういうのは詳しくなくて……」 
「そうか。そもそも男女も違って年齢もこんだけ違ったらそうなるよなぁ」 


 よくよく考えてみると、元の世界ならこの歳でセーラー服を着た少女と話をする機会などまずなかったはずだ。仮に会話をすることになったとしても、当たり障りのない会話以上に話が盛り上がる未来も見えない。この場合過去か。ややこしいな……。 


「逆にほのかが聞きたいこと、って言ってもなぁ。先に消えてるやつに聞くようなこともないよな」 
「あ、どこら辺に住んでいたかとか、そういうことなら!」 
「なるほど」 


 比較的近いところに住んでいたこともあり、それからしばらく、二人で元の世界のことを語り合った。 
 元の世界で過ごしていれば話題に上げるようなことでない些細なことでも、ここに来れば十分な話のネタになる。 
 食べ物の話、家具の話、行った事のある観光地、いろんな話を懐かしんだ。 


 だが、それ以上のことは何もない。何も生まれない。 
 俺が求めたしょうもない情報ですら噛み合わないのだから、ほのかが帰るためのヒントになることなど、何一つ得られなかった。 




 ――― 




「魔法がなくて……科学?えっと……」 
「アツシさん、何かもっと、ピンポイントで知りたいことだとつながるかもしれませんよ?」 
「ピンポイント?」 
「例えば、アツシさんが知りたがってた漫画の話とか」 
「あぁ……」 


 元の世界に残る唯一の未練は、読んでいた漫画や小説の完結を見届けられなかった点だった。そんなしょうもない話をほのかは覚えていたらしい。 
 ベルに、いくつかの漫画や小説のタイトルを問いかけた。 


「あっ!」 


 ダメ元で言った漫画のタイトルが一つ、ベルの中で何かの起点になったらしい。 


「多分だけど、魔法がない世界で、科学って言うものがあって、えっと、鉱物は意味もなく高価で、飛行機っていう機械の塊だけが空を飛んでいて……」 


 ベルの記憶が溢れだしていく。
 飛び交う言葉一つ一つが、確かに俺たちの記憶と一致した。


「あ……」 
「それです……私たちの世界は、きっと」 
    
 ベルの記憶が、俺たちの話でつながる。 
 俺たちの話もまた、ベルのおかげでつながっていった。 
 懐かしい。色々なものが懐かしい。 
 ベルのいたのは日本ではないかもしれない。ほのかと俺とは、時代が異なるかもしれない。 


 だが、漠然とした世界感を共有することはできた。 
 剣と魔法の争いの絶えない世界だったとか、動物たちが高い知能をもっていた世界とか、そういった大ざっぱなくくりで、俺たちの元の世界の話を共有できた。 
 同じ故郷の話ができる相手というのは、こうもありがたいものかと再確認する。ほのかがやってきた時に感じたあの安心感。俺が確かにいたはずの世界があるのに、そんなことなどまるで知らない人たちと関わり合って行く中で薄れていたものが、もう一度自分の中に火を灯した。 



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