旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

形成逆転

「ごめんなさいアツシ。油断したわ……味方がここまで近くにいたなんて……」 
   
 男に抱きかかえられた女――シイル皇子を名乗っていた相手にすでに意識はないものの、この世界において掌を突き付ける構えは、武器を突きつけているのとなんら変わりがない。武器の性能こそ本人の力次第だが、こちらの身動きを封じるには十分な力は見ただけで伝わる。 
 皇族が人質となれば、下手な動きは取れなかった。 
   
「お前の能力も知っている。少しでも口を開けば俺は躊躇いなくこの女を殺す」


 掌に魔力を集めながら、こちらにも睨みを利かせて牽制を入れてくる。
 浅黒い肌を露出させた男は、その肉体だけでこちらを圧倒した。魔法の力が大きな存在であるとわかっていてもなお、これだけの体格差を見せつけられるとこちらの戦意は削がれる。2メートルはあるだろう長身にして、背の高さよりも力強さを感じさせる体格は、同じ人間かどうかも怪しい。 
   
「それで、貴方の目的はなにかしら?」 
「見逃せ。それだけだ。本格的に戦うとなればこちらも犠牲を覚悟する必要が出てくる」 
「あら、あなた一人でも私たちの相手くらいできるのではなくて?」 
「馬鹿を言うな。雑魚の集まりだったとはいえ、“百竜の使い手”と言われる男にわざわざ仕掛けたりしない」 
   
 ミーナの挑発に意味はない。ただの時間稼ぎだ。 
 同時に男の立場がルベリオン側のものであることも確定した。“百竜の使い手”という二つ名はルベリオン側での俺のあだ名だ。


 しかし雑魚か……。“百竜”は前回の戦争の時に俺がたまたまストックしていたワイバーンたちのことだ。 竜種としては確かに大した力は持たないが、それでもAランク以上の冒険者が複数で当たらなければ勝てない相手。それを雑魚扱いとなると、この圧倒されるような存在感ははったりではないのだろう。
   
「雑魚というのは、彼のこと?それとも彼の使い魔のことかしら?」 
「時間稼ぎに付き合うつもりはない。そのまま動くな」 
   
 男の掌で黒い何かが動き出す。 
 時間を稼ぐということは、それに見合う何かが期待できるということだ。もちろん俺の動きに期待する部分もあるのだろうが、ミーナ自身が持つ力が、時間を稼ぐ意味をもたらしていた。 
   
「あの戦力を雑魚扱いなんて、流石は“黒龍”と言ったところかしら?」 
「なっ!?」 
「アツシ!」 
   
 一瞬の隙だった。だが、それを見逃すほどこちらも甘くはない。


「サモン!」 


 男の眼前に魔法陣を展開する。戦う準備ができているパートナーのうち、最高戦力をそのままぶつけるシンプルな作戦だ。
 だが、召喚が完了するより早く、敵も味方も予想していないところから突然大きな魔力が膨れ上がった。   


「ホーリープリズン!」 
「えっ?」 
   
 ハクの登場よりも先に、白い鳥かごが大男を囲む。抱えた女もそのまま鳥かごの中へ閉じ込める形だ。 
   
「今のは、ほのかか?」 
「私の魔法でどれだけ持つかわかりません!お二人もなにか!」 
   
 突然のほのかの参戦に呆けていたが、のんびりしている場合でもないらしい。とはいえ、最高戦力をぶつけることでなんとかしようという力技しか思いついていなかった俺に、できることなどすぐには思いつかない。 
 ミーナもミーナで、光の剣をいくつも周囲に並べたものの、それ以上動けずにいた。 
   
「いや、これだけの魔法、もうどうしようもない……」 
   
 諦めたのは大男の方だった。 
 手を下ろし、その場にしゃがみ込む。すでに布をかけて保護していた女も地面に下ろし、頭を下げた。 
   
「この子だけは、見逃してほしい」 


 あっさり降伏宣言。


「アツシの出番ね。あとは任せるわ」 
   
 一瞬、女性の扱いは得意じゃないなどと口走りそうになったが、冷静に考え直して良かった。 
   
「本当に黒龍って話なら、まぁ俺の出番か」 
「私の力、知っているでしょう?」 
「それはまぁ、疑いようがないけどな」 
   
 ミーナのスキルは“真眼”。皇族はそれぞれが、“レジェンド”と呼ばれるスキルを所持している。 
 そのミーナが言っているのだから、この男は黒龍なのだろう……。にわかには信じられない話だが。


 皇族の持つスキルは俺のサモナーやテイマーなどの、エクストラスキルよりも上位のスキルだ。 
 シイル皇子を騙った女のスキルは、おそらくエクストラスキルだろう。ミーナのスキルを知らなかったとはいえ、皇女を前にして皇子を騙るなど、よほど自信がなければ行えない。 
 だが、エクストラスキルでは騙しきれない相手がいることも、頭に入れておくべきだった。 
  

「殺されてもいい。相応の働きをこなせというならこなそう。そこに裏切りや偽りを発生させないだけの力を持っていることも、知っている」 
   
 完全に戦意を失った男が語りかけてくる。 
   
「俺の命は諦める。だから、この子だけは、何とか……」 
   
 その必死な様子に、嘘は感じられない。存在そのものがレジェンド級の龍種。今のところ真偽はミーナの言葉を信じるしかないが、十分信用できる情報だ。
 ゆっくりと話をしたくなった。 


「ほのか」
「はい」


 ほのかに視線を戻すと、あられもない格好になっていた。ところどころ破れたように透けたセーラー服から、白い肌がちらちら見える。それに気づかず可愛らしく首をかしげるほのか。
 これはまずい……。 


「これを解いてもらおうかと思ったけど、その前に服、直したほうがいいな」
「えっ……あっ!」


 自分の姿にようやく気付き、顔を赤らめる。小声で何かを唱えると元のセーラー服が戻った。


「えっと……お見苦しいものをお見せしました……」
「いやいや、えっと……」


 男に目を向けると、まるで興味がないように頭を下げたままだった。何に対してかわからないが少しだけ安堵し、落ち着きを取り戻す。


「まずは話をしようと思う。これ、もう解いてやってくれるか?」 
「いいんですか?」 
   
 俺とミーナを交互に見るほのか。 
   
「はぁ……。まぁ、もう仕方ないじゃない。任せるって言っちゃったしね」 
「悪いな」 
「でしたら……」 
   
 幻想的な光の粒を残しながら、鳥かごがゆっくりと姿を消した。 
 壁がなくなり、その存在感を再び直に感じることになる。 
   
「聞いていた通り、変わり者だな」 
「もう主導権はこっちにあるはずなんだけど、その態度でいいのか?」 
「本心で話した方がいいだろう。これだけ敬意を払ってくれた相手に対する、私なりの返礼だ」 
「そりゃ、話をするのに檻の中と外じゃあまずいだろう?」 
「檻を介さずに私を対話しようというのが、変わり者だというのだ」 
「それは本当に、そう思うわね」 
   
 味方だったはずのミーナにまで言われる。 
 まぁこの状況になって、再び男を牽制するために剣を維持しているわけだから、小言も言いたくなるか。 
 一応俺も横にハクを控えさせたが、この男の力を考えればあまり戦わせたくはなかった。 
   
「我々の言葉は人族のそれよりも重い。もうこちらに戦う意思はない」
「俺もそう思って魔法を解いてもらったが、まぁこの辺は人間族を相手にする時の仕方ない部分だと思って諦めてくれ」
「そもそも後ろにその娘が控えているだけで何もできんというのに……」
「いつの間にそんな強くなったんだよ……ほのか……」


 龍を相手にここまで言わせるのは異常だ。
 異常と言えばこの捕らえた女もそう。龍がこれだけ入れ込んでいるというのは疑問が残る部分だ。


「まぁとにかく、話を聞こうか。ここに来た目的とか、2人の関係とかだな」
「そうね。気になることはいくらでもあるわ」
「わかった……」


 ほのかは落ち着かない様子できょろきょろしている。遠慮したように言葉も出さず、一歩引いた位置で大人しく控えていた。ハクの隣が落ち着くというのもあるかもしれない。


「私はこの子、ベルの保護者のようなものだと思ってくれればいい」
「まだ何かを隠すのかしら?」
「長くなるから避けただけだ。気になるなら後で細かく話す」


 ミーナのスキルがある以上嘘は付けないものの、うまく確信を避けて喋ることで相手をだますことはできる。
 ミーナもその辺のことはよくわかっているので、こうしてしっかりと確認をしていく。


「まずは話を進めさせよう」
「……わかったわ」


 ミーナがじっくりと相手を観察してから頷く。
 まずはここに来た目的あたりから話してもらうとしよう。


「ベルに声をかけてきたのはルベリオンの高官だ」
「顔や名前は?」
「そこまではわからん。それに、その情報に意味はないだろう?」
「それもそうか……」
「どういうことですか?」


 横にいたほのかが口を挟んだ。彼女なりに話に入ってくる気になったのだろうか。


「ルベリオンは皇帝の独裁体制で動いている国なんだよ」
「独裁?」
「俺たちからしたらあまりいいイメージのない言葉だけど、国を治めるのに一番良いのは、優れた王が一人で指揮を取ることだ。ルベリオンは今まさに、国内で大きな支持を集めた優れた王が一人で指揮をとっているんだよ」
「なるほど……あれ?そこと戦争する帝国って……?」
「何も正義が一つとは限らないわ。まして唯一王の治める国にとって、南の帝国は目の敵でしょうし。私たちからしても常に気になる存在であることは間違いないわ」
「なるほど……」
「まぁ要は、ルベリオン側の使者は誰であっても勢力争いがない以上、一括してルベリオンの使者であるという認識だけできれば十分なんだよ。皇帝以外はみんな、皇帝に如何にいいところをアピールするかを競い合ってる国だと思っておけばいい」
「ふふ……そう考えると滑稽ね。あいつら」


 ミーナの反応を見て言葉を間違えたかと思ったが、他に良い表現も見当たらなかった。
 厳密にはルベリオンのことを考えると、もう1つ気にしたほうが良いこともあるんだが、とりあえずほのかが納得したので良しとして、男に話を続けさせよう。



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