旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

営業

 二人を連れ出すと、外にいた魔獣たちが集まってくる。
 ハクは一緒についてきたほのかのところに駆け寄る。今日はシズクもマモも来ているようだ。駆け寄ってきた二匹を撫でると頭をこすりつけて甘えてくる。
 可愛いが、ここであまり構っているわけにもいかない。
  
「さて」
「おいおい……」
「ん?」
  
 二人の様子がおかしい。
  
「あんたのパートナーってのは、その白いでかいやつだけじゃなかったのか?」
  
 ハクを指さすレオの顔が引きつっている。
  
「いや? 色々いるぞ」
「色々って、ここにいる以外にもいるってことか?グランドウルフだぞ?俺たちじゃそこまで育った個体に会ったら逃げ切れるかもわからない」
  
 普段は読み取りにくいソウの表情が明らかに青ざめていた。
  
「あんたがいるから安全だとは信じてるけど、ちょっと怖えとこだな……」
「あんな子が楽しそうに戯れてるのを見ると、大丈夫なんだろうとは思えるが、少し不安になるのも事実だな……」
  
 二人にとって脅威である魔獣がこうも普段と違う様子を見せていることに、戸惑いが大きいようだ。


 二人にはまず、“こちら側”の動物たちの魅力を伝えるところからか……。
  
「グランドウルフはシズクって名前だ。そっちのトカゲはマジックモニターって種類で、名前はマモ。どっちもメスだ」
「マジックモニターか……よくわからんが強そうだな」
「シズクをテイムする時に一回戦っているけど、一瞬でグランドウルフを気絶させる程度には強い」
「え……」
  
 レオに驚愕の表情が浮かぶ。
  
「撫でてみるか?」
  
 甘えてくるシズクを手で制すると、そのまま手を舐められる。
 マモも負けじと頭を足元にこすりつけてくる。爬虫類って本来こんなことするタイプじゃなかったはずだが……。
 単純に餌を求めてるだけかもしれないが、どちらにせよ悪い気はしないので良しとしよう。
  
「俺たちが触っても、怒らないのか?」
「いいか?シズク?」
  
 返事をするように伏せて大人しくなる。
 触りたいなら触れば?とでも言い出しそうな様子だ。
  
「すげぇ……あのグランドウルフが……」
「背中を優しく撫でる分には怒らない。というか、ほのかに至っては背中に乗って遊んだりしてるし、危害を加えようとしなければ大丈夫だろ」
  
 恐る恐る手を伸ばす二人。
 シズクは静かにそれを受け入れる。
  
 これで人間が好きで、もっと人間に慣れていれば、しっぽを振って喜んでいたかもしれない。
 まだまだ人間に懐いていくという段階には来ていないのだなと、改めて認識した。あの一件の溝は、まだ埋まっていない。


「森で見たら逃げるしかない相手なのに、こうして見ると可愛く思える……」
「そうだな……不思議な感覚だ」


 二人の反応を見て元の世界にいた頃のことを思い出した。
 小さい頃、動物園でホワイトタイガーと記念撮影をしたことがある。あの時は大人しくて可愛い動物だったが、それでもビクビクしながらその背中を撫でたのを覚えている。
 そこでは可愛いと思えた虎だったが、万が一、どこかその辺を歩いている時に遭遇なんかしたら、全力で逃げるか、武器を持って殺すかの二択になるだろうと考えたのを今でも覚えている。


 この世界には動物園や水族館のようなものはない。生き物を見るのはほとんどの場合、野生だ。家畜はいてもペットの文化はほとんどない。飼育の文化は、せいぜい子供がとってきた虫を2.3日閉じ込めておく程度のものだ。


 この世界では、自分より大きな動物をかわいいと思う機会がそもそもないのだ。
 新たな店の課題を発見することになった。


「この子はもう俺のパートナーだから譲ることはできないけれど、このくらい大きいと移動の時も頼れるな」
「とはいっても、自分たちより強い魔獣じゃ何かあった時が怖い」
「それもそうだな……」


 俺の場合は自分で契約を結んでいる上、仮に一匹が暴走したとしても、他に止めてくれる存在が揃っている。“サモナー”の能力のおかげで、何かあれば一瞬で駆けつけてくれるところも大きい。だからこそこうして、明らかに俺より強い魔獣たちを引き連れて冒険することができる。


「契約の感覚が掴めなかったり、動物への理解がないとその辺は難しいかもしれないが、自分より強いものが必ずしも自分を殺すとは限らないぞ」


 例えば馬。元の世界では古くから様々な用途で利用されてきた動物だ。当時の馬は、今の競馬で見るようなサラブレッドたちほど大きくなかったとは言われているが、それでも場合によっては十分人を殺せるだけの力をもった動物と共生してきた実績がある。


「二人に一番勧めたかったのは竜種だけど、こいつらは知っての通り調教されて国の軍隊にも配属される。もちろんBランクの冒険者なら余裕で殺せるだけの力があるし、騎士団員や飼育係が全員それより強いなんてこともない」
「言われてみれば、そうなのか」
「いやぁ、でも、竜と魔獣じゃちょっとなぁ……」


 すんなり話が入ったソウと、引っかかりを覚えるレオ。


「竜のどこが、他の魔獣と違うと思う?」
「そりゃ、竜っていえば言葉が通じるほど賢いだろ?だからこそ軍でも重宝するって聞いてるぞ」
「俺とシズクのやり取りが、言葉が通じていないものだと思ったか?」
「あ……」


 コミュニケーションを取るには、どうしてもこちらが相手の行動や仕草から読み取らないといけない部分が大きい。馬や竜が信用できるのは、これまでの実績以上に、彼らの生態を知り、仕草から読み取れる情報が増えていることも大きいだろう。
 要するに慣れだ。こちらの意志は言葉だけでも十分伝わる程度には、俺にテイムされた魔獣たちは賢い。あとはどれだけ彼らを信頼する根拠を持てるかどうかだけだろう。


「もちろん、うちで扱う竜種はみんな調教済みだ」


 話しながら地竜を二匹、翼竜と風竜を一匹ずつ召喚する。


「目の当たりにすると、Sランクってのはすげぇってことが、ようやく実感できたよ……」


 初めて目の前で“サモナー”のスキルを見たレオが驚いている。


「まあ、一応エクストラスキルだからな」
「それを二つもって……ほんと、どうかしてるな」


 褒められているのか文句を言われているのか。
 いや、今は竜をしっかり勧めよう。


「地竜は良く見るから大丈夫だよな?」
「一口に地竜と言っても、色々いるんだろう?」
「そう。一応今回は二匹用意したが、五種類くらいは確認されてるな」
「大きさも色も、目つきも何もかも、まるで違うな……」


 二匹の地竜を見比べる。
 黒い鱗が身を包み、サイズ的にも隣の物と比べれば小型で、ソウが手を伸ばせば頭に手が届く程度の大きさのもの。
 赤い鱗におおわれ、耳か角かもわからない派手な突起を身につけ、いかにも強そうな巨大な竜。


「断然赤だな!」


 レオならそう言うと思っていた。


「だが、強いのは黒地竜の方だろう?」
「良く知っているな。こいつらは小柄な分、はやい上に全身が引き締まった筋肉だから、魔法を絡めなければ一般的に一番つよい地竜って言われてる」


 同じ種の中でも、柄や色の違いに名前をつけることがある。遺伝性の確立された特徴は、爬虫類ではモルフと呼ぶ。地竜は大まかに色でモルフ名をわけていた。黒、赤、青、黄、緑の五色の地竜がいる。


「赤だって強いだろ?どっかで見たことがあるぞ」
「その通り。赤は地竜の中でも最大種だからな。実際この二匹が戦ったら、いい勝負になると思う」


 黒地竜はその引き締まった身体を巧みに操り、相手を翻弄しながら削り取っていくだろう。
 一方赤地竜はその巨体を生かして相手を押しつぶしにいく。
 どちらもBランクの冒険者では止められないだけの破壊力を持った、優秀な戦闘要員だった。


「次に翼竜と風竜だけど……」
「待て。ひとまずこの件、保留でも良いか?」
「保留?」


 ソウがシズクから手を離し立ち上がる。


「思っていたよりも、魔獣というものをわかっていなかった。俺が思っていたものとはまるで違う姿があることはわかった」
「ふむ」
「今すぐにでもという気持ちはあるが、どうせならしばらく考えて決めたい。あんたのように何匹も無制限に扱えるとも思えないしな」


 それは確かにそうだ。うまく断られたか?
 いや、感触は良好だったと思う。


「慣れればある程度は扱えるだろうけど、俺は確かにスキルに助けられている部分も大きい。二人だと多くても三匹が限界だろうな。それも、無理をして三匹だ」
「随分正直だな。俺はともかく、レオなら気合いでカバーすればいけるといえば丸め込めるだろうに」
「お前が横にいるんだからレオだけ丸め込めても仕方ないだろ?」
「おいおい黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって2人とも!俺だって考えてるわ!」


 もちろんいますぐ買ってくれるならそれに越したことはないが、扱っているのは生き物だ。無理に話を進めても仕方ない。


「こいつらは確かに商品として扱ってはいるけど、やっぱりそれだけじゃないからな。こいつらのことを考えてくれるっていうんなら、それを止める気はないし、2人を騙して押し付ける気もない」


 ここで取り扱う生き物は、ほとんど例外なく俺が自分で探し、自分で契約したものたちだ。
 扱いきれない相手に売ろうなどとは思えない程度には、それぞれに思い入れがある。


「だからいつまでも冒険者で稼がないと食ってけないんだけどな」


 商人としてはまずい部分ではあるが、笑っていられるうちは大丈夫だと思う。ほのかが来た以上これまでよりは頑張る必要はあるがそれはまあ、またゆっくり考えていけばいい。


「かっこいいな、なんか」
「ん?」


 レオの突然の言葉に戸惑う。


「あんたがそんなに真剣なのに、確かに俺だけ今すぐ何も考えなしってのは、かっこ悪いな」


 レオが立ち上がってこちらに向き直る。


「もっと教えてくれ。こいつらのことを。それで、それからゆっくりもう一度考えて、それで決める」


 この真っ直ぐさが、レオの憎めないところだった。


 ソウが一度話を止めたのはこのためか。確かに本人の言う通り、あのまま話を進めていればレオは目先の考えだけで購入に走った可能性が高い。
 生き物を飼う以上、先のことも考えていく必要はある。
 ソウはレオがよく見えているな……。同時に俺も止めてもらえた。




 ―――




「良かったんですか?せっかくのお客さんだったのに」


 そう責めるほのかの表情は、どこか嬉しげだ。


 あれから一通り、うちにいる魔獣から、ペットのことまで説明を続けた。
 話していた通り、今日すぐに何かを連れて帰ることはなかった。


 もしかしたらこのままということだって、十分あり得る。いや、一度冷静になった時に、わざわざ買おうと思うタイプの買い物ではないと思う。
 あまり期待はできないかもしれない。


「やっぱ向いてないんかなぁ、この仕事」


 何年も思っていたことだが、根本的にこいつらを割り切って見ることのできない俺は、商売人としての才能はなかったなと思わざるを得ない。
 今は稼ぐアテがあるから良いものの、元の世界で同じようなことをしていたら、瞬く間に露頭に迷う羽目になっただろう……。


「そんなことないですよ」


 いつの間にか近づいてきたほのかが、俯いていた俺を下から覗き込む。


「私はアツシさんのそんなところが、好きですよ」
「なっ……」


 歳の離れた相手だと思ってはいても、面と向かってこんな言い方をされて動じないでいられるほど、ほのかは子どもというわけでもなかった。


「ふふ、照れてますか?」
「自分も顔が赤いくせにからかおうとするな」
「なっ!だって、仕方ないじゃないですか!思わず言っちゃっただけです!深い意味はありません!」
「わかってるよ」


 不意打ちは危険だ。あと何年かすれば、一方的にからかわれるだけになりそうな気もする。いやでも、いつまでもこうやってからかいがいのある姿を見せてくれるような、そんな気もする。
 ほのかがいつまでもそばにいるなんていう保証もないというのに、ついそんなことを考えていた。



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