旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

ほのかの能力

「アツシさん、日本人って言うのは、驚かれないんですね」 
「この世界は全ての地域を把握しきってるわけじゃないから。森の奥ですらどうなってるかわかってないし、海もあるとは聞いているけどどこにあるのかはわかってない。そういう意味で、日本って言うのもどこか遠いところ、くらいの認識しかされてない」 
「そうだったんですね」 
「火の国とか倭の国とか名乗っといた方がかっこよかったかな?」 
     
 しょうもない話をしながらほのかの登録作業を待った。ほのかの名前と簡単な情報だけ伝え、あとはギルドに設置された石板に手をかざすだけ。そこから先はリリアさんが良くわからない作業を必死にやっている。
   
「あれ?」 
「ん?」 
   
 作業を進めていたリリアさんの手が止まる。 
    
「ほのかさん、一度ニホンでギルドに登録されていたり、しますか?」 
「いえ、そんなことはないと思います」 
     
 そんなはずはない。俺の知らないところであの世界にもファンタジーがあったのかもしれないが、ほのかにその様子はなかった。 
  

「あの、何かまずいことが……?」 
「いえ、ホノカさんに何も問題はありませんが……」 
「どうしたんだ?」 
「それがですね、どうもホノカさんの情報を入力すると、多重登録した時と同じエラーが発生するんですよ」 
     
 冒険者の登録は、はっきり言って偽名でも問題なく受け付けられる。 
 ただ、同一人物が別人として登録されていたり、一人で何度も登録が行われることはギルドとして禁止し、またそれを防ぐようなシステムになっている。 
  
 それを支えるのがギルドの所有する古代魔法だ。
 本人が魔法陣の書かれた石に触れると、各地のギルドからデータを統合して管理するデータベースへ情報が届く。これらの原理や管理方法は、ギルド内の職員、たとえばリリアさんでも詳しいことは把握しておらず、謎に包まれた技術になっている。 
   
 そもそも古代魔法が何なのかもよくわかっていない。
 一部の遺跡やダンジョンに魔方陣や呪文が残っている魔法。古くから蓄えられた魔力によって、使用者の力量に関らず、安定かつとんでもない威力の魔法を使用できるという話は聞いたことがある。だが、知っているものがこの登録システムに利用された魔法だけなので、いまいちよくわかっていないところがある。
   
「パソコンで管理しているみたいな感じですかね?」 
「この世界にそんな文明の機器はないけどな」 
「実は私たちがやってきたのは文明が崩壊した未来の姿だった!とか?」 
「ありがちな話だけど……そう考えると俺たちがつくらないといけないのはタイムマシンか」 
「帰るつもりがあるんですね」 
「いや、俺にはあんまりないけど」 
     
 ほのかはどうするのかと聞きかけたが、リリアさんの声に遮られる。 
     
「登録が終わりました」 
「できたのか?」 
「ええ。こういうことはたまにあるので」 
「そうか」 
     
 原理もよくわかっていない魔法を頼りにしているなら、よくわからないエラーが出ることも珍しくないのか。 
      
「では、そのまま鑑定に移りますね」 
「リリアさんが直接やるんですか?」 
「あら、ご不満ですか?」 
「いや、鑑定士だと知らなかったので」 
     
 リリアさんとの付き合いは長い。俺が始めてギルドにやってきたとき、俺の鑑定のためにわざわざ偉い人に取り次いだりなんだりと振り回されていたのを覚えている。てっきりリリアさんにはその能力はないと思っていた。 
   
「それは、アツシさんがやってきたときは私もここで仕事をし始めてすぐの頃でしたし、あれから何年も経っていますから …… もっと早く習得していれば、まだ何も知らないアツシさんにあんなことやこんなことができたのに …… 」 
「勘弁してください」 
   
 ほのかが腕にしがみついて来た。子犬が飼い主を取られまいと小さく威嚇しているようだ……。 
   
「ほのか。心配しなくてもこの人は誰にでもこんな調子だから」 
「別に、何も心配していません」 
   
 初めて外に来て、知らない人に囲まれて、その中で俺を誰かに連れて行かれるのは避けたいといったところなんだろう。 
 ちなみに俺のテイムしている魔獣にも “ 鑑定 ” を扱えるものもいるにはいる。だが、ここで鑑定してもらえばギルドにその力が認められることになるし、万が一ここで測りきれない力があったとしてもこちらが報告を怠ったということにはならない。任せられるなら任せるに越したことはない。
   
「とはいえ、ホノカさんがアツシさんと同じような力を持っているなら、私では測りきれませんね …… 」 
「エクストラスキルまでは見れないのか?」 
「見られないことはありませんが、全てではないです。たとえばアツシさんを見たところで、片方しか見られないでしょうし」 
「そういうものなのか」 
   
 鑑定できる力は鑑定士の能力に左右される。 
 エクストラスキルを鑑定できるのは鑑定する側のスキルもエクストラスキルになっているときだけだと言うのは知っていたが、その中でも差があるのか。
 

 初めてここにやってきたとき、俺は動物を操る能力があると主張したが、認められなかった。昇級試験用に用意されていた魔獣を目の前でテイムした結果、慌てて上位の鑑定士を呼ぶことになったという経緯もあったが、今回はちょうどよくその上位の鑑定者が、客としてギルドへ入ってきたところだった。 
   
「ちょうどいいところにエリスさんも来ましたし、交代しましょうか」 
「本当にちょうどいいな」 
「あ、でも私ならサービスで良かったですが、エリスさんだと」 
「まあ、なんとかなる」 
   
 カウンターに背を向け、やってきたばかりのエリスのもとへと向かう。 
 ギルド所属の上級鑑定士であり、俺の知る限り最も腕のいい魔法使いの一人であり、何より、数少ないうちのお得意様の一人だった。


「いいわよ」 
   
 交渉はあっさり成立する。 
   
「えっと、始めまして。よろしくお願いします」 
「こちらこそ。可愛らしいお嬢さん」 
   
 挨拶を促すとほのかが恐る恐ると言った様子でエリスに声をかけた。 
 緊張するのも無理はない。エリスは美人だとかそういう基準では言い表せない容姿をしている。その姿はいっそ神々しい。
 美しく流れる長髪に、身体の線が見えるやわらかい衣服。それでいていやらしさを感じさせない気品。 日本人にとって最もわかりやすい特徴は、とがった長い耳にあるだろう。 


 ほのかにとって初めて見る、エルフだった。 
     
「日本人が抱きがちな特徴を考慮して説明するなら、イメージ通りエルフは長命。見た目もエリスのレベルは珍しくない」 
「うわぁ …… 」 
「あら、褒めてくれるの?」 
   
 対応しているとややこしいことになるのでスル―する。 
   
 亜人。
 言葉を介してコミュニケーションが取れる種族をそう呼ぶ。人族、人間族と言われる自分たちも、この中に含まれる。 
 この世界は人族のほか、エルフやドワーフ、巨人や小人、獣人、そして魔族など、さまざまな種族が混在する。最も近い国である帝国が種族を問わず有能な人材を集めており、また冒険者ギルドでも種族の垣根は存在しないため、このあたりでは人族以外の存在はそこまで珍しくはない。 
 実際、冒険者ギルドに入った時点ですでに人間族以外の種族も見ているし、リリアさんも獣人だ。 


 だが、他の亜人に比べてエルフは纏うオーラが違う。ほのかが萎縮するのも無理はない。 
   
「生まれつき人間より魔法を扱うセンスに長けてるのも特徴だな」 
「すごいんですね……」 
   
 ほのかの眼差しが警戒から尊敬へと移行していた。 
   
「一方で、たとえば森から離れるとダークエルフになる。みたいなファンタジーで見られる話はないな。エリスはもうこっちに生活拠点があるけど、エルフのままだ」 
「ダークエルフって言うのは、この世界にはいないんですね?」 
「いや、いることはいる。その辺はエリスの方が詳しいか」 
「そうね。私たちエルフは、森との契約に基づいて行動しているの。別に森から離れても、その契約が生きていれば私たちはエルフでいられる。森の意志に反した行動を取った時、初めて私たちはエルフでいられなくなるわ」 
   
 ダークエルフの存在は、半分都市伝説のようなレベルで語り継がれている。そもそもダークエルフになった時にどのような特徴が出るのかもわからない。竜人や大巨人、人魚などと並んで、UMAのような扱いになっていた。 
   
「エリスは俺が知ってる中では一番腕のいい魔法使いだし、何より長生きでこの世界のことも俺なんかより良く知ってる。ついでに色々教えてもらうといいんじゃないか?」 
「気が早いわ。まずは鑑定でしょう?」 
「そうだったな」 
   
 エリスがほのかの頭に手を乗せる。 
   
「緊張しなくていい。目も開けてていいし、喋ってもいい」 
「私だからいいだけだからね?普通の鑑定士に見てもらう時は、極力相手の術式に影響を与えないようにじっとしておくべきよ」 
   
 ほのかの身体が、淡い光に包まれる。青、緑、黄色、橙、赤……。様々な色のもやのようなものが、絶えずエリスの手からほのかの身体へ流れていく。
 ほのかはじっと黙って目を閉じていた。
   
「アツシといいホノカちゃんといい、ニホンジンは皆なにか特別な力を持っているのかしら……?」 
   
 珍しく疲れた表情を浮かべたエリスが、ほのかの頭から手を離した 
     
「ほのかにも何かスキルがあったのか?」 
「いえ。ただ、私の力では捉えきれないほどの魔力を感じたわ」 
「嘘だろ……?」 
   
  エルフが見られない魔力……?容易に信じることはできない言葉だった。 
   
「それがどのくらいすごいのかわからないんですが……」 
「一万年生きる相手に、貴方の寿命は私では計り知れませんと言われているようなもんだ」 
   
 エルフと、いや正確にはエリスと人間の魔力値、魔法適性にはそれだけの差がある。 
     
「そんなに……?」 
「私もさすがに一万年は生きられないけれど、確かにそのくらいの驚きがあるわね」 
     
 鑑定作業だけでエリスをここまで疲れさせているのが何よりもの証明だろう。それだけ計り知れない何かが、ほのかの中にあったということになる。 
   
「まあ、魔力があって適性が高くても、すぐに最強ってわけじゃないけどな」 
「そうなんですか?何か安心しました……」 
「普通強くなるとか最強とかって、憧れないか?」 
「男の人はそうかもしれませが、突然ものすごく強くなりました、と言われても……自分が自分じゃなくなるような不安を感じます」 
     
 そうか。そこに憧れがあった俺としてはうらやましい限りだが。 
     
「アツシのスキルだって十分規格外なのだけどね……」
「今でこそハクたちがいるから有効活用できてるけど、運が悪ければ俺、ここにたどり着く前に死んでたからな……」


 五年前を思い出す。
 突然森に放り出された俺は、たまたまハクと契約に至ったが、そうでなければ、まず間違いなくあの地にいた魔獣たちの餌になっていた。


「まあ今は俺の話はいいだろ。ほのかのことなんだけど、頼めるか?」
「報酬は上乗せしてもらうけれど、構わないわね?」
「いいよ。エリスが買ってくれなきゃ、成り立たないところだしな……」


 エリスとの付き合いは長く、そして濃い。共に冒険者として依頼を達成する中で、余計な言葉は使わなくても伝わる関係ができていた。


「え、何を頼んだんですか?」


 その結果、本人を置いてけぼりにして話が進む。


 魔法適性が高く、所有する魔力もけた違いに多いとなれば、それを生かさない手はない。ほのかの持つ力を最大限生かすには、良い師が必要だ。
 魔法の扱いに関してギルド内でも抜群のセンスを誇るエリス以上に、適任は思いつかない。


 鑑定の分も含め、エリスの要求してくるものはうちの商品。
 それでなくても客のつかないうちの商品の中でも、さらに需要のないジャンルの上客。


 これだけの美貌、これだけの能力をして、俺のような素姓の知れない変わり者に付き合ってくれた理由は、エリスの二つ名にすべて込められている。


 “奇蟲使い”のエリス。


 異様な二つ名と、その戦闘スタイルについていけるのは、この世界には俺しかいなかった。



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