旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

異世界の日常

 帰り道、疲れ果てたほのかの足取りがおぼつかなくなっていたのでハクが背負う。そのままハクの背で気持ちよさそうに眠っていた。


「そりゃ、疲れただろうな……」


 異世界に来てたった一日。俺の時とは違った意味で、濃い一日だった。


「明日はゆっくり休ませるか」


 空き部屋にちょうどいい木箱の山があったので、ベッドのようにセッティングする。ほのかを横にして、自室に戻った。


「冒険者ギルドにも連れて行かないといけないな」


 この地区に住むなら、ひとまず冒険者ギルドで登録を済ませておく必要がある。ギルド自治区と呼ばれるこの地域は、どの国にも所属はしないが、住んでいる人間からすれば冒険者ギルドへ所属しているという意識がある。生活に必要なものはだいたい冒険者ギルドから供給される。つまり、ここで登録をしておかなければ、下手をすると日用品の調達すらままならなくなるということだ。


 目標にした以上ペットショップの方も何とかしていきたい。


「今日はほのかと半日かけてメンテをしていたが、誰一人客も来なかったしな……」


 人と獣、この橋渡しとして機能出来るペットショップ。
 自分で掲げた目標ながら、先の長い話だなとため息を吐いた。




―――




「すみません。厚かましいお願いだとは思うのですが……お風呂とかシャワーって、ありますか?」


 起きてきたほのかの第一声はこれだった。まあそうか。女の子だしな。


「なくはないけど、この世界は浄化魔法で済ませる傾向があるんだよな」
「浄化魔法?」


 便利なことに身体に着いた汚れを落とすという魔法がある。この世界で言及はされていないが、おそらくウイルスや細菌の類にも効果があるのだろう。
 誰でも簡単に使えるというわけではないが、この世界では自分で使えない魔法でも一時的に扱えるようになる消耗品が存在する。魔法石と呼ばれるアイテムで、特殊な鉱石に魔法を封印したようなものだ。


「たとえば、回復薬とかってゲームにあったよな?」
「飲んだら体力が回復するやつですよね?」
「この世界でも薬草とか素材を元に作られる回復薬もあるんだけど、一般的なのは治癒魔法の効果を持った魔法石の方だな」


 メリットは多い。飲みモノだったり薬品状の物はかさ張る。かばんの容量を増やすような便利魔法もあるにはあるが、かさばらずに済むならそれに越したことはない。魔法石の効果も安定していることもあり、よほど特殊な病気や呪いでなければ、薬品の類は使われることはなかった。


「今日はこの辺の、こっちで生活していくための術を教えていくか」
「お願いします……」
「とりあえず、昨日も浄化魔法はかけておいたけど、気分的なものもあるだろうし、シャワーはあるから使っていいぞ?」
「良いんですか?!」
「二階にユニットバスがあっただろ?シャワーのヘッド部分だけがぶら下がってるから、それについてるボタンを押したら体温より少し温かいくらいのお湯が出るようになってる」
「ヘッドだけ?」


妙な表現に引っかかりを見せたほのかが首をかしげる。


「ヘッドだけ。ほのかが使ってたシャワーみたいに、その先にホースは付いたりしてない」
「えっと、水道につながる部分とか、そういうのは……」
「ない。魔法で水が出せるから、買うにしたって水を買ってくるんじゃなく、水魔法の魔法石を買ってくることになるな」


 水くらいなら俺でも出せるが、たとえば店の裏のプールに水を張ったりすれば、魔力切れで倒れる。浄化魔法も魔法石なしで扱えるが、こういった日常に欠かせない簡単な作業ほど、この世界の住民は魔法石を利用する傾向にあった。
 誰しもに使う必要があるということは、需要が高まり、安定して生産が行われるということにつながる。結果的に値段も下がり、わざわざエネルギーを消費して作業を行うより、魔法石に頼ったほうがいいという結論に至っている。
 結局この世界において、魔法使いに求められるものは、戦闘用の魔法ばかりになっていた。


「まあシャワーヘッドからよくわからん水が出てくるのは不気味かもしれないけど、魔法できれいな水を出してるだけだから安心してくれ」
「はあ……」


 俺もこの辺は自分なりに向こうの生活を再現するための工夫を重ねてきた。知り合った技術者に頼み込んで色々なものを作ってもらっている。昨日のバーベキューセットもその中の一つだ。この世界でわざわざ木に火をつける必要はあまりない。


「さすがにトリートメントみたいなもんはない。その辺は勘弁してくれ。洗濯は浄化魔法で。服の替えもないだろうしこれはもう自分でやって慣れてくれ」


 流石に女性物の服など置いていないし、ほのかの身に着けていた衣服を俺が扱うのもどうかと思う。魔法石の使い方を教えることにする。


「念じるだけで魔法は発動する。猿でも使えるように作られてるから心配しないでいい」
「それ、できなかったら私が猿以下ってことになりますよね……」


 要らぬプレッシャーを与えてしまった。
 そんなことを言っていたほのかだが、あっさり魔法石の扱いをマスターする。
 俺はこいつを初めて使った時、目の前に汚れた服を残したまま、隣に置いてあった石がピカピカになるという珍現象をやらかした過去があるので、失敗した時はその話を持ち出して慰めようかと思っていたのだが……。ただ自分の恥ずかしい過去を思い出しただけになってしまった。


「それにしても、完璧だな」
「えへへ。そうですか?」


 褒められて嬉しそうに微笑むほのか。基本的には常に気を張り詰めているような緊張感を持っているが、たまに見せる歳相応の笑顔は癒しを与えてくれる。


「どこにも汚れは残っていないし、魔法石の容量も余り消費してない。すごいな」


素直に感心する。


「そんなそんな」


 練習用に用意した店で使うタオルが新品かと思うほど真っ白になっている。失敗こそしないにしたって、ここまできれいになるものかと驚かされた。
 猿にも使えるとは言ったものの、うまくやればやるほど効率的に扱える。汚れの強い部分に集中的に魔力を注いだり、細かいコントロールをしようと思えばいくらでもできる。


 ほのかの魔法適正の高さを感じた。やっぱりはやく冒険者ギルドへ行って調べてもらおう。
 生活用品も買わなきゃいけないしな。




―――




 ほのかがシャワーを浴びている間に今日の予定を考える。
 冒険者ギルドへ行こうか。それとも一日くらいのんびりするか?


「あ!待って!ギン!」


 不意に聞こえてきたほのかの声に、思考を中断する。


「駄目だってば!私それがないと裸!」
「え……」


 何となく何が起きているかはわかる。ギンはまだ小さいからと、店の中に入れていた。階段を上がってほのかが使っている脱衣所まで駆け込んだんだろう。


「だめだってばあ!いくらなんでもバスタオル一枚でアツシさんに会うのは恥ずかしいから!ね!いい子だから返して!」


 そこでほのかの服を咥えて、裸のほのかがそれを……やめよう。深く考えるのは。


「待ってってば!」


 考えるのをやめたところで、目に飛び込んでくる情報を遮断することはできない。
 服を持って真っすぐ俺の下へ駆け寄ってきたギンと、それをバスタオル一枚で追いかけてきたほのか……。すらりとした太もも、くびれた腰元、何より、バスタオル一枚では隠しきれない程度に成長した胸元が、ちらちらと俺の目に飛び込んでくる。大きいというわけではないが、膨らみはある。


「えっと……」
「見てない。なにも見てない」
「いやいや!だったらせめて顔をそむけるとか!じゃなくて、ギンから受け取った服、渡してもらってもいいですか……?」
「いや、それはこの状況でそっちに近づくってことか?」
「今こうしている一秒一秒が恥ずかしいんです!早くしてください!」
「あ、ああ……」


 ほのかの必死の訴えに、とにかく服を渡しに近づく。目が離せないところはあったがさすがに直視するわけにもいかず、投げるように服を受け渡した。が、それが良くなかった。


「あ……」
「あ……」


 同じように慌てていたほのかは、服を受け取るのに必死になって大切なことを忘れていた。
 ほのかの身体をかろうじて隠していたバスタオルは、魔法でもなんでもない、ほのかの手によって支えられていた。服を受け取るために両手を投げ出せば、結果は当然……。


「きゃあああああああああ」


 流石に羞恥心が限界に達したか、悲鳴を上げたほのかに慌てて背を向けた。






「一応確認ですけど……まさかギンに頼んであんなことしたわけじゃないですよね?」
「俺がギンをテイムしてないのは知ってるだろ」
「あんな一瞬で終わるなら私の知らないところで」
「待て待て、そもそもこいつらにそんな細かい指示通ると思うか!?」
「お願いすればそのくらい、できると思います……」


 考えてみる。


「確かに、できるな」
「やっぱり……」
「違うから!?やってないからな!」


 顔を赤らめて非難するほのかを、なんとかなだめるのにしばらく時間がかかった。
 ちなみにギンには、こっそりおやつを与えておいた。


―――




 頭を悩ませていた今日の予定を決定したのは、俺ではなくほのかだった。
 あのあと落ち着きを取り戻したほのかと何とか平和的に話を終えた。話を終えても脳裏に焼きついた光景はしばらく離れそうにないが……。
 ともかくひと段落つき、生き物のメンテナンスを二人で進めていたところで、ほのかが話を切りだす。その話の内容が、今日一日の流れを決めるものになった。


「アツシさん、すごく言いづらいんですけど」
「ん?」
「このペットショップ、うまくいってますか?」


 ほのかなりに精一杯気を使った言い回しで、店の現状を指摘されてしまう。
 そのままほのかの勢いに押され、有無も言わせず我が店初のミーティングの開催へと至った。






「最後に来たお客さんは?」
「一週間前に餌をまとめて買いに来た人が……」
「それ、このお店の一週間分の維持費になりますか?」
「いやいやほら、主力商品は大型の魔獣たちで」
「じゃあそれが最後に売れたのは?」
「えーと……アルベルト伯爵から頼まれて地竜を二匹納品したのが……三か月前?」


 嘘だ。ほのかから放たれるオーラに怯えて少しサバを読んだが、実際には半年以上前だ。
 我ながらしょうもない嘘をついたものだが、今のほのかのプレッシャーの前で正直に言うのが何故か躊躇われた。


「ちなみに地竜二匹でどのくらいの価値になるんですか?」
「一応この店を半年以上やっていくのに必要な金額にはなる」
「それならそこそこうまくいっていると言えるんですかね?」


 実際には違う。そもそも半年以上やっていくために必要なギリギリの金額。半年以上前に売れているのだからそのストックはない。ましてや相手は貴族。それなりの付き合いのための出費も、うちのような小さな店からすれば痛手だ。割引きもしたしその他の色々を踏まえると、半年以上も店を維持させるだけの純利はない。


「ハク、この話、本当?」


 ハクは首をすくめて残念そうに首を振った。おいこの野郎。五年もの付き合いの俺より昨日一日の付き合いのほのかを取りやがった!


「残念ですが、お店がうまくいっていないのは確かなようですね」


 ハクとほのかがシンクロする。頭を下げ、やれやれと首を横に振った。



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