旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

人と魔獣

 森に爆発音が鳴り響く。 
  
「なんですか?!」 
  
 驚くほのかをかばうようにフライシャークが飛び立ち、警戒態勢に入る。マモも同じく警戒態勢に入った。 
 グランドウルフだけは、落ち着かない様子でぐるぐると同じところを歩き回り始める。 
  
「行こう」 
「え、爆発した方にってことですよね?」 
「ほのかにも、知っておいてもらう必要がある」 
「え……?」 
  
 森での爆発音はこの世界では別に珍しいものではない。大掛かりな爆発物など用意しなくても、人が一人いればそれだけの破壊力を持つのがこの世界だ。十中八九、戦闘が起きている。
 人間同士の争いには厳しい決まりがある。こんなところで突然魔法を使った大掛かりなやりあいなど、あり得ない。
 魔獣同士も、縄張りやメスを取りあえって争うことはあるが、自分たちより強い捕食者がいる森の中で、魔法を使ってこれだけ目立った衝突は避けるのが普通だ。
  
「異世界一日目にしては少し詰め込みすぎかもしれないけど、もうちょっと付き合ってもらおうかな」


 よくわからないなりに、表情から何かを読み取ったほのかは何も言わずに着いてきた。爆発のあった地点へ急ぐには、足があったほうがいいだろう。


「サモン!」


 マモの時よりも大きな魔法陣が空中に浮かびあがる。暗くなった森にしばらく光があふれた後、白い巨体が召喚に応じて現れた。


「ハク!」


 嬉しそうにほのかがハクに抱きつく。ハクも目を細めて頭をこすりつける。


「ほのかはハクに乗せてもらってくれ」
「え、いいんですか?」


 俺とハクを交互に窺うほのか。その目がきらきらしているのが、簡易な魔法の光しかない薄暗い森の中でも、はっきりと見えた。
 ハクの方も膝を曲げて問題がないことをアピールする。


「わあ!」
「ちゃんと捕まってな、その“もふもふ”は、人間の力で引っ張ったくらいなら痛くないみたいだし」
「わかりました。ごめんね?ハク」


 俺もグランドウルフへ向き合う。状況を察しているグランドウルフは早くしろと言わんばかりの表情で、背中に乗ることを促した。


「ありがとな」


 俺が飛び乗ったのを確認すると、グランドウルフが大きな咆哮をあげる。あの時と同じ、森中に響き渡る大音量で。
 びりびりと空気が揺れる。相手を委縮させ、味方を高揚させる効果を持つそれは、もはや一種の魔法だった。


「びっくりしました」
「今回は許してやってくれ。それから、今からもっとびっくりすることになるから、しっかりつかまって、しばらく口を開かない方がいい」
「え、どういう……わわ」


 膝を曲げていたハクが起き上がり、慌ててほのかがバランスを取り直す。サポートするようにハクが身体を揺すり、落ち着いたところでもう一度ほのかを見る。
 しっかりと口を閉じてコクコク頷いていた。


「それじゃあ、行こうか」


 声をかけた次の瞬間、景色が勢いをつけて流れ始めた。






「死ぬかと思いました」


 ハクから滑り落ちるように降りたほのかが、恨めしそうな顔でこちらを睨む。その目に力はなかった。
 ハクならしっかり気を使ってくれただろうし、このスピードで移動することには今後も慣れておいて損はないだろう。


 そして今は、ほのかをなだめている場合ではない。






「悪かった……」


 グランドウルフに謝罪をする。
 まだ幼いグランドウルフたちの、無残な姿が、そこにはあった。


 それを実行した彼らは、この世界の常識に照らし合わせれば何も責められる謂れはない。
 危険度の高いグランドウルフを、事件になる前に未然に討伐しただけだ。森にいる魔獣は、テイムされた姿を知らない人たちにとって間違いなく脅威だ。だからこそ、この行為を責める権利はない。


「やったぞ!グランドウルフを倒した!」
「まだ子どもだけど、これでも十分な素材になるな!」
「一匹の報酬で俺たちの装備一式なんか十セット買ってもおつりがくる!」
「ほんとにラッキーだった!こんなところに子どもたちだけが残ってるなんて!」
「親が戻る前に早く剥ぎ取るぞ」


 ファンタジーの世界のお決まり通り、強い魔物からは良質の素材が得られる。グランドウルフなど、まだ駆け出しの冒険者たちには身に余る高級素材だ。
 マモに一撃で沈められたのは、マジックモニターの成体が強すぎただけだ。竜種を筆頭に、この世界の爬虫類の戦闘能力は高い。哺乳類以上に魔法の適正がある種が多いことが原因だ。


 今はそんなことはどうでもいい……。
 後悔に、言葉がでない。
 隣にいるグランドウルフから、契約を通して流れ込まれる感情には、もはや怒りはなく、深い深い悲しみだけがある。もし人と同じように感情を露わにできたなら、慟哭の想いに駆られていただろう。


「止めないんですか?」
「彼らは、何か間違ったことをしたか?」
「それは……、動物の子どもを殺すなんて……」
「ここでは、彼らを責める法も決まりも、ない」


 異世界に馴染みのないほのかからすれば、許される行為ではないだろう。
 俺だって、ほとんど力を持たない子どもを無暗に殺すのであれば、それを許すつもりはない。
 だが、この世界において、この行為は人々の生活を支える正義であり、生きるために必要な技術だった。


 世界に馴染みのないほのかよりも、世界を知っていながら受け入れがたい俺よりも、この行為を許すことができないはずの存在が、俺の隣にはいる。


「人間を恨むか?」


 悲しみだけが流れてくる。


「テイムされたことを、恨むか?」


 少しだけ、悲しみの中に迷いが生まれる。


「俺を……恨むか?」


 迷いの中に、悲しみが生まれた。


 今、彼女を解き放つことはできない。
 俺が、あの冒険者たちを殴りつけることもできない。


 自分の無力と、浅慮の招いた結果だ。


「間に合わなかった……」


 最初の爆発音で気付いた。おそらくグランドウルフもそうだった。
 あそこで彼女を解放していれば、この悲劇は未然に防げたかもしれない。最もその場合、転がっていた死体が魔獣ではなく駆け出しの冒険者たちになっていた可能性もある。俺はあそこで、その危険を冒すことはできなかった。


「アツシさん」


 グランドウルフをテイムした時点で、考えておくべきだった。それでなくても珍しいグランドウルフが、まさか子持ちだとは思いもしなかった。


「アツシさん!」
「どうした急に!?」
「急にじゃありません!ずっと呼びかけていました!」
「そうか、悪かった」
「凹んでる場合じゃないです!あそこを見てください!」


 ほのかの指さす方向に何かが光った。
 次の瞬間、悲しみの渦に沈んでいたグランドウルフも全身の毛を逆立てる。


「行くぞ!」


 動き出したグランドウルフの背に飛び乗る。
 冒険者の“投げナイフ”が、生き残っていた一匹めがけて放たれる。
 彼らにとっては、新たに現れた絶好の獲物だっただろう。はやる気持ちを抑え、三人の中で最も投てきを得意とするのであろう一人の冒険者から放たれたナイフは、突如現れた巨大な魔獣に踏みつぶされ、ばらばらに砕かれた。


「え……?」


 初めに漏れたのは、疑問の声。


「ひっ……」


 次の漏れた声に、もう音はない。恐怖のあまり彼らは動けない。言葉すら発することができない。
 目の前に現れた魔獣には、それだけの風格と力があった。


「成体の……グランドウルフ……」


 彼らは欲を出しすぎた。
 最初の三匹だけなら、もう間に合わない以上、それを止めることは諦めていた。だが、まだ生き残りがいたのであれば話は別だ。
 目の前で新たな狩りを許すほど、俺は人間寄りにはなれない。


「死ぬ……」
「いやだ……いやだ……」


 まだまだ駆け出しの冒険者たちだ。初めはきっと、全力で警戒をしながら森を進んだだろう。
 何かしらの依頼を達成するために入った森で、たまたま見つけた“宝の山”に目がくらみ、俺たちが駆け付けた時にはもう、冒険者として必要な警戒態勢など一切忘れ去られていた。
 気の抜けた、ただ目の前の身に余る宝のことだけを考えて浮かれていた冒険者たちを、絶望へと追いやるには十分過ぎる存在。グランドウルフの3度目の咆哮が、森へと響き渡った。


「まあでも、ここでこいつらに手を出すのを許すほど、俺は魔獣寄りにもなれないんだよな」
「当たり前じゃないですか!」


 ハクとともにほのかがようやく追い付いてきた。


「なんだ……グランドウルフなんかより明らかに強いやつまで……」
「終わりだ……」


 彼らの目にはもう、絶望しか届かないのだろうか。一緒にいる“人間”の姿は目に入らず、冒険者たちは絶望的な表情で震え続けていた。



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