ペットショップを異世界にて~最強店長の辺境スローライフ?!〜
010 魔法を覚える
「おはよう」
「ああ、おはよう」
朝、一通り店の子たちの様子を見終えたところでエリスが現れた。
「それで、私の生徒は?」
「まだ部屋だな。疲れてたんだろう」
「そう……」
それだけ言うとエリスは店の階段を登ろうとする。
「起こしてくれるのか?」
若い女の子の寝室に入るのは抵抗があったので正直に言えば助かるが。
「多分だけど、起きてるから。あの子」
「そうなのか?」
「昨日買い物したとはいえ、この家シャワー使うのにも魔法がいるんじゃないの?」
「あ……」
「生活魔法も教えてないでしょう、アツシのことだから」
「あー……」
確かにそうだ。俺にとって当たり前になりすぎて忘れていた。
灯のスイッチくらいは元の世界と同じようにできるが、浄化魔法をはじめとした生活必需魔法を伝えていなかった。
「というわけで、行ってくるわ」
「悪いが頼む……」
自分の至らなさとエリスの面倒見の良さに複雑な気持ちになりながら、店の子たちのメンテに集中して時間を潰した。
◇
「よろしくお願いします!」
ほのかがあらためてエリスに頭を下げた。初々しくて可愛い。
「よろしく」
エリスも微笑んで対応する。
そこでふと、懸念事項を思い出した。
「あ……」 
「どうかしたんですか?」 
  
欠点らしい欠点がないといったエリスだが、唯一にして最大の問題がある。 
  
「ほのかって、虫駄目だったよな」 
「えっと……はい、まだ駄目だと思います」 
「あら、そうなの」 
  
エリスの二つ名は“奇蟲使い”だ。 
それをまだ、しっかりとはほのかに伝えていない。 
  
「いや、改めて考えるとエリスに預けるのは大丈夫かと思ってな …… 。そいつ、あー……変態だから」 
  
気を使って表現をマイルドにしようとしたが、うまくいかなかった。 
  
「ひどいわね。貴方のせいでこうなったというのに」 
  
悪乗りなのか本気なのかわかりにくいエリスのせいでさらに泥沼化する。 
  
「変態 …… 二人はそんなことが分かるほどの仲なんですね …… 」 
  
  結果、心配していた方向とは違う方向でへそを曲げられてしまった。疎外感を与えてしまったらしい。
「なんて話するんですか!」とか「セクハラです!」とか言われるかと思ったが。 
  
「いや、まあほのかもうちの店でやっていくならその変態から学ぶことも多いだろうし、ちょうどいいか」 
「え?! 私どんなことされるんですか!? このお店ってそんないかがわしいことを」 
「大丈夫、慣れれば楽しいわ」 
「待ってください! 私まだそういう経験は」 
  
ここまで来ると完全にエリスもわかってやってるだろう。 
慌てるほのかは癒されるのでしばらく真相を隠して遊び続けた。 
  
◇
  
「エリスはな、奇蟲好きなんだよ」 
「奇蟲?」 
  
ひとしきりほのかの反応を楽しんだところでネタばらしをする。 
  
「変わった虫のこと」 
「ああ、変態ってそういう……」 
  
タランチュラをはじめとしたクモや、鮮やかな体色と迫力に溢れたムカデ、フォルムの美しいサソリ。その他ダンゴムシ、ワラジムシ、ヤスデ、果てはゴキブリまで。 
奇蟲と呼ばれるペット昆虫たちは、元の世界では意外と一定の人気があるジャンルだった。 
場所をとらず、繁殖スパンが短いことから、素人でも手を出しやすい。 
  
爬虫類を飼育していれば餌の虫は元々いるので、肉食の奇蟲は飼育のハードルが下がる。 
一部は爬虫類のための餌としてもペットとしても飼育できるような種もいて、飼育者としても混沌とした世界と言わざるを得ないジャンルとなっていた。もう餌を飼っているのかペットを飼っているのかの境界がかなり曖昧になる世界だ。 
  
「燃えるような赤い脚を持つムカデ、全身が美しい青い毛で覆われたクモ、虹色に光るヤスデ、カラフルなゴキブリたち …… アツシの世界の蟲たちは魅力に溢れていて、誰もを魅了すると思っていたのだけど」 
エリスが恍惚とした表情で語る。
「そんなことありません! だいたい黒光りしてたり薄汚い感じの虫で、普通に生活していればなるべくお目にかかりたくない相手でした …… 」 
「俺はハエトリグモとかは可愛いから放し飼いみたいにしてたけどな」 
コミカルな動きは可愛いし、コバエの処理もしてくれる貴重なパートナーだった。
「クモってだけでダメなんです! だめ!」 
「調教のしがいがありそうね …… 」 
「無理はさせないでくれよ」 
「わかってるわ。でも、この子は何となく、素質があると思うのよね」 
「それはまあ、否定しない」 
  
ほのかの適応能力の高さなら、タランチュラやサソリなんかは毒がないと分かればいけるのではないだろうか……。元の世界にもいたが、光に当たると虹色に反射するようなものは単純に綺麗だから抵抗も少ないだろう。こういった物なら食いついてくる気はする。 
  
「メインは魔法のレクチャーだからな」 
「もちろん。こんなに素質のある子なんだから、しっかり教えるわ」 
「ほのかも、はじめのうちはまあ、普通の魔法を習うだけだから大丈夫だ」
普通でない魔法。エルフの中でも数千年に一度の天才と謳われるエリスは、自ら魔法を生み出しでいる。
蟲属性として恐れられるオリジナル魔法。伝授されるのはまだ先だからいいだろう。
◇
「まずは水魔法ね」
「その心は?」
「一番は適性。この子は全属性の素質があるけれど中でも聖属性と水属性は抜群にいいわ」
「待て待て待て。軽く言ったけど聖属性も使えんのか?」
ほのかはきょとんとしているが事実だとすれば驚愕に値する。国家規模の超重要な存在ということになる。
「エクストラスキル2つ持ちのアツシが驚いても白々しいわね」
「いやいや……まあ……そうなのか?」
希少性で言えば確かに、エキストラスキルが2つというのはそういうことになるが、俺のレベルだとあまり実感がない。
「自覚がなさすぎるのも問題ね……」
エリスは呆れるが俺はほのかの方が何倍もすごいと感じている。
この世界で魔法を実践レベルで扱える人間はそもそも少ない。そのため、基本属性と呼ばれる4属性のうち1つでも使いこなせれば食い扶持には困らず、2つ使いこなされば神童として崇められる。
3つも4つも適性のある人間は希少だ。
そしてさらに希少なのが特殊属性。聖属性や闇属性をはじめとした異能、スキルと呼んで差し支えない奇跡を起こす魔法たちは一括りに特殊属性とされる。これを使いこなせる人間はほとんど例外なく国が大切に保護しているはずだ。
「あの……そんなにすごいんですか?」
「ほのかにわかりやすく伝えるなら、全ての守備範囲をこなせて3割打てる野球選手が、実は日本代表でサッカーに出れるレベルでしたみたいな」
例えが悪かったようでわかりやすく頭にはてなを浮かべて首をかしげるほのか。
「とにかく、ホノカちゃんは間違いなく歴史に名を残す逸材だってこと。私が保証するわ」
「そんなにっ?!」
俺の時とは打って変わって驚くほのか。なんか悔しいがまあいいだろう。
「まあ才能があってもしっかり伸ばさないと持ち腐れになる。そういう意味でエリスがいてくれてよかった」
エリスは全属性持ちに加えて特殊属性も使える。なんなら自分で特殊属性魔法を編み出した天才でもある。
師としてこれ以上なく適任だ。
「水魔法は生活に結びついたものも多いから、まず覚えて損はないわね」
「なるほどな」
魔法石なしでは魔法が使えない俺からすると本当に羨ましいことだった。
◇
「私の想定よりはるかに適性があるわね……」
指導をはじめて1時間足らずで、エリスをして唖然とする光景が繰り広げられていた。
魔法石数十個を擁してようやく放出できるだろう水を惜しげもなく放出、コントロールするほのかの姿がそこにある。
「アツシさん! これ、すごくペットショップ向きじゃないですか?!」
ほのかの魔法の価値とうちのペットショップの業務は規模が違いすぎて意識が追いつかない。確かにアレだけあやされたらメンテはめちゃくちゃ楽にはなるが……。
例えるなら宝くじで5億当てた人間が「これで好きなだけ駄菓子が買える!」と言っているような感覚。
「すごいな……」
そういうしかなかった。
「まだやるつもりはなかったけれど、これなら今日、聖属性まで踏み込めそうね」
才能ある生徒を前に、エリスのやる気も漲っていた。
もうここは2人に任せていいだろう。
俺は店のことをやりながら2人を遠目に眺めることを決めた。
「ああ、おはよう」
朝、一通り店の子たちの様子を見終えたところでエリスが現れた。
「それで、私の生徒は?」
「まだ部屋だな。疲れてたんだろう」
「そう……」
それだけ言うとエリスは店の階段を登ろうとする。
「起こしてくれるのか?」
若い女の子の寝室に入るのは抵抗があったので正直に言えば助かるが。
「多分だけど、起きてるから。あの子」
「そうなのか?」
「昨日買い物したとはいえ、この家シャワー使うのにも魔法がいるんじゃないの?」
「あ……」
「生活魔法も教えてないでしょう、アツシのことだから」
「あー……」
確かにそうだ。俺にとって当たり前になりすぎて忘れていた。
灯のスイッチくらいは元の世界と同じようにできるが、浄化魔法をはじめとした生活必需魔法を伝えていなかった。
「というわけで、行ってくるわ」
「悪いが頼む……」
自分の至らなさとエリスの面倒見の良さに複雑な気持ちになりながら、店の子たちのメンテに集中して時間を潰した。
◇
「よろしくお願いします!」
ほのかがあらためてエリスに頭を下げた。初々しくて可愛い。
「よろしく」
エリスも微笑んで対応する。
そこでふと、懸念事項を思い出した。
「あ……」 
「どうかしたんですか?」 
  
欠点らしい欠点がないといったエリスだが、唯一にして最大の問題がある。 
  
「ほのかって、虫駄目だったよな」 
「えっと……はい、まだ駄目だと思います」 
「あら、そうなの」 
  
エリスの二つ名は“奇蟲使い”だ。 
それをまだ、しっかりとはほのかに伝えていない。 
  
「いや、改めて考えるとエリスに預けるのは大丈夫かと思ってな …… 。そいつ、あー……変態だから」 
  
気を使って表現をマイルドにしようとしたが、うまくいかなかった。 
  
「ひどいわね。貴方のせいでこうなったというのに」 
  
悪乗りなのか本気なのかわかりにくいエリスのせいでさらに泥沼化する。 
  
「変態 …… 二人はそんなことが分かるほどの仲なんですね …… 」 
  
  結果、心配していた方向とは違う方向でへそを曲げられてしまった。疎外感を与えてしまったらしい。
「なんて話するんですか!」とか「セクハラです!」とか言われるかと思ったが。 
  
「いや、まあほのかもうちの店でやっていくならその変態から学ぶことも多いだろうし、ちょうどいいか」 
「え?! 私どんなことされるんですか!? このお店ってそんないかがわしいことを」 
「大丈夫、慣れれば楽しいわ」 
「待ってください! 私まだそういう経験は」 
  
ここまで来ると完全にエリスもわかってやってるだろう。 
慌てるほのかは癒されるのでしばらく真相を隠して遊び続けた。 
  
◇
  
「エリスはな、奇蟲好きなんだよ」 
「奇蟲?」 
  
ひとしきりほのかの反応を楽しんだところでネタばらしをする。 
  
「変わった虫のこと」 
「ああ、変態ってそういう……」 
  
タランチュラをはじめとしたクモや、鮮やかな体色と迫力に溢れたムカデ、フォルムの美しいサソリ。その他ダンゴムシ、ワラジムシ、ヤスデ、果てはゴキブリまで。 
奇蟲と呼ばれるペット昆虫たちは、元の世界では意外と一定の人気があるジャンルだった。 
場所をとらず、繁殖スパンが短いことから、素人でも手を出しやすい。 
  
爬虫類を飼育していれば餌の虫は元々いるので、肉食の奇蟲は飼育のハードルが下がる。 
一部は爬虫類のための餌としてもペットとしても飼育できるような種もいて、飼育者としても混沌とした世界と言わざるを得ないジャンルとなっていた。もう餌を飼っているのかペットを飼っているのかの境界がかなり曖昧になる世界だ。 
  
「燃えるような赤い脚を持つムカデ、全身が美しい青い毛で覆われたクモ、虹色に光るヤスデ、カラフルなゴキブリたち …… アツシの世界の蟲たちは魅力に溢れていて、誰もを魅了すると思っていたのだけど」 
エリスが恍惚とした表情で語る。
「そんなことありません! だいたい黒光りしてたり薄汚い感じの虫で、普通に生活していればなるべくお目にかかりたくない相手でした …… 」 
「俺はハエトリグモとかは可愛いから放し飼いみたいにしてたけどな」 
コミカルな動きは可愛いし、コバエの処理もしてくれる貴重なパートナーだった。
「クモってだけでダメなんです! だめ!」 
「調教のしがいがありそうね …… 」 
「無理はさせないでくれよ」 
「わかってるわ。でも、この子は何となく、素質があると思うのよね」 
「それはまあ、否定しない」 
  
ほのかの適応能力の高さなら、タランチュラやサソリなんかは毒がないと分かればいけるのではないだろうか……。元の世界にもいたが、光に当たると虹色に反射するようなものは単純に綺麗だから抵抗も少ないだろう。こういった物なら食いついてくる気はする。 
  
「メインは魔法のレクチャーだからな」 
「もちろん。こんなに素質のある子なんだから、しっかり教えるわ」 
「ほのかも、はじめのうちはまあ、普通の魔法を習うだけだから大丈夫だ」
普通でない魔法。エルフの中でも数千年に一度の天才と謳われるエリスは、自ら魔法を生み出しでいる。
蟲属性として恐れられるオリジナル魔法。伝授されるのはまだ先だからいいだろう。
◇
「まずは水魔法ね」
「その心は?」
「一番は適性。この子は全属性の素質があるけれど中でも聖属性と水属性は抜群にいいわ」
「待て待て待て。軽く言ったけど聖属性も使えんのか?」
ほのかはきょとんとしているが事実だとすれば驚愕に値する。国家規模の超重要な存在ということになる。
「エクストラスキル2つ持ちのアツシが驚いても白々しいわね」
「いやいや……まあ……そうなのか?」
希少性で言えば確かに、エキストラスキルが2つというのはそういうことになるが、俺のレベルだとあまり実感がない。
「自覚がなさすぎるのも問題ね……」
エリスは呆れるが俺はほのかの方が何倍もすごいと感じている。
この世界で魔法を実践レベルで扱える人間はそもそも少ない。そのため、基本属性と呼ばれる4属性のうち1つでも使いこなせれば食い扶持には困らず、2つ使いこなされば神童として崇められる。
3つも4つも適性のある人間は希少だ。
そしてさらに希少なのが特殊属性。聖属性や闇属性をはじめとした異能、スキルと呼んで差し支えない奇跡を起こす魔法たちは一括りに特殊属性とされる。これを使いこなせる人間はほとんど例外なく国が大切に保護しているはずだ。
「あの……そんなにすごいんですか?」
「ほのかにわかりやすく伝えるなら、全ての守備範囲をこなせて3割打てる野球選手が、実は日本代表でサッカーに出れるレベルでしたみたいな」
例えが悪かったようでわかりやすく頭にはてなを浮かべて首をかしげるほのか。
「とにかく、ホノカちゃんは間違いなく歴史に名を残す逸材だってこと。私が保証するわ」
「そんなにっ?!」
俺の時とは打って変わって驚くほのか。なんか悔しいがまあいいだろう。
「まあ才能があってもしっかり伸ばさないと持ち腐れになる。そういう意味でエリスがいてくれてよかった」
エリスは全属性持ちに加えて特殊属性も使える。なんなら自分で特殊属性魔法を編み出した天才でもある。
師としてこれ以上なく適任だ。
「水魔法は生活に結びついたものも多いから、まず覚えて損はないわね」
「なるほどな」
魔法石なしでは魔法が使えない俺からすると本当に羨ましいことだった。
◇
「私の想定よりはるかに適性があるわね……」
指導をはじめて1時間足らずで、エリスをして唖然とする光景が繰り広げられていた。
魔法石数十個を擁してようやく放出できるだろう水を惜しげもなく放出、コントロールするほのかの姿がそこにある。
「アツシさん! これ、すごくペットショップ向きじゃないですか?!」
ほのかの魔法の価値とうちのペットショップの業務は規模が違いすぎて意識が追いつかない。確かにアレだけあやされたらメンテはめちゃくちゃ楽にはなるが……。
例えるなら宝くじで5億当てた人間が「これで好きなだけ駄菓子が買える!」と言っているような感覚。
「すごいな……」
そういうしかなかった。
「まだやるつもりはなかったけれど、これなら今日、聖属性まで踏み込めそうね」
才能ある生徒を前に、エリスのやる気も漲っていた。
もうここは2人に任せていいだろう。
俺は店のことをやりながら2人を遠目に眺めることを決めた。
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