第1回企画【モノカキ大学 秋の掌編アンソロジー集】化け狐

堀籠遼ノ助

第1回企画【モノカキ大学 秋の掌編アンソロジー集】化け狐

 てんてけてんてん
 てけっててんてん……


演者『えー、まいどまいどばかばかしいお笑いを。最近はめっきり冷え込んでまいりました。ついこの前まで夏だったのに気がつけば秋。あっしなんてつい昨日までランドセルを背負ってたんだが、気がつけばこの通り、棺桶に片足突っ込んじまってる。さて、とある長屋に住む正八も世間様と同じように秋を迎えていたが、どうも身がしまらない』


男「あー、何だかなあ」
家内「どうしたんだい、今日は酒も飲まずにごろごろして」
男「何だと? 随分な物言いじやねえか。俺だっていつもいつも酒ばっかり飲んでる訳じゃねえよ」
家内「いつも飲んでるから言ってるんじゃないか。それで、どうしたんだい、ため息なんてついて」
男「いやね。ついこの前まで夏だったじゃねえか。俺あ、暑くて暑くて、夏なんて金輪際縁を切りてえと思っていたんだが、気がつけばもう秋になってやがる。秋ってのは、寂しいもんだと思ってよ」
家内「なんだ、そんなことかい」
男「何かこう、秋でも心が弾むような事はねえもんかね」
家内「そんなもの、いくらだってあるじゃないのさ。栗、さつまいも、お月見団子だってーー」
男「おめえは食い気ばっかりだな」
家内「何さ。別にいいじゃないの」
男「食い物じゃなくてよう。もっと他にねえのか?」
家内「他にねえ。ああ、そういえば。峠の道を越えた先にご隠居様の屋敷があるだろ?」
男「ああ、たいそう金を溜め込んだじい様が住んでるって話だな。それがどうした?」
家内「お武家様に滅多な事をお言いでないよ。それでね、そこの奥にイチョウの木が沢山あって、丸々としたいい銀杏が採れる所なんだけど……」
男「なんでい。やっぱ食いもんの話じゃねえか」
家内「違う違う、話は最後までお聞きよ。その銀杏を取りに行った人の話らしいんだがね……出たらしいんだよ」
男「出るって……これか?」
演者(くいっと手をくの字に曲げる)
家内「幽霊じゃない、狐だよ」
男「なんだ、狐なんて、そこいらにいくらでもいるじゃねえか」
家内「それがただの狐じゃなく、化かし狐らしいのさ。出会ったら最後、憑かれて頭がやられちまうって話だよ。恐ろしいったらないね」


演者(ぱしんと膝を打つ)


男「それだ!」
家内「なんだい? 蚊でもいたのかい?」
男「違う違う、狐だよ。俺は狐が化かす話は耳がタコに成るほど聞いたことがあるが、実際に化かされた事はねえ。よし、こうしちゃいられねえ、ひとっ走りいってくらあ!」
家内「ちょっとお前さん……ああ、いっちまったよ。憑かれて馬鹿が悪化しなきゃいいけど……」


演者『男は峠の先、イチョウのたもとまで辿り着くと、化かし狐を探し始めた。すると、そこへほっかむりを被ったひげ面の男がやって来る』


泥棒「くそー、まさか隠居の屋敷に犬がいやがるとは。俺様に忍び込めない屋敷なんてのは無いんだが、犬だけはどうも苦手だ。さて、どうしたもんか。ん? 何だあの男? こんなところでイチョウの葉っぱなんてめくって何してやがるんだ? おーい、おめえさん。いったい何を探してるんでい」
男「何って、狐だよ」
泥棒「……いくらなんでも葉っぱの下にはいねえと思うぜ」
男「いや、葉っぱに化けてるかもと思ってよ。あんた、知らねえかい? ここいらに化かし狐がいるって聞いてるんだが」
泥棒「この辺りに狐ならいくらでもいるが、化かし狐ってのは……いやまてよ……この男を利用してあの邪魔な犬を何とかすれば……」
男「んん? 何か言ったかい?」
泥棒「いやいや、何でもねえ! そんなことよりも、あんた運がいい、俺の知り合いの家で飼ってるんだよ、その化かし狐つまてやつをよ」
男「おお、そいつはちょうど良かった! すまねえが、そこに連れていってもらってもいいかい?」
泥棒「合点承知よ。付いてきな」


演者『男が付いていくと、ながーい塀の続く立派なお屋敷が見えてきた』


男「ここはご隠居様のお屋敷じゃねえか。ご隠居と知り合いなのかい?」
泥棒「ん? あ、ああそうだ。知り合いだ。ここで化け狐を飼ってるのよ」
男「へえ。ところで、門はあっちだぜ。塀の前に来てどうするんだい」
泥棒「門は錆び付いて開かねえのよ。まあ見てな」


演者(扇子をまるで長い紐がついているかのように振り回す)


泥棒「それっと。どうでい」
男「へえ。ていしたもんだ」


演者『男達がお屋敷の庭に降り立つと、一匹の犬が尻尾を振ってこっちをじっと見ていた』


泥棒「ひっ! ほ、ほらあれよ。あれが化け狐だ」
男「なんでい。ただの犬じゃねえか」
泥棒「あれが犬に見えるのか? 俺には狐にしか見えねえがな。あんたひょっとして、化かされてるんじゃないのかい?」
男「何? あれが狐だって。いやー、これは驚いた。俺はすっかり化かされてるみてえだ」
泥棒「まあ、ごゆるりと楽しんでくれよ。俺はちょっとここのご隠居様に挨拶にいってくるからよ。へっへっへ」


演者『ひげ面の男はそういうと、こそこそと屋敷の奥へと消えていってしまった』


男「おお、化け狐がこっちに向かって来やがった。うわっ! よせやい、顔をなめるんじゃねえよ! しかし、こいつはどうみても犬にしか見えねえや」


老人「おいそこの者。いったいワシの屋敷で何をしておる」
男「あ、もしかしてご隠居様ですかい?」
老人「さよう。いったい何処から入ったのじゃ? 門から入れば分からぬ筈が無いのじゃが……」
男「ご隠居様のお知り合いに、門は錆び付いてるからってんで、塀を乗り越えて入ってきやした。ほら、そこに縄がありましょう?」
老人「門は錆び付いてなどおらん」
男「へ? いや、確かにそう聞いたのですが」
老人「誰に聞いたのじゃ?」
男「ご隠居様のお知り合いに。こう、ほっかむりを被ったひげ面の男で……」
老人「……なんじゃその怪しい男は。そんな泥棒のような男がワシの知り合いなわけ……あ! さてはお主泥棒じゃな!」
男「へええ?! 滅相もない、俺はただ、化け狐を見に来ただけでーー」
老人「白昼堂々、胆の据わったやつじゃ。それとも、じじいしかおらんとあなずったか? それなら残念じゃったな。ワシはこう見えても二天一流免許皆伝の使い手。老いたとはいえ、只ではやられんぞ!」


演者『老人はそういうと、腰に差した刀を引き抜いた』


男「いやいや、ご隠居様、話を聞いて……」


少女「きゃああ!」
老人「む? この声はまさか」
泥棒「ちっ、下手打ったぜ」


演者(扇子を刀に見立て、少女の首もとに当てている仕草をする)


老人「仲間がいたのか。娘を放せ狼藉者!」
泥棒「うるせえ! じじい、金は何処だ」
男「お前、ご隠居の知り合いじゃ? ……そうか、俺を騙しやがったな」
泥棒「へっ、お前にしたら願ったり叶ったりじゃねえか。狐に騙されるか人に騙されるかの違いだけで変わりゃしねえよ。そうだ、金は半分やるからお前も手伝え」
男「そいつはありがてえご相談だがよ……ご隠居、失礼」
老人「あ、何をする!」


演者『男は早業でご隠居の腰から脇差しを引き抜くと、あっというまに泥棒を組伏せてしまった』


男「へっ。これでも江戸で道場を張ってんだ。素人さんには負けねえよ」
泥棒「くっ。まいった。命だけは」
男「ご隠居様、どうしやす?」
老人「良い。娘の命は助かった。そのまま引き渡すとしよう」
男「分かった。ご隠居様、騙されたとはいえ、勝手に屋敷に入ってすまなかった。俺はこれで失礼する」
老人「いやいや、かえって娘の命を助けていただいて本当に感謝している。おい、あれを持ってきなさい」


演者『ご隠居がそう言うと、娘が大きな木箱を持ってきた』


男「おいおい、こいつは小判じゃねえか。ご隠居、こんな大金受け取れねえよ」
老人「いいや、どうせワシは老い先短い。それに、ワシは剣が好きでの。お主のような使い手に譲れるなら本望じゃ。ただし、渡すには条件がある。またここに来て、じじいの暇潰しに付き合ってくれ」
男「はっはっは。そうか。じゃあ、遠慮なく。また来るぜじいさん!」


演者『男は大判小判の入った木箱を持って家まで一直線に駆け抜けると、家に着くなり居間へどかりと寝転んだ』


男「ああ疲れた」
家内「夕飯には間に合ったようだね。狐には化かされてこれたかい?」
男「そんなもん、いやしねえよ。あ、その木箱は土産だ。大判小判がぎっしりつまってる」
家内「なんだい、きっちり化かされてきたみたいだね」


演者『どうやらおあとが宜しいようで、あたしはこの辺で……』




 てんてけてんてん
 てけっててんてん……



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