Distortionな歪くん

Sia

Distortionな歪くん 10 「寄り道」

Distortionな歪くん 10 「寄り道」

 「そういえば兵子、お前結局誰から依頼を受けていたんだ?」

 お昼の時間になって、わたし達は長い廊下を歩きながら異能高校が誇る施設の一つ、「学生食堂」に向かっていた。その途中で里壊くんが両手を頭に置いて兵子さんに昨日の襲撃の事を訊く。

 「あー、アレな。断谷の手下達だよ。『断谷さんの仇をとってくれー』って」
 
 兵子さんは小馬鹿にする様な手下達のモノマネをして話す。

 「『仇』って、正門の時の?」

 わたしは里壊くんの質問に乗っかる。案外、断谷も根に持つタイプなんだ……

 「んー。知らんけど、『右ストレートでやられた』とかなとか言ってたな」

 兵子さんがわたしの問いに、脳内の記憶を絞り出すように話す。過ぎた事は忘れるたちなのかな。
 と言うか、「右ストレートでやられた」って事はーー

 「あれ?里壊じゃね?」

 今日も歪な寝癖の付いた歪くんが、隣にいる里壊くんにいつものように独特な指の指し方をする。里壊くんは一瞬何の事かわからない感じだったが、ハッと思い出したようだ。

 「あ、俺だ」

 「じゃあもしかして、兵子さんに本当に依頼をするんだったら、里壊くんだったって事?」

 わたしは兵子さんの方を見て訊く。兵子さんは額に親指を当てながら、

 「でも、『独特な寝癖が付いてる』って言ってた気も…」

 「寝癖なら、里壊が初めて僕を吹っ飛ばした日に里壊が付いてたなぁ…」

 歪くんが顎に手を当てて言う。なんだか口調が未練がましいけど…記憶はちゃんと合ってる。確かに里壊くんは昼休みに仮眠をとっていたから付いていた。

 「あれ?あれれれれれれれ!?じゃあ僕が襲われる必要なかたやん!!どーしてくれんねん!?」
 
 歪くんが早口で首を折れそうなぐらい傾げて、里壊くんに急接近して問いただす。ぱっと見ホラーだ。里壊くんは歪くんが暴走する前になだめようと、

 「わかった!わかった!じゃあ、俺が昼飯奢ってやるから!な?一旦落ち着け」

 「うん」

 歪くんは「奢る」の一言で嘘みたいに静かになった。薄情だなっと兵子さんはわたしの隣で呆れたように呟く。

 「あ、見えてきたよ。『学生食堂』」

 わたしはローマ建築に近い装飾がされた、大きなアーチ状の入り口を指を指す。相変わらず白色を基調としている。
 入り口にはたくさんの学生が出入りしているが、混雑はしていない。入り口を大きくしたのはこの理由か…

 わたし達は学生食堂に入っていく。少し進むと、券売機がありファミレスはくだらないほどの量のメニューに迷ったが、わたしは「塩ラーメン」にする事にした。青春と言えばラーメンだし。

 「じゃあ、アタシは亜依と同じのにするかな」

 兵子さんもわたしに続いて「塩ラーメン」のボタンを押す。里壊くんも少々迷いながらも、

 「じゃあ、俺は…『麻婆定食』かな。で、歪は?」

 「カツドゥン(カツ丼)!」

 歪くんは前から決めてたかのように、キメ顔で、里壊くんの質問に秒で答える。里壊くんは軽くなっていく財布を見て、「麻婆定食」と「カツ丼」のボタンをため息混じりに押す。
 全員の昼飯が決まるとわたし達は食券を厨房に出して、空いていた席に座る。

 雑談をしばらくしていたら注文した料理を異能高校の生徒が持ってきた。異能高校の生徒数が多すぎるため、学校側が正式に学食のアルバイトを募集しているらしい。

 「わぁ…!美味しそう…!」

 わたしは割り箸を準備してうきうきと子供みたいにはしゃいだ。
 
 「お、アタシのもきたな」

 「あ、俺のもだ」

 「僕キュのむー!」

 歪くんは「タダ飯」だからか、料理を持ってきた生徒が引くぐらい喜んでる。生徒は料理をテーブルに置くと、そそくさと身の危険を感じたように帰っていく。

 「「「いただきます」」」
「 いただきマサチューセッツ」

 わたし達は「いただきます」をして料理を食べ始める。関係ない事だが、相変わらず、歪くんの言語が独特過ぎる…

 わたしは「塩ラーメン」の麺を啜た。

 …!

 うまい…!うま過ぎる!
 これが学食のラーメン!?食べたのはまだ麺だけだが、下手したら都内の有名チェーン店ほどの美味しさかもしれない、コシのある縮れ麺…

 続いてスープを飲む。期待通り……いや、それ以上!
 魚介類の出汁が染み込んだ、塩ならではのあっさりスープ。それでいて尖っていない柔らかな風味…

 トッピングも上出来だ。何よりこのーー

 「…い…あ…亜依?」

 「はっ」

 わたしは我に変える。

 「どうした亜依?さっきからそんな『餓死寸前の遭難者がやっとのことで飯にありつけた』みたいな顔で?」

 「え、えへぇ?そ、そんな顔だった?」

 わたしはとぼけたフリをする。よく母さんにも言われる癖だ。大好物である青春の味のする物を食べると、いつもそんな顔になる。例えば、「冬の帰り道に食べる肉まん」とか。
 そんなわたしを見て兵子さんは、小さく笑った。

「あ、ごめんね。引いちゃった?」

「いやいや、そんな事はないよ。アレの事見てみろよ」

 兵子さんはわたしの前に座る「アレ」に指を指す。

 「うめぇうめぇうめぇうめぇうめぇうめぇうめぇうめぇうめぇうめぇうめぇうめぇうめぇ、タダ飯うめぇ!」

 歪くんは「始めて『料理』と言うものを知った原始人」の様にカツ丼にかぶりついていた。
 それを見て兵子さんは白い目で、やっぱ薄情だなっと呟いた。
 
 「お前それ、人の言うことじゃねぇよ」

 里壊くんも白い目で、いやむしろ、哀れみの目で歪くんを見る。歪くんは全く気にしていないのか「タダ飯」を食べるのに夢中なのか、ペースを落とさず食べ続ける。

 数秒食べ続けて、歪くんはカツ丼を食べ終わり、コップ一杯の水を飲み干して、力強くテーブルに置くと、

 「里壊!」

 歪くんは里壊くんに顔を向ける。何故かキメ顔。しかし、目は真っ直ぐ。

 「な、なんだ?」

 里壊くんは食べかけの麻婆を置いて、煩わしそうに歪くんの方を向く。

 「人の金で食う飯はうめぇなぁ!!!」

 「……やっぱ、人の言う事じゃねぇよ…」

 里壊くんは大きなため息をこれでもかと吐く。わたしも兵子さんも白目だ。歪くんはいっつも「人でなし」の発言を悪気無く言う。

 「コイツの事はもう気にしないで食おうぜ、亜依」

 兵子さんが優しい目と優しい声で、わたしに言う。しかしながら、兵子さんが歪くんを見る目は、「どうやっても救えない愚者」見る目だ。
 
「う、うん…」

 わたしははにかんで食べ始める。

「そうだな」

 里壊くんも残りの麻婆定食を食べ始めた。

 歪くんは満面の笑みで彼方を見つめていた。







 ーーー

 「学校終わったー!」

 兵子さんは一日の疲れをほぐすために体を伸ばしてから、帰りの支度をする。そんなに学校が終わったのが良かったのか、喜びを隠しきれないでいる。

 「帰り、どっか寄ってくか?」

 里壊くんも兵子さん同様に帰りの支度をしてニヤけながら訊く。

 「『寄る』って言っても何処に行くの?」

 わたしは里壊くんに訊く。

 「うーん…何処にする?」

 「…」

 里壊くんは質問を質問で返す。時々里壊くんの無計画さに戸惑う時がある。

 「えー。僕、早く家と言う名の絶対不可侵領域に帰りたいなぁ…寝みーし」

 歪くんが話しに水を指す。それと同時にわたしも含めたみんなが白けてしまう。

 「いるんだよなぁ…こうやって話しの流れをぶち壊して来る奴…」

 兵子さんが強い口調で露骨に歪くんに言う。歪くんは一瞬ムッとしたが、

 「あー、わかるぅ!いるんだよなぁ、そう言う奴」

 「お前の事な…」

 里壊くんが呆れながら、肩をすくめる歪くんの頭に軽いチョップを入れた。
 苛立ちを隠せない表情の兵子さんは武器を精製するそぶりを見せる。それに伴って歪くんの目を鋭くなる。

 「まぁまぁ。兵子さんの気持ちもわかるし、歪くんの気持ちも分かるけど、此処は穏便に…」

 わたしは二人をなだめる。二人も仕方ないなっと、元の体勢に戻った。
 でも、わたしは青春のありがちな事でもある「寄り道」をして行きたい!帰りにジュースやアイス片手に他愛ない話をしたい!

 「けどね、歪くん」

 「何ぃ?」

 「わたし!漫画でよくある、あの帰り道のシュチュエーションを体験したい!だからお願い!『寄り道』に付き合って!!」

 わたしは歪くんに深く早く頭を下げる。

 「亜依がこう言ってんだ、これでも帰る気なら殺す、無限ループになっても殺す」

 「俺も同意見だ。あ、殺しはしないが、此処で帰ったら男じゃないぞ?」

 兵子さんも里壊くんもわたしの背中を押す様に、歪くんの説得を手伝ってくれた。兵子さんはちょっと強引だけど…

 「しゃーなしなっ…!いいだろう!付き合ってしんぜよう!」

 わたしは顔を上げる。
 歪くんは上から目線に腕を組み、見下ろす仕草をした。でも少し照れ隠しな感じが否めない。素直じゃないのも歪くんだ。

 「やった!さっき思いついたんだけど、駅前にできたクレープ食べてかない?」

 わたしは両手を合わせてみんなの方を向く。

 「お、いいじゃん!」

 「クレープか…最近食ってないな…」

 「クレープってアレだろ、サブカル系だのパーレペーポーの食いもんだろ?僕に食べるに値するーー」

 ダンッと歪くんの目の前で兵子さんが一発顔面スレスレの所に打ち込む。

 「ダラダラ喋ってないで早く支度しろ!」

 「はいはいはいはい。今しますよ」

 兵子さんの声に適度で神経を逆なでするような返事で答えると、歪くんは肩をすくめて渋々と帰り支度をした。
 







ーーー

 人気の無い、それでいて華々しい装飾が施された異能高校の校舎から離れ、わたし達は人気の盛んな、それでいてほんの少しだけ息の詰まる街中にクレープを食べに来た。
 みんなの手にはバナナやらアイスやらがトッピングされ、その上にストロベリーソースやらチョコレートやらがかかっている、人気のクレープが握られている。

 「案外、サブカル系の味もうめえなぁ。だが、『タダ飯』の後だとなんだかなぁ」

 歪くんはあいも変わらずの人でなしの発言を並べながら、口についたソースを小指ですくってペロッと舌で舐める。

 「お前な…そろそろそういう偏見を捨てろよ。そして、その発言もやめろ」

 里壊くんがウンザリしながら、クレープの最後の一切れを食べきる。兵子さんもため息を吐く。クレープはすでに食べきっていた。
 わたしはも笑いをしてクレープを食べきる。
 ふと、里壊くんと兵子さんに説教じみた事をされている歪くんを見た。歪くんは肩をすくめて屁理屈まがいの言い訳をしている。

 わたしの目は更にその奥の、裏路地の入り口の方にいく。
 まるで千と千尋の神隠しの冒頭に出てくるトンネルの様な、先が見えない真っ暗闇の深淵に消えていこうとする、四つの影を見る。
 わたしは小さく指を指す。一人は学ランの男子生徒、残りの三人はーー

 「あ、あれ、断谷達と…誰だろう…あの人?」

 歪くん達はその方向を見た。

 「確かに断谷…と、どちら様?」

 歪くんは顎に手を当て首を傾げる。里壊くんもわからんっと、呟いた。

 「あの制服はアタシ達と同じ、異能高校の制服だな…路地裏、そしてあの三バカ不良がやるとすればカツアゲしかないな…」

 兵子さんが可哀想にと横目で、断谷達に押されながら路地裏へと入ってく男子生徒を見つめる。

 「まぁ、触らぬGodにカース無しってよく言うし、ここは見なかった事にしようぜ。うん。関わって飛び火とかやだし」

 歪くんが日常会話の様にスラスラと思ってても言わない事を言う。仮にもを「主人公」を目指しているなら、ここは助けに行くべきだと思うが、それが中々できないのが人間だ。ある意味としては歪くんは人間らしいとも言える。

 わたしも以前はそうしていた。波風立てず、触らずと、その精神で毎日の学校生活を送っていた。理由としては、「人が怖い」ーーは言い訳だ。自分が可愛いんだ。誰にも否定されたくないんだ。「わたしがわたしで居られればそれだけでいい」。だから、厄介な事には首を突っ込まないでいた。

 でも……

 みんなに会えてわたしは変わった…のかな…少しだけわたしは自分に自信を持てるようになった。“異能”なんて力がなくたって、わたしは何かできる気でいる…だって、わたしにはみんなが居るんだ。「自分じゃできない事なら他人に頼ってもいい」それは、恥ずべき事じゃない…
 
だからーー

 「た、助けに行こうよ!…みんなで!」

 わたしはみんなに言う。みんなは不満そうな顔をーーする訳でも無く、

 「おう…!」

 里壊くんが拳を手のひらに当てながら微笑む。

 「亜依の頼みならお安い御用さ…!」

 兵子さんがわたしの頭にポンっと手を置いてウィンクをする。

 本当にみんないい人ーー

 「えー!マジで行くの!?やだよぉ〜もしポリ公に見つかって歩道されんのー。僕はやめておいた方がいいと思うんだけどぅなぁ…」

 歪くんは何処までも保身に走る。ここまでの漫画でありがちな団結するシュチュエーションをぶっ壊してでも保身走るその志しには、もはや敬意を表する程だ。
 わたし達は愕然して、

 「このバカ!アンタねぇ、亜依が『行こう』つってんの!!何がなんでも連れてくぞ!!」

 兵子さんは胸ぐらを掴んで思いっきり歪くんを振る。歪くんの頭がもげそうな程に…

 「ちょ、いや、だって、怖いじゃん!不良とか、スラム街じみた場所とか、ポリ公とか!ほらご一緒に、リピーターアフタミィー『触らぬGodにカ』ーー」

 「そんなに嫌なら来なくていいぞ?」

 里壊くんが冷たい視線で歪くんを見た。それを察して兵子さんも手を離して、

 「そうだな。来なくていいぞ?そんなに嫌ならな……行こ、亜依」

 「だ、だね…!」

 わたしは精一杯の慣れない演技で、里壊くんと兵子さんと、先を見る事がやっとの路地裏に足を一歩、一歩と進めて行く。でも少しだけゆっくりと、歪くんを完全に離さず。

 「ちょ、ちょ待てよ田中ぁ!僕は『いや』とは言ったけど、『嫌』とは言ってないって!」

 まだ、まだ振り向く時ではないと兵子さんと里壊くんに小声で指示をして、駆け寄ってくる歪くんと今度距離をとって行く。
 背後の足音がだんだんと強くなっていく。しかし、此処で歪くんを待ったら歪くんは無理にでも、わたし達を路地裏から引き離すだろう。
 ゴミの臭いが入り混じって、少しだけ湿っぽい道沿いを早足で歩いていく。そろそろか、と里壊くんが呟いた。

 「わかたよ〜!付いて行きゃあいいんだろぉ!!だから僕をひとりにしないでクレェェェェェ!!!」

 歪くんが小学生の女子が描いたような、ルンルンで歪なフォームで走って、こちらへ追いつく。走る際に出た叫びは路地裏のあちこちにこだまし、ビルに吸い込まれてやがて静まる。わたし達は膝に手をついて呼吸を整える歪くんを待ってから、多分こっちであろうと言う方向に足を進めた。
 摩天楼が創り出した隙間の影ーー「路地裏」を言い表すのなら、闇に侵された迷路。入ってくる光はわずかでしかない。救いと言えば、まだ日は落ちていないということだけ。数分迷い歩いて断谷達を探した。

 ちょうど右に曲がろうとした時の事、

 「おいコラ!テメー聞いてんのか!?俺様の大事なクレープがよ、俺様が丹精込めて作った改造学ランに付いちまったじゃねーかぁ!?どう責任とってくれんだ!?」

 その怒号から断谷の声だと言う事がわかった。道沿いの壁から出て行こうとするわたしを兵子さんが止めて、静かに、と人差し指を唇に当てるジェスチャーをする。

 「す、すいません…オ、オレそんな気は…」

 行き止まりの壁を背にした、くせ毛の男子生徒が断谷達に因縁を付けられて困り顔でいた。しかし、その表情の奥底には何か隠してる感じもする…てか今更だが、断谷達もクレープを!?

 「『そんな気』ぃ!?本読みながら歩いてかぁ!?『ながら』はいけねー事なんだぜ!?」

 断谷の手下が、男子生徒から取り上げたであろう「フォトサイエンス 科学図録」と書かれた本をチラつかせながら怒鳴り散らして、男子生徒に近づく。が、彼は怯えたそぶりをするだけ、本当に怯えてる様には見えない…この掴み所のない違和感は何処からくるのかと、わたしが冷たい壁から顔をのぞかせてる時の事だ。

 「それ以上、オレの本にふれるな…!」

 数メートル程手下が近づいた時、彼の声色は変わり、癖っ毛は爆発したようなに逆立ち、手下を殺意と狂気のこもった目で睨む。

 「あぁ!?なんだその生意気な口は!」

 手下が怒りに任せて殴りかかった、その時、

 「狂え」

 「ぐっ!?がはっ!?い、息がっ!?」

 手下が苦しそうな表情で本を捨て、喉を抑えてガクッと地面に膝をつく。大きな口をパクパクさせている。
 その手下には目もくれず、彼は淡々と自分の本を拾う。

 「お前何しやがった!?」

 もうひとりの手下がこれまた怒りに任せて、殴りかかろうとする。しかし、彼に近づいた途端に、

 「っ!?っく!?っっく!?」

 言葉にならない叫びを喘がせ、もうひとりの
手下も地面に倒れてジタバタ喉を抑えてもがく。

 「ケッ、お前等バカかよ」

 彼は本の土埃を払いながら、冷たい狂気の目で倒れこんでいる手下のひとりを蹴り飛ばす。手下もたまらず声を上げーーようとはしたが、やはり声が出ない。

「お前等!待ってろ俺様がこんな奴ぶっ殺してやるからよ!」

 断谷が決意と怒りを胸抱いた表情で、改造学ランをなびかせて彼に突進した。

 「だからよ。なんでお前等学習しねんだよ…狂っちまえ」
 
 彼は自分の頭に人差し指をトントンと当てて、「頭を使え」のジェスチャーした。
 断谷は手下二人が倒れ込んだところまで来る。このままいくとまた、あの「謎の攻撃」が来る…

 「…っ!」

 断谷は思いっ切り息を吸い込み、口を閉じて彼の拳が届く所まで、一気に走り抜けた。

 「なっ!?お前、息をーー」

 断谷は口を膨らませながら渾身の一撃を、彼にかます。

 「っっっ!!!」

 「こいつ酸欠寸前でーーがぁぁぁぁ!!」

 彼は防御体勢をとったが、右手に本を持ったまま壁まで吹っ飛ばされる。

 「ッハァァ!ハァ…ハァ…大したこと…ねぇじゃねーか…」

 断谷は閉じていた口を大きく開き、精一杯に酸素を取り込んだ。
 
「「ゲホッ!ゲホッ!」」

 断谷が呼吸を整える中倒れていた手下達も嗚咽まじりに復活し、

 「大丈夫か!?お前等!」

 断谷はまだ呼吸を整えてる最中にもかかわらず、復活した手下達の事を心配していた。その行動から「友達思い」だと言うことがわかる。

 「ハァ…ハァハァ…俺等は大丈夫っすけど、断谷さん…俺等が『息ができる』って事は、あの野郎をブッ飛ばせたんすね…」

 手下が喉を押さえながら立ち上がって、彼の事を訊く。断谷はおうと答えて誇らしげなガッツポーズをした。まだ這いつくばって呼吸をする手下に、ソッと手を貸して立たせる断谷が少しだけだが、「漢」の格好良さが見えるようだった。

 「てか、あの野郎はなんの“異能”だったんすかね?」

 手下が壁に寄りかかっている彼に近づきながら、前に居る断谷に訊く。断谷は顔だけを手下に向け、

 「あ?そりゃ簡単だろ?『酸素を操る』“異能”だろ」

 「え?…あー…確かにそうっすね。俺等が共通で息ができなかった理由はそれしかないっすもんね」

 「でもどうやって、ブッ飛ばせたんです?俺等、『コイツに近づいた途端』に息ができなくなったんですよ?もちろん断谷さんは近づいたでしょう?近距離戦は大得意だし」

 手下の疑問に断谷は、は?んな事も考えられねぇのかよと、言って、

 「ガキでも分かんだろ?『息できなかったら我慢する』って!」

 「「えぇー!!」」

 「俺様の“異能”、『一手刀両断』を使う余裕はなかったがな!」

 手下二人は断谷の小学生の様な発想に驚き、肩を落とす。考えてみれば、『酸素を操る』と言う最強に近い“異能”には案外、そんな単純な方法がいいのかもしれない…

 「さぁーて… どうケジメをつけてくれんだ?」

 断谷が指の骨を鳴らしながら、壁にもたれかかる彼の前に立つ。彼は怯えた顔で断谷の方に頭を上げた。爆発頭から癖っ毛に戻ってる…

 「ゆ、許してください!オレ、つい調子に乗っちゃって…めんなさい!もうしませんから!」

 彼は先程の狂気から一転して、弱気な態度になる。だがまただ…微塵も彼から怯えてる感じが伝わらない…自分の“異能”を攻略されてもなお、彼の内部からは不思議と「諦め」を感じれない…

 「許してで済むなら警察はいらねーんだよ!!酸素を奪うならやってみろよ!俺様は何秒だろうと我慢できるがなァァァ!!」

 断谷は彼を無理やり立たせ、手のひらを開いて彼の顔をめがけて掴みかかろうとする。断谷の“異能”「一手刀両断」は触れた物を割る事ができる能力。本気で断谷は彼を割る気だ…
 わたしは壁から出て行こうとするが、兵子さんに止められる。

 「ちょっと兵子さん!助けないと!」

 「待て亜依。アイツはまだ隠してる。推測だが、何かが起こる」

 わたしは兵子さんの言葉信じ踏みとどまって、また壁から顔を覗かせる。断谷の開いた腕は彼のすぐそこまで来ていた。

 「これでお前は、真っ二つーー」

 「狂え…!」

 「ーーや!?」

 断谷の声を裏返る。何故ならそれは、断谷の腕が凍ってしまったからである。
 彼は「酸素を操る」“異能”ではなかったのかと、皆が戸惑っていた。

 「な?お前…『酸素を操る』“異能”じゃねーのかよ…?」

 断谷が驚いたままの表情で、いつのまにか冷たい狂気の目に変わった彼を見る。

 「これも『酸素を操る』事でできる技だぞ?『この場にある空気を圧縮』してお前の腕を『瞬間冷凍』させたんだよ」

 断谷の眉間にしわがよる。それに引き連れて断谷の体が凍ってゆく。彼はそれを見ると自分の本を開いて、

 「人間を凍らせたのは初めてだよ。オレの実験に付き合ってくれてサンキューな。あ…今度はこれもやってみて〜な〜」

 初めて人間を凍らせておいて、目の前で自分は本を読むという狂気的放置プレー。
 手下二人が断谷を助けようと一歩踏み出すが、

 「お前等!それ以上近づくな!」

 「でもこのまま断谷さんが凍ってくのも見てられませんよ!」

 「フンッ!こんな氷はよ、割っちまえばいいんだよッ!!」

 断谷は最初に凍りだした腕の氷を割り、まだ凍っている体を馬鹿力で無理に動かして、彼に今度こそと、腕を伸ばした。

 「『馬鹿正直』って言葉は、お前の為にあるんだな……自分の弱さに狂って死ね」

 「っ…………………………」

 突然、断谷が電池でも切れたかの様にビターンと、棒切れみたい倒れた。感情的になった手下二人も彼に向かって走り出してしまった…

 「野郎!な………………」
 「…っっ………………」

 何の芸もなく顔から真っ逆さまに地面に倒れる。窒素した様なそぶりは無かった…

 「聞こえてねいかもしれんが、『お前の肉体から酸素をーー』馬鹿でもわかる言い方をすれば、『ーー無くした』。ザコ二人からもな」

 彼は本を読むながら冷たい狂気の目で、淡々と説明をして、転がる断谷達を踏んづけて歩きだした。

 「あ」

 手下を踏み越えた所で彼は本をバタンと、両手で閉じると、

 「そこに居る奴ら、出てこいよ」

 壁の向こうで隠れていたわたし達に声をかけた。わたし達は見つかっているなら仕方ないと、ぞろぞろと意を決して壁から姿を表していく。

 「なんか用かよ?」

 里壊くんが警戒心をむき出しに彼に訊く。

 「“異能”持ちはーー三人か…多分」

 彼は本を片手に、わたし達に指を指して“異能”持ちの数を数えた。歪くんは“異能”持ちは感覚で大体わかると言っていた。彼がわたし達の中“異能”持ちの数を当てれたのは、同じ“異能”持ち共通の事なのであろう。

 「だから用はなんだ!」

 兵子さんがマイペースな彼に怒鳴る。その声はビルの壁と壁に反射し、こだまする。

 「えーっと、征上 歪はーーお前だな」

 「人の名前を気安く呼ぶんじゃねぇ!僕の名前知ってんだ、百点!!」

 彼は上げていた指を歪くんに指した。歪くんはいつもみたいに、ちぐはぐで矛盾じみた反応を示してふざけた拍手をした。

 「で、何用かな?僕のファン?サインやろうか?」

 歪くんは首を傾げて彼に訊く。しかしながら、ふざけてる様に見えて目が鋭くなっている。歪くんも一連の流れを見て警戒しているのだろう。
 彼は冷たい狂気の目で、ゆっくりと口を開いた。

 「征上 歪。お前はオレの実験材料だ」

 煌々と輝く太陽を分厚い雲が隠し、より一層路地裏に影が落ちる。

 ビル風が向かい合うわたし達を切り裂いた。
 
Distortionな歪くん 10 「寄り道」 完

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