Distortionな歪くん
Distortionな歪くん 04 「同じ理想」
Distortionな歪くん 04 「同じ理想」
 「さ、疲れたから帰って寝よ」
 倒れこむ断谷、並びに手下二人を足元に、貼りついた笑みの歪は、そう言うと回れ右をして正門の出口へと歩いていく。
 周りの者は、この一連の流れを飲み込めないまま、棒立ちをしている。
 しかし、わたしの頭の中で引っかかっている言葉があった。
   
「僕の理想」ーー
 「わたし自身の理想」が馬鹿にされていたのに、何故、部外者の歪が断谷達まで倒し、それを「僕の理想」と言ったのだ…
 わたしは勇気を振り絞り、いや、何かに突き動かされる様に、その場で鞄の持ち手を握りしめて彼に声をかける。
 「あ、あの!」
 彼は一度止まり、顔だけをわたしに向けた。
 また、目が合っていない。
 「なにか?」
 歪はそのままの表情で、わたしに聞き返す
 しかし、いざ歪に声をかけてみたはいいものの、触れたものを真っ二つに“できる異能”を持つ断谷その他を、形はどうあれたった一人でねじ伏せた彼と話ができるのだろうか?
 わたしは急に怖くなる。
 声がでない。
 わたしがまごまごしていると歪は、無言でスタスタと歩いて正門を出て行った。
 自分の弱さを憎みながら、歪が見えなくなった後で、わたしも正門を出て家に帰った。
 まだ春のはじめだったから、少し冷え込んだ帰り道を歩いた。
 わたしの口から出るこの白い息は、もしかしたら後悔のかけらなのだろうか……心なしか、大きく見えた白い息を眺めながら、わたしそう思った。
 
 
「ただいまー」
 わたしは家のドアを開けながら、「ただいま」を言う。
 すると、キッチンの方からドタドタとやかましく 足音を鳴らしながら、わたしの方に人影が近づいてくる。
 「おかえりー!!!」
 その、近所迷惑にもなりそうな程の大声で、料理の途中だったのか、エプロン姿の母さんが駆け寄ってきた。
 「学校どうだった?友達できた?彼氏できた?先生怖かった?勉強難しくなかった?ちゃんと返事はできた?いじわるされなかった?事故に遭わなかった?怪我はない?」
 ………
 相変わらずの質問責め。
 高校生になっても変わらない。
 「学校はまぁ、悪くなかったよ…友達はできてない。彼氏とか論外。今日はプリント配布とかだったから授業はなかった。返事はちょっと注意された。いじわるも…されなかった。こうして無傷で帰ってこれたし事故はない」
 わたしはそんな母さんに、呆れながら靴を脱ぎ揃え、自分の部屋へ向かうため階段を登りながら、淡々と質問に返答する。
 「それなら良かった!あもうすぐご飯だから呼んだら降りてきてー!」
 「うん」
 母の息継ぎ無しの返答に、わたしは自分の部屋の扉を開けながら、適当な言葉で返す。
 部屋の扉に掛けてある、小学校の頃の宿泊体験で作った、「亜依」と弱々しい字で木に書いてある、ネームプレートが扉が閉まった後に、反動で鳴る。
 はあ、とため息をつき、鞄をそこら辺に投げたわたしは、部屋の窓際の机近くに置いてある椅子に座る。
 「…結局、言えなかったな…」
 わたしは机に頬杖をつきながら後悔に打ちひしがれた。
 最初は、何の努力もせず持って生まれた、勝ち組ような連中が憎くて仕方なかった。嫉妬したんだ。だからわたしはヤケになって断谷に反論した。
                                      もの
 断谷は、他人とは違う“異能”を持っている事から、「優越感」があったのだろう。
 だから、わたし達一般人を“無能”と称して、見下しているんだ…
 けど彼は、征上 歪からは「解放的な劣等感」があった。 わたしを見下していなかった。
 逆に「わたしの理想」を笑った、断谷達を見下していた…歪は何をしたかったのか…?
 
いや、歪はわたしの為に動いたわけではない。歪は自分の為に動いたのだ。自分の理想を笑われたから… 
 つまりは、「わたしの理想」を「僕の理想」と言ったって事は、目指すものは同じなんだ。「同じ理想」なんだ。都合のいい解釈だろうか…でもわたしはーーそうであるならーー
 「亜依ー!ごーはーんー!!」
 はっとわたしは我に帰る。部屋の時計を見ると、今日の事を考えているだけで、もう随分と経っていた。
 「はーい」
 わたしは返事をして、急いで家着に着替えてから下に降りて行く。
 
 食事中に今日あった事を話そうと思ったが、やめることにした。
 きっと母さんでは分からないと思ったからだ。この話はいつかすることにしよう…
                               エゴ
 「あ、そう言えば“異能”って言う、凄い力を持ってるんだっけ?亜依の学校にいる特待生って!」
 
 「へ?知ってたの!?」
 わたしはびっくりして、つい母なみの大声になってしまう。
 母さんは笑いながら何処からかプリントをわたしに出してきた。
 そこには、国立異能高校の“特待生制度”の説明と、“異能”に関する情報が書かれていた。
 「これ?…どうしたの?」
 「あーこれね。亜依が帰ってくるちょっと前かな?ポスト確認したら入ってた!」
 わたしは唖然とする。
 自分の娘がこんな訳の分からない、危険な能力を持つ生徒に囲まれているのが、不安ではないのか?わたしだったら嫌だ。
 「母さん、説明、読んだ?」
 「うん。読んだよ凄いねー!あんたが見てた漫画みたいだね!受験がんばってよかったじゃん!」
 母さんはあいも変わらず、能天気に話す。その能天気さから、本当に信じているのか、嘘だと思って話してるのか、分からなくなってきた。
 「凄いじゃないよ!だって、危ないんだよ?死んじゃうかもしれないんだよ!?母さんはわたしが心配じゃないの!?」
 わたしは立ち上がって激怒する。
 まったくこの能天気さにはついていけない。
 「心配もなにも、あんたはそんな弱い子じゃない!母さんの太鼓判付きの世界一強い子でしょ!ほら、受験頑張ったし!春休みも友達と遊ばないで勉強してたし!」
 母さんは、親バカなほどにわたしん褒めちぎる。しかも褒め方がうまい。わたしの事をよく見ていた証だ。春休みの事は、そもそもわたしが友達がいなかっただけなんだけどね…
 「え、え〜…」
 調子を狂わされたわたしは、空気が抜けるように椅子に座る。
でも、 “異能”を持っている人間は、存在自体がイレギュラー。チーターなのである。
 だから「強い」、「弱い」は、彼らの前ではそれこそ意味をなさない。
 まぁ“異能”を目の当たりにした、わたしだから言えることだけど。
 「はぁ…ま、母さんは相変わらずだね」
 わたしはため息をついて、母さんの薄味のご飯を食べる。
 「『相変わらず』って、何よ〜!」
 
 母さんはあざとく、ぶりっ子みたいに聞き返す。見てるこっちが恥ずかしい…
 
「そーゆとこ」
 母さんの無自覚さには、いっつも振り回される。                                                    
 でも、そんな母さんは、今日起きた嫌な事をわたしから忘れさせてくれる。
 その日の夕飯はいつもよりちょっと、(薄味だけど)美味しく感じられた。
 
ピピピピーーカチャ
 わたしは目をこすりながら、目覚ましを止め、名残惜しいベッドから、ゆっくりと出る。
 「ん、んー!」
 わたしは少しでも眠気を覚ますため、伸びてから、下の洗面台に向かった。
 視界がまだぼんやりしてる。
 わたしは歯磨きをして顔を洗い、メガネをかけた。鏡には、いわゆる高校生デビューの為に入長い髪を切った、ショートヘアーのわたしが映る。
 朝の支度を終えるため、わたしはもう一度自分の部屋に戻り、異能高校の女子の制服である、ブレザーを着る。
 「よし…!」
 わたしはある決意を抱き、小さくガッツポーズをとった。
 
 支度を終えたわたしは、リビングに降りる。
 「あ、おはよ亜依!朝ごはんできてるよ!」
 母はもう朝ごはんを完成させ、いつものトースト二枚をテーブルに置いていた。
 「うん、ありがと」
 わたしはそっと椅子に座り、さっさと平らげた。それから鞄を持ち、玄関の扉に腕を伸ばした時、
 「亜依!」
 母さんが慌てて駆け寄ってきた。
 「な、何?」
 戸惑うわたしに母さんはにんまり微笑んで、
 「いってらっしゃい!」
 わざわざ家事をほっぽり出してまで、それを言いにきたのかと思ったが、よく考えればいつもの事だ。小学生から中学生までいつも暖かい「いってらっしゃい」を言ってくれた。高校生になっても変わらないのだろう。
 「行ってきます…!」
 わたしは母さんに微笑み返す。また、決意が固まった気がした。
 わたしは大きな川と、高くそびえる山に挟まれた、ほとんどの人が寄り付かないほどの僻地にある異能高校に向かった。
  「ふぅ…」
 わたしは立地条件が正直言って悪く、長い通学路に疲れ、小さなため息をつく。一様電車はあるけど、降りてからの道のりが険しいのだ。(わたしがインドアって事もあるけど…)
 「1-A」教室の入り口で、異変に気付く。
 「あいつだろ?えーっとあれ!『正門右手どハマり事件』の犯人」
 「うわ、本当だ。関わりたくねー」
 その声は、教室のある寝癖のついた、男子生徒を指していた。
 彼だ、征上 歪だ。
 歪の周りには誰も寄り付かず、それを気にしてないのか、それとも強がっているのか、歪は貼りついた笑みで、スマホをいじっていた。
 こんな空気の中、話しかけれるのか!?
 今話しかけたら、恐らくきっと、多分!クラスから浮いてしまう!嫌われ者だ!
 いけるのか!?
 わたしはぎこちなく、さりげなく、自分の席に座り、ちょっと後ろを向く。
 後ろでには、まだ歪はピクリともしない、貼りついた笑みでスマホをいじっている。
 
…
 ガダッ
 わたしは気づいたら、もう後ろを向いて席から立っていた。
 教室がざわつく。
 歪は貼りついた笑みで、わたしを見つめていた。目が虚。(もちろん、目はあっていない)
 「あ、あの!あ、あなたの理想は多分!わ、わたしと同じです!」
 唐突に変な事を言ってしまった。これでわたしの華やかな高校生活はパーだ。いや、そもそも入学式で崩れたんだ…もう、失うものは無い!
 「まじ?それまじ?」
 初めて歪と目が合う。
 貼りついた笑みの歪は、スマホを机に置いて虚ろな目でわたしの瞳を覗き込む。
 「は、はい!わたしは、屋上で漫画みたいな青春をして、漫画みたいな部活を作って、漫画みたいな放課後を送るのを、目標にこの学校にきました!!」
 「…」
 歪はびっくりしたかのように急に黙ると、演技がましくゆっくりと、右手で顔を覆い、
 「はぁ…まさか僕と同じ理想を持つ奴がいたとは…驚いた。まさしく青春の1ページ、変わらないあの頃の思い…そうゆうの、嫌いじゃないぜ!?てか、さっきからめっちゃ寂しかった寂しすぎて死ぬとこだった!!」
 後半何を言っているのかは、分からなかったけど、彼は偽りのない、満面の笑みでスマホのSNSのアプリの「友達追加」を出してきた。
 「あ、あの、これは?」
 「僕は本当に友達と認めた奴しか、登録しない…僕の名前は征上 歪!君は選ばれた!えーと、お名前は?」
 歪は立ち上がり、ナルシストのポーズを取りながら、朝の割に高いテンションで自己紹介をする。
 
 何故かちょっと上から目線…
 わたしは、友達追加をしながら答える。
 
 「は、はい!へ、平輪 亜依です」
 「平輪さんか…」
 ピロンッ通知音が鳴り、「歪」と、友達登録がされる。
 「あ、亜依でいいです」
 「おけ、じゃあ僕は、歪で。あ、敬語じゃなくても全然オッケーだからね」
 「わ、わか、った、よ歪…くん…?」
 わたしは慣れないタメ口に戸惑う。
                                              .  .   .  .
 「じゃあ改めてよろしく!平輪さん!」
 「あの、亜依でいい、んだよ?」
 まだ、タメ口に慣れないながらも、わたしは訂正をする。
 「うん、平輪さん!」
 「いや、あの…聞いてます?」
 「うん、聞いてる」
 歪くんは、悪気がないように返事をする。
 「じゃあ、なんで…」
 「いや、僕コミュ障だから、出会ってすぐの人を呼び捨てにするなんて、ムリムリw」
 「えー…」
 意外すぎる。こんなに流暢な会話運びで、コミュ障って…
 「ま、しばらくは平輪さんって呼ぶよ」
 「…うん…よ、よろしく…」
 わたしは苦笑いをする。
 歪くんの虚ろな目は、もうスマホを向いていた。
 ふと、周りを見ると、歪くんとわたしは軽蔑の目で見られていた。
 完全に浮いた…
 けど、わたしは後悔はしていない。むしろ、喜びでしかない。
 思えば、初めてのちゃんとした友達だ…小学校も中学校もなんらかのグループに居たが、ただ、「居た」だけだった…典型的な漫画の主人公みたく相槌を打ってるだけだった…
 そう、典型的な。
 漫画ならその後主人公が何かしら出来事が起きて、学校生活ぎ一変して、そこから個性的な仲間を増やして、「真の友情」と言うものができるのだろう…
 そしてわたしが今、その時。「何かしらの出来事」…歪くんと友達になったこの時、わたしの学校生活が一変するんだ。
 歪くんと一緒ならそうなる気が、心から感じる…
 わたしは小さなガッツポーズで席に戻った。
 窓から見える蒼い、蒼い空が、澄み渡ったわたしの心を映してるかのようだった。
  こうして、わたしの歪で歪んで歪んだ、高校生活が幕を開けたのだった。
 Distortionな歪くん 04 「同じ理想」 完
 「さ、疲れたから帰って寝よ」
 倒れこむ断谷、並びに手下二人を足元に、貼りついた笑みの歪は、そう言うと回れ右をして正門の出口へと歩いていく。
 周りの者は、この一連の流れを飲み込めないまま、棒立ちをしている。
 しかし、わたしの頭の中で引っかかっている言葉があった。
   
「僕の理想」ーー
 「わたし自身の理想」が馬鹿にされていたのに、何故、部外者の歪が断谷達まで倒し、それを「僕の理想」と言ったのだ…
 わたしは勇気を振り絞り、いや、何かに突き動かされる様に、その場で鞄の持ち手を握りしめて彼に声をかける。
 「あ、あの!」
 彼は一度止まり、顔だけをわたしに向けた。
 また、目が合っていない。
 「なにか?」
 歪はそのままの表情で、わたしに聞き返す
 しかし、いざ歪に声をかけてみたはいいものの、触れたものを真っ二つに“できる異能”を持つ断谷その他を、形はどうあれたった一人でねじ伏せた彼と話ができるのだろうか?
 わたしは急に怖くなる。
 声がでない。
 わたしがまごまごしていると歪は、無言でスタスタと歩いて正門を出て行った。
 自分の弱さを憎みながら、歪が見えなくなった後で、わたしも正門を出て家に帰った。
 まだ春のはじめだったから、少し冷え込んだ帰り道を歩いた。
 わたしの口から出るこの白い息は、もしかしたら後悔のかけらなのだろうか……心なしか、大きく見えた白い息を眺めながら、わたしそう思った。
 
 
「ただいまー」
 わたしは家のドアを開けながら、「ただいま」を言う。
 すると、キッチンの方からドタドタとやかましく 足音を鳴らしながら、わたしの方に人影が近づいてくる。
 「おかえりー!!!」
 その、近所迷惑にもなりそうな程の大声で、料理の途中だったのか、エプロン姿の母さんが駆け寄ってきた。
 「学校どうだった?友達できた?彼氏できた?先生怖かった?勉強難しくなかった?ちゃんと返事はできた?いじわるされなかった?事故に遭わなかった?怪我はない?」
 ………
 相変わらずの質問責め。
 高校生になっても変わらない。
 「学校はまぁ、悪くなかったよ…友達はできてない。彼氏とか論外。今日はプリント配布とかだったから授業はなかった。返事はちょっと注意された。いじわるも…されなかった。こうして無傷で帰ってこれたし事故はない」
 わたしはそんな母さんに、呆れながら靴を脱ぎ揃え、自分の部屋へ向かうため階段を登りながら、淡々と質問に返答する。
 「それなら良かった!あもうすぐご飯だから呼んだら降りてきてー!」
 「うん」
 母の息継ぎ無しの返答に、わたしは自分の部屋の扉を開けながら、適当な言葉で返す。
 部屋の扉に掛けてある、小学校の頃の宿泊体験で作った、「亜依」と弱々しい字で木に書いてある、ネームプレートが扉が閉まった後に、反動で鳴る。
 はあ、とため息をつき、鞄をそこら辺に投げたわたしは、部屋の窓際の机近くに置いてある椅子に座る。
 「…結局、言えなかったな…」
 わたしは机に頬杖をつきながら後悔に打ちひしがれた。
 最初は、何の努力もせず持って生まれた、勝ち組ような連中が憎くて仕方なかった。嫉妬したんだ。だからわたしはヤケになって断谷に反論した。
                                      もの
 断谷は、他人とは違う“異能”を持っている事から、「優越感」があったのだろう。
 だから、わたし達一般人を“無能”と称して、見下しているんだ…
 けど彼は、征上 歪からは「解放的な劣等感」があった。 わたしを見下していなかった。
 逆に「わたしの理想」を笑った、断谷達を見下していた…歪は何をしたかったのか…?
 
いや、歪はわたしの為に動いたわけではない。歪は自分の為に動いたのだ。自分の理想を笑われたから… 
 つまりは、「わたしの理想」を「僕の理想」と言ったって事は、目指すものは同じなんだ。「同じ理想」なんだ。都合のいい解釈だろうか…でもわたしはーーそうであるならーー
 「亜依ー!ごーはーんー!!」
 はっとわたしは我に帰る。部屋の時計を見ると、今日の事を考えているだけで、もう随分と経っていた。
 「はーい」
 わたしは返事をして、急いで家着に着替えてから下に降りて行く。
 
 食事中に今日あった事を話そうと思ったが、やめることにした。
 きっと母さんでは分からないと思ったからだ。この話はいつかすることにしよう…
                               エゴ
 「あ、そう言えば“異能”って言う、凄い力を持ってるんだっけ?亜依の学校にいる特待生って!」
 
 「へ?知ってたの!?」
 わたしはびっくりして、つい母なみの大声になってしまう。
 母さんは笑いながら何処からかプリントをわたしに出してきた。
 そこには、国立異能高校の“特待生制度”の説明と、“異能”に関する情報が書かれていた。
 「これ?…どうしたの?」
 「あーこれね。亜依が帰ってくるちょっと前かな?ポスト確認したら入ってた!」
 わたしは唖然とする。
 自分の娘がこんな訳の分からない、危険な能力を持つ生徒に囲まれているのが、不安ではないのか?わたしだったら嫌だ。
 「母さん、説明、読んだ?」
 「うん。読んだよ凄いねー!あんたが見てた漫画みたいだね!受験がんばってよかったじゃん!」
 母さんはあいも変わらず、能天気に話す。その能天気さから、本当に信じているのか、嘘だと思って話してるのか、分からなくなってきた。
 「凄いじゃないよ!だって、危ないんだよ?死んじゃうかもしれないんだよ!?母さんはわたしが心配じゃないの!?」
 わたしは立ち上がって激怒する。
 まったくこの能天気さにはついていけない。
 「心配もなにも、あんたはそんな弱い子じゃない!母さんの太鼓判付きの世界一強い子でしょ!ほら、受験頑張ったし!春休みも友達と遊ばないで勉強してたし!」
 母さんは、親バカなほどにわたしん褒めちぎる。しかも褒め方がうまい。わたしの事をよく見ていた証だ。春休みの事は、そもそもわたしが友達がいなかっただけなんだけどね…
 「え、え〜…」
 調子を狂わされたわたしは、空気が抜けるように椅子に座る。
でも、 “異能”を持っている人間は、存在自体がイレギュラー。チーターなのである。
 だから「強い」、「弱い」は、彼らの前ではそれこそ意味をなさない。
 まぁ“異能”を目の当たりにした、わたしだから言えることだけど。
 「はぁ…ま、母さんは相変わらずだね」
 わたしはため息をついて、母さんの薄味のご飯を食べる。
 「『相変わらず』って、何よ〜!」
 
 母さんはあざとく、ぶりっ子みたいに聞き返す。見てるこっちが恥ずかしい…
 
「そーゆとこ」
 母さんの無自覚さには、いっつも振り回される。                                                    
 でも、そんな母さんは、今日起きた嫌な事をわたしから忘れさせてくれる。
 その日の夕飯はいつもよりちょっと、(薄味だけど)美味しく感じられた。
 
ピピピピーーカチャ
 わたしは目をこすりながら、目覚ましを止め、名残惜しいベッドから、ゆっくりと出る。
 「ん、んー!」
 わたしは少しでも眠気を覚ますため、伸びてから、下の洗面台に向かった。
 視界がまだぼんやりしてる。
 わたしは歯磨きをして顔を洗い、メガネをかけた。鏡には、いわゆる高校生デビューの為に入長い髪を切った、ショートヘアーのわたしが映る。
 朝の支度を終えるため、わたしはもう一度自分の部屋に戻り、異能高校の女子の制服である、ブレザーを着る。
 「よし…!」
 わたしはある決意を抱き、小さくガッツポーズをとった。
 
 支度を終えたわたしは、リビングに降りる。
 「あ、おはよ亜依!朝ごはんできてるよ!」
 母はもう朝ごはんを完成させ、いつものトースト二枚をテーブルに置いていた。
 「うん、ありがと」
 わたしはそっと椅子に座り、さっさと平らげた。それから鞄を持ち、玄関の扉に腕を伸ばした時、
 「亜依!」
 母さんが慌てて駆け寄ってきた。
 「な、何?」
 戸惑うわたしに母さんはにんまり微笑んで、
 「いってらっしゃい!」
 わざわざ家事をほっぽり出してまで、それを言いにきたのかと思ったが、よく考えればいつもの事だ。小学生から中学生までいつも暖かい「いってらっしゃい」を言ってくれた。高校生になっても変わらないのだろう。
 「行ってきます…!」
 わたしは母さんに微笑み返す。また、決意が固まった気がした。
 わたしは大きな川と、高くそびえる山に挟まれた、ほとんどの人が寄り付かないほどの僻地にある異能高校に向かった。
  「ふぅ…」
 わたしは立地条件が正直言って悪く、長い通学路に疲れ、小さなため息をつく。一様電車はあるけど、降りてからの道のりが険しいのだ。(わたしがインドアって事もあるけど…)
 「1-A」教室の入り口で、異変に気付く。
 「あいつだろ?えーっとあれ!『正門右手どハマり事件』の犯人」
 「うわ、本当だ。関わりたくねー」
 その声は、教室のある寝癖のついた、男子生徒を指していた。
 彼だ、征上 歪だ。
 歪の周りには誰も寄り付かず、それを気にしてないのか、それとも強がっているのか、歪は貼りついた笑みで、スマホをいじっていた。
 こんな空気の中、話しかけれるのか!?
 今話しかけたら、恐らくきっと、多分!クラスから浮いてしまう!嫌われ者だ!
 いけるのか!?
 わたしはぎこちなく、さりげなく、自分の席に座り、ちょっと後ろを向く。
 後ろでには、まだ歪はピクリともしない、貼りついた笑みでスマホをいじっている。
 
…
 ガダッ
 わたしは気づいたら、もう後ろを向いて席から立っていた。
 教室がざわつく。
 歪は貼りついた笑みで、わたしを見つめていた。目が虚。(もちろん、目はあっていない)
 「あ、あの!あ、あなたの理想は多分!わ、わたしと同じです!」
 唐突に変な事を言ってしまった。これでわたしの華やかな高校生活はパーだ。いや、そもそも入学式で崩れたんだ…もう、失うものは無い!
 「まじ?それまじ?」
 初めて歪と目が合う。
 貼りついた笑みの歪は、スマホを机に置いて虚ろな目でわたしの瞳を覗き込む。
 「は、はい!わたしは、屋上で漫画みたいな青春をして、漫画みたいな部活を作って、漫画みたいな放課後を送るのを、目標にこの学校にきました!!」
 「…」
 歪はびっくりしたかのように急に黙ると、演技がましくゆっくりと、右手で顔を覆い、
 「はぁ…まさか僕と同じ理想を持つ奴がいたとは…驚いた。まさしく青春の1ページ、変わらないあの頃の思い…そうゆうの、嫌いじゃないぜ!?てか、さっきからめっちゃ寂しかった寂しすぎて死ぬとこだった!!」
 後半何を言っているのかは、分からなかったけど、彼は偽りのない、満面の笑みでスマホのSNSのアプリの「友達追加」を出してきた。
 「あ、あの、これは?」
 「僕は本当に友達と認めた奴しか、登録しない…僕の名前は征上 歪!君は選ばれた!えーと、お名前は?」
 歪は立ち上がり、ナルシストのポーズを取りながら、朝の割に高いテンションで自己紹介をする。
 
 何故かちょっと上から目線…
 わたしは、友達追加をしながら答える。
 
 「は、はい!へ、平輪 亜依です」
 「平輪さんか…」
 ピロンッ通知音が鳴り、「歪」と、友達登録がされる。
 「あ、亜依でいいです」
 「おけ、じゃあ僕は、歪で。あ、敬語じゃなくても全然オッケーだからね」
 「わ、わか、った、よ歪…くん…?」
 わたしは慣れないタメ口に戸惑う。
                                              .  .   .  .
 「じゃあ改めてよろしく!平輪さん!」
 「あの、亜依でいい、んだよ?」
 まだ、タメ口に慣れないながらも、わたしは訂正をする。
 「うん、平輪さん!」
 「いや、あの…聞いてます?」
 「うん、聞いてる」
 歪くんは、悪気がないように返事をする。
 「じゃあ、なんで…」
 「いや、僕コミュ障だから、出会ってすぐの人を呼び捨てにするなんて、ムリムリw」
 「えー…」
 意外すぎる。こんなに流暢な会話運びで、コミュ障って…
 「ま、しばらくは平輪さんって呼ぶよ」
 「…うん…よ、よろしく…」
 わたしは苦笑いをする。
 歪くんの虚ろな目は、もうスマホを向いていた。
 ふと、周りを見ると、歪くんとわたしは軽蔑の目で見られていた。
 完全に浮いた…
 けど、わたしは後悔はしていない。むしろ、喜びでしかない。
 思えば、初めてのちゃんとした友達だ…小学校も中学校もなんらかのグループに居たが、ただ、「居た」だけだった…典型的な漫画の主人公みたく相槌を打ってるだけだった…
 そう、典型的な。
 漫画ならその後主人公が何かしら出来事が起きて、学校生活ぎ一変して、そこから個性的な仲間を増やして、「真の友情」と言うものができるのだろう…
 そしてわたしが今、その時。「何かしらの出来事」…歪くんと友達になったこの時、わたしの学校生活が一変するんだ。
 歪くんと一緒ならそうなる気が、心から感じる…
 わたしは小さなガッツポーズで席に戻った。
 窓から見える蒼い、蒼い空が、澄み渡ったわたしの心を映してるかのようだった。
  こうして、わたしの歪で歪んで歪んだ、高校生活が幕を開けたのだった。
 Distortionな歪くん 04 「同じ理想」 完
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