黄金の将《たった3人の軍団》

ごぼうチップス

第一章 11

アドート軍の野営地は地獄と化した。
燃え上がるテント群。
土壁に囲まれ、撤退も脱出もできない絶望的な状況。
しかも、攻めいるはずの敵国の部隊に奇襲を掛けられ、約6000人の兵士が地に伏した。
残りの半分の歩兵と指揮官は状況を必死に把握する事に時間を奪われていた。
そんな時だ。副官のミラーズと彼の指揮下にいた騎兵隊たちがこの場から撤退しようとし、炎に巻かれ全滅したとの報告が入ったのは。
「愚か者め、運良く撤退できたとしても、敵前逃亡で軍法会議モノだぞ」
ハーメスは怒りを通り越し、呆れるように吐き捨てるように呟く。
「しかし、このままでは、いずれ我々も」
「将軍、何とかして我々だけでも撤退しましょう!」
「そうです。撤退後、再起を図ればよいのです」
「わかっている。だが、敵を1人も倒さず、おめおめ逃げ帰っては、どのような目に会うか」
アドート皇帝『カシム・ボレノグ・ムシャー』は、苛烈な人間だった。
一兵卒から成り上がり、多大な軍功によりアドート軍を駆け上がってきたカシム皇帝は、根っからの軍人であった。
戦いによって己の存在理由を証明してきた男だ。もし何の成果も出さず、自国へと逃げ帰れば、ここにいる全員の首が飛びかねない。
その恐ろしい一面を、ハーメスはよく理解していた。
「・・ねえ、何の話をしているの?」
その時だった、ハーメスの後ろ、指揮所の中から1人の女の子が出てきたのは。
「「えっ?」」
複数のアドート兵が驚いた様子で彼女を見る。
当然だろう。なにせここは戦場、いや、ここが戦場に変わっていなくても、場違いである事には変わりはなかった。
「ルシアか。なぜ出てきた?」
「おじさんたちが、お外で騒がしかったから」
「ル、ルシア様、すみません!ほら、お前たちも」
どうやら、一部の兵士たちは、このお嬢さんを知っているようだった。しかも、この子に頭を下げろと言う。
「ど、どうして?」
「この方はな。将軍の養女様お子さまで、しかも現在、アドート帝国内において唯一、魔装具『プーレガドー』を起動できたお方なのだぞ!」
彼女の存在を知らなかった一部の兵士たちは、その言葉を聞いた後、動揺を隠せないでいた。そして直ぐに、同じく彼女に頭を下げる。
「そう言うの、別にいい」
ルシアはそう言うと、ハーメスの顔をまじまじと見る。
「な、何だ?」
「何があったの?」
「敵襲だ。フォルデギウス軍が攻めてきたのだ」
「それ、敵。私が戦う相手?」
「そうだ。まあ、本来なら、敵の本国内で暴れてもらう計画だったのだがな」
「なら、私が戦う。敵は、どこ?」
「わからん。今はあちこちで混乱しているのだ。散発的に、戦闘が行われいる。おそらく、ここにもいずれ敵が来るだろう」
「私の方から行く?待つ?」
それを聞いて、ハーメスは迷いを見せる。
「将軍、ここはルシア様の自由にされてはいかがでしょう。敵はルシア様の力を知りません。十分に効果的ではないかと」
1人の兵士が進言すると、ハーメスは何かを決めたようだった。
「わかった。その進言、聞き入れよう。ルシア」
「なに?」
「お前の自由にしていい。敵を見つけ、お前の力を存分に振るえ」
「それって、敵を殺していい?」
「ああ、そうだ」
「わかった。やっつけてくる」
ルシアはそう言うと、いったん指揮所の中へと戻っていく。
そして数分後、何かを持って外へと出てきた。
「あ、あれが魔装具『プーレガドー』か」
「まさか、あ、あれが?」
兵士たちは驚きを隠せない。
それは魔装具と言うよりは、武器や兵器と言うよりは、まるで人形のようだったからだ。
「では、行けルシア」
「うん、行ってくる。じゃあ、行こうか。プーちゃん」
ルシアはプーレガドーと呼ばれた魔装具を抱え、どこかへと走っていった。




「だいぶ、倒したわね」
「でも、まだまだいますよ!」
「ほら、悠長に話しているから、敵に囲まれたじゃない!」
「貴女たち、いい加減喋ってないで集中しなさい!」
ノヴァが全員に活を入れると、持っていた槍を構え直す。
10人かいや、20人くらいだろうか。アドート兵が彼女たちの周りを囲むように距離を詰めてきた。
くそ、連戦の連戦で、気が散っていた。
彼女たちを叱ったご身分でありながら、自分がへばっていてはどうする?
ノヴァは、自分自身にも活を入れる。
「こんな奴ら、わたくしたちの敵ではありませんわ!そうですわよね、ノヴァ様?」
「ケリー。ええ、その通りよ」
ノヴァはそう言うと、
「さあ、後少しよ。気合いを入れなさい!」
「「aye aye!」」
ヴァルキュリア部隊の結束がより強くなったその時だった。
「どいて、そこどいて」
「「えっ?」」
数名のアドート兵が横へとずれていくと、そこから1人の女の子が現れる。
「ここは私一人で十分。だから、しっしっ」
女の子はそう言うと、アドート兵たちをその場から下がらせる。
ノヴァ含め、ヴァルキュリア部隊全員がその現実離れした光景に、その異様な光景に言葉を失っていた。
その場違いな彼女は、抱えていた人形をギュッと抱きしめてニコリと笑っていたのだった。




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