王様の猫2 ~キミは運命の番~ 《獣人オメガバース》

夜明けのワルツ

胸騒ぎ

─── その日は朝から落ち着かなかった





クレールの森の統治者・アランは、心ここにあらずといった風情で朝議の間に姿を現した。

カツカツと足早にブーツのかかとを鳴らし、指定席である王の椅子にさっと腰を下ろすやいなや、すぐに重要な案件のみ報告を求める。その目は虚空をにらみ据えたままで、誰とも目を合わせようとしない。

普段の様子とはかけはなれた余裕のない雰囲気に、朝議に出席しているものたちは何事かと顔を見合わせた。



「王よ、一体どうされたのです?」



数件の報告のみに耳を傾けすばやく指示を飛ばし、すぐに朝議を切り上げた王に、腰を浮かせた山羊の角をもつ重臣・ザラスが静かに問う。

すでに扉の前まで来ていたアランは足を止め、神妙な面持ちで振り返った。



「今朝目を覚ましたときからなにやら胸騒ぎがする。…森のようすを探りに行ってくる」



めったなことは口にしない慎重な王の不穏な発言に、重臣たちはいっせいにざわめいた。騎士団長である屈強な熊の獣人・ガレウスが一歩前へ進み出る。森へ探索隊を派遣しては、との騎士団長の意見を、しかしアランは即座に却下した。



「そこまでする必要はない。私一人で充分だ」

「それはなりません! 御身のためにも護衛を…」

「いらぬ。ただの気の迷いかもしれぬから誰もついてくるな」

「しかし」

「くどい!」



「王よ…!」「お待ちください!」と引き留めようとする重臣たちを振り切るように、すばやくドアを開け退出した。アランは一刻も早く森へ行きたくてたまらなかった。



明確な理由もなく疎かにすることはできないという思いから、朝議の間に足を向け参加したものの、理由のわからない焦燥は募るばかりだ。報告を受けた案件はどれもたいした内容ではなく、アランはすぐに森に向かわなかった己に苛立っていた。逸る気持ちを押さえきれず走り出す。





 ─── 早く行かねば……! 





カッと光が炸裂し、無意識のうちに獣型に転じていた。

長い回廊を疾走する銀狼姿の王に、居合わせたものたちは瞠目した。だが、強大な力を有する α(アルファ) の気迫にのまれ、怯え縮こまり、つぎつぎ道を開けていく。

殺気立った王の妨げとなるものはなにもなかった。必死に追う護衛騎士を瞬く間に引き離し、アランは城をとびだし森の中へと姿を消した。







      ※







王が去ったあとの朝議の間では、取り残された重臣たちが不安感から右往左往していた。



最古参の山羊獣人・ザラスは、大きなため息をついて、その白く長い髭を揺らした。となりに立つ騎士団長・ガレウスにすがるような目を向ける。



「護衛は王についていますかな…?」

「……すぐに後を追わせましたが銀狼姿の王についていけるものはこの国にはおりません。おそらく一時的に見失うでしょう。が、気配を辿ってかならずや見つけ出すでしょう」



騎士団長の言葉に、ザラスは弱々しく頷いた。曲がりはじめた腰をさすりながら椅子に腰をかける。



「ザラス殿は王の発言をどう思われますか」



今度は騎士団長がザラスに水を向けた。クレールの森を守護する騎士団の長としては、異変と聞いてはいてもたってもいられないのだろう。王にはとめられたが、命が下ればいつでも出立できるようにと探索隊の編成を部下に指示していた。



長いあご髭をゆっくり撫でながら、ザラスは先程の王の様子を思い返した。



朝議の間に現れたときの考え込む表情。そわそわと落ちつかない様子と、去り際の苛立ち。そして、強情な物言いと隠しきれない焦燥感──





─── あれはもしや





ザラスはかすかに人差し指をまげてみせた。腰を折り顔を寄せた騎士団長以外に聞かれぬようささやく。



「王はツガイさまの存在を察知したのではないでしょうか…」



その言葉に騎士団長は目を見張った。ゆっくり起き上がると筋肉の盛り上がった腕を組んで、無言で小さく頷く。──たしかに。



この世界に住まう獣人たちはみな、ツガイ相手を探し求めて生きている。

同種のみならず、異種であっても、お互いが好ましいと思えればツガイ関係は成立する。

たいていは出会った瞬間に心惹かれ合うものだが、アランの様子はそれとは少し違うようだった。



姿を目にしたわけでもなく、声を聞いたわけでもなく、匂いを嗅ぎとったわけでもなく。ましてや気配さえ読めないほどの距離を越えて、心を揺さぶられたのだとしたら。





それはつまり、唯一無二の《運命》の相手ということだ。





 ─── 王は本能に導かれ、運命のツガイを迎えに行ったに違いない…





同じ結論に至ったらしい騎士団長と目が合い、静かに笑みを交わす。



アランが無事にツガイ相手を連れて帰ってこれるように、ザラスは心のなかでそっと神に祈りを捧げた。








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