転生したら妖狐な幼女神になりました~前世の記憶と時空創造者~
アクアの愛は振り切れていた!
少し眠くなるお昼前、サロンの窓からはソファーの上のボクを包み込むように温かな日差しが差し込んでいた。
「ん~。眠い。どうしてこうお昼前は眠くなるんだろう」
ボクはソファーの上に寝転ぶと、自分の青銀色の美しい毛並みの尻尾をお腹の方に持ってきて抱え込む。
長く大きなふさふさの尻尾は、体を丸めるボクの顔に当たる。
そしてそのまま軽く頬ずりし、その毛並みを堪能する。
至福だ。
自分の尻尾とはいえ、この手触りと気持ち良さは癖になりそうだ。
暖かな日差しに包まれ眠気に誘われる中、ボクは自分の尻尾を堪能していた。
「はぁ~。この微睡んでる時間の素晴らしいこと。柔らかな尻尾に包まれてボクは幸せだよ」
この瞬間、ボクの頭からは『学園入学』の文字は消え去っていた。
そう、ボクはもうすぐ人界の学園に入学しなければいけないのだ。
もちろん逃げることもできる。
でも通わなければいけない理由があった。
「はぁ~。まさか学園入学が『探求者』になるための一番の近道だなんて、誰も思わないよねぇ~」
ボクが降り立つ人界の国『グランアルベスタ王国』には、『グランアルベスタ王立学園』がある。
このグランアルベスタ王立学園は第一校舎と第二校舎があり、第一校舎は男爵位までの貴族と平民が共に学び、第二校舎では子爵位以上貴族が学ぶようになっている。
なぜこのような分け方をしているかといえば、男爵位までの貴族は平民との関わりが多いからだ。
逆に、子爵位以上の貴族は平民との関わりが減り、貴族たちの輪の中で生活することが多くなる。
このため、グランアルベスタ王立学園ではこのような分け方をが存在しているのだ。
そうでなくとも、騎士爵や準男爵、男爵などは他の貴族たちからは下級貴族として見下されることが多い。
二百年以上前の知識で申し訳ないけど、その昔この国では一代貴族制度を採用していた。
一代貴族たちは子に爵位を引き継がせるために貢献度を上げ、世襲制貴族を目指していた。
現在でも同じかは分からないけど、今も同じだとしたら一代貴族は男爵家だけとなっているだろう。
何にしても男爵家までの爵位は子爵以上の爵位と比べてはく奪されやすく、存続にたりえる功績を作る必要があった。
なので、自己努力をして子が爵位を維持できるようにしたり、または陞爵(しょうしゃく)して子爵以上を目指していた。
「アリス様? そのようにソファーの上で丸まっていますと、誰かに荷物と間違われてしまわれてしまいますよ?」
微睡ながら考え事をしているボクの耳に、聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
アクアだ。
アクアの声は似たような話し方をするエメと比べると高めなので分かりやすい。
「ん~。だって眠くて」
温かい日差しの下で微睡むのは最高なのだ。
「ふふ。もうすぐお昼ですのに。そうそう、アリス様が通われるグランアルベスタ王立学園ですが、予定通り第一校舎に平民として入学することになります。爵位持ち以外の方は無料となっていますので、たくさんの平民の方が入学していますから、ケンカなどなさらないでくださいね?」
「アクアはボクを暴れん坊として見てるのかな? まったく……。それはそうと、平民にも教育が行き渡り始めてるんだね?」
ボクがそう問いかけると、アクアは小さく頷いた。
グランアルベスタ王立学園は王立でありながらも、それなりの入学金と授業料が必要とされているため、貴族たちは四苦八苦しながらその入学金を用意して入学する。
その金額は爵位によって異なり、子爵以上から徐々に金額が増えていく。
それと比べると下級貴族には多少優遇措置が施されており、騎士爵以上男爵未満の爵位の家は、家計に負担がない程度に設定された金額を払うことと決められている。
もちろん平民には簡単に出せるはずもなく、一般的な平民はその為に積み立てをする必要があった。
ましてや貧民には出せるはずもないため、今まで教育の機会はまったくなかったようだ。
そこで登場するのがボクたち『アーレシオン商会』というわけ。
ボクたちの商会は王に交渉し、貧民や難民を含む平民たちの寮での衣食住費用、学園に通うための入学金や授業料をボクたちが全部もつことにした。
その甲斐もあって現在、グランアルベスタ王立学園の第一校舎には多くの平民が通うようになった。
その結果何が起きたかというと、人々の平均学力が上昇し、グランアルベスタ王国は他の国とは比べ物にならないほど豊かになった。
これにより現在のグランアルベスタ王国は、平民たちも生活を楽しむ余裕が出来たのだ。
アーレシオン商会は平民や一般的な商人たちのための商会なので、まさに目論見通りに事が進んだというわけなのである。
「はい。そのおかげでしょうか、王国の各町は犯罪発生率が急激に低下しました。他国も驚いているようです。そのせいかグランアルベスタ王国に続けとばかりに各国も平民の学力向上という政策、採用を開始しましたが、資金面やノウハウの問題からあまり進んでいないようです」
「だろうね~。まぁボクたちの商売の仕方がある意味ズルみたいなものだから、資金力で敵うわけないんだよね」
やっぱり、世界中の風や空気を司る風の精霊王、エメラルディアの力はすごいとボクは思った。
崇めとく?
「アリス様~! お昼ですよ~?」
廊下の方からボクを呼ぶ声が聞こえてくる。
呼んでいるのはトパーズのようだった。
「あ、もうお昼なのかぁ。ちょっと眠かったし、ちょうどいいか」
「もう、トパーズったら……。直接出向いて用件を伝えなさいとあれほど――「まぁまぁ、ボクは構わないから」」
やや怒気を孕んだ声でそう話すアクアを制しつつ、ボクは昼食を取るために食堂へと向かった。
その途中にある鏡の前で、少しだけ乱れた毛並みや服装を整え、鏡に向かってくるりと一回転した。
うん、今日もボクの毛並みは最高だ。
「アリス様は妖狐族の血を得てから変わりましたね。前はさほど服や髪の毛の乱れには無頓着でしたのに、今では尻尾の毛の一本一本まで丹念に手入れをしていますし」
アクアはやや不思議そうにボクを見ながらそう言ってくるので、ボクは「当然じゃん」と胸を張って答えた。
妖狐族になってから、毛並みの大切さや耳や尻尾の触り心地や匂いにまで気を遣うようになった。
誰かに触らせるためではなく、自分が触って気持ちいいから夢中になって手入れしているのだ。
毛並みコンテストがあるなら出たいくらい、今のボクは自分の毛並みに自信を持っている。
「あ、でも、人界に行ったら無闇に毛の手入れは出来ないんだよね……。そもそも人化するわけだし……」
ボクは重大な事実に気が付き、衝撃を受けて崩れ落ちる。
そしてそのまま、絨毯に両手をつき項垂れた。
「アリス様、人前では無理でしょうが、プライベートスペースやエリュシオンに来られる際にしっかりと手入れをしてはいかがでしょうか? 人界ではその……」
「あぁ、いいよ。わかってる。いつでも帰れるように自分の部屋にゲートを設置しよう。そうしよう!」
考えてみればずっと人界に居なければいけないわけではないのだ。
むしろ、自分の部屋に帰ったらその時点でエリュシオンへと渡れば何の問題もないではないか!
ビバ! 尻尾!
ビバ! 狐耳!!
ボクの気分は瞬く間に回復、限界突破してしまう。
「ふふ。よかったです。アリス様が機嫌を直されて。それほどまでに大切なのですね。私たちにはありませんからわかりづらいですが」
「当然! むしろ何で前世のボクは耳や尻尾を持たなかったんだろうね? まぁあの時はルナがいたし、それで満たされていただけなのかも」
「本当に、ルナ様を愛していらっしゃったんですね」
「当然だよ!!」
もしまた再びルナに出会える日が来たら、ボクはルナと耳や尻尾の触り合いをしたいと思う。
ルナ、転生しないかな~。
「さ、食事に行くよ!」
ボクはアクアに笑顔でそう言う。
「はい。アリス様」
アクアはボクに笑顔を返し、そっとボクを抱き上げると食堂へと一緒に向かった。
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