ゾンビになって生き返ったので 復讐してやる
サイドストーリー 「天地の竜vs悪魔」(後編)
戦いが始まってから彼らがすぐに「限定進化」を発動しなかった理由は、それらの力があまりにも強大過ぎるからである。仲間を巻き込むことはもちろん、彼らのうち一人でもその力を行使すると、国を半壊させてしまう。故に二人は序盤は人型のままで持てる力を出すことに専念していた。
しかし今は近くに守るべき者たちはいないことから、こうして自身にかけていた枷を外して、内なる力を全て解放した。
3人が進化した直後、激しい雷雨が降り始めた。それを引き起こしたのは、白き蛇竜と化したカブリアスだ。進化した彼は天候をも武器とすることができる。水を操って大雨を、雷を操って激しい雷を、風を操って嵐を全て意のままに発生させることが出来る。
「親父、心配すんな?誤爆なんて間抜けはしないから、あの魔人を殺すことだけ集中してな」
「ふん。俺のお前への信頼度を舐めるな。言われなくても全く気にしてねーさ」
空に浮いているカブリアスの言葉に、地に君臨する赤き蛇龍と化したエルザレスは軽口で返す。
「天の竜と地の龍、か。面白い組み合わせだな...」
そして三人目の進化を遂げた男の姿は...お伽噺にでも出てきそうな“悪魔”そのものだった。頭には純黒の角、背には闇色の翼、そして赤い瞳を湛えた魔人...ヴェルドは二人の姿を見て興味深そうに呟く。
「見世物じゃねーぞ悪魔が......“龍の嵐息吹”」
空間が歪んで見える錯覚を見せるオーラを放つヴェルドに怯むことなくエルザレスが
嵐を凝縮したブレスを放つ。くらえばズタズタになるか破裂して消えるかの絶命ブレスを、
「ちゃんと見かけ倒しではないようだな。威力がさっきと桁違いだ」
“魔王刃”
難無く魔剣で両断してみせた。
「あっさり防いでおいてよく言うぜ」
ブレスが破られたことに動揺することなくエルザレスは接近攻撃を仕掛ける。超凝縮されている筋肉質の腕を音速で振るって魔力を纏った爪裂き(クロー)を放つ。
“天裂《あまさ》き”
空間を削り取るか如くのクロー攻撃に対しヴェルドは魔法を放って対抗する。
“雷矛《らいほこ》”
エルザレスの爪をバリバリと音を立てて青黒い雷の矛が止める。
「おおおおおおおおお!!」
一撃では終わらずエルザレスは何度もクロー攻撃を敢行する。ヴェルドも至近距離系の魔法と錬成した魔剣で応戦する。
「接近戦は相変わらず得意か」
「武術の腕は俺がいちばんだ......“九頭龍武撃《くずりゅうぶげき》”」
爪を解除したエルザレスはさらに超音速で拳と蹴りを次々に放つ。その一挙手一投足は、まるで龍が飛んでくるよう。
「お前は武を極めたのかもしれないが、俺は剣術を極めている」
“悪魔の剣乱舞《けんらんぶ》”
エルザレスが放つ超音速の武撃に対し、ヴェルドも同じ速さの剣撃で抗戦...否、躱してその際にエルザレスに数太刀を浴びせている。
「何て......剣速だ...!」
「身体能力の違いだ......死ね――」
“白竜の巨雷”
ヴェルドが神速の一太刀を浴びせようとしたその時、青白い巨大な落雷が彼を襲った。カブリアスの魔法だ。
「粉々になれ。“嵐竜の氾濫獄渦”」
「おまけだ―――“終焉齎す地変”」
落雷をくらって硬直したヴェルドにさらにカブリアスが国一つを破壊する規模の魔法を放つ。激しく吹き荒れる嵐と氾濫している水でできた渦を発生させてヴェルドを閉じ込める。この渦に閉じ込めらた生物は、たとえ災害レベルであろうと全身がバラバラに引き千切ぎられてただの肉片と化すと言われている大災害の渦は、激しくうねりを立てながら獲物を蹂躙していく。
さらにエルザレスの最強の大地魔法が下から襲い掛かる。大地が剣山のように変形してまるで意思を持ったかのように一斉にヴェルドを襲った。
二人のこの合わせ技は...恐らく序列下位の魔人族をも滅ぼすとされる威力であろう。
“無に帰す黒闇”
ボシュウウウウウウウ.........ッ
そんな世界最強規模の二つの魔法は、たった一人の暗黒魔法によって消されてしまった...。
「...!?」
「魔人族序列2位......ここまでとは...」
カブリアスもエルザレスも、こればかりには動揺を隠せずにはいられなかった。同時にやや息も切らせている。お互いに全力で魔力を込めて放ったのだから当然である。
「お前らの魔法が、それらを遥かに上回る俺の魔法に敵う道理は無い」
赤い瞳をぎらつかせながら冷たく言い放つヴェルド二人とも冷や汗を流しながら睨む。
しかし......
ズオオオオオ――!
(......!!)
「「っ...!」」
突如強大過ぎる戦気を感知した3人は戦慄する。エルザレスとカブリアスはせいぜい眉を顰めた程度だったが、ヴェルドは完全に注意を散漫させてしまい、二人から目を逸らして別の方向へ目を向けた。
ヴェルドが戦気に気を取られてしまったのは無理もない。今しがた感知した戦気の規模が、竜人二人が感知したのと同じだったのなら彼も過剰に反応はしなかっただろう。
ヴェルドが過剰に反応してしまった原因は魔人族の戦気の感知力の良さにある。彼らの感知力は非常に優れていて、他の魔族と違って彼らは死んだ生物の戦気をも正確に感知することも出来る。
つまりヴェルドが気を取られた理由、それは...桁違い過ぎる戦気を二つも感知してしまっていたからだ。
(馬鹿な......父上と同じ規模の戦気だと...!?)
一方ヴェルドが何故あんなにも過剰に戦気に反応しているのか分からないでいるカブリアスは、この隙を突くべく急接近して竜の牙でヴェルドの肩を抉った。
「ギャシャアアアアアアア!!」
「――!ぐ...う...!!」
ヴェルドは数十m程距離を取って体勢を立て直して臨戦態勢に入る。
「らしくないな?一瞬とはいえああいう隙を見せるとは」
「......ふん」
カブリアスの言う通りだと内心で自身を叱咤してから、両手を両翼から魔力光線を放つ。エルザレスとカブリアスも同じ技で応戦する。
(カイダ、コウガ......)
父ザイ―トの事前情報の内容を思い出して、もう一つの戦気の正体を突き止める。同時にその者の戦気が自分をも凌駕しているという事実をも把握して内心戦慄する。だが彼は自身の心配を即座に霧散させる。ザイ―トの力はこの世界の頂点に位置するレベル。相手が誰であろうと彼に敵う道理は無い。そう確信してヴェルドは再び目の前の敵に集中する。
「カブリアス、感じたか?この別の戦気...」
「ああ、これがあの魔人族の長のそれなんだろうな。はっきり言って勝てるきがしない」
「恐らく相手はカイダか...ついに激突したみたいだぞ。どちらかが、この世界の頂点となるだろうな」
「コウガが勝てば魔人族は敗北も同然。しかし魔人族が勝てば...おそらくこの世界は終わる、か...。全ては奴らの結果に委ねられている」
エルザレスとカブリアスもまた、桁違いの戦気について色々推察する。そして互いに覚悟を決めて二人同時に再び全力の魔法を放つべく魔力を溜めていく。
「死中に活、だ。相手が格上だろうが隙さえあれば奴を殺すことは可能だ。足掻くぞ」
「ああ......行こう!」
「これ以上長引かせるつもりはない。行くぞ...」
どす黒い魔力が込められた魔剣を構えて、ヴェルドもやる気を見せる。
“原子砲”
“大雷瀑布《だいらいばくふ》”
エルザレスが大地と光の複合魔法砲を、カブリアスが水と雷電の複合魔法を同時に放つ。
何もかもを塵にする砲撃と超高電圧電流を含んだ水蒸気爆撃に対し、ヴェルドも両手と両翼から魔力を凝縮させて、強力な魔法を放った。
“黒き雷撃”“嵐魔炎華《らんまえんか》”
一撃目に闇色の雷電魔法を放ち、二撃目に暗黒嵐と炎による三つの複合魔法を放って二人の魔法をまたも完全に破った。三つの属性を掛け合わせた魔法を撃つ者などこの世界に存在しないと言って良いレベルの神業である。それをヴェルドがやってのけたのだ。
「マジ...かよ」
「俺が降らせた雨の中だというのにあの炎の威力、くそ...っ」
魔力の大量消費でだいぶ疲弊した二人だが、折れることなく接近戦に持ち込む。
「お前も、さっきから強力な魔法を撃ちまくって、だいぶ疲弊してくれてると、良いのだがっ!」
「確かに...俺の魔法はどれも強力な分消費が激しい。この進化形態を長く維持はできないのは事実だ。けどそれは、お前らも同じだろ?」
「まぁ...な!!」
全身に魔力を熾して肉体を超強化させたエルザレスは、己の爪や牙、拳と足を武器にして命を懸けて攻撃を繰り出す。
ヴェルドも魔剣で応戦する。エルザレスの拳速とヴェルドの剣速は、後者の方が上でありエルザレスの方が追い詰められていく。
数分間怒涛の攻めの応酬が続いたが、エルザレスが追い詰められる。
「魔法戦もこの近接戦も俺の方に軍配が上がっているこの戦いなど、もはや先が見えている。諦めて死ね」
「かも...な。けどなァ、ここで俺らが折れたら、国が滅ぶ...。それは許容できねぇな!!」
“蛇龍拳”
軌道が読めない動きから繰り出す無数の拳が放たれる。同時にヴェルドの背後からカブリアスも雷を纏ったクローを繰り出す。次いで水魔法や雷電魔法も放っていく。しかしヴェルドは、それらの攻撃に対し巧みにいなして容易に相殺していく。
“竜殺し”
「ガ......ッ」
魔法も近接戦も圧倒しているヴェルドの前に、二人は窮地に追い込まれていく。カブリアスが胸に一文字の斬撃を受ける。深めに入り盛大に血が出る。
槍術“螺旋連魔《らせんれんま》”
「グオオオ...ッ!!」
魔槍の連撃をモロにくらったエルザレスは、右腕の肘から先の部分が削り取られた。さらに体力を徐々に蝕む効果を持つ暗黒魔法をかけられ、その場で倒れる。
「竜の長もここまでか......お前らの負けだ」
「そうはさせん!!」
エルザレスを魔剣で葬ろうとしたヴェルドの頭目がけて、魔力光線が放たれる。咄嗟にそれを魔剣で防ぎ、放ってきた方へ目を向ける。
「増援が来たか」
「お前、ら...」
「序列上位の戦士たちですら敵わず、族長までもがそんな目に遭うくらいの敵だってのは分かってる!けど、」
「ここは俺たちの国。ここには俺たちの大切な人達もいる!俺たち戦士が命張らなきゃならねーはずだ!!」
「敵はもうその魔人族一人だけ。奴さえ討伐すればこの戦争は俺たちの勝ちだ!!全員で奴を殺すぞ!!」
先程魔力光線を放った男の竜戦士を始め、総勢百数名精鋭戦士たちがヴェルドを囲む。皆、覚悟を決めてここに来ているのだとエルザレスとカブリアスはすぐに感知した。戦士の覚悟を否定するのは最低レベルの侮辱行為であると理解している二人は、そんな彼ら百を超える戦士たちの特攻を止めようとはしなかった。
「「「「「おおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」
「限定進化」を発動した者も含む男女の戦士たちは、己が持つ全ての力を解放して来撃を次々に放つ。
ヴェルドの左右前後から、中空から、上空から、真下からも、全方向から龍の怒りとも呼べる超猛攻が彼を殺さんと向かう――
「良いだろう...。あの時とは違う。魔人は竜などとっくに超えているということを、
お前らにしっかり教えてやろう」
ヴェルドがそう宣言した直後、彼は自身の魔力を全力解放して、魔剣をグッと構えて......死の剣術を放った――
魔人剣術奥義 “鏖魔《おうま》”
それは稲妻のような斬撃。それは触れれば切断していく旋嵐のような斬撃。それは斬ったそばから焼き尽くしていく業火の斬撃。
しかしそれらの斬撃の色は全て、何もかもを呑み込んで消し去る闇であった...。
―――
――――
―――――
百数名いた竜の戦士たちは、ヴェルドの魔剣の数撃で瞬く間に全員斬り伏せられて全滅した。地面は深く抉れて爆ぜており、斬り痕や焦げ痕がいくつも見られる。戦士たちはほぼ斬り殺されてしまい、誰も立ち上がれる者はいないくなった。
ヴェルドの剣術の余波をくらったエルザレスとカブリアスも無事ではなかった。二人とも体中に深めの裂傷を負いズタズタの状態だ。彼らじゃなければ恐らく余波でも死んでいただろう。
「ハァ、ハァ...。この奥義は体力と魔力をそれなりに消費する。だがお陰で敵勢力を虫の息にまで追い詰めたぞ...クク」
肩で息をして疲弊しながらも悪辣な笑みを浮かべるヴェルドは剣を肩に乗せてエルザレスのもとへ向かう。
「ごほ...ッ!くそ、体力が...」
ヴェルドに負わせ続けられたダメージと最強魔法の連発による魔力の枯渇で、進化が解けて元の姿に戻ってしまったエルザレスは、立つのもやっとの状態だ。
「させ、るか...ッ」
同じく重傷を負っているカブリアスがエルザレスを守ろうと蛇竜の尾を武器に攻撃を仕掛けるも、魔剣で斬り落とされ重力魔法で地に落とされてさらにダメージを負う。
「く......ぉお」
さらに魔剣で斬られて壊していく。カブリアスも進化が解けて人型に戻ってしまう。その身は死んでもおかしくないレベルの瀕死体だ。
「......お前たちは魔人族の序列2位であるこの俺を相手によく戦った。エルザレスだったな、流石はかつて父上やネルギガルドと互角に戦っただけはある。だが、時代は変わった。俺たちが最強の種族だ...!」
重力で縛られたままのカブリアスの頭に手を向ける。そこから魔力が凝縮されていき魔力光線を放とうとしている。
「まずはこの男だ。お前はその後に殺してやろう......終わりだ」
「クソ、ヴェルド......ッ!!」
「ここ、までか......」
エルザレスが憤怒の形相でヴェルドに向かうが間に合わない。カブリアスは無念といった表情をとりその目を閉じようとする。
世界最強の竜たちが魔人の手で葬られようとしたその時―――
(―――!!)
その違和感を、ヴェルドは見過ごすことができなかった。戦いの最中もずっと感じ続けていた強大な戦気...それも彼にとって親しい者の戦気が弱まり、消えてしまったからだ。
「......!!まさ、か...父上、が...!?」
信じがたい事態を予感したヴェルドは、手に込められていた魔力を霧散させ、カブリアスを縛っていた重力魔法も解いてしまっていた。
「......っ!!」
またも隙を作ったヴェルドに、カブリアスが竜の爪を放ちヴェルドの胴を削る。
隙を突かれて怯んだものの、ヴェルドはすかさず魔剣を振るう。が、今までの彼からは考えられない程の精彩を欠いた一太刀であり、カブリアスはどうにか回避する。その後ヴェルドが追撃することはなく、ただその場で立ち尽くすだけである。
「カブリアス...!」
「ああ、どうにか生きている」
エルザレスに支えられているカブリアスは戦闘不能同然であった。エルザレスはヴェルドを警戒している。隙だらけではあるが今の自分が突っ込んでも返り討ちにされる可能性が高い。二人ともヴェルドを睨んで様子を窺う。だが一向にヴェルドから攻撃を仕掛けることはなかった。
一方のヴェルドはザイ―トの戦気を必死に捜索している。彼が攻撃に移らないのはそれが原因だった。捜索すること数分後、彼の頭の中に声が響く。
(ベロニカ...?)
(はい。ヴェルド様、緊急の報告をしに念を飛ばしました)
声の正体は魔人族序列3位のベロニカ。彼女の声はどこか焦燥が含んでいて、それがヴェルドに嫌な報せの予感をさせる。そしてその予感は的中する。
(魔人族序列1位、族長であるザイ―ト様が戦いに敗れて 死亡しました )
...。
......。
.........死んだ?
ヴェルドは彼女の報せを聞いて以降呆然とし続けた。彼女との念話が切れてからもそのままで、先程までの戦意までをも完全に喪失させてしまった。
「?あいつ、様子が変だ。いやそれより...あのヤバい戦気が消えた?」
「数分前からそれには気付いていた。おかしいとは思っていたが...もしかしたら本当に、かもしれないぜ?」
「カイダの奴......ザイ―トを、破ったのか。そうか...」
ヴェルドの不審な様子と先程消失した戦気のことから、魔人族のトップが破れて死んだこと、それを成したのが皇雅であると推察した竜人二人は希望の光を見出した。
「くそ......ッ!」
やがてヴェルドはエルザレスたちに止めを刺すことなく戦いを放棄して、サラマンドラ王国を去って行った。事実上の撤退である。
「奴との戦いに敗れ、たくさんの仲間たちを失ってしまったが......この国と種族を絶やすことは免れたな......。よく、生き残ってくれた、カブリアス...!」
「親父もな...。俺たちは魔人族一人に負けてしまったが、全ては失ってはいない。あの惨劇の中で生き残った者たちがいるのは奇跡だ。まずは...生存者たちを集めて、治療院へ行くぞ...」
お互いに支え合いながら二人は生き残った戦士たちに声をかけて労い、生きてくれたことに礼を述べて行く。
皆、生き残った喜びと失った仲間を悲しみ、敗北した悔しさなど様々の感情を見せていた。そして全員それぞれ支え合いながら国の僻地へ向かう。
竜人族の存亡をかけた戦いは幕を閉じた――
サイドストーリー「天地の竜vs悪魔」 完
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