女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女 47

 テレビを見てきゃっきゃと声を上げる幼児姿の『僕』を、僕は上空から俯瞰していた。
 どうやら夢を見ているようだ。
 番組はよくある戦隊ヒーローもので、主人公たちは基地にいるらしく、ホログラムによって映し出された画面の前で作戦会議らしきことをしている。
 戦士たちの中央に浮かぶ青のホログラムに文字が並んでいる……これは何かの指示だろうか。

 いやそれよりも、このホログラムは<解放>スキルを使うと僕の脳内に現れるものと一緒じゃないか。
 ずっと既視感があったけれど、それはこれだったのか。

 番組は進んでいき、お約束の戦闘シーンに入ると、突如『僕』が立ち上がって、普通ではどう考えてもあり得ないような動きを始めた。

 どうやらヒーローたちの動きをまねしているだけのようだが、再現率が半端ではない。
 ヒーローが宙返りをすれば幼児も宙返りをし、受け身をとれば幼児も受け身をとる。

 武器は持っていないが、剣を振る真似をしたり敵の攻撃を避ける真似をしたり、パンチしたりキックしたり……すべての動きが超スピードで行われており、あたかもどこかの達人が演武でもしているかのようだった。



 場面が変わり、穴だらけになってしまった部屋に少し大きくなった『僕』と、ただ立ち尽くすその両親が映った。
 『僕』の小さな拳は血まみれで、皮が破け肉が露出していたが、瞬く間に治癒されていく。
 壁や床に空いた無数の穴は『僕』の拳と同じくらいの大きさだ。
 父親の顔からは恐怖が、母親の顔からは心配が伝わってきて――

 ――突如、画面が砂嵐に覆われ、意味のない雑音が流れた。
 
 雑音の正体は、なんとなくわかった。
 思い出したくない部分なんだ。
 断片だけしか思い出せないけれど、このあたりから母さんの厳しい躾と、母さんの目を盗んで行われた父さんからの虐待が始まった。
 もっとも、虐待が成功したとは思えないけれど。
 
 そらから画像だけがいくつか流れていった。

 幼稚園の帰りだろうか、木の棒を握りしめた幼児がそれを振り回している画像、それをしかりつける母さんの画像、パンチやキックを繰り出す僕とそれをしかりつける母さん、何倍も大きい父さんを投げ飛ばしている幼児、母さんの前で泣きながら固そうな粘土をこねている幼児。
 最後のは、力加減を躾けている画像だろうか――? 

 なぜ、忘れていたのか。
 子供のころの記憶なんてふつうは忘れているものだろうけど、よく考えてみればこれまでが異常だったことに気づく。
 覚えてないだけでなく、そのことに何の違和感も覚えず、なにより思い出そうとしたことすらないのだから。

 それなのに、この世界に来て急にいろいろと思い出してきている。
 なんでだ?
 これは果たして本当の記憶なのか?
 思い出すことになんの意味があるんだ?

 疑問が渦巻き、それとは別の、もっと深い意識の底で細い糸が伸び、絡み合っていくのを感じた。 





「ん……」
「オーワさんっ」

 目を覚ますと、真上からワユンの声が落ちてきた。
 頭の下の柔らかいのは太ももで、真正面には大きな山二つ、その向こうに心配そうな顔をしたワユンの顔が見える。
 ワユンのおなかのほうからは温かさが伝わってきた。
 やばい、このアングルはやばい。何がやばいって語彙量が小学生レベルに落ちるくらいヤバイ。おっぱい柔らかそうだし、すごくいいにおいがするし。 
 ワユンの膝枕ってこんな気持ちがいいものなのか……リタさんのよりずっと優しい感じがする……。

 落ち着いてくると、顔が熱くなってくるのを感じた。
 うわっ、今、ワユンに膝枕してもらってるんだよな!?

「ご、ごめんっ!」
「きゃっ」

 慌てて顔を上げると、ワユンが驚いたように小さく声を上げた。 
 ワユンは心配そうに僕を見ている。

「もう大丈夫なんですか? もっと寝てたほうがいいんじゃ?」
「いや、もう大丈夫。ありがとね、その、膝枕してくれて」
「えっ? いやその……はぃ……」

 ワユンは耳まで真っ赤になってうつむいてしまう。
 しまった! 膝枕とか言うなよ! せめて看病とか、他の言い方があっただろうに。
 でも恥ずかしがるワユンもかわいいなぁ……。

 って、こんなことしてる場合じゃないな。 

「僕はどれくらい寝てたんだ? それにドラゴンは……これか」 

 質問するまでもなくドラゴンは壁の外側にいた。
 おそらく寝そべっているのだろうけど、ここからでは一面に敷き詰められた巨大な鱗しか見えない。それが背中なのか尻尾なのかすらわからない。

「ほんの少ししか寝てなかったですよ? あの、本当に大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめん」

 ほんの少しか。スキルのおかげだな。
 以前なら数日寝込んでもおかしくなかっただろう。

 なおも心配そうにこちらを見ているワユンにもう一度平気だと伝え、エンシェント・ドラゴンに配下のドラゴンを召喚するよう指示した。
 けれど召喚することができないのか、まったく身動きをとる気配がない。

 カオス・ドラゴンに召喚魔法が使えて、こいつにできないなんてことは考えづらい。
 それともただの召喚獣には召喚魔法が使えないのだろうか? 
 <王権付与>を使わないとだめなのだろうか?

 とりあえず<王権付与>を発動し再び命令すると、巨大な召喚陣が空中に出現し、そこから無数のドラゴンが出現した。やはり召喚魔法の使用条件に王権付与されることがあるらしい。
 召喚されたドラゴンの群れは、まるで無数の小鳥が群れを成すように飛び交っている。

 なんというか、すごい画だな。
 地獄絵図とはこういうことを言うんだと思う。 
 ワユンが悲鳴を漏らして僕の腕にしがみついてくるし、下の陣地が慌ただしくなっているみたいだけど、とりあえず無視して命令する。
 
『境界線上の魔物すべて蹴散らせ』

 瞬間、世界が光に包まれた。
 一拍置き、轟音が鳴り響く。
 ワユンが僕の腕に音が鳴るほどしがみつく。

 何が起きたのか全く分からなかった。

「「な……?」」
 
 数秒してようやく目が慣れてくると、音がした西側の方角――おそらくドラゴンの頭があるであろう方角の遥か彼方に巨大なキノコ雲が出現していた。
 それでようやくわかった。
  
 たぶん、ブレスを吐いたんだ。
 けれど規模があまりに非常識すぎた。
 あそこまでいったいどのくらい距離があるんだ? 余裕で僕が作った壁よりも向こう側だから十キロ以上はあるぞ。
 しかも、それでいてあんなでかい爆発雲……。
 
 今度は後ろへ向かってブレスを吐く気なのか、地響きとともにドラゴンがのそのそと動き始めたので慌てて止める。
 これ以上あんなの打たれたらこちらの鼓膜が持たない。
 てっきり、今召喚したドラゴンたちを使って敵を殲滅するんだと思っていたのに。
 というか普通そうするだろう。
 いくらなんでもこんな大規模な軍隊相手に単身で攻撃なんてするか?

 けれどこいつにとっては、配下のドラゴンを向かわせるよりブレスを吐いたほうが効率がいいようだ。
 なにせ、僕の指示には最高効率で従うようにできてるんだから。
 考えてみれば、移動もしないでその場で息を吐けば敵が全滅するんだから、確かにその通りかもしれない。

 四桁はくだらなそうな魔物を一息で吹き飛ばすのか……。
 どうやらこの化け物には僕の常識は通用しないらしい。
 
 そんなことを考えながら命令しなおすと、一糸乱れぬ統率でもってドラゴンたちは散会していった。

 思った以上に強力なの召喚しちゃったみたいだけど、これでとりあえず一安心だな。
 一息つくと、ワユンが蚊の鳴くような声を上げる。

「い、今のは……?」
「あぁ、えっと、びっくりさせちゃってごめん。こいつもあのドラゴンたちも全部僕の召喚獣だから大丈夫だよ。このあたりにいる魔物を倒すよう指示したんだ」

 腕にしがみつき、涙をためた目で見上げられて、一瞬言葉に詰まってしまった。
 僕がどもった理由に気が付いたのか、ワユンはパッと離れてしまう。
 あぁ……ほっとしたような、悲しいような。
 そんな気持ちを紛らわすように解放エネルギーを確認すると、すでに相当な量が溜まっていた。
 どうやら順調のようだ。 

「魔物のほうはこれで心配いらないから、あとはアレンたちを町まで運んでおしまいかな。とりあえず降りようか」
「はいっ」

 すっかり遅くなってしまっている。
 できれば今日中に<ハンデル>に帰りたかったんだけど、思ったより時間がかかってしまった。
 急いだつもりだったけど、港町でのロスが痛かったな。
 
 そのあと男爵と一緒に避難していた領民たちのところまで召喚されたドラゴンのうち、比較的大きな一体に乗って飛んでいき、領民全員を乗せて町へ移動した。
 当然ドラゴンを見た人々が騒ぎまくるかと思ったが、疲れ果てていたのか、それともドラゴンがあまりにも現実離れしていて抵抗する気も起きなかったのか、男爵がよほど信頼されていたのかはわからないけれど、大した問題も起こらず無事避難は完了した。

 夜遅くなってしまったが、その後男爵の家で一晩泊まらせてもらい、うるさいアレンとエレンを適当にいなしながら今後のことを話して、僕たちは町を後にした。
 今後のことと言っても、エンシェント・ドラゴンを筆頭にするドラゴン軍団が警備している以上、まず魔物たちに負けることはないはずなので、大したことは話してない。
 人間の領土の中ではここが一番安全な場所だろう。

 本当なら夜通しドラゴンを飛ばして帰ってもよかったんだけど、ワユンがいるからそれもなし。
 なにより精神的なものなのだろうが、疲労が大きかった。この状態で決戦に臨むなんて危険すぎる。
 まして今はワユンが一緒なんだ。そんなことはできない。
 なにより美容によくない。
 ワユンにはいつまでもかわいくいてもらわないと……って何考えてんだ。

 いつかの時のように男爵たちに見送られ、僕たちは町を後にした。



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