女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女46

   十分ほどで作業を終え、僕は再び戻ってきた。
 作った壁は縦に約五キロ、横に三キロの長方形。
 これはギリギリアレンたちの故郷<スクルム>までを囲える範囲だ。

「お疲れ様です、オーワさん」
「うん、ただいま」

 男爵は突如現れた壁に驚いてやってきた兵へ説明するのに忙しそうだったので、出迎えてくれなかった。
 まぁ、おっさんの出迎えよりワユンのほうが億倍うれしいからいいんだけどさ。

「あとは魔物を間引いて、アレンたちを壁の中まで運んだらおしまいかな」
「あの、何かお手伝いできませんか?」

 僕が独り言を漏らすと、ワユンは僕の肩をちょんちょんと叩き、言った。

「手伝い?」
「その、私なにもできてないので……あぁいえ、その、む、無理にとは言いませんけど」
 
 ワユンの目は、何か恐れているようだった。

 ……あぁ、この目は出会った時の目だ。
 見捨てられるのを恐れている。
    僕にはワユンの気持ちがわかるような気がした。
 けど、手伝ってもらうことなんてないんだよなぁ。

「うーん、そうだなぁ……」
「な、何でもしますっ!」 

 なんでも?
 なんでも、と言ったよねこの子?
 それは、エ、エッチなこととかも含まれるよね当然?
 とたんに頭の中で卑猥な妄想が展開されていく。
 
 って、何考えてんだこんな時に。
 まったく、ワユンもよく考えてから発言してほしいものだ。
 童貞をなめてはいけない。
 どんな深刻な状況であろうと、どんなに関係のないことであろうと、エロに結びついてしまうことがある。
 そのままギャグシーンにまで突入して、それまでの事態をうやむやにしてしまうまである。
 もう一度言おう、童貞をなめてはいけない。

「それじゃあ、僕が魔力を使いすぎて倒れた時看病してくれると助かるかな」
「……はぃ」

 裏を返せば今は特にすることがないということだ。
 ワユンは少し落ち込んでしまう。 
 うーん、うまい言葉が見つからない。語彙力のなさ、いや、コミュ力のなさが恨めしい。時間をかけるほどどんどん沈んでいっちゃいそうだ。
     さっさとやることやってしまうか。

「じゃあとりあえず、壁の上に登ろう」 

 ワユンを伴って防壁の上へ向かう。上から俯瞰すると、魔物の列はどこまでも続いているように見えた。いったいどれだけの数がいるのか。正直なところ、逃げ出した貴族の気持ちもわかる。どう見てもこちらの兵力では焼け石に水だ。時間稼ぎすらままならないと思う。
 けれど、これだけの戦力を前にしても、ほんの少しも圧力を感じていない。まるで蟻の大軍を見下ろしてるような気分だった。不思議な感覚だ。

「ちょっと離れてて。それから、僕の体から出る黒い靄には絶対に触らないでね」
「は、はいっ」

 急に真面目に言ってしまったからか、ワユンは緊張を帯びた声を出し、すぐに離れる。
 そこまで離れなくてもいいのにな。

 人がいないのを確認し、リーサル・タッチに思い切り魔力を籠める。
 黒い靄は夜の中でもそこだけ月明りすら届かないため、異様に黒く浮き出る。
 瞬く間に魔物へ向かって巨大な腕が伸びていき、魔物の上空で掌が形を崩した。そして魔物の列に合わせて靄を横に伸ばしていく。
 音もなく水平に靄が広がっていく様は、まるで見えない台の上に墨汁をこぼしたように見える。
 魔物はいまだ動かない。

 攻撃を加えた瞬間に動き出されたら、討ち漏らしが出る可能性もあった。
 だから今回は一度に終わらせる。
 込める魔力量は以前の数倍。
 加えて地平線にまで及ぶ大軍全体を覆うほど使うと、魔力もだいぶ削られる。
 少し頭が痛くなってきた。

 けどそれだけだ。
 すべて覆ったところで、まるで滝のように黒い靄は落ちた。
 
「ふぇええっ!?」

 ワユンの力が抜けるような悲鳴が聞こえた。
 写真の上に墨汁をこぼしたようにそこ一帯は何も見えなくなってしまっているけど、僕の中へ〈解放〉エネルギーが一気に流れ込んでくるから、たぶん成功したんだろう。
 こちら側に逃げてくる魔物がいないから、ほとんど即死させたかな。
 
 一分ほど靄を維持して、それから解除すると、魔物の群れはきれいさっぱりいなくなった。
 けど見えないとこまで、これと同じ規模のが点々としてるんだよな。
 少しめんどくさい。

 人間の国と魔大陸との境界は長い。
 最も、人間の国は半島のように大陸からせり出しているから、両端はわかりやすいのだけど。

 いずれにせよ境界線上のすべての魔物を排除するには、機動力が必要だ。
 それにあれがすべてではないだろうし、僕がいなくなった後のために番人も用意しておかないとな。
 いや、それはティターニアに任せればいいのか。
 でもティターニアは、力だけじゃなくていろいろ便利なんだよな。できればいつでも使えるよう温存しておきたい。

「――おぉっ?」

 溜まった解放エネルギーを確認すると、感じたことないほどのものがたまっていた。
 今倒した中に魔人か強い魔物が何体か混じっていたみたいだな。
 適当な理由で納得しながら、〈解放〉できる召喚獣の欄をスクロールしていく。

 そして、ついに最下層に到達した。
 今まで黒く抜けていた欄がすべて埋まり、<解放>が可能になったのだとわかった。
 そこにはティターニアもある。
 <任命>を使わなくても、種族の頂点を召喚できるようになったのか。

 だとしたら、<任命>の意味は?
 ここまで来たら、<任命>で進化させる意味がなくなってしまう。
 けれど、<王の力>の一部が、その程度のものなのだろうか? それとも、〈任命〉された魔物にはもっと別の力が宿っているのか?

 まぁいい。今考えても答えは出ないだろう。
 それよりも何を<解放>するか考えよう。

 求めているのは機動力と魔人たちと戦える圧倒的な戦闘力だ。
 それならやはり、ドラゴン。
 そして、その頂点は?

 スクロールすると、カオス・ドラゴンの下にまださらに何体かドラゴンが存在していた。
 嘘だろ、あれで最強じゃないのかよ。

 そして、最下層には。

「エンシェント・ドラゴン」

 確か古龍だったっけ。
 詳しいことは全く分からないけれど、少なくとも強いことだけはわかった。
 ドラゴンなんだから機動力もあるだろうし、この地域の守りを任せるには適任かな?

 <エンシェント・ドラゴン>、<解放>――

「――!?」

 それと同時に、目の前に展開されていた<解放欄>の<召喚獣>たちの名前が急に点滅を始めた。
 点滅しているのは、妖精以外すべてみたいだ。
 そして、いつかみた別枠のウィンドウが表示される。
 なんか、少しアニメチックな光景だった。

 そういえば、どこか見覚えがあるような――?

 

『最高位の魔物を解放したため、そこに連なる全魔物の召喚制限を解放します』
 
 

 まじか?
 それは願ったり叶ったりだけど、そんな簡単に召喚魔法のスキルが手に入っていいのか?
 だって、普通にカオス・ドラゴンとかいるんだよ?

 けれど拒否する理由もないのでそのまま放っておくと、数秒でウィンドウは消え、妖精を除く召喚獣たちはすべて<解放>されていた。
    なぜ妖精は別枠なんだ?

「オーワさん、どうしました?」
「いや、ちょっとね……」

 ワユンの心配そうな声で、僕は脳内のイメージをシャットダウンした。
 いつの間にかワユンはそばに来ていて、心配そうにこちらを見ている。

「魔力の使い過ぎじゃありませんか? 少しお休みになったほうが」
「いや、大丈夫。ちょっと考え事してただけだよ」
「でも……」
 
 ワユンは僕の言葉に納得していないようだ。
 
「それよりも、新しい召喚獣を出そうと思うんだけど、どんなやつかわからないから僕のそばにいて」
「えっ? あ、はいっ」

 そういうと、ワユンは僕の左腕にひしっとくっついてきた。
 うぉっ!? 胸が、やわらかっ……。

「そ、それじゃあ、いくよ」
「はいっ」

 胸からワユンの震えが伝わってくる。
 ふにゅふにゅして気持ちいぃ、じゃなくてそこまで怖いのか。
 いやまぁ、怖いよな、そりゃ。
 僕だってそばにいるやつが何しでかすかわからない上にとんでもない力持ってたら怖いし。

 手に魔力を籠め、少し離れた前方に<転移召喚>を発動する。
 どの程度の大きさかわからないためかなりの距離をとり、かつ空高くに設定したのだが、空中に現れた召喚陣はこちらにまで届きそうだ。

 ちょっと待てよ、ドラゴンって顔から出て来るんだぞ?
 これ、顔だけで直径何メートルあると思ってるんだ――?

「きゃぁあああっ!!」
「うわ……」

 ドラゴンの顔が出てきた瞬間、ワユンが悲鳴を上げた。
 僕も思わず声を出してしまった。

 でかすぎて、全体像が全く見えない。
 ただこちらの近くを漂う髭は大木のように太く、体は月明りを銀色に反射している。

 この壁から後ろ側には絶対に被害を出すな、という命令をすると、ドラゴンは魔物たちがいた方向にするすると出ていく。
 首が現れ、一分もして召喚陣がさらに巨大になり、ついに上空すべてを召喚陣が覆いつくした。
 腕は見当たらなかったが、翼は片翼だけで空を覆いつくし、足はほんの一部しか見れなかったが、それでも隆々とした筋肉の蠢きが確認できた。
 そこからさらに五分近くも尻尾が続き、ついに召喚が終わった。

 こんなに召喚時間が長いことは初めてだ。
 尻尾の召喚途中で男爵が転げるようにやってきたので説明し、納得して帰ってもらってもまだ召喚が続いていたからな。

「――うぉっ?」
「オーワさんっ!?」

 急に足元がぐらついて、ワユンに支えてもらった。
 頭がガンガンする……どうやら、魔力を、使い過ぎ――

「大丈夫ですかっ!? オーワさんっ、オーワさ――」

 ワユンの声を聴きながら、僕は意識が底のほうに引っ張られていくのを感じた。

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