女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女 38

   機械的な問答は、以下のようなものだった。

 問。なぜ今の時期になって侵攻が始まったのか。
 解。魔王に代わる存在が現れたからだ。
   魔人には穏健派と強硬派がいて、新魔王は強硬派よりの考えだった。
   穏健派の爺どもが人間の力を恐れていたせいで今まで攻勢には出なかったが、魔王が誕生して均衡が崩れた。


 新たな魔王が誕生した?
 けど、思い当たる節はあった。
 魔物の活性化に、変異種の存在。
 なにより、カオス・ドラゴンという怪物が現れたということ。

 そして、あり得ないと思いたいのに、どうしてもヨナのことが脳裏をよぎる。
 ヨナの調子が良くなったのも最近のことだ。
 カオス・ドラゴンと戦った後、ヨナが調子いいと言っていたこともある。

 やはり、ヨナが?



 問。魔王に代わる存在とはヨナか?
 解。ヨナという名前は知らないが、女のガキらしい。



 頭の中が真っ白になったようだ。

 間違いなくヨナだ。
 ヨナが、魔王? 人間の天敵?
 じゃあ僕は、いったいどうすれば……?

 先日のヨナとの戦いを思い出すと、背筋が凍りつくようだった。
     怖い。
 ヨナに敵意を向けられるのが、怖くてたまらない。

 それ以上考えを進めるのすら嫌で、僕は質問を続けることにした。



 問。お前以外の魔人はどのくらいの数、進行してきているのか。
 解。具体的な数はわからない。が、三日後には魔人が少なくとも一万は集結するはず。穏健派にしろ強硬派にしろ、魔王には絶対服従している。
 あらかじめ北の境界に魔物の群れを召喚し、陽動とする。そして後に王都を一斉に攻撃する手はずだ。
 星の存続をかけた戦いだと、幹部どもは言っている。

 俺たち強硬派は『異界種』を皆殺しにするのが目標だ。

 この世界の害となる『異界種』を削り、調和がとれる数まで減らしてこちらが管理する。
 それが穏健派の幹部たちの最終目標だ。



 一万だと?
 魔人の個々の実力はわからないが、もしこいつみたいのがその中に何人もいたら、人間に勝ち目なんてないじゃないか。なにせ、一人で無数の魔物を使役するのだから。
 その証拠に、この魔人も勝利は疑っていないようだ。
 調和がとれる数まで減らす、なんて言葉は、こちらを下に見てない限り出てこない。
 それにしても、「この世界の害になる」とはどういうことだ?
 いや、それよりも今は、もっと大事なことがある。


 
 問。お前と同等の力を持つ魔人は、どの程度存在している?
 解。力を隠しているやつもいれば、そもそも俺の知らないやつもいるかもしれないが、王都の精鋭千人は俺と大差ない。
 そして魔王と側近二人、やつらの力は次元が違う。



 こいつと同格が千もいるのか。
 想像以上の戦力にめまいがした。
 王都の陥落はほぼ間違いないように思える。

 それに、境界、つまり北方前線に集まる魔物の群れだって、無視できない。



 問。なぜこの街を襲った?
 解。王都までの道中に寄った町、すべてに魔物をけしかけた。皆殺しにするつもりだった。

 問。それは魔王の命令か?
 解。独断だ。

 問。魔王には逆らえるのか?
 解。三日後の戦争に間に合うように王都へ集まれと言われていただけだ。

 問。このあたりの地域はすべて襲ったと言っていたな。それは、港町も含まれるのか?
 解。例外なく、すべてだ。



 恐れていた質問と、予想通りの回答だった。
 南から来たのなら真っ先に攻められていて当然だし、そこだけ責めない理由なんてないだろう。
 
 ふと、頭をよぎるものがあった。
 酒臭く喧しい漁師のおっさんたち、赤ちゃんを抱えた若い夫婦、笑顔のかわいい幼い少女。

 港町<ミスナー>。
 この世界に来て初めて救うことのできた町だった。
 僕でさえ、見ず知らずの人と交流することができるんだと、実感した。
 いい人たちだった。
 オーク・キングを退け、これから新しい生活の一歩を踏み出していた。
 いつか、また訪れようと思っていたのに――

 ――<解放>。

「出でよ、<バンシー>」

 知らぬ間に、新たに解放したのは<バンシー>だった。
 驚くほど白い肌と緋色の瞳、黒髪を持つ美女<バンシー>は、嘆きの妖精と呼ばれ、死者のために嘆くとされるが、本質はそこにはない。
 僕が命じれば、相手に強力な加護を与えられる、守りの力を持っている。
 加えて、リーサル・タッチクラスの広範囲即死効果を持った闇魔法を扱える。

 ティターニアを光の妖精とするなら、こいつは闇の妖精といったところだ。
 能力はティターニアに迫るほど高い。 

 加えてアプサラスを召喚、百匹ほどに<増殖>、<群化>し、さらに町にいるウンディーネ・ハイ・ピクシーそれぞれ十匹と合わせて港町へ派遣した。

 海の近くなら、アプサラスやウンディーネの力は増大する。
 ティターニアクラスの力を持った妖精バンシーと合わせたこの軍隊は、この街の十分の一ほどしかない小さな町には明らかに過剰戦力だ。
 さらに、すでに派遣した妖精軍団もいるだろう。

 そもそも、派遣は無意味なのかもしれない。
 港町<ミスナー>には、力のある冒険者がいない。
 その何倍もの戦力を持ったこの街でさえ、この有様なんだ。
 
 予想してなかったことじゃない。 
 魔人が見逃してくれているのだけが唯一の希望だった。

 おそらく、港町は、もう――。

 けど、派遣せずにはいられなかった。
 また、あの町のことが思い返された。

「――っ」

 足元がふらついて、かろうじて踏みとどまる。
 覚悟はしていたはずなのに、衝撃は思ったより大きい。
 
 これ以上考えるな。
 止まるな。 



 問。最北端にある町は、今はまだ無事だと思うか?
 解。知らない。ただ、こちらが王都を襲撃するということは、あらかじめバラしてある。
  魔人の終結に応じて戦力を王都へ集めているなら、守りは手薄になっているだろう。

  異界種どもの貴族は自分のことしか考えていないだろうから、おおかた情報統制でもして、境界付近を捨てる気でいるんじゃないか。陽動は無駄に終わったということだ。
 


「――っ!!」 
 
 さらなる衝撃に、息が詰まった。

 おおよそ信じがたい回答が返ってきた。
 街を、住民を見捨てる。
 しかし、これは的を射た推測だ。
 今まで出会ってきた貴族どもを想えば、それくらいは普通にやってそうだと思えてしまう。
 それに出会ったことはないけれど、王だって似たようなものだろう。
 なにせ、この街を含むいくつかの街を見捨てたって話だった。

 北方前線は圧倒的不利な状況で蹂躙されてしまうだろう。
 そして、その近くに住む辺境の領民たちは、なすすべもなく殺される。 

 最北の町<スクルム>に住む、猫獣人の双子の可愛らしい顔が浮かんだ。
 妖精軍団は向かわせてあるけれど、それじゃ到底太刀打ちできない。

「出でよ、ピクシー」

 ピクシーを召喚し、種族の王に<任命>、さらに<王権付与>する。
 ピクシーは神々しい光を放つティターニアへ進化して、パッと消えた。

 カオスドラゴンの時にも使っていたけれど、これは瞬間移動じゃない。
 どうやら移動に専念するため、移動中は自身をエネルギー体として拡散させているようなのだ。
 実際、長距離の移動ならワイバーン種のほうが速いと思う。

 けどドラゴンを送り付けたら逆にパニックになるから、ティターニアが最善のはず。  

 命令は、双子の住む領地を中心に、その一帯を警護すること。
 貴重な戦力だけど、もしもを考えたら妥協などできなかった。

 でも、ティターニアだけで大丈夫か?

 不安はあった。
 確かにティターニアは規格外に強い。
 けれど相手は未知の魔物の軍団だ。
 下手すればカオス・ドラゴンクラスもいるかもしれない。
 この魔人の召喚獣フォルゴレは、間違いなくそのレベルだったし。

 けどほかの召喚獣を送っても、北方の人たちは怯えるだけだろう。
 それどころか、戦力を分けて召喚獣と闘いを始めてしまうかもしれない。

 戦いまで三日か。
 いや、戦争はすでに始まっているが。

 総攻撃が始まるまでに、一度<スクルム>のアレンたちのところへ行ったほうがいいな。

「次の質問だけど……?」

 見ると、いつの間にか魔人は事切れていた。
 激戦により体がボロボロになっているけれど、まるで精巧につくられた人形のように見える。
 寿命が切れたのか。

 魔人の死体を拘束し、妖精たちにあたりの警備と後始末を任せて、僕はギルドの扉を開いた。

「オーワさん!!」

 中に入ると、鼓膜に悲鳴のような声が突き刺さった。
 ワユンだ。
 ワユンは妖精たちに囲まれた状態で、ペタンこ座りしていた。
 顔が涙でぐちゃぐちゃだ。

 リュカ姉はその隣で寝ていて、マルコはこちらを見て驚いたような顔をしていたが、すぐにそっぽ向いてしまう。

「えっと、ただいま」

 とりあえず安心させようと笑いかけ、妖精たちの命令を解くと、ワユンは一直線にすっとんできた。

 そのまま抱き留めると、優しいにおいがした。
 自然に体の力が抜けていく。頭の中が柔らかい霧で覆われていくような感覚があった。
 なんか、ほっとする。 
 なんか懐かしいな、この匂い。
 そんなに長いこと離れていたわけじゃないんだけどな。

「ひぐっ……」
「ごめん、怖かったよね。もっと早く来れたら良かったんだけど……」

 顔をうずめたまま嗚咽するワユンの小さな背中をさすると、震えが伝わってきた。
 そんなに怖かったのか。
 いや、そりゃ怖かっただろうな。  
 いくらたくさん修羅場を乗り越えてるとはいっても、今回のは次元が違ったし、それにワユンだって女の子なんだ。
 
「ひくっ。怖かった、ですよ……よかった、生きてて……」
「えっ? あぁ、えっと……大丈夫」

 怖かったって、そっちのことか。
 予想外のことに、返答に少し困ってしまった。
 でも、僕があの魔人に負けるなんて思うかな? 確かに危なくはあったけど、命の危険までは感じなかったんだけど。

 あの魔人の見た目と、僕の見た目を頭の中で比べてみる。
 ……あぁ、まぁそうね、そりゃ心配もするか。
 オッズ比は大きく偏りそうだ。
  
 何を言っていいかわからず、とりあえずあごの下あたりにあるワユンの頭をぽんぽんと軽くたたいた。

 あれ? ワユンってこんなに小さかったかな?
 出会ったときは僕と同じくらいの背だったはずなんだけど。
 僕の背が伸びたのかな? 出会ってまだそんな経ってないはずなんだけど。

 
 頭から背にかけてしばらく撫でてやると、ワユンはようやく落ち着いてきたのか、しゃくりあげながらも顔を上げた。
 目が合うと、急に心臓が大きく鼓動を始める。
 ワユンはぼぉっと僕の顔を見ている。

「オーワさん。背、伸びました?」
「う、うん。そうみたい……」
「気づかないものですね、いっつも一緒にいたのに」

 そう言って、ようやく笑ってくれた。
 
「――っ」

 なんか、心臓が痛いくらいにドクドクいってるし、みぞおちの少し上のあたりが、ぎゅぅうってする。
 やばい。今の僕、すっごく顔が赤くなってないか?

 ワユンの目に吸い込まれそうになっていた。
 強制されてないのに、ごく自然な感じで視線が外れない。
 ワユンの視線も、ぼぉっとしているように見えて、確かに僕を見ていた。
 ワユンのほっぺは軽い桃色だったけれど、だんだん色づいてきているようだ。 

 え、これって―― 

「おい、クソガキども。発情すんのは後にしろ。まだ仕事は終わってねぇ、話が済んだらこっちへ来い」
「「――っ!!」」

 マルコの少し厳しい声に、僕は我に返ってばっと離れた。
 ワユンも真っ赤になってごめんなさいを連呼している。

 とりあえず、守れてよかったと心の底から思った。

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