女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女 36

    降り立ってさらにハイ・ピクシーを百ほど追加投入する。
 もう少しいけるかと思ったが、どうやら限界数に達してしまったらしいので、残りはアプサラス五百匹で補うことにした。 

 光魔法による結界、あるいは錬金術による壁形成はできない。
 それだと避難してくる人や、ウンディーネによって運搬されてくる人の侵入まで拒んでしまうからだ。

 命令し、散らせたところで指揮を執っているらしいリュカ姉へ声をかける。

「リュカ姉っ! あとは妖精たちが何とかするからみんなを休ませてっ!!」
「さっすがオーワ! 頼りになるぅ~!」

 お気楽な声が返ってきたが、パッと見てそんな余裕は全く無いようだった。 
 リュカ姉やマルコでさえボロボロなんだから、ほかの冒険者は言うまでもない。

 おそらくワユンが中にいたことから、いくつかのグループに分けて交代制で防衛戦を続けていたのだろうが、すでに限界を超えているんだろう。
 リュカ姉は僕に対してかなり過保護なんだけど、それでも丸投げしてきたということは、そういうことだ。

 妖精軍団によってできた隙を見計らって、リュカ姉は全員を撤退させる。
 そしてリュカ姉は珍しく真顔で
 
「ごめん、ちょっと限界っぽい……」

 と言って、その場に頽れた。

 いや、むしろ良く持ちこたえたよ。
 受け止めながら、そんなことを思う。
 リュカ姉の体は傷だらけだった。

「オーワさん! 私はまだ頑張れますっ!」
 
 ハイ・ピクシーとアプサラスに治癒と運搬を任せると、今度はワユンが声をかけてきた。
 遠くでは、マルコが命令を無視してまだ戦っている。
 強情なやつらめ。

 ワユンのほうを向く。
 ワユンも、リュカ姉ほどではないにしろ傷が目立っていた。
 さっきまで休んでいたとはいえ、あまり無理はさせたくない。

「いや、これくらいなんてことないから、戻って休んでて」 
「でもっ……」

 こういう時のワユンは寂しげな顔をしながらも食い下がる。
 そういやここを発つ前、ワユンにはひどいこと言っちゃったからなぁ。

 まぁ危険はないだろうし、注意してれば問題ないか。 

「わかったよ」
「えっ?」

 この返答は予想してなかったのか、ワユンがパッと顔を上げる。

「ただし、無理はしないで」
「はいっ!!」

 元気のいい返事をして、ワユンは僕の隣に並んだ。
 ……一応、ハイ・ピクシーを一体つけておこう。
 ついでに治癒魔法もかけさせておけばいいだろう。

「さてと……」

 妖精たちだけでも十分だろうが、それでも我慢ならなかった。
 肉弾戦は嫌だったけど、この気持ちを晴らすには直接ぶちのめすしかない。

 人間のような二足歩行に、蝙蝠の羽、細長いしっぽ。
 まるで話に出てくる紫色の悪魔そのものといった容貌の魔物たちを人睨みし、地面を蹴った。  

 数十メートルはあった距離が、わずかに一足で詰まった。
 目の前の魔物の手が反応を示して硬直する――その時には、僕の拳はその腹を突き破っていた。

「うぇ……」

 ぐちゅっとして生暖かい、嫌な感触。
 あまりの気持ち悪さに、思わず声が出てしまう。
 反撃を回避するためバックステップで距離を取り、一緒に持ってきてしまった魔物から腕を引き抜いた。

 こいつ、柔らかすぎるだろ。
 なんか豆腐の中にでも手を突っ込んだくらいの感触しかなかったぞ。

 <体術>スキルと<身体能力強化>系統のスキルがマックスだとこうなるのか。   
 圧倒的に力の差があると、どうやら戦闘経験とか全く関係ないらしい。

 魔物たちの追撃は妖精たちによって完全に封殺されていた。
 余裕をもって短剣を取り出し、構える。
 実際はスキルレベルの差で、武器を持たないほうが強いんだろうけど、あの感触は嫌だ。
 
 再び接近し、一体の首筋をとらえる。
 まるで溶かしたバターでも切り裂くように、するりと短剣はその首を薙いだ。
 待ち構えていたかのように、周りが反撃を加えてくる。
 けれどそれは、まるでスローモーションのようだ。
 全部確認し、余裕をもって回避する。
 速さの次元が違うと、もはや予測とかそういったものは意味をなさない。
 いくら反応が遅れようと、こちらの動きは容易に相手を追い越した。
 
 右の魔物が、こちらの側頭部に向けて手刀を放つのがちらと見えた。
 右を向いた時にはすでに紙数枚分ほどの距離しかなかった。
 けれど、その紙数枚分の間にこちらは首をかしげてそれを躱し、ほぼ同時にクロス・カウンター気味に相手の喉元を短剣で突く。
 魔物は無表情のまま、垂直に沈んだ。

 体が信じられないほど速く動いていた。
 耳元で鳴り響く轟音は、とても空気が出すような音に聞こえない。

 動くたびに石畳の地面を足が抉るのを感じる。
 きっと、アレックスが造った装備じゃなければ、靴底はとうに突き破られていたはずだ。

 腕を振るたび起きる音は、鞭のそれによく似ていた。
 短剣を突き立つたびに鳴り響くのが風船を割ったような破裂音なのだから、やっぱ異常なんだろうな。  
 
 魔物たちはそれでもこちらへ向かってきていた。
 生物の反応としては、明らかに異常だ。
 象に挑む蟻はいない。
 ふつう圧倒的に力の差があれば、逃げるだろうに。  
 こいつらに恐怖とかはないのか?

 怒りが晴れてくると、だんだんと考えがまとまってくる。

「似てるな」 

 そうつぶやいたのは、しっかりと確認するためだ。
 これは明らかに召喚魔法で召喚された魔物の反応だ。
 僕が命じれば、ピクシーたちは自爆特攻だってなんのためらいもなく行う。

 けれど、違う点がある。
 僕の召喚魔法は、生物を召喚するのではなく、肉体を持たないエネルギーの塊のようなものを召喚している。
 力尽きれば、消えてなくなるのだ。

 しかし、本当に違うのか?
 こいつらは、肉体を持った傀儡を召喚しているだけでは?

 ずっと僕は、ピクシーたちの情緒あふれる仕草に、彼女たちには心があるのだと思っていた。

 けれど、ずっと疑問だった。

 リュカ姉を助けた時の、僕の苦渋の決断。
 使い潰しという、非道すぎるそれに対し、妖精たちの反応はあっさりとしたものだった。

 自爆特攻をなんの苦も無くやってのけた彼女たちに、果たして心があるのか。
 すべてのことに対し絶対服従するその姿は、まるで機械のように見える。
 
 もしかしたら、情緒を持っているようにふるまうのも、僕が望んだからではないか?
 仲間に恋い焦がれていた僕だ。
 奥底でそんなことを望んでいたとしてもおかしくはない。
 僕の召喚した魔物の肉体が残らないのも、僕が見たくなかったから?

 召喚獣が感情を持つなど、どこの文献にも載っていない。
 リュカ姉は、僕と召喚獣たちの仲は良すぎるのだと言う。
 ほかの人が召喚した魔物に感情が宿っていたことは、あっただろうか?

 オーク・キングは?
 奴が召喚した魔物の中で唯一感情的だったのは、僕が操る権利を奪ったあの単体だけだ。
 今目の前にいる魔物たちに、感情はあるだろうか? 

 けど、僕はそれを否定したかった。 
 その結果、違和感に気づきながらも、ずっと『仲良く』を演じていた。

 その違和感がさらに強くなったのが、カオス・ドラゴンとの戦闘前に覚醒した時だ。
 具体的には、<群化>、そして<増殖>を行った瞬間。
 全個体の意思をコンピューターレベルで統一するなんてこと、感情があれば絶対にありえない。
 他の個体のために犠牲になる個体も多く存在する。
 それを何のためらいもなく全個体が受け入れ、実行するのは、明らかにおかしい。
 戦闘前、カオスドラゴンに対しワイバーンは怯えてるようだったのに、それが命令一つで何事もなかったかのように切り替わったのだから。
 
 あたかも、僕を命令系統の最上位に置くCPUのように、作用する。
 それからは考えないようにしていたけれど、僕は徐々に妖精たちとすら命令以外でのコミュニケーションがとれなくなってきてしまった。
 
 でもいまだに、彼女たちは感情があるみたいにふるまっている。
 それも、僕の望みなのだろうか?

 魔物たちは全くと言っていいほどに手ごたえがなく、戦いながらもついつい余計なことを考えてしまう。
 
 魔人の召喚魔法と人間の召喚魔法の違いは、つまるところ生物に似た肉体があるかないかだけということになる。
 けど、その違いすら埋める可能性が出てきた。

 <王の力>の一つ、<創造魔法>だ。
 それ自体は、召喚魔法の完全な上位互換、というか全くの別物だろう。

 けど、もしこれと<召喚魔法>が<統合>、ないし<派生>したら?
 
 その時は、彼らのような意思のない生物の軍勢を召喚できるようになってしまうのだろうか?

「きゃあっ!」

 ワユンの悲鳴が聞こえた。
 振り返ると、ワユンは一旦退いて、顔についた血をぬぐっていた。
 ハイ・ピクシーの治癒魔法で、体の傷は全快している。

 どうやら返り血にびっくりしたようだ。
 驚かせやがって。

 けど、戦い中で余計なことを考えるのはよくないな。
 ふだんなら、この程度の敵相手にワユンはそんなミス絶対に起こさない。
 あれでも、少し前までは常に修羅場に立たされ、それでも生き延びてきた歴戦の戦士だ。
 僕なんかよりずっと経験を積んでいる。
 
 ワユン、それにマルコだって、疲れ切っている。
 治癒魔法では、精神力までは治しきれない。
 これ以上戦いは長引かせられないな。

 <王の力>発動。
 できる限り多くの魔物の意思を奪う。

『自害しろ』

 たった一言念じただけで、周囲の魔物は爆死した。
 やっぱこれが一番手っ取り早い。
 まぁ、手ごたえがなさ過ぎて憂さ晴らしにもならないけどな。  

 けれど、進化した<王の力>でも、すべての魔物の意思は乗っ取れなかったらしい。
 せいぜい百ちょっと、ってところか。
 たぶん僕の脳がそれ以上把握しきれないんだろう。 

 けどそれくらいは、大した問題じゃない。
 発動まで一秒かからない上、連続で使用できるのだから。

 問題は、二人にばれないように実行することだけだけど、マルコとは離れているし、ワユンに僕の様子をうかがう余裕はないはずだ。
 あわよくば見えても、勝手に魔物が爆死してるとしか見えないだろう。

 ばれないように、適当に操る個体をばらしつつ、さっさと殲滅しよう――

「あぁん? どうなってやがる?」

 上空から声がした。
 その声の主は、浅黒い肌をした人に見えた。
 けれど、蝙蝠のような羽、、側頭部から生えるヤギの角、そして悪魔のようなしっぽが、それを否定する。
 瞳はルビーのように赤く輝いていた。
 
 この街を襲った張本人――魔人だ。 

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