女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女31

 目が覚めたとき、僕は牢獄の中にいた。
 両手にはいつか見た魔力封じの枷がはめられている。

 少し混乱して、すぐ、何があったのか思い出した。

 ――そうか。
 失敗したんだった。

 僕はヨナを連れ戻すことができなかった。
 ヨナの言葉に、反論することすらできなかった。

『復讐を為すことでしか、救われません――』

 ヨナの表情と言葉が反芻された。

 なんであの時、嘘でもいいから、否定できなかったんだ。
 もっと楽しいことくらい、たくさんある。
 それを僕は知っていたはずなのに。
 それを伝えれば、あるいはヨナも考えを変えてくれたのでは?

 ……いや、それはない。
 ヨナの顔を思い出して、はっきりとそう思った。

 ヨナはそれくらい、知っていたんだ。
 だからこそ、あんな風に、悲しそうな顔をしていたんだ。
 きっと、僕たちと一緒にいたいと、思ってくれていたはず。

 けど、それらすべてを犠牲にしてでも成し遂げなければならない何かが、あったってことだ。
 ヨナは慎重にそれらを天秤にかけて、決めた。
 なら、それを覆すことなんて、無理なんじゃないだろうか。

 もう、僕じゃヨナを連れ戻せない。

 はっきりとしてしまったように思えた。
 楽しかった時はいつの間にか過ぎてしまったのだ。

 楽しかった。
 そう、楽しかったんだ。
 僕が一生焦がれ続けたモノは、実は手に入っていたんじゃないか?

 冷たいものが頬を伝って、落ちた。
 涙。
 
「……あぁ、そうか」

 どうやら僕は、泣いているらしかった。

 我慢ができなかった。
 心が鉄線でがんじがらめに縛られ、ギリギリと締め付けられているようだ。
 痛いというより、苦しい。
 得体のしれないもやもやが胸の奥に現れて、我が物顔で暴れまわっている。
 思わずうずくまってしまった。

「~~~~っぁぁ!!」

 額をこすりつけ、声にならない呻きを上げていた。
 自動的に、次々と過去の光景が頭の中をよぎっていく。
 止めることはできなかった。
 それが幾度となく繰り返される。

「~~~~ぁぁ!!」

 吐き出すように、呻いた。

 もう帰ってこない。
 もうあの頃には戻れない。

 大切なものがはっきりと手からこぼれたのを感じた。 



「けっ。泣いてやがるぜ」
「傑作だな」

 どれくらいそうしていたのか、気が付くと檻の外から声が聞こえてきた。 

「職務中だ。私語は慎め」
「「はっ」」

 両脇の兵士を窘めているのは、ラインハルトだった。
 ラインハルトの目は、はっきりと僕を軽蔑している。

「なぜ、汚らわしい魔族の――『ヒト族の敵』の味方などした? 貴様の目的は何だ?」

 答えられなかった。
 対話できるほど心が回復してなかったみたいだ。
 なんかもう、いろいろなことがどうでもよく思えた。
 考える力が湧いてこない。

「……だんまりか。まったく、だから反対だったのだ。どこの馬の骨とも知れない下民風勢を、あろうことか王城に招くなんて。
 貴様とあの汚らわしい魔族によって、どれだけ尊い命が失われたと思っている? 
 今、我らヒト族の国は未曽有の危機に面している。この大事な時に、貴様らのようなゴミのせいで、国全体が重大な損害を被ったのだ。
 ただで済むと思うなよ」

 声は全く頭に残らなかったけれど、一言だけ、引っかかった。

「……ヨナは、汚らわしくないし、魔族でもない」  
「何を言うかと思えば。
 たとえそうであろうと、高貴な方々を、稀代の豪傑を、職務に準じた誠実な兵士たちを殺害したのだ。魔族とどう違う?」

 ラインハルトは僕の反論を一笑に付した。

「……」
「ふん。都合が悪くなればだんまりとは、どうやら力はあってもお頭(つむ)の方はガキのままらしい。
 まぁいいだろう。
 今はあの魔族の再襲来に向けて軍備を進めているところだ。加えて、魔族による襲撃が各地で起きている。
 それらが落ち着き次第、貴様の処遇も決まるはずだ。
 拷問か、即処刑か。
 せいぜい後悔して、泣き喚け」

 捨てるように言って、ラインハルトは去った。



 それから少し時間が経って、ようやく落ち着いてきた僕は、脱獄について考えていた。
 それを考えることで、胸の苦しみを忘れようとしていた。 

 脱獄か。
 僕、しょっ引かれすぎじゃね?
 本当なら、さっきラインハルトが来た時に、あいつを操って脱獄できていればよかったんだけど。
 まぁ過ぎたことをいろいろ言ってもしょうがない。
 そんなことよりほかに方法がないか考えよう。

 とは言うものの、武器も防具も没収され、魔法も封じられている今、脱獄の手段は限られている。
 一番楽で確実なのは<王の力>による洗脳だな。
 <王の力>は魔法じゃないから使える。
 <王の力>は僕の身体能力の一部みたいな感覚だ。

 欠点と言えば、誰かが来てくれないと洗脳できないから、時間がかかるってことか。

 他の方法と言えば、<解放>で身体能力強化系スキルを上げて、この手枷を力づくで破壊するってのがあるけど、成功するかどうかはわからない。
 なにせこの手枷、めちゃくちゃ頑丈にできている。
 <身体能力強化>レベル六状態でも破壊できないと考えると、これ以上レベルを上げたところで微妙だろう。
 それに<解放>に使うエネルギーは、もしもの時のためにとっておきたいしな。 

 ほかにも方法がないわけじゃないが、どれも成功するか怪しいところだ。
 そんなに時間がかかるわけじゃないだろうし、やっぱ誰かが来るまで待つか。

 そんなことを考えていると、また足音が聞こえてきた。
 今度は一つだ。

 ちょうどいい。さっさと操って、こんなところからおさらばしよう。
 それからワユンやリュカ姉たちの安全を確保して、必要なら敵を排除して。

 その後は――。

 好き勝手やらせてもらおうじゃないか。
 この国が喧嘩売ってきたんだ。
 捕まえようとするなら、相手になってやる。

 というか、魔族に滅ぼされる前に、僕が滅ぼしてやろうか?
 今の王都くらいならティターニアだけでいけるはず。

 ふと、港町や貿易都市に住む人々の顔が浮かんだ。

 ……いや、それはやめておこう。
 こんな時世に国を亡ぼしたりしたら、すぐにでも人は魔族に支配されてしまうだろう。

 少ないし、他の人からすれば希薄かもしれないけど、ここには大切なものがある。
 せっかくできた絆なんだ。
 みんなの生活は、奪っちゃいけない。  

 というか、それはただの八つ当たりだろう。
 ……ヨナを連れ戻せなかったのを、他人のせいにしてるだけだ。

「元気そうね」

 ん? 女の声?
 檻の外から聞こえてきた声は、低いけれど確かに女の声だった。
 顔を上げると、そこには無表情のカミラがいた。
 声の質があまりにも違ったから、わからなかった。 

 カミラは無表情のまま、檻のカギを開けて、中へ入ってくる。
 目があった――あまりにも冷たい目に、体が凍りついた。

「質問に答えて。あなたは、あの魔族の仲間?」
「いや、それは……」

 なぜか、反射的に口が動いてしまった。
 カミラは目を細める。

「ウソね」
「ガッ!?」

 みぞおちに、カミラのつま先が突き刺さった。
 予想よりはるかに強烈な蹴りで、息が止まる。

「私には、心を覗く力があるの。だから、正直に答えて」

 近くに歩み寄りながら、カミラは淡々と言う。

 王宮には嘘を見破る力を持った人間がいる。
 以前聞いたことだ。
 こいつがそうだったのか。

「あなたはあの魔族に操られていたの?」
「~~っかっ」

 悶えていると、髪を引っ張られ、強制的に目を合わせられた。

「答えは?」

 <王の力>を――

「――っ!」

 発動しようとした瞬間、カミラは僕の頭を地面に思い切り打ち付けた。
 あまりの衝撃に意識が飛び、戻ってくると、視界が水の中にいるようにぼやけていた。
 意識もあいまいなのか、焦点が合わない。

「答えは?」
「ちが、う……」

 口が勝手に動く。
 何かの魔法だろうか? こちらの自由を奪う魔法? 洗脳? 
 
「そう。つまりあなたは、自分の意志であの魔族に手を貸したのね。
 ……ねぇ、ベアードのことは、どう思う?」
「……?」

 朦朧としていたからか、突然の話題転換についていけなかった。

「彼はね、バカで暑苦しいだけど、誰よりも誠実で優しい心を持ってるの。私は、自分の力のせいで人を信じられなくなっていたけど、彼だけは、信じることができたわ……彼だけは……ベアードだけが……」 

 つぶやきながら、カミラは立ち上がった。

 ――殺気を感じた。

「がぁっ!!」
 
 再び、カミラのつま先が僕のみぞおちを抉った。

「~~~~っぐぅっ」
「あんたのっ! せいでっ! あの人はっ! ベアードはっ! 死んだのっ!」

 区切れごとに、蹴りが突き刺さる。
 声は、悲痛に満ちていた。

 一撃ごとに、意識が飛びそうになる。  
 そんな中でも、言葉は頭の中心にまで届いた。
 あの人? ベアードとこの人は、恋仲だったのか?

「なんでっ! あんたがっ! 元気でっ! あの人はっ! あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 狂ったように蹴りが飛んできた。

「死ねっ! 死ねっ! 死ねぇっ!! 死んじまえっ!!」

 一切の容赦も感じられない。

 ――死ぬ。

 恐怖を感じた。
 今まで何度か感じた、強力な魔物に対して感じた物とは違う、異質の恐怖だった。
 痛いとはいえ、死んでしまうような攻撃じゃない。
 少なくともこの世界の僕は、この程度の打撃で死ぬほどやわじゃない。

 けれど、一撃一撃が芯を捉えていた。  

 意識がもうろうとして、何も考えられない。
 今、何が起こっている?
 どれくらい時間がたった?
 攻撃は、止んだのか?

「ひゅー…………ひゅー……」
「はぁっ、はぁっ……」

 指一本動かせない。
 かすかな風の音は、自分の口から洩れていた。
 カミラは荒く息を吐いている。

 視界がぼやけていたが、カミラから発せられる殺気だけは強烈に感じていた。 

「はぁっ……ここでっ殺して、やりたいとこだけどっ、まだ、ダメ。はぁっ……簡単には、死なせないっ……拷問して、死んだ方がマシと想えるくらい、拷問してっ! 
 死んでからも、後悔させてやる」

 荒く息をつきながら、カミラは呪詛の言葉を吐いていた。

「後悔しろ……苦しめ……」

 それを聞きながら、僕の意識は消えていった。



 気が付くとカミラはいなくなっていて、僕はじめじめした冷たい牢屋で一人になっていた。

「――っ!」

 一瞬鬼のようなカミラの顔が浮かんで、息が止まった。
 はっきりと刻み込まれていた。

 落ち着け、落ち着け。

 言い聞かせるように念じて深呼吸をすると、体のあちこちが悲鳴を上げた。

 くそっ、痛いな……。
 体中が痛くて、身動きすらできない。
 
「なんてことはない、大丈夫」 
 
 言い聞かせるようにつぶやく。
 そうだ、多少のイレギュラーはあったけれど、別にどうということはない。

 確かに、申し訳ないとは思った。
 ベアードもカミラも、僕みたいな怪しい奴に親切にしてくれた。
 まぁ思い出して見れば、カミラやヴィムは笑顔の裏で僕のことを探っていたように思えるけど、少なくとも、初対面から敵意むき出しだったラインハルトとは違う。

 ベアードに対しても、カミラに対しても、正直なところ好印象を抱いてたんだ。
 ヨナのことで忘れていたけれど、罪悪感は、実のところかなり大きかったらしい。
 さっき抵抗できなかったのは、そのせいか?

 僕がいようといまいと、ベアードは死んでいただろう。
 けど、もっとうまく立ち回れたはずなんだ。
 僕さえうまくやっていれば、誰も死ぬ必要はなかったはず。
 だから、巻き込んでしまったことは申し訳ないと思ったし、カミラの叫びには心が痛んだ。

 けど、それだけだ。
 だから罪を償うために捕まったままでいるとか、拷問を受けるつもりはない。

 身じろぎすると、また体が痛む。

「痛っ……誰でもいいから、早く来ないかな」  

 つい独り言が漏れてしまう。
 おそらくカミラの攻撃は、内臓にまで届いてはいないだろう。
 もし内臓が傷ついていたら吐血とかしてるはずだし。 
 でもそれは憶測でしかないし、他にもあばらとかやられてるかもしれない。
 いずれにせよ早く治療するに越したことはない。

 それにしても誰も来ないな。
 もしかしたら気絶していたのがほんの短い時間だったのかもしれないけど、腹時計的にはそろそろ昼食の時間くらいだと思うんだけど。 
 それとも、気絶している間に来てたのかな。だったらやだな。

 そんなことを考えていると、ふと、最悪の可能性が頭に浮かんだ。

「……まさか」

 <王の力>に気づかれているのか?
 全部把握されたとは思わないけれど、アドラー伯の様子から勘づいたか、あるいはさっきカミラに使おうとしたとき気取られたか。
 それとも人の能力を盗み見ることのできるスキル持ちがいるとか?
 カミラの能力も底が知れない。

 あらゆる可能性があり得るように思えた。

 だとすれば、僕は放置されるってことになるのか?
 食事は?
 水は?
 
 もし正体不明の能力を持っている大罪人を捕まえたとき、僕ならどうする?
 情報を得るため拷問するにしても、処刑するにしても、そのままだとどんな能力を使うかわからないのだから怖くてできない。
 
 それなら、抵抗できない程に弱らせてから刑に処せばいいんだ。

 考えるほどに、最悪の可能性は最もあり得る可能性に思えてくる。

 今思えば、ラインハルトの言葉は矛盾していた。
 魔物の侵攻が激しくなっているなら、その魔物とつながっている可能性の高い僕に対する尋問は早急に行われるべきことのはず。
 尋問官が強靭な戦士である必要はないのだから、戦力に影響することもないだろう。

 サァーっと血の気が引いていくのを感じた。

「まずい」
 
 けど、そうと決まったわけじゃない。
 いぜれにせよ、とにかく今は待つしかない。

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