女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女30

 夜、僕は王宮の入り口側の端にいた。
 王宮と王都にいる貴族すべて警備するため、という名目でここに配置されたのだけど、たぶん信頼されていないというのが本音だろう。
 自由に王宮内を歩き回られては困るってことだ。

 加えて、警護役として二人の警備兵が僕につけられていた。
 これも警護という名の監視役だろう。

 隊長のシュバルツとラインハルト、それからカミラは、普段から王宮に勤めているらしい。
 ラインハルトは騎士団長、カミラは宮廷魔術師だという。
 そのためこの二人は少数だけど部隊を率いて王の近くを警護している。

 一方ベアードとゲーハンは、普段北方前線の警護をしていて、有事の際召集されるそうだ。
 ヴィムは一応宮仕えだけど、命令で各地を回っているらしい。

 三人は町と王宮内のどちらにも対応できるよう、王宮の周りに配置された。

 王都中に分散させたピクシーたちには<群化>を使用してある。

 <群化>は同種をすべてまとめて、一つの魔物と捉える能力、というのが僕の解釈だ。
 ピクシーたちの間に高速伝達可能なネットワークが形成されていて、構成要因の一人が得た情報は、一瞬で拡散される。
 そして、全員で対処する。
 それは神経系に近い。
 ピクシー一匹一匹が神経細胞で、それらが纏まって一つの生物として何かに作用する。
 そしてその頂点、脳に当たるのが僕。
 どこで何が起ころうと、すぐに僕のそばにいるピクシーが知らせてくれ、指示を出せる。
 もっとも、ピクシーから伝えられるのは身振り手振りとニュアンスだけだけど。

 空を見上げると、そこには満天の星空があった。
 けれど感動はなくて、どこか空虚というか、冷たいと感じた。

 つい最近ヨナと見たあの空は、温かかったのにな――

 ――ピクシーが僕の袖を引っ張った。
 ネットワークの一部分が、警告を発した。

 弾けるように、僕は駆け出す。
 背後から、警備兵たちの怒声が聞こえる。

「おいっどこへ行く!!」 

 黙殺し、サーベル・パンサーを召喚して飛び乗る。
 王宮の門を飛び越え、町へ躍り出た。

「急げ、パンサー」

 おそらく警備兵がベアードたちを連れてくるまで、十分もない。
 その間にヨナを見つけ、説得しなければならない。 

 ――時間がない。 

「屋根の上へ、そして突っ切れ!」

 曲がりくねる街路を縫っていくのでは遅すぎる。
 屋根の上へ飛び乗り、街路を無視して突っ切った。

 パンサーの速度はぐんぐんと上がっていき、景色が絵の具のように溶けていく。
 瞬く間に目的地が迫ってきた。

 ――壁を突き破って、二つ目の部屋の中。

 目的の貴族の屋敷の周りにもピクシーは大勢散らばっている。
 その中の一匹のジェスチャーを読み取り、命令する。

 ピクシーの魔法で壁がぶち抜かれ、僕とパンサーは飛び込んだ。

 立派な天蓋付きのベッド――その上で静かに息絶える、金髪の美少女。  
 よく見れば、胸からどす黒い血が流れている。

 そこは広い寝室だった。
 僕が飛び込むのとほぼ同時に窓が粉々に砕かれたらしく、千々に散ったガラスが月光を無限に反射しながら落ちていく。

 ヨナは――?
 ――外か!!   

「上だ!!」 

 ピクシーネットワークが、逃げ出したヨナを捉えた。
 ヨナは、窓から上へ逃げたらしい。

 即、ワイバーンを呼びだす。
 部屋をぶち抜いて現れたワイバーンに飛び乗り、窓側の壁を吹き飛ばして外へ。

「オーワさん!?」

 声は上から降ってきた。 

 見上げると、ヨナが宙に浮くように、そこにいた。
 月明かりの中、銀色の髪が泳ぐように漂っている。
 ルビー色の目は、驚愕に見開かれていた。

 飛んでいる?
 いや、そんなことはどうでもいい。

「ヨナ、どうしてこんなことを?」
「オーワさんには、関係ありません。帰ってください」

 ヨナは感情を込めずに、機械的に言ってきた。
 けれどどこか必死だ。

「どうして、僕たちに何も言わずに出て行ったんだ?」
「やらなければならないことが、あったからです」
「それは、貴族を殺すこと?」

 ヨナは少し黙り込み、僕に背を向けた。

「だから、関係ないでしょう? 帰ってください!」  

 そして次の狙いであるすぐ隣の屋敷に向かって飛び立つ――僕はピクシー軍団に先回りさせ、それを阻んだ。

 ヨナが振り返ってくる。

「どうして邪魔をするんですか?」
「まだ質問に答えてもらってないからだよ。なんで、こんなことをするんだ?」 
「言えば、帰ってくれるんですね?」

 ヨナは一度目を瞑り、小さくため息をついた。

「復讐、ですよ」
「復讐?」
「はい、復讐です。私は、いえ、私たち親子は、ヒト族に対して、恨みを持っています」
「恨み?」
「そんな言葉では言い表せないほど深く、強いモノ。
 そして、その恨みを晴らすことが、私のやらなければならないことです。
 先日、私はそのことを思い出したんです」

 恨み……?
 それが何によるものかわからないけど、そんなことのために、殺人まで、それも一族皆殺しなんて!?

 いや、他の人がどうかはわからないけど、ヨナならやる。
 時折ヨナが見せた残虐性。
 否定はできない。

「さぁ、ピクシーをどかしてください!」
「だめだ」

 あんなおざなりな説明で納得できるわけがない。
 僕の言葉に、ヨナは再び目を瞑り、大きく息を吐き、目を開けた。

「……邪魔をするなら、たとえオーワさんが相手でも、私は容赦しませんよ」

 冷たい声――ヨナから、はっきりと殺気が発せられた。
 さっきまであった必死さだとか、どこか悲痛なところとか一切抜け落ちて、あるのは無機的なものだけだ。
 肌で感じられるほど強大な魔力が膨れ上がっていた。ヨナからオーラのようなものが漏れ出している、そんなイメージが浮かぶ。

 ツンとしたものが、鼻の頭に上ってきて、涙があふれてきた。
 ヨナと対峙するのが、これほどつらいなんて。
 心が軋むって、こういうことなのか?

 食いしばり、平静を装って、応じる。

「行かせないよ。
 ヨナ、帰ろう? 今ならまだ間に合う。また一緒に、楽しくやっていこうよ。その方が、君にとっても幸せなはずだ」
「オーワさんに、何がわかるんですか?」

 感情の抜け落ちた声だった。

「私たち親子の苦しみも知らずに、何を勝手な。屈辱も無念も張らせずに、幸せになれるわけないでしょう?
 ……オーワさんなら、わかってくれると思ってました」
「え?」

 再び、声に感情がこもった。

「虐げられた者なら、わかるはずです。復讐は、悲願です。虐げられた者の心は、復讐をなすことでしか救われない」

 何か言わなければ。
 時間がなかった。
 けれど焦るばかりで、僕の頭には反論が思い浮かばない。意味のない言葉が沸き上がっては零れ落ちた。

「あなたにはわかるはずです。だってオーワさん、復讐をたくさんしてきてるはずですから。
 復讐してる時のあなたは、どんなときよりイキイキとしてましたよ?」
「それは……」

 否定できなかった。
 僕が復讐を否定するなんて、できるわけがなかった。
 何せこれまでの人生、僕は復讐を常に望んでいたし、こちらに来てからは常に復讐してきた。

 けれど、復讐してわかったこともある。  
 復讐は、麻薬に似る。
 やれば一時、心が救われるけど、その実、体にはなんの益もない。
 そしてやりすぎれば、中毒になり、やがて滅びる。

 でも果たして、それは不幸なのだろうか?
 心だけは、耐え難い苦しみを忘れて幸せに浸れる。
『間違った』幸せには違いないけれど、それって不幸なこと?

 今のヨナが復讐しても、なんの得もないだろう。
 それどころか、犯罪者として追われることになる。
 それはまぎれもなく不幸だ。
 果てには、破滅がある。

 でもそれは、不幸なことか? 
 復讐を成し遂げたとき、たしかに心は幸せで――

「いてっ」

 僕の思考は、ピクシーに頬を抓られて、中断された。
 ピクシーの指さす方向では、カミラが巨大な火の玉をつくり上げていた――

 ――発射される。

「<転移召喚>!!」

 反射的に、カミラとヨナの間にレッド・ドラゴンを召喚してしまった。
 火の玉はレッド・ドラゴンにかき消される。 
 カミラがこちらを睨んだ。

「なぜ邪魔を!?」

 しまった。これじゃ僕がヨナの味方だとバレてしまう。
 ヨナなら今の魔法程度、全く問題なかったはずだ。

 でも、反省してる暇はない。
 予想より援軍の到着がはるかに早かった。

 別の方向では、ヨナに向かって跳躍したベアードとゲーハンに向かって、ヨナが巨大な氷柱を発射しようとしている。

「ヨナっやめろっ!! 出でよシルフ!!」

 僕とワイバーンはヨナに向かって飛んでいき、シルフはベアードとゲーハンを風で吹き飛ばした。

「何しやがんだ坊主!!」

 ベアードの怒声が背後に響く。
 僕がヨナの前に出ると、ヨナは氷柱を僕に向けたまま、睨んできた。

「邪魔をしないでください!」
「もうやめるんだ、ヨナ!」
「それはできません! これ以上邪魔するなら、本気で撃ちますよ!?」

 ヨナの手がふるふると震えていた。
 背後ではベアードの怒声と、レッド・ドラゴンとカミラ率いる魔法部隊との戦いの音が響く。

 ドラゴンには被害を最小限にして、カミラたちを制圧するよう、シルフとピクシーたちにはベアードとゲーハンの意識を逸らすよう指示する。

 ヨナの目を見る。

「帰ろう? ヨナ」
「ダメです」

 ヨナの目はこちらを睨みながら、涙に濡れている。
 ――迷い!!
 あと、少し――

「どけっ坊主!!」
「あぐっ!?」 

 ――わき腹を誰かに強打された。
 それがベアードだと分かったのは、ワイバーンの背から数メートルも吹っ飛ばされた後だった。

 ――油断した。

 シルフでも役不足だったんだ。
 それにしても速すぎる!
 ゲーハンがひきつけたのか?
 数十のピクシーとシルフを!?

 斧を袈裟に振りかざしたベアードが、僕の乗っていたワイバーンの背を蹴り、ヨナに接近する。
 落ちながら、その悪夢のような光景を見た。

「ヨナっ!!」

 ワイバーン!!
 僕の呼びかけにワイバーンは頭上のベアードを叩き落すべく身を捩り、翼を叩きつける。
 瞬間、ワイバーンの翼は胴体と切り離されていた。
 一瞬の早業。
 何事もなかったようにベアードがヨナに肉薄する。

「食らいやがれっクソ魔人!!」

 振り下ろされる瞬間、巨大な氷柱がベアードを貫いた。

 人間では不可能と思われるほどの反応の早さと発動速度。 
 そして、歴戦の戦士であろうベアードが反応すらできない程の、氷柱自体の速度。最高峰の肉体と防御を容易く貫く威力。
 ベアードの顔に、驚愕が張り付く。

 丸太のように太い氷柱はベアードを貫通し、下の民家に突き刺さった。
 ベアードはゆっくりと地面へ落ちていく。

「いやぁああああっ!!」
「貴様ぁあああっ!!」

 劈くような悲鳴と破裂したような怒声。
 聞いたことのない声が大気を震わせた。
 ゲーハンが、声を上げてヨナに向かっていく。

「だめぇええっ!!」

 カミラの悲痛な叫びが響く。

 ヨナが指をゲーハンに向けると、一瞬まばゆい光に包まれ、轟音が轟いた。
 強力な雷魔法。
 目が慣れた頃には、ゲーハンは薄明りに照らされた夜よりも黒くなっていた。 

 そのタイミングで、僕はようやく地面に落ちた。
 あたりは静寂に包まれていた。無数の兵士がいるはずなのに、息遣い一つ聞こえてこない。
 全員が呆然としていた。
 数秒のうちに、国を代表する戦士が二人も、命を散らしたのだ。

 月が雲に隠れ、夜が暗くなっていく。
 ヨナの銀髪が輝きをひそめていく。
 対照的に、暗闇の中、くり抜かれたように炯々と、赤い双眸が瞬く。

「あれが、本当の魔人……」

 誰かがつぶやくのを聞いた。
 沢山の兵の足音が聞こえた。
 誰かが叱咤する声。時間が再び動き出す。

 雲が過ぎ、再び月の光に照らされる。

「怯むな!! 弓兵、矢を放て!!」

 いつの間に来ていたんだろうか。
 ヴィムの声とともに、一斉に矢が放たれる。
 矢はヨナに届くことなく、すべて何かに弾かれた。

「やりなさいっ!!」

 カミラの悲鳴にも似た怒声が響くと、無数のファイアボールがヨナに向かって放たれる。
 ヨナは顔色一つ変えず、片手を水平にあげ構えると、魔法がすべて掻き消えた。

 傷一つつけられないにもかかわらず、兵たちの攻撃は続けられる。
 手を下ろし、ヨナはこちらを向いた。 

「私はもう、戻りません。オーワさんは、自分の幸せに向かってください。それはきっと、本当の幸せでしょうから」 

 一瞬、ヨナは可哀想なほど顔をゆがめた。
 ヨナは顔を兵士たちへ向け、手をかざした。

「だめだっ!!」  

 ヨナが歯を食いしばったように見えた。
 僕が叫んだ次の瞬間、幾本もの火柱が上がる。
 急激に当たりの温度が上昇し、目を開けていられないほどになった。

 無数の断末魔が響き渡った。

 ヨナを止めないと!!

 スキル<身体能力強化>を<解放>し、レベルを六まで上げる。
 ほぼ同時にヨナへ向かって思い切りジャンプした。

 瞬く間にヨナとの距離が詰まり、僕は彼女の両腕をつかんだ。
 そのまま余力で数メートルもヨナを押し、止まる。
 <錬金術>で足場を作った。 

 下からは、焼かれた兵たちの苦悶の声が上ってくる。
 掴んだヨナの腕が震えた。

「ヨナ?」
「ふふっ!!」

 ヨナの小さな体が大きく痙攣して、

「あはははははっ!!」

 突如、おかしくなったように、ヨナらしからぬ馬鹿笑いを始めた。

 どうしたんだっ?
 訳が分からなくて、僕は立ち止った。

 人殺しの後の罪悪感で、おかしくなったのか?
 いや、でも、ヨナはすでに何人も殺しているし……なにより、この笑いはそういう感じじゃない。

「なぁんだ。やっぱり、そうだったのね。悩む必要なんて、なかったのだわ……」

 笑い終えると、ヨナは消沈したようにつぶやく。

「何してるのっ! 早くとどめを刺しなさいっ!!」

 カミラの叫びが聞こえるけど、無視した。

 これはチャンスだ。
 戦線が膠着し、ヨナの動きが止まった。
 今のうちに、ヨナを回収してしまおう。

 ヨナを抱えようと手を伸ばしたその時、背後に強烈な熱を感じた。
 振り返ると、一面炎に包まれている。
 カミラの魔法だ。僕ごと焼き尽くそうとしている。

「出でよアプサラス!!」

 水の妖精アプサラスを召喚し、同時に<増殖>、<群化>した。
 数百にも上る妖精たちの水魔法によって、炎はすぐにかき消される。
 カミラの罵声が聞こえてくる。

 無視してヨナのほうに向きなおる――

 ――いない? 上かっ!?

 すり抜けた様にいつの間に消えていた。
 膨大な魔力を感じて、上を向いた。 
 ヨナは何かを押し殺したような表情で、僕を見ていた。

「次に会うときは、私は本気であなたを攻撃します。
 ですから、もう私の前に、来ないで。
 ……さようなら」

 ヨナは背を向けると、飛んで行ってしまう。

「待っ――っっ!?」

 手を伸ばした瞬間、突然まるで巨大な岩が落ちてきたかのような衝撃に襲われた。
 あたりの建物が見えない何かによって、次々に押しつぶされていく。
 これは、重力?
 足場が砕け、一気に地面へ引っ張られた。
 衝撃ーー同時に重みが消え、立ち上がる。
 すでにヨナはいない。
 一瞬で? どこへ?

 --視界がブラックアウトした。
 後頭部から熱いーー痛み? を感じた。
 グラグラする。

「ようやく捕まえました……これで、この血があれば……」

 首筋にチクリとした鋭い痛みを感じた。
 意識が途切れる瞬間、ヴィムの囁くような声が聞こえた。

「女顔の僕は異世界でがんばる」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「冒険」の人気作品

コメント

コメントを書く