女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女29

 思った以上に王都は遠く、翌日の朝、王都に到着した。

 王都は巨大でいかにも堅牢そうな外壁によって囲まれ、巨大な門には門番が何名も常駐している。
 その中の一人に案内され、僕は王宮へ向かった。

 王都の町並みは、店が多く華やかではあるけれど庶民も多く、思ったほど他の都市との違いはない、という印象だった。

 ただし中心部へ近づくと華美な服を着た貴族たちが増え、どことなく奢侈な雰囲気が漂ってきていた。
 どこか浮世離れしているというか、別の世界に来たみたいだ。
 外界でどんな事件が起きているとか、そういった心配は微塵も感じられない。

 両脇にいかにも屈強そうな門番が立つ鉄の門をくぐり、驚くほど長い庭を抜けると、王宮にたどり着く。

 庭が広いせいで、王宮は完全に街とは切り離されて存在していた。
 てっぺんが見えないほど高く、横は端が見えない程長い。
 間近で本物の城なんて見たことがなかったけれど、こんなに大きいものなんだな。

 案内役が何度か変わり、やがて通されたのはベッドのある個室だった。
 シャンデリアに小さな丸テーブルもあり、床には絨毯も敷かれていて、けれど華美すぎる風でもない、清潔な部屋という印象だ。

「ここでしばらくお待ちください。お時間になりましたら、担当の者がお迎えにあがります。
 外出する際には外に待たせてある者にお申しつけください。お伴させていただきます。ご面会は夕の会食時にとのことですので、その頃にはお戻りください」
「わかりました」

 返事をすると、案内役の人は一礼して、ゆっくりとドアを閉めた。



 王都を見て回る気にもなれなかったので、僕は一日引きこもってしまった。

 時間がきて通されたのは、大きなテーブルのおかれた、会議室のような場所だった。
 すべての席に皿とグラスが用意されている。
 わきには兵士が四人立っており、僕は入って左手の端の席に座らされた。

 やがて兵士を二人率いていかにも厳格そうな痩身の男が入ってきた。

 白髪交じりの髪の毛はオールバックにしていて、眼光は鋭い。
 身体つきさえ見なければ、将軍と言われても納得しただろう。
 もとは魔法使いだったのかもしれない。

 僕は反射的に立ち上がり、自己紹介した。

「冒険者の、オーワです」
「待たせてしまって済まない。私はシュヴァルツ。一応王都の警備を担当している者だ。まぁ普段は、雑用ばかり任せられているがね」

 そんな僕の緊張を見透かしてか、厳しい顔つきから一変し、柔和な笑顔で応じてくれた。
 なんとなく、いい人なんだなぁ、って気がする。

 いや、ダメだ、油断するな。
 僕は敵として認識されてる、って自覚してないと。 

 続いて入ってきたのは金髪で長身の青年だった。
 いかにも真面目そうな顔つきと、細身だけれど、重さも感じさせる体。
 きっと、相当な訓練を積んだエリートなんだろう。
 彼はこちらをちらと見て、興味無さげに視線を外した。

 それから黒髪で巨漢の、クマのような中年、紫の長い髪が特徴的な、巨乳魔女、スキンヘッドの筋肉達磨、糸目の軽薄そうな紺色の頭の青年が、ぞくぞくと入ってくる。

 強い人には、なんとなくそんな雰囲気がある。
 けれどこの人たちは、それだけじゃない、不思議な雰囲気をそれぞれ醸していた。
 誰も彼も、一癖も二癖もありそうで、面倒くさいことになりそうな予感がする。

 全員が揃ったのを見て、右のお誕生日席に座ったシュバルツが立ち上がった。

「みな、よく集まってくれた。そしてオーワ君、このたびは遠いところご苦労だった。
 早速仕事の説明、というのもなんだから、というより俺が嫌だから、まずは食事にしようじゃないか。オーワ君は初めてだろうが、王宮のシェフの腕は王国一と言ってもいい。各々、心行くまで堪能してくれ」

 話が終わるや否や、メイドさんたちが前菜とワイン(?)を運んできてくれる。
 全員に注がれたところで、シュバルツが乾杯の音頭を取った。

 乾杯して口をつけると、ワインだと思っていたのはただの葡萄ジュースだと分かった。
 さすがに仕事の説明の前に飲酒はまずいってことだろう。

 料理は一つずつ時間を空けて運ばれてくるらしく、前菜の後に魚料理、スープ、パンなどと順々に運ばれてくる。
 右斜め前に座っていたクマのような中年はパンを早々に平らげて、僕に話しかけてきた。

「坊主、王宮の飯はどうだ?」
「えっ? あ、はい、すごくおいしいです」

 まさか話を振られるとは思っていなかったので、僕は少しどもってしまう。
 けれどクマさんは気にした風もなく、上機嫌に笑う。

「そうだろう、そうだろう! だがな、メインはもっとスゲェんだぜ? 特に今日は、とっておきだってササの奴が、あぁ、ここのコックなんだがな、言ってたからな」
「またササに迷惑かけてたんですか? まったく、相変わらずですねぇ」

 クマさんに苦言を呈したのは僕の右隣に座る細目の青年だった。
 けれど、本当に怒っている感じじゃない。

 糸目の男は口元を軽く拭いて、こちらを向いてくる。

「すみませんね、いきなり話しかけられてびっくりしたでしょう。私はヴィムと言います。よろしく」
「あっ、えっと、オーワです」

 差し出された手に応じると、クマさんも口を開いた。

「おぉすまんすまん、自己紹介がまだだったな。俺はベアードだ。で、こっちの魔女はカミラ」
「よろしくね」
「えっと、よ、よろしくお願いします」

 クマさん、もといベアードが右隣の――僕の正面の女性を差して紹介すると、その人――カミラはウィンクをしてきた。
 その仕草がなんか妖艶で、ドギマギしながら応じると、カミラはふ~んとつぶやきながら観察するように眺めてくる。

「かわいいのね。けっこう好みよ、君みたいな子」
「は、はぁ……」
「はっはっは! そんで、こっちのハゲがゲーハン」
「……」

 僕の二つ右隣に座るスキンヘッドの男、ゲーハンは、ベアードの失礼な紹介を意に介すことなく、無言で会釈してきた。
 エーミールより無口な人なんて、いたんだな。
 名前にはツッコむまい、絶対。

「あーこいつは基本こうだから気にするな。それからこっちのクソまじめな野郎は――」
「ラインハルトだ。ベアード、余計なことはしゃべるな」

 真面目そうな金髪の青年は、ベアードの紹介を遮ってしまう。
 なんか、ピリピリしているみたいだ。
 理由はたぶん、僕だろう。
 何か気に食わないという風にこちらを見て、またベアードのほうを向いた。

 ベアードはうっとおしそうに手を振る。

「ったく、世間話くらいいいじゃねぇか。何が気に食わねぇんだ?」
「わかってるだろうが」
「いんや、わかんねぇ」
「ちっ……」

 ラインハルトがこちらをまた一瞥し、舌打ちするのと同時に、料理が運ばれてきた。
 一瞬メイドさんたちが剣呑な雰囲気に戸惑うが、ラインハルトは気にするなと言って食事に戻る。

 一方カミラは、運ばれてきた、ステーキのような肉料理を興味深げに見ていた。

「それが、とっておきのお肉?」
「はい。カオス・ドラゴンのおなかの皮膚と筋肉の間の部分のみを使用したステーキでございます」

 メイドの一人の説明に、全員が反応したのを感じた。
 カオス・ドラゴンはでかいから、表面部分だけでも十分な量が取れるのか。

 一口食べてみると、口いっぱいに染み出すように肉汁が広がって、消えた。
 圧倒的に甘く、これでもかというほどにしつこいけれど、味付けのおかげでそれを抑えているという感じだ。
 食べたことはないけれど、特上の霜降り肉とかはこんな感じなんだろうか?
 僕は好きだけど、正直思ったほど感動的においしいわけでもないし、好き嫌いは分かれそうだ。

「おぉ! こりゃ旨い」
「ウソ? しつこすぎるわよ、これ」

 予想通り、ベアードとカミラで早速意見が分かれている。
 ベアードは反対意見を無視して、僕のほうを見て笑う。

「坊主、お前が仕留めたんだってなこのドラゴン! また頼むぜ」
「え? あ、はい……」
「そういえばそうだったわね。ふ~ん、これをあなたが……」
「えぇ……」

 またカミラが、じっと観察してきて、やがて一笑した。

「とても信じられないわね。見た感じ、魔法使いなんでしょうけど、正直あなたみたいな子が倒せるほど、ドラゴンは弱くないわ。
 ねぇ、どうやったの?」
「えっと、僕以外にも何人か手伝ってくれて、それのおかげで……」
「ふ~ん? でも、少なくともとどめを刺したのはあなたよね?」
「それは……」

 召喚魔法のことを話してもいいだろうか?

 いや、ダメだ。
 この人たちは敵なんだ。
 手の内をわざわざ晒してやる必要もない。

「まぁ、なんというか、たまたまで……」
「ウソね」

 カミラは頭ごなしに否定して、尋ねているのか独り言かよくわからない感じでつぶやく。

「既存の魔法じゃ、あなたがどんなに頑張っても擦り傷一つつけられないでしょうし。毒、かしら? それとも、強力な罠?」
「はっはっは! おいカミラ、あんまいじめてやんなや。坊主縮こまっちまったじゃねえか! すまねえな。こいつ、いつもこうなんだ」
「あ、はい」

 僕が返事に窮していると、ベアードが見かねたのか助け舟を出してくれた。
 その隣で、ラインハルトがなぜか、かすかにベアードを咎めるように睨む。
 ヴィムが糸目をさらに細くするように笑みを浮かべた。

「いいじゃないですか。私も気になりますよ、オーワ君の力。こんな子供が伝説の化け物を倒せるなんて、どんなカラクリがあるのやら。公にできれば、きっと魔人との戦いも優位に進められます」
「そうよね? 普通のドラゴンなら仕留めたことくらいあるけど、あれは疲れるわ。
 ねぇ、ここじゃ話しづらいんだったら、今夜私の部屋に来ない? 歓迎するわよ、い・ろ・い・ろ・と」
「カミラ、食事中だ」
「はいはい」

 ラインハルトに諫められ、カミラは面倒くさそうに手を振った。 
 どうやらみんな、僕がドラゴンを倒せたのはいろいろ策を巡らして、結果たまたま倒せたのだと思っているみたいだ。
 なんか昔を思い出すというか、舐められてる感じがすごいする。
 ……舐められるのは当然か。
 片や王宮の警護を待たされてるエリートたち、片やどこの馬の骨かもしれないCランク冒険者の子供、なんだから。

 不機嫌そうな雰囲気が出てしまったのか、ベアードが僕を気遣って話題を変えてくれ、そのあとは和やかに食事が進んだ。
 カミラが一々エロい仕草で誘ってくること以外は。

 先の尋問じみた質問攻め以外は、こういうのが苦手な僕でさえ不快に感じることがなかった。
 少し楽しいとさえ感じてしまう。

 思ってたよりずっといい人たちじゃないか。
 特にベアードとカミラは僕に話を振ったり、いろいろ気遣って話しかけてくれる。
 ゲーハンは元々無口なようで終始無言だったけど、ラインハルトと違ってなんか柔らかい雰囲気だ。

 この人たちと敵対したくないな。



 全員が食事を終えるとシュヴァルツが再び立ち上がり、話を始める。
 先程までとは一変して、引き締まった空気が漂う。

「みんな、食事を楽しんでいただけたと思う。
 さて、いよいよ本題に入るが、まずはこれを見てほしい」

 そう言うと、シュヴァルツはメイドの一人から巨大な羊皮紙を受け取り、机の上に広げる。
 他の人は席を立ち、シュバルツの近くに寄った。
 僕もそれに倣い、席を立つ。

 羊皮紙にはこの国の地図が描かれていた。
 バツ印は商業都市<ハンデル>を含む数か所に記されている。

「このバツ印が、今回魔人による襲撃を受けたところだ。<ハンデル>に始まり、王都に向けてどんどん北上している。襲撃を受けたのは貴族と富豪たちだけで、被害は凄まじい速度で今も拡大している」
「――っ!」

 バツ印の数は、ギルドで報告を受けた時の倍以上あった――

 ――その中には、ルーヘン事件の際僕が奴隷商から救出し、代わりに助けてもらった子の家もある。

 血の気が引いて、めまいがした。
 思ったよりもずっとショックが大きかった。
 付き合いは短かったけれど、彼女たちも立派な戦友だったということだ。

 もしかしたら、他の家にも被害が?
 もしかしたら、アレンとエレンの家にまで?

 双子の愛らしい猫の獣人の笑顔が、一瞬脳裏をよぎる。
 目を走らせると、幸いアレンとエレンの家は無事のようだった。
 二人の家は、まだずっと北にある。
 けれど、この先も無事である保証はない。

 僕がショックを受けている間にも、シュバルツは話を続けていた。

「――というわけで、今回の任務は国王をこの魔人からお守りすることだ」
「質問。魔人は生け捕りにしたほうがいいのかしら?」

カミラが尋ねる。


「もちろんだ。この魔人にはおかしなところが多い。例えば――」
「貴族を狙う理由、それから商業都市からスタートしているのも気になる。もしかすれば、カオス・ドラゴン出現とも何か関係があるかもしれない」

 カミラの質問にシュバルツが答え、それをラインハルトが引き取り、続ける。

「けれど国王の安全が第一だ。必要なら殺すべきだろう」
「その通りだ。他に何かあるか?」

 ラインハルトが締め、シュバルツが頷き、僕たちを見渡す。

「町の貴族はどうすんだ? 見殺すか?」

 ベアードが自分で言って、自分で笑った。

「当然守る。だが王宮を手薄にするわけにもいかないから、ここはオーワ君の力を借りようと思う」

 シュヴァルツがそう言うと、みんなの視線がこちらに集まった。
 ラインハルトが、僕を嘲るように笑みを浮かべる。

「へぇ? だがこんな子供に一体何ができる?」

 ラインハルトの意見に、だれも反対しない。
 むしろ賛同するような雰囲気だ。
 もっとも、ラインハルトと違って本当に僕を心配してだろうけど。
 僕が聞いてたより頼りなかったから、こんな反応なのか。

 このままだとまずいかもしれない。
 この作戦に参加できないとか今更言われると、面倒なことになる。

「あの、僕も一応、魔人と戦ったことはあります。お役には立てるかと……」
「オーク・キングだとか、その程度だろう?」
「……それは」

 ラインハルトに図星をつかれて、口ごもってしまった。
 しまった、ウソでも適当に見栄張っておけばよかった。

 気づいた時には遅く、ラインハルトはため息をつく。

「はぁ……いいか、魔人は魔物とは違う。奴らは狡猾で、卑劣で、人を殺すためには手段を選ばない悪魔だ。浅知恵もドラゴンには通用しただろうが、魔人には通じない」
「わかっています。ですが……」

 僕が反論しようとすると、今度はベアードが遮ってきた。

「坊主、言い方が悪かった、すまん。
 お前がそこそこできるこたぁわかっている。だが所詮、南の冒険者の中では、だ。
 北方前線の冒険者や騎士とは違う。力じゃねぇ。魔人との戦いが日常茶飯事な場所で生き抜いている俺たちとは、経験値が違ぇんだ」

 北方前線――ベアードさんたちは、魔大陸と目と鼻の先で活動する冒険者ってことか。
 どうやらみんながみんな、常に王宮を警備してるわけじゃないらしい。

 きっとベアードは、僕のことを思ってくれているんだろう。
 けど、なんとか論破しないとまずい。
 それになんか釈然としない。

「それは僕の力を……」 
「みんな、話は最後まで聞け。
 なにもオーワ君を前線で戦わせようと言っているわけじゃない。俺だって一応、元北方前線で戦っていたんだ、奴らの強さはよくわかっている」

 近くでカミラが「一応?」と突っ込みを入れた。

「オーワ君には今回、見張りと医療係を頼もうと思っている。彼には特殊な召喚術があるんだ。加えて高度な治癒魔法もある。オーワ君、やってくれるか?」
「ふ~ん。召喚術に、治癒魔法ねぇ」

 シュヴァルツは人の好い笑顔で尋ねてくる。
 カミラは意味ありげな笑みを浮かべてこちらを観察してきた。
 なんだ? まぁいいか。

 見張り係は悪くない。
 それなら誰よりも先にヨナを見つけて、接触することができるだろう。
 やっぱり侮られてる感が少しムカつくけど。

 僕ははっきりと頷いた。



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