女顔の僕は異世界でがんばる
恨みを抱く少女23
帰ってきてから二日が経った。
ワユンは何やらリタさんにいろいろ教えているらしく、この二日間つきっきりで外を連れまわしていた。
僕は特にやることもなく、ヨナの部屋でだらだらしている。
リタさんはとりあえず、以前使った道具で奴隷印を外し、体裁上僕らの家政婦として雇っていた。
ワユン曰く、家政婦としてなら生きていけるはずだということで、まずは僕らのところで慣らしてから独り立ちさせよう、という魂胆らしい。
でも、事はそう単純ではないみたいだ。
若干十四歳の浅はかな考えは当然リタさんにはお見通しで、彼女にしてみれば少女にそこまで気を使わせているのもプライドに傷がつくらしく、えらく渋っていた。
しかし、立場で言えば圧倒的にワユンが上なわけで(戦闘力に関しても)、結局無理やり押し切ってしまった。
なぜそこまでしようと思うのか。
よくよく考えれば、待遇のいいところに売るだけなら、いくらでも伝手はある。
以前ルーヘン事件で恩を売った貴族のどこかに売ればいいだけの話だ。
なんの利益にもならないのに、わざわざ面倒を見てやる義理もない。
あれだけボロクソ言われたわけだし。
たぶんワユンは、自分を重ねているんだと思う。
境遇が似ているから、放ってはおけなかったんじゃなかろうか。
感受性めちゃくちゃ高いし。
まぁ、実際どうだか知らないけど。
僕としてはリタさんと顔を合わせづらいし、でもワユンのとこ行けば必ず会わなきゃならないし、正直面倒だ。
でもワユンがそうしたいと言うなら、しょうがない。
ベッドの上で本を読むヨナの顔を見る。
鼻歌を交えながら口元に笑みを浮かべる彼女は、僕がいなくなっている間に、またさらに元気になったように見えた。
ヨナが顔を上げた。
「どうかされましたか?」
「あぁいや、邪魔してごめん。
調子、いいみたいだね」
ヨナは邪魔ではないとばかりに本を閉じる。
「はい、一週間ほど前から、また急に体調がよくなったんです」
体調がよくなったことはいいことのはずなのに、ヨナの声はあまり明るくない。
「何か気になることとかあるの?」
「いえ、ただ今までこんなことなかったので、ちょっと戸惑ってまして。最近になって度々こういうことが起きるんですけど、なんで、急によくなったのでしょう?」
ヨナは、困ったように笑いながら首をかしげた。
「うーん。環境がよくなったから、とかじゃない? まぁ悪いことじゃないんだし、悩んでても気落ちするだけだと思うよ?」
そういうと、ヨナはそうですねと頷いた。
考えてもわからないし、変に不安になられても困る。
それに、あと数日で呪いが解けるんだし。
一応、神父さんのところへ行って聞いてみるか。
ヨナにちょっと出てくると言い残し、僕は部屋を出た。
神父さんによると、体調とヨナにかけられている呪いとは全く関係がないそうだった。
この呪いは、被術者の魔力や身体能力の制限が主な効果であり、加えて容姿などの悪化による人払い効果や、憎悪などの激しい感情の抑制があるそうだ。
……激しい感情の抑制って、ちゃんと効果発揮しているんだろうな?
ルーヘンに対するヨナのあれは、とても抑制されてるって風じゃなかったけど。
さて、これからどうしようか。
お礼を言い教会を後にして、街道を歩きながらふと考える。
ヨナの呪いを解くという最終目標は、ほぼ達成された。
僕にできることはもうないし、あとは神父さんに任せるしかない。
その神父さんも、準備は順調に進んでいると言っていた。
生きていくにはもう困らないだけの金も力もあるし、今まで通り魔物狩りするにしても、正直あまり意味はない気がする。
ヨナの呪いを解いたら、旅でもしてみるかな。
異世界観光。
それはとても魅力的な響きだ。自由気ままに景色でも見ながら旅して、各地のおいしいもの食べたり、たまに魔物狩りしたり、人(女の子)助けしてにゃんにゃんしたり。
まさにラノベの主人公だ。
ワユンとヨナはどうするだろう?
一瞬、息が詰まるのを感じた。
……ついてきてくれるならうれしいけど、そうじゃないなら、何か残していきたいところだな。
「あっ、オーワさん!」
背後から声がして我に返り、振り返ると、そこには両手に荷物を抱えたワユンとリタさんがいた。
「ワユンにリタさん、ちはー(こんにちは)。買い物?」
「ちはーです。はい、リタさんの生活用品を買っていたところです」
「生活用品、ねぇ……」
生活用品、にしては量が多い気がするけど、女の子はたいていこうなのか?
僕の視線から疑問を読みとったらしく、ワユンが続ける。
「えっと、いろいろ買ってみて、私も一緒に勉強してるんですよ。これがいいとか、値段とか。
それで、オーワさんは何を?」
「ちょっと神父さんのところにね。進行具合とか聞いてきたんだ」
ヨナのことを言って、ことさら不安を煽ることもあるまい。
何もなかったんだし。
ワユンはそうですか、と相づちを打ち、少しもじもじし始めた。
こういうときのワユンは、何か言いにくいことを言おうとしているのだ。
「トイレ?」
「ちっ、違いますっ!」
うん、知ってる。
慌てて否定してくるワユン、マジかわゆす。
「えっとですね、オーワさん、少しお時間ありますか?」
「あるけど?」
もしかしてデートのお誘い――
「その、以前お話した、私たちの家のことなんですけど……」
――とか思ってた時もありました。
あぁぁ、恥ずかしい死にたいいっそ殺してくれぇええ!!
荒れ狂う内心をおくびにも出さず(出てないと信じたい)、うなずく。
「あぁ、そんな話もしたね」
「その、ヨナさんの呪いも治ることですし、お祝いに、どうでしょうか?」
ワユンはおずおずと尋ねてくる。なんかセールスマンみたいだな。
家、か。
金銭的には、余裕はある。
今回の救出でボーナスもらったし、沢山魔石とか手に入れたから実質資産は倍増に近いほど増えている。
けど、これから旅立つって時に、家ってのもな。
そもそも、発端はヨナが辛いだろうからって話だったし、呪いも治るし体調も回復している今、その必要性も薄いように思える。
「あっ、もちろんお金は私も出しますし、そんな大きいのでなくても……」
「あぁいや、そういうことじゃないんだ」
とそこまで言って、言葉が続いて出てこなかった。
旅立つからと言って、もし、ついてくると言ってもらえなかったら?
一瞬浮かんだ疑問で、息が詰まるのを感じる。
その時は、お別れになるのだろうか?
「どうしました?」
「あぁいやっ、な、何でもないんだ。家か、うんいいと思う」
「ホントですかっ!!」
焦って、つい口が滑ってしまった。
しまったと思った時にはもう遅く、すでにワユンは小躍りを始めている。
今更、否定するわけにもいかないか。
まぁ、よく考えたら、この街に家があっても問題はないのか。
ワユンたちがついてこないなら、そこに住んでもらえばいいわけだし、僕もこの街に戻ってこないわけじゃないだろうし。
そう考えて、また少しズキリと胸が痛むのを感じる。
……残していくのに、ちょうどいいものがあってよかったじゃないか。
「……オーワさん?」
不安げな声にはっと顔を上げると、小躍りをやめたワユンの心配そうな顔が目に入った。
「あぁごめんごめん、何でもないんだ、大丈夫。それより、家を買うならヨナとも相談しなくちゃいけないし、いったん部屋に帰ろうか」
なんとか笑顔を心掛けたけど、あまりうまくいってないのか、ワユンはいまだに心配そうだ。
けどすぐに気を取り直したようで、笑顔で頷き返してくれ、歩き始めた。
「家!? 買うんですか!?」
ヨナは僕が思わず退くほどに乗り気だった。
それを予期していたかのようにワユンは簡単に説明をすまし、すぐにどんな家がいいかキャッキャと話し合いを始めた。
「やっぱり小さいほうがかわいくて――」
「でもリビングは大きいほうが――」
「屋根裏部屋とか――」
「屋根の色は――」
「「赤い屋根!」」
とても入り込めないな。
女三人集まれば姦しいというけれど、女の子は話し始めると変なエネルギーを発する。
男をはじく、目に見えないシールドが展開されているみたいだ。
もし、中途半端な心構えで突っ込んだらどうなるか?
女集団から身も凍るような冷たい視線を投げかけられて、黙殺されるだろう。
クラス一のヤンキーでさえ、集団となった女の前じゃすごすご引き下がるしかなかった。
あれは数少ない、いい記憶だったなぁ。鮫島、ザマァ。
ごく稀に、そんなのものともしない強靭な武器(コミュ力)と意志(恋心? 下心?)を持つ屈強な戦士もいるけれど、あいにく僕にはそれがない。
ここは見に回るのがいいだろう。
適当に相づちを打って、話が振られたら入ればいい。
これは臆病じゃなくて、戦略だ。
僕マジ軍師、マジ孔明。
そんなくだらないことを考えている間にも、二人はきゃあきゃあと盛り上がり続けている。
ワユンとヨナは仲がいい。
けれど、二人の性格上、ここまでワイワイ騒いだことはなかった。
どうしてそこまでこだわるのだろう?
ふと、思う。
答えは、二人の境遇を考えれば、わりとすぐに浮かんだ。
この家は、ワユンやヨナにとって帰ってくる場所になるんだ。
帰ってくる場所とは、つまり『内』ってこと。
外界とは、危険とは隔てられた、無条件で安心できる場所でなきゃいけない。
言うなれば、何者の侵略も許さない、聖域となる場所だ。
ふと、日本にいた頃の家を思い出す。
僕にとって、唯一の居場所だった。
……人には、それが必要だ。
他との接触は、傷つけ合いだ。
例えば会話するだけでも、良くも悪くも心は疲弊する。
例えば視線。
見られるだけでも、心はすり減っていく。
癒す場所が必要だ。
世界は弱者に厳しいから、弱ければ弱いほどそれが必要なんだ。
あんな平和な世界にいた頃の僕にとってさえ、そうだ。
けど、ワユンにもヨナにも、今までそれがなかった。
想像してみると、ぞっとした。
宿屋に泊まるようになってからは、『代替』として部屋ができた。
でも、それは代わりにしかならない。
本当に気を許した身内以外を排除しきれていない。
だからこそ、家というものにあれだけ食いついたんだろうし、こんなにも楽しみにしているんだ。
なんてことを思う。
可能な限り家に引きこもっていた生粋の家大好きっ子による、もっともらしく取り繕っただけの戯言だけど、なんとなく、二人が家に執着する理由は分かった気がした。
「オーワさんはどう思います?」
ヨナから話を振られ、僕はその輪に入った。
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