女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女 17


 食事の後、メイドのリタさんにいろいろ質問した。

 まず、ここは商業都市にある、アドラー伯爵の別荘らしい。
 なんでも、貿易都市にあった屋敷が消し炭になってしまったとのこと。
 それにしても、商業都市かぁ。
 いい思い出ないし、またベーゼ伯爵とか出張ってきそうだし、イヤだなぁ。

 次に時間だが、あれから三日ほど経っている。
 僕は相当危ない状態だったらしい。
 まぁ少し体が重い気がするけど、問題ないからいいけどさ。

 そしてこの屋敷に軟禁されているのは、リュカ姉たち三人とワユンだ。
 みんな連れてきたということは、やっぱ口封じが目的なんだろう。

 リタさんが部屋から出て行って三時間と少し経った。
 再び現れたリタさんに連れられ、レッドカーペットの敷かれた、美術館のような様相の廊下を歩いている。
 絵とか壺とか置かれてるけど、めっちゃ高そうだ。この世界にも芸術はあるらしい。

 道中では、忌々しいベーゼ伯を見かけた。
 すっごい嫌な気分になりました(小並感)。
 せめてもの救いは、向こうがこちらに気付かなかったことだ。
 もし声とかかけられていたらと思うとぞっとする。たぶん刺しちゃう。ふん、ベーゼ伯め、命拾いしたな。

 それにしても豪勢な屋敷だ。
 ベーゼ伯爵の屋敷も相当だったけど、別荘でこれとは、伯爵とやらは基本リッチどもなのか?

 さらに気になるのは、メイドの数だ。
 さっきからなんどもすれ違ってるけど、別荘にしては多すぎないか? しかも、みんな見た目がいい。
 あ、目があった。出た、にこやかなお辞儀。
 やばい、ここは天国か?
 メイド喫茶とかバカにしてたけど、やっぱモノホンは破壊力が違うぜ。

 くっだらないこと考えているうちに、赤絨毯の廊下の先、連れてこられたのは大浴場。

「お風呂ですか!?」
「え、えぇ、はい」

 興奮を抑えきれず大絶叫してしまった僕に対し、やや引き気味になりながらも表情を崩さず答えてくるリタさんマジクール系。
 いやいやそんなことよりも、お風呂ってマジか? あるのかそんないいものが?

 異世界に来て早数か月。
 かろうじてシャワーみたいなものがあるだけだと、半ばあきらめていた。
 お風呂。
 時折夢にまでみた、まさに夢のような文化が、今ここに!!

 いや、よくよく考えてみろ。
 この世界には過去日本人だってやってきたのだ。なら、この偉大な文化が伝えられていないわけがない。
 僕でさえ、たぶんあと一年と経たず、我慢できずに風呂釜作ってしまうだろう。

 脱衣所へ。
 なぜかリタさんもついてくる。

「あの……」
「手錠をお預かりします」

 あぁそうか。手錠付けられてちゃ服も脱げないしな。
 っていいのか? 一応警戒のためにつけてんだろこれ。
 ついつい、聞いてしまう。

「ご主人様より、オーワ様が信頼に値するなら、不便なときは外してもよいと仰せつかっております。もし信頼できないようなら、ここへはお連れしていません」

 信頼、ねぇ。
 がっちり手錠はめといて、世迷いごとを。
 これも僕らの警戒を解くための口実か? 手錠が外れれば、脱出なんて朝飯前だぞ? こんなことで信頼が得られるとか考えちゃうあたり、甘い領主様だな。
 それとも、なにか罠でもあるのか?

 少し考えて、止めた。
 まぁいいや。考えても答えが出るようなものじゃないし、やっぱ相手の出方次第だな。
 あんまり気を張りすぎてちゃ、楽しめるものも楽しめなくなる。
 今はお言葉に甘えてお風呂を堪能しようではないか!!

 リタさんは僕が納得した(欲に負けた)らしいと悟ったのか、手錠を外してくれた。

「では、お召し物の方を」
「はい?」

 ボタンが外されていく、リタさんの手によって。

「ちょ、ちょっと……?」

 抵抗する間もなくボタンはすべて外された。恐るべき早業だ。

「なにをして……?」
「いえ、お手伝いですが、何か至らぬ点でも?」

 リタさんは真顔で小首をかしげる。
 いや、だからそんな顔しないで。まるで僕が変みたいじゃないか。いや、変なのか?
 まぁ、さっきからコミュ障発揮しすぎてろくに口は回ってないけど。

「じ、自分で脱げるので」
「わかりました」

 リタさんは手を外して、直立。そして不動の体勢。

「えっと……」

 見られていると脱ぎずらい。かといって、出てけとも言えず、戸惑う。

「なんでしょう?」
「えぇとですね、リタさんがいると、あの、脱ぎずらいと言うか」
「わかりました。では、お脱ぎになられたらお呼びください」
「は……いやなんで?」

 一瞬返事しかけて、思わず本音が出てしまう。

「申し訳ございませんが、私にはお世話しろとの命がございますので」
「いや、その大丈……」

 断りかけて、止まる。
 そうか、暗に監視しろと言いつけられているのか。なら、断ることはできないな。

「わかりました」
「ご無礼をお許しください。では……」

 リタさんは深々と頭を下げて、後ろを向いた。
 あ、出て行ってはくれないんですね。



 風呂場は十数人は入れる大きな浴槽に、シャワーもどきのついた洗い場が十ある、一見して銭湯のようなところだった。
 やけに見覚えがあるというか懐かしく感じるのは、やはり伝えたのが日本人だからなのだろう。

 さてそれはいい。
 それはいいけど、風呂場へ入り、ひとまずシャワーの前へ移動したところで、僕は今、試されている。 
 石鹸までも用意されてる、体を洗うには完璧な場所で、僕は今、試されていた。

 数秒前、頭を洗い終えてスッキリしているところへ、背後に陣取るリタさんが放ってきた言葉。

「お背中をお流しします」

 そのたった一言に対する返答を、僕は必死に考えていた。

 女の人に、背中を洗ってもらう。
 そんなの恥ずかしい、というか、いいのか? 

 普通に考えて、嫌ならお断りすればいいと思う。
 けど、ここに至るまでほぼすべてのことを断ってきた。
 少しくらい任せた方が、リタさんにとっていいのでは? 体裁的な意味で。
 それに、いくら水洗いしていたとはいえ、僕の体には汚れが溜まりに溜まっている。ここは一つ、プロにキレイキレイしてもらった方が、いいんじゃ……

「いや違う!」
「きゃっ!?」

 勢いよく首を振った。
 リタさんの悲鳴に似た驚声が響く。

 ごまかすな! おのれをごまかすのはよくないぞオーワ! それは紛れもなく欺瞞だ!
 そうだ。僕はリタさんに、美人のメイドさんに背中を洗ってもらえるという状況に、心を動かされているんだ。
 もっと言うと、萌えている。
 いや違う! こ、興奮してる!

 なら、正直に……いやでも、いいのか? そんな、体を洗ってもらうなんて……。

 いやいや、よく考えろ。
 体と言っても背中だぞ? 別に、いかがわしいことなんて何もないじゃないか。

 背中を洗ってもらう。ただそれだけのこと。 
 どうせリタさんにとってはこんなこと、日々の雑用に過ぎないんだ。
 そうだ、別に恥ずかしいところを見せるわけでもなしに、それくらい、い、いいいいじゃないか?

「あ、あの、大丈夫ですか……?」
「せ、背中!」
「はい?」

 あぁ、声超上ずってるよ。
 すっごい不審げな声が、背後から返ってきた。
 たぶんリタさん、口元数ミリ引きつらせてる。

「あ、あのその、えっと……」
「ふふっ」 

 一瞬、笑い声がした。
 え? 僕笑われてる? 

「では、失礼します」
「えっ? あっはい!」

 なんでそんないい返事してるんだよ。 なんて自分に突っ込みつつ、僕は身を強張らせた。



「お加減はいかがでしょう?」
「さ、最高、です……」

 いやほんと、素晴らしいネ!
 さすがはプロだ。痛くないよう、しかし決して弱すぎないよう、適切な力加減で、僕の背中をこすってくれた。しかも、まるで宝石を磨くがごとく、丁寧に。
 加えて、リタさんみたいな美人さんがやってくれているんだ。女の人の手って、なんであんなに柔らかいというか、優しいんだろう。
 背中というのは、実はすごく敏感だ。リタさんの手の温度はもちろん、形、柔らかさ、手のひらのしわ一本一本、果てはその中を流れる血流まで感じるよう。
 優しくなでるように這ったかと思えば、少し強めに、長い仰臥で凝った背筋を押し、そのままの力でまるで、引き延ばすかのように元の位置へ戻る。時折、痒い所をピンポイントで掻いてくれ、その上から掻いた後を消すようになでつけた。
 こんなの、気持ちよくないはずがない。
 お金払ってもいいくらい、最高でした。

「それは何よりです。では……」

 そう言って、手がとまる。
 あぁ、もう終わりか。名残惜しいけど、仕方ない――

 ――リタさんが、正面に回ってきた。
 そして僕の下半身にかかる、というか大事な部分をきっちりと隠している手拭いに、手を伸ばす。
 慌てて僕は、その手を掴んだ。

「え? あのちょっと!」
「はい?」

 さも不思議そうに、首を傾げてくる。
 そこはだめだって! 
 いやその、決して生えてきたばっかりで恥ずかしいとか、子供みたいなアレだから見せたくないとかじゃなくてですね?

 ちなみに僕のそこは、この世界に来るまでまさに子供のようなそれだった。
 この世界に来るまでは生えてなかったし、小さかったし、頭出てなかったし。
 いや別に、そんなの気にしてなかったし!? それをネタに粗ちん野郎とか小ちん(小学生並のちん〇ん)とか、何それお前ら小学生かよアホらしーって思ってたし? 女子の前でひん剥かれてキャーキャー騒がれたのとか、蹴っ飛ばされたりとか、むしろご褒美とか思うやつもいるんじゃないか? だから全然平気だし!!!?
 ……あれ、目が痛いな。石鹸でも入ったか?

 と、とにかく、そこはだめ。

「そこはだめでしょう!」
「はぁ、なぜでしょうか?」

 そこまで冷静に返されると、困る。
 なぜ? 当たり前でしょうが。

「いや、その……だいたい、リタさんだって嫌でしょう?」
「いえ、慣れておりますから。むしろオーワ様はお綺麗なので、楽です。ですので、私のことはお気になさらず」 

 お綺麗って、なに、見たのそこ? 見られちゃったの?
 いやぁあああ!! ……まぁ、いいけどさ。あの世界でも見られまくってたし、バカにされまくってたし。

 冗談はさておき。
 というか、普段はそこも洗っているのか? おっさんたちもいるだろう?
 ちょっと想像してしまう。

 ……嘘だろ、おい。

 完全アウトと言うか、もはや性奴隷扱いじゃないか。
 どうなっているんだ? メイドと性奴隷は違うだろう?
 それとも、同じなのか……? 奴隷として買われて?

「と、とにかく、前は自分で洗えますから!」
「はぁ……」

 なぜかやるせないというか、微妙な心境になり、僕は泡立ったスポンジのようなものをひったくった。  



 洗い終わり、浴槽に浸かる。

「お湯加減はいかがでしょう?」
「さいこーですー」

 いやほんと、体が溶けてしまいそうなくらいだ。
 まったく、しょせん石の箱にお湯をぶっこんだだけのものなのに、なぜここまで気持ちいいんだろうか。
 たかがお湯のくせに生意気だぞ。
 生意気と言えば、生意気な幼女って最高だよね。生意気な少女もイイね!! つまり生意気とはステータス、褒め言葉だったりするのだ。

 思考まで溶けてなくなりそうな僕に対し、浴槽の脇に直立していたリタさんが声をかけてくる。 

「お楽しみのところ失礼いたします。この後の日程について、少々ご説明いたします。
 この後ですが、主人がオーワ様を食事に招きたいと申しております。ご了承いただけますでしょうか?」
「えぇ、いいですよ」

 即答に、一瞬リタさんが動揺したのを感じた。

 いやだって、あちらさんが行動起こしてくれないと、こっちとしても困るし。
 もしかしたら罠かもしれないけれど、それだったらそれで、飛び込むしかないんだ。

 リタさんは頭を下げてきた。

「ありがとうございます」
「あぁ、いえ」

 しっかしこの人も大変だよな。
 いつも主人とかが入ってる中、隣で直立不動だなんて。
 足湯くらいしててもいいのに。 

「リタさんも入っていいですよ?」
「はい?」

 あ、やべ、つい言っちゃった。
 あのリタさんが怪訝そうな声を上げる。

「いやその、立っているの疲れるでしょう?」
「いえ、お気遣いなさらないでください。これも仕事ですから」

 まぁ、そう返してくるわな。別に僕も聞くつもりじゃなかった。

「ですが、どうしてもとおっしゃるなら……」

 リタさんはおもむろに服に手をかけた。
 そしてボタンを外していく。 

「え? あの何を!?」
「いえ、入れとおっしゃるので……」

 しまった、また説明不足だったか。

「いやそのすみません! そういうことではなくてですね、腰かけて足を浸からせてリラックスしてくださいと言いたかったんです!」
「あぁ、なるほど」

 合点がいったらしく、ボタンを戻す。
 そしてこちらをちらと見た後、浴槽の淵に近づいて、おもむろに口を開いた。

「……ではすみません、お言葉に甘えさせていただきます」
「どうぞどうぞ」

 うーん、最近はコミュ障も治ってきたと思ってたんだけどなぁ。文化の違いが大きいと、やっぱ難しい。

 悩む僕の傍ら、リタさんは長いスカートの両脇をたくし上げ、ニーハイをするすると脱いでいく。
 隠された白い太ももが一瞬露わになって、ちょっと興奮、なんてことは、な、ないよ? てかリュカ姉とかカリファとかワユンとかむき出しだしさ。
 でも普段隠れてると、さらけ出されたとき少しエロく感じるのはなんでだろう?

 くっだらないことをだらだら考えつつ、久方ぶりの湯船にしばらく浸かっていた。リタさんもだいぶリラックスした様子で座っている。
 静かだった。
 そんな中、やがて壁を挟んで向こうで、ドアが開かれる音と、ぱしゃぱしゃと水を踏みしめる足音がした。誰かが、女湯に入ったのだろう。

 シャワーの音。続いて、

「ひゃんっ!!」 

 かわいらしい悲鳴。間違えて水でも出したか。ここ二日くらい入ってたはずなのに、ドジだなぁ。
 たぶん、ワユンだろう。

「ワユン?」
「ふぇっ!? あ、オーワさん!?」
「大丈夫? 何かされたりしてない?」
「だ、大丈夫、です……その、オーワさんは?」
「こっちは大丈夫。よかった……」

 予想どおり。というか思わず声をかけちゃったけど、結構大胆だよな。
 なんか急に恥ずかしくなってきた。

 あちらも恥ずかしいのか、それきり会話が途絶える。
 久しぶりとはいえ、ワユンがあまりにもぎこちないというか、よそよそしいのもそのせいだろう。

 顔を上げると、頭上には和風な浴場に唯一そぐわない、シャンデリアのような照明があった。
 隣から湯があふれる音がした。 
 体を流した後、湯船につかった、てところか。

 かすかに、ちゃぷちゃぷという音が聞こえて、消える。
 お湯を肩にかけた、ってところかな。
 時折聞こえるかすかな音に想いを巡らせる。
 頬を赤く染めて、同じようにゆったりと身体を伸ばすワユン。
 思わず想像してしまうと、熱がじわわっと全身へ広がっていく。

「……」

 まだ体に疲れが残っていたのか、なんだか眠くなってきた。
 いつの間にかワユンは湯船から上がったらしく、隣からは再びシャワーの音がしてきた。
 む?
 視界が、暗くなってきた……? 
 う……体が、動かな、い……。



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