女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女 13


「え?」

 声をかけてきたのは、あのお婆さんだった。
 いつの間に防空壕から出たのか。
 僕たちのすぐ傍まで来て、顔色一つ変えずにドラゴンを見つめている。

「あの、どうしてここに?」 
「まだ、戦えるかい?」

 疑問を疑問で返された。けど反論する気が起きなかった。

 魔力はほとんど残っていない。到底、あの化け物を倒せるとは思えなかった。
 でも、この人の目は、何か確信があるように見える。

 ――どうする?
 時間がない。こうしている間にも、みんながやられてしまうかもしれない。それに、ワユンが逃げられる、唯一の時間も失われている。

 選択肢は二つ。
 一つは、この人にかけてみること。
 気は進まなかった。このお婆さんが戦力になるとは到底思えないし、何より、出会って間もない他人の言うことを信じられるほど、僕は純真じゃない。
 もう一つは、ワユンを逃がすために、残りをすべて使う――これは確実に成功する。
 けど、その後は? きっとワユンは悲しむだろうし、ドラゴンが野放しになれば、多くの人が――

 ――いや、それは欺瞞だ。
 心配するフリして、本心を隠してるだけだ。
 本当は――。

 一瞬垣間見えたものは、ひどく醜かった。
 嫌悪感だけが残った。

 一瞬の葛藤で結果は出ず、気づいた時には、ワユンに正対していた。
 反射的に、助けを求めていたのだ。
 ――本当に、なんで僕はこんなに弱いのだろう。

「……なぁ、ワユン。僕って自分のことばっかりなんだな」

 自己嫌悪でおかしくなりそうだ。
 彼女の顔を制止できず俯いて、けれど、弱音が出るのを止めることはできなかった。
 こんなこと聞いて何になるんだ。
 優しいワユンのことだ、返答は決まっているようなもの。
 ……この期に及んで、慰めてもらおうというのか?

「そうかも、しれませんね」
「えっ?」

 葛藤は一瞬にして消し飛んでしまった。
 顔を上げる――ワユンは、少し複雑な微笑を浮かべていた。 

「でも、ヒトなんてみんな、そうでしょう? みんな自分ばっかりって、そんなの当たり前で……大切なのは、方向性だけです」 
「方向性?」
「はい。たぶんオーワさんは、いい方向に向かってますよ? だから……」

 ワユンは僕の手を握った。

「自分のために、私たちを理由にしても、いいんです。したいようにしてください」

 見透かされていた。
 いや、正確なところは見透かされてはいないだろう。それに、言葉の意味もすべて理解できたわけじゃない。
 けれど、なぜか芯をとらえているような気がした。

「ごめんな、ワユン……ありがとう」  
「え?」

 つぶやいて、お婆さんのほうを向いた。

「もう力は、残ってませんが……戦います」

 肯定すると、お婆さんは細い目をさらに細くして、まぶしげに言う。

「すまないねぇ。ありがとう」
「お袋!!」

 お婆さんの声にかぶさるように、男の声がした。
 防空壕の方から、男と妻が小走りにきている。まだ動けるような状態じゃないのに、妻に介助をさせながら、よほど切羽詰まった様子だ。
 お婆さんはそれを無視して続ける。

「いいかい? わしが魔法であいつの動きを止めるから、お前さんがとどめを刺すんだ。あの傷を与えた時と同じようにね」

 耳を疑った。同じくぽかんとしていたワユンと顔を見合わせてしまう。

「動きを止める? そんなことが……?」
「わしは、勇者様の子孫なんでね。大丈夫だよ」

 ワユンが驚いたように「えっ?」と声を上げたが、僕は驚かなかった。エリ・クシルから大体想像していた。
 そうか。勇者の孫なら、あるいはそれも可能なのかもしれない。

「でも、とどめなんて……」
「あの子たちがしてるように、腹の傷を狙えばいいさね。見たところ、傷はだいぶ深くなっているようだ」

 リュカ姉たちはかろうじてまだ攻撃を続けていた。
 それはつまり、まだ一撃も食らっていないということになる。
 一撃でも喰らえば、即死だからだ。

 ドラゴンにとって、彼女たちは小さすぎるんだろう。
 だからうまく死角に移動すれば、反撃されずに済む。

 でも、いつまで続くか。
 早くしないと。

 僕が納得したのを確認して、お婆さんは再びドラゴンを見据える。
 そして手をかざすと、ドラゴンの真上に巨大な魔方陣が現れた。
 三人を巻き込んだりしないだろうか?

「あのっ! 彼女たちは……」
「大丈夫だよ。お前さんは、とどめのことだけ考えてりゃいい」

 顔色一つ、声色一つ変えずに淡々と返してくる。
 リュカ姉たちが巻き込まれることはないらしい。
 近くで男の叫び声がした。

「お袋!! それはだめだ!! 死ぬ気かよ!!」
「ベルト、すっこんでな」

 死ぬ気? 代償があるのか?

「バカ言うなよ!! 親が自殺しようってのにすっこんでられるか!! 俺が――」 

 男の声は、爆風にかき消された。

「みんなっ!!」

 ドラゴンが、その場で旋回して、周囲を薙ぎ払ったのだ。
 僕は反射的に声を上げた。
 そちらを見た時にはすでに、リュカ姉たちは吹き飛ばされていた。
 まずい!! あんなの食らったら死――いやみんななら上手くやり過ごして――だとしても致命傷は――

「集中だよ!! とどめ指すのはお前さんだ!!」

 怒声によって我に返る。
 とどめ。
 そうだ、機会はたった一度きり。外せばもう後はない。
 一つに集中するんだ!

 でもそれは、お婆さんの命と引き換え――

 ――いや、迷うな。

 一瞬湧きあがった葛藤を、すぐに呑み込む。
 僕の中にある、最も汚い部分の一部。思ってもないことを、さも心配してる風に言葉にして、慰める。口当たりのいいことを言って、さも、自分は迷ってると、他人のことを考えていると思い込んで。 
 それはこの上なく薄汚い、欺瞞だ。
 終わらせたい。
 終わらせるんだ!!

「はい!!」
「いい返事だ。行くよ!!」

 ひとかけらの迷いもない、お婆さんの声と――

「ダメだお袋!! やめ――」

 ――悲鳴にも似た、息子の声。
 すべてを飲み込み、ドラゴンの絶叫が轟いた。 
 それは明らかに、苦悶を表している。

 魔方陣から無数の巨大な光槍が飛び出し、真下にいるドラゴンに降り注いで地面へ縫い付ける。完全にドラゴンの動きが封じられた。
 隣で、お婆さんが音もなく倒れるのを感じた。

 今だ!!

 正真正銘、全魔力を注ぎ込んだ。
 町全体から、操れるだけの金属を総動員し、ドリルを形成。
 できる限り先端は鋭く、強固に。回転と初速は最高速。角度を修正して、さらに突き入れた後のギミックも備える。
 一個の命を奪うべく、最高効率を求めた――

 隣で、男が何かを叫ぶ。
 お婆さんを止めようとは思わなかった。
 その犠牲に、何も感じないわけじゃない。
 ごく短い時間だったけど、好感が持てる人だった。

 けれど僕にとって、リュカ姉たちと比べるべくもないんだ。
 お婆さんの犠牲でリュカ姉たちが助かるなら、なんてことを、一瞬思いもした。
 僕は最低の自己中野郎だ。
 だから、やり遂げなければならない。
 反動で僕自身がどうなろうと、全てを賭けてとどめを刺すのが、せめてもの償いだ。

「食らえ!!」

 許容量を遥かに超えた、エネルギーの塊。
 ごっそりともっていかれ、再びあの苦痛が襲い来る。
 でも、まだだ。
 もっと、もっと籠めろ!!

「アぁあアあアア――――!!」

 視界が、再び赤くなる。
 激痛と不快感が、今は妙に心地いい。
 これで少しは、罪を贖えるだろうか。
 いや、こんなのただの自己満足だ。なんて、利己的な。
 わかってる。でもこれしかない。

 ――贖罪の槍、発射。



 ドラゴンの細く長い、しかし大きな断末魔が響く。

 ドリルを模した槍は、ドラゴンの腹を突き破った。たぶん最初の一撃に、リュカ姉たちがさらに傷を深くしておいてくれたおかげだと思う。 
 突き破り体内へ侵入した槍は、そこで勢いよく枝分かれする。それらは周囲の臓器を次々に貫いてたはずだ。
 さらに各臓器へ行き渡らせたところで、それらを液状に変化させる。液体金属は毒だから、流し込んで全身へ行き渡れば、強力なダメ押しになったはずだ。

 ただ突き刺しただけじゃドラゴンの命はとれないだろうと考えたから、これらのギミックを揃えた。最後にもう一度個体に戻して、完成だ。
 血流にのって脳にまで移行した金属は、その周囲を完璧に破壊する。
 その結果が、あれだ。

 ドラゴンは口や目、鼻と言ったありとあらゆる穴から血液を噴きだし、やがてうなだれた。
 あとはもう、ビクビクと時折痙攣するだけだ。

 終わった。
 あとは、リュカ姉たちを手当てして――

「オーワさん!!」

 気が付くと、ワユンに抱きとめられていた。
 あぁ、やばい。まじで力が入らない。っていうか、まぶた、超重い。

 今までで最も大きな反動だった。もはや、体の感覚が無い。
 一日に二度も、限界まで酷使したからか? それとも、エリ・クシルの副作用か?

「お袋!! おい!!」
「オーワさん!! オーワさん!!」

 ワユンに揺すられながら、隣で同じように男が叫ぶのを聞く。
 申し訳ないことしたな。
 心がわずかに、でも確かに軋んだ。
 お婆さんを助ける方法は、なかっただろうか。
 これしか方法は、なかったか……。

 目が閉じそうになる。
 ワユンの叫び声が、遠くなっていく。

 あぁ、気持ちいい。
 でも、寝ちゃだめだ。
 とにかく、リュカ姉たちの様子だけでも……確かめないと。

「み……は……?」
「水ですか!?」

 いや違うって。みんなはどうなのかって聞いてるんだよ。
 慌てて袋から水の入った皮袋を取り出すワユンに突っ込みを入れる。
 声はもう出なかった。

 大勢の足音が聞こえる。
 町の人たちが様子を見に、防空壕から出てきたのか?

「ほっほう!! これはまた見事な!! まさかあれほどとは!!」

 場違いな、お気楽な声が聞こえた。

 ――違う。

 町の人じゃない。
 防空壕とは方角が逆だ。

 足音は、町の入り口の方角から近づいてくる。
 ガチャガチャと、鎧がぶつかり合う音がした。

「なんですかあなたたちは!!」

 男の叫ぶ声がする。
 僕はもう、目を開くことさえできなかった。

「無礼だぞ!! ここにおられるのはアドラー伯であらせられる!! 跪け!!」
「り、領主様……」

 領主。
 何でこのタイミングで? タイミングが良すぎるっていうのもあるが、領主たちが大量発生に対処してるとかいう話は、聞いてないぞ。

「よい。それよりも、あれほど強く、なんとも見事なドラゴンだ。これは王にも良い報告が出来る」 
「まさか外で、タイミングを……?」

 ワユンが小さくつぶやく。

「貴様!!」
「よい。それよりも早く回収するのだ」
「はっ!!」
「それと、ここにいる者たちもな。英雄なのだから、きちんともてなさなければ」

 慌ただしい足音が始まった。

 もてなし。
 ――口封じ?

 空恐ろしい言葉が思い浮かんだ。
 僕を抱えるワユンの両腕に、力がこもる。
 ワユンの唸り声がする。

 敵意が、発せられていた。
 僕は静かに地面へ横たえられ、ワユンの足が勢いよく地面を蹴るのを感じた。

「おとなしくしろっ!!」
「嫌です!!」
「こいつっ!!」

 やめろ、ワユン。
 やめるんだ

 ぐらぐらと揺れる。
 組み合っているのか? 何が起きてるんだ?
 なにかにグイと、腕を掴まれた。
 痛みはなかったが、衝撃の所為か、かろうじて踏みとどまっていた意識が遠のいていくのを感じる。

「やめて!! その人に乱暴しないで!!」
「黙れ小娘!! こいつの――惜――」

 ワユンが叫んでる。
 起きなくちゃ。起きて――戦わ、なきゃ――。



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