女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女12

 
 三グループ目を治癒し終えると、その中の一人の男へ、お婆さんがよたよた向かっていった。続くように、幼い男の子とその母親が駆け寄っていく。

 家族がいたのか。
 お婆さんと母親が、父親に泣いて抱き着き、男の子がよくわからないというように小首を傾げている。

 あの女の子のところにも、女性が向かっていく。
 周りを見ると、まだ大きい怪我をしている人はいるが、致命的なものはなさそうだ。

 これで一安心だな。

「じゃあ残りの人は順番に――っっ!?」

 もう何度目になるだろうか。
 何かが落ちてきたような音ともに、地面が揺れた。 
 同時に、ワイバーン五体とゴーレムが消えるのを感じる。
 そして次々と爆撃音が響いてきた。

 ――やられた。
 直感と同時に踵を返し、駆け出しながら、周囲へ叫んだ。

「すみません!! ドラゴンが!! 残りの人も必ず後で治癒するので――」
「がんばって!!」
「頼んだぞ坊主!!」
「無理しちゃだめよ!!」
「いいや無理してくれ!! 頼む、俺たちを救ってくれ!!」

 声は声援と懇願にかき消された。
 どうやら理解してくれているらしい。



 外へ出ると、すぐ目の前で、壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 カオス・ドラゴンはレッド・ドラゴンに組み付き、地面へ押し倒して、その首に噛みついていた。
 そこに向かって、上空から強烈な爆撃が浴びせかけられている。ティターニアの魔法だ。ピンポイントでドラゴンの背を叩く超高威力の攻撃。
 しかし、カオス・ドラゴンは意にも介していない。
 べヒモスとエントが飛び掛かり、カオス・ドラゴンを引き剥がそうとしていた。

 上空でも爆撃音とワイバーンの断末魔が絶えないから、ティターニアの召喚した妖精軍とワイバーンの群れがいまだに激突しているようだ。

 顎に、力が入るのを見た。
 レッド・ドラゴンが苦悶の声を上げて、消えた。

「――あっ!!」

 瞬間、カオス・ドラゴンは翼でベヒモスとエントを振り払う。間髪入れずその場で尻尾を振り回し、その先端の大鎌でエントの胴体を引き裂き、べヒモスへと襲い掛かる。
 べヒモスはその巨大な体躯で押し潰しにかかるが、ドラゴンはまるで蛇のようにするりとすり抜け、細長い体を撒きつけるようにして胴体に組み付き、首のあたりに噛みつくと、肉を噛み千切った。

 べヒモスが苦痛に身をよじる。
 ティターニアは何とかしようと爆撃を続けるが、ドラゴンはひたすらに喰い進め、ついにべヒモスを消滅させた。

 ティターニアは上空から爆撃を続けていた。
 ドラゴンは首を上げ、彼女に向かって炎を噴く。

 その熱波に目を細める。
 ここにいても、熱風で体が焼けそうになる。すさまじい威力だ。
 けれど、初弾のような威力は感じられない。
 着実にダメージが蓄積しているのだろう。事実、集中砲火を浴びていたらしい翼は引き裂け、ボロボロになっていて、もう飛ぶことが出来ないらしい。

 でも、胴体にダメージを通すには――致命傷には、至っていない。
 強靭な鱗に阻まれているからか。

 ティターニアはブレスをやり過ごし、攻撃を続けている。
 ドラゴンはすぐさま向きを変え、再びブレスを放った。

 一見、押しているかのように見える。
 このまま攻撃を続ければ、いずれは倒せるはず。

 でも、その実、追い込まれているのはティターニアだ。
 妖精は、魔力は高いけれど防御力が低い。
 そして、ティターニアの攻撃力も落ちてきている。

 限界が近いんだ。
 あのブレス攻撃を一度でも受けたら、消えてしまうだろう。

 想定外だった。
 いや、想定していなきゃならなかったんだ。
 なんの迷いもなく頷いてくれたから、てっきり、カオス・ドラゴンより強いものだと思っていた。思い込んでいた。

 ティターニアは女王だ。ならロード(貴族)より階級は上だろうなんて、バカか、僕は。
 種族も違ううえ、そもそもそんな知識はあの世界でのものだ。この世界で通用するかなんてわからないだろう。 

 思えばティターニアは、あのピクシーが進化した姿だ。
 常に僕の命令に、文句をつけることなく従ってくれた。たとえ自分より強い相手にさえも、自爆することさえも、一切躊躇わず。 

 今回も敵の方が上だと知って、それでも立ち向かってくれたのか……。

 <配下進化>は、しばらく使えそうにない。
 <王権付与>にしろ<任命>にしろ、強力なスキルにはたぶん、制約があるんだ。

 <喰贄>発動。
 死んだ生き物からエネルギーを貪りとる。空を覆いつくすほどのワイバーンは、今やほぼ全滅していた。それだけのエネルギーを得てもまだ、形勢を変えるほどの魔物は、今の魔力じゃ召喚できない。
 なら僕自身が戦うしかない。

 <錬金術>のレベルを三から八まで引き上げる。

 幸い、ここは都市の中心部だ。
 金属は他の土地より豊富に備わっている。

 食らいやがれ!!

 地面に手をかざし、ドラゴンの足元に、巨大な沼を発生させ、ドラゴンが沈むと同時に硬化した。
 沈ませるほどの深さは無理だけれど、機動力を削ぐことは可能だ。
 同時に、液体金属をドラゴンの上から叩きつける。

 --効いてないのか!?

 しかしドラゴンは、意にも介していないようだった。
 変わらずティターニアを首だけで追い、ブレスを吐き続ける。

 なら、これならどうだ!!

 沼の一部を成形し、腹部へ鉄の槍を突き立てた。
 見たところ、唯一鱗に覆われていないのは腹だ。
 これなら効くはず。

 一瞬、ドラゴンが硬直する。
 しかし、出血は起こっていないようだ。
 でも硬直したということは、ダメージはあるということ――

 ――いともたやすく、ドラゴンは足を鉄の沼から引き抜いた。

「なっ!?」

 嘘だろう? 
 あれだけのダメージを喰らってまだ、あんな力を残しているとか、あり得ない!

 拘束から脱したドラゴンはティターニアを見上げ、唸った。
 するとその周りに、黒い球体が現れる。まるで、空間がそこだけ丸く切り取られたかのように、くっきりとした漆黒。球体の周りには、稲妻のようなものが走っている。

 すぅっと内臓が冷えていくような悪寒がした。

 ――あれを撃たせちゃだめだ!!

 直感だった。 
 たぶんあれは、強力な魔法に違いない。

 手を地面のかざす。
 下方からの攻撃は効くのだから、それでなんとか意識をティターニアから逸らしてやる。
 ただの棘じゃダメだ。
 一本に力を集約し、貫通力を上げるため回転を加え、皮膚を削ぐように斜めから――

 ――くらえ!!

 呻き声。
 ドラゴンが、ついに苦悶を露わにした。 
 回転槍は皮膚をぶち抜いたようで、出血が見て取れた。

「よしっ!!」

 思わず手を握る――

 ――目が、合った。

 食われる。

 はっきりと感じた。
 どのように体が動いたのかは分からない。
 気が付けば巨大な鉄の壁を設置していた。
 できる限りの防衛手段。

 破られるのに、時間は要らなかった。

「ぐっ!?」

 何か黒いものに、全身を貫かれていた。
 上下左右、後方を除く全方位から、まるで黒い茨のような、黒い稲妻のような形をした刃物が突き立っている。
 ドラゴンから僕までの距離を半径とする半球の空間内に、それは縦横無尽に張り巡らされていた。
 ティターニアも、躱しきれず貫かれている。

 違和感がした。
 痛くない? というか、なんでまだ生きているんだ?
 こんなの、即死レベルだろ。

 痛みが、出血がまるでない。
 ただ、動きを封じられているだけなのだ。
 こちらの動きを封じるだけの魔法だったのか?

「うぐぅっ!!!?」 

 直後、激痛と言うより不快感に襲われ、同時にごっそりと何かを持っていかれた感覚がした。
 この感じ、魔力が枯渇した時に似ている。

「まずい!!」

 魔力を奪われている!?
 あいつ、消費した魔力を僕たちから奪おうとしているんだ!!

 ティターニアを眼球だけ動かすことによって見上げる。
 一刻も早く、彼女の召喚を解かなければ。
 ティターニアの魔力を吸収されたら、かなり力を取り戻すはず。

 けれど一瞬、躊躇う。
 ここで彼女を失って、果たして勝機はあるのか。
 <王権付与>も<任命>も使えない今、再召喚は無理だ。
 使い魔がいなければ、僕なんてごみ屑同然。埃を吹き飛ばすように、簡単に蹴散らされてしまう。

 ワユンたちのことが浮かんだ。

 即、ティターニアを消す。
 ためらうことなんてない。ここで魔力を奪われなければ、みんなを、ワユンを逃がすくらいはできる。
 後のことは分からないけど、きっと何とかなるだろう。
 最悪なのは、やつの魔力が回復して、全滅してしまうことだ。

 黒い茨が消えた。
 同時に、巨大な足音が近づいてくる。
 鉄の壁が呆気なく引き裂かれ、目の前にドラゴンの口腔が現れた。

 やられる!!
 歯を食いしばり、目をぎゅっと閉じた。
 衝撃が――苦痛が――

 ――ない。

 何かやわらかいものに抱かれた。
 暖かくて、いい匂い――。
 巨大な呻き声が遠ざかっていく。

「え?」 

 目を開ける。
 目の前にあったドラゴンは、すでに遥か彼方となっている。
 --ワユン!?
 ワユンが、僕を抱えたまま猛然と駆けていた。
 ドラゴンの前には、三つの人影。
 赤髪と銀髪、そして少し離れた位置に金髪。
 次の瞬間高速で移動し、ドラゴンの脇へ。そのまま攻撃を開始した。   

 反対に、こちらは静止する。
 僕に抱き着いたまま震えるワユンとともに、その場に崩れ落ちた。

「なんで……?」

 言葉が漏れかけて、すぐに切りかえる。
 上空には、すでにワイバーンも妖精もいない。ドラゴンも限界なんだ。

「イフリート!! ジン!! 三人をサポートしろ!!」

 叫ぶと、二体はすぐに向かっていった。
 ワユンの顔を覗く。

 なんで、どうして?
 失意に、声も出なかった。
 密着するワユンは温かいはずなのに、体の震えが止められない。

 逃げてくれれば、助かっただろうに。
 逃げてくれれば、助けられたのに。

 もう、無理だ。
 僕の魔力はほとんど尽きている。 
 ドラゴンも相当弱ってるとは言え、僕らを殺すくらい訳ないだろう。

 ワユンが顔を上げた。
 うるんだ目に、僕は怒りを覚える。

「なんで来たんだ!! 逃げてくれよ!!」
「嫌です!!」

 負けじとワユンも声を張り上げる。

「ふざけるなよっ。こんな肝心な時ばっかり嫌だとか言うな!!」
「こんな時だからです!! オーワさんを犠牲に自分だけ逃げるとか、絶対に嫌なんですっ」
「犠牲じゃない!! 僕は自分の勝手でここに来たんだ。みんなは止めた。あのまま逃げることだってできた。それは簡単だった!! それで勝手に死にそうになってるんだっ、そんなの放っておけよ!!」
「勝手じゃないです!! オーワさんはこの町の人たちも救おうとしてここに戻ってきたんでしょう? それは正義です!! 勝手じゃない!!」
「結局このザマだ!! こんなの、正義じゃない、ただの自分勝手だ!!」
「違います!!」
「っ! いい加減に――――」

 怒りに、感情に任せた水掛け論は、轟音にかき消された。
 ドラゴンがブレスを噴いている。
 かろうじてみんなは避けていたが、いつ直撃してもおかしくない。

 ワユンの両肩を掴んだ。
 目をじっと見つめる。

「とにかく、君だけでも逃げてくれ」
「嫌で……」
「僕に嫌われたくなかったら逃げるんだ!!」

 ワユンの目が揺れる。

「い、嫌です!! ここで逃げるくらいなら、き、嫌われてもいい!!」

 くそっ、こんな時に限って、頑固な。
 ……しょうがない。

 正直、使いたくはなかった。
 人の心を都合のいいように出来てしまうこれは、他人ならともかく、親しい人に使うべきじゃない。
 使っちゃだめだ。
 使って従わせたら、それでもう、その人との純粋な、本物の関係は築けなくなってしまう。対等性が、完全に失われるからだ。

 いつでも好きにできる。

 そう思えてしまうだろう。それはもう、ただのモノだ。

 あるいは、この子ならと思った。
 あの世界では、母さんを除いて、他に結ぶことができなかった関係。この世界に来ても、純粋なものはいまだ見つかってない。

 それを今、自分の手で壊す。

 王の力、発――

「……ひどいねぇ」

 ――背後から、しゃがれた声がした。 



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