女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女 10


 ……きれいだ。 

 視力が回復すると、目の前には幻想的な美女がいた。

 緑と白を基調としたドレスを身に纏い、アゲハチョウのような羽を持っている。
 長い金髪は、ゆらゆらと宙を漂い、その周りには黄色く光る蝶が舞っていた。

 ――ティターニア。
 ピクシーは進化して、妖精姫となった。

 しばし見惚れて、ハッとする。
 上にいたはずの敵ワイバーンが、跡形もなく消え去っていた。
 しかしまだ周りにはワイバーンの群れがある。

 みんなは!?

『頼むティターニア!!』

 命令すると、彼女は一礼してさっと身を翻し――消えた。

「え?」

 一瞬ドキリとして、次の瞬間左の方に強烈な閃光が炸裂した。
 一発、二発、三発……。
 気が付けばあたりからワイバーンの群れが消え、再び目の前にティターニアが現れる。その周りで、みんなが宙に浮いていた。

「みんなっ!!」

 地面におろされた彼女たちに近づくと、全員すぐに目を覚ます。

「ん……ここは?」 

 リュカ姉が目をこすって、呆けた声を上げた。
 どこにも傷は見当たらない。
 よかった、無事みたいだ。

 でも、無傷っておかしくないか?
 そういえば、ティターニアを召喚してから、体の痛みを感じない

「君が治してくれたのか?」

 ティターニアに聞くと、彼女は微笑んで、こくりと頷く。

「うわぁ……きれい」

 ワユンが見惚れていた。

「おい、糞ガキ……これはいったい――」

 マルコが訝しげに尋ねてきた。
 ――と、

「「「「――――っ!!」」」」

 咆哮が、地面を揺らした。
 東南の方角。
 振り返ると、ワイバーンの群れがこちらへ向かって来ていた。
 再召喚されたのか。
 元凶を叩かなければ、だめらしい。

「ティターニア、いけるか?」

 尋ねると、ドレスの端をつまんでお辞儀を返してくる。

「じゃあ行こう。みんな、ちょっとここで待っててください」

 言いながら、サラマンダー、シルフ、ドリアード、ノーム、ワイバーンを召喚する。

「ちょっと待ちなさいよおチビ!! まさかあんた――」

 続けてスキル<配下進化LV1>を発動すると同時にカリファの制止が飛んできたけれど、その声は尻すぼみに消えていく。

 四体の化け物が現れたからだ。

 炎を纏い、二本の角を生やした二足歩行の化け物、イフリートは、まるでネコ科の猛獣を二足歩行にして、手足を細長く強靭にしたかのようだ。
 竜巻を起こして現れた精霊、ジンは、イフリートの色を緑にして、下半身を竜巻で覆ったような見た目。
 ビルほどはあろうかという巨人、エントは、巨大な蔦が絡まって形作られている。
 山のような巨躯を持った四足歩行の獣、べヒモスは、牙と二本の角を生やしたカバだ。

 炎のイフリート、風のジン、木のエント、土のべヒモス。それぞれ妖精が、上位精霊に進化した姿らしい。

 ワイバーンも、二回りほど大きく、体も赤く染まった上位種クリムゾン・ワイバーンへ進化したが、彼女たちほどの変化はなかった。
 ティターニアによる影響か、進化の幅が種によって異なるのかはわからないが、心強いことこの上ない。

『イフリートとジンは、みんなを守ってくれ。エントとべヒモスは一緒に来るんだ』

 命令し、僕はワイバーンの背に飛び乗った。

 東南を見ると、かなり遠いというのに、威圧感がビリビリと伝わってくる。
 けれど、今ならやれる。
 そんな気がする。

「行こう」

 僕の呼びかけに、ワイバーンはなんの躊躇いもなく、大きく羽ばたいた。 



 カオス・ドラゴンは、都市を見下ろすように悠然と構えていた。 
 自ら手を下すまでもないということだろう。
 貿易都市は、ワイバーンの大軍によって、蹂躙されていた。
 美しかった町並みは見る影もなく、人々の悲鳴がBGMのように流れ続ける。

 まずは住人を避難させなければ。

 しかし、僕の考えを見抜いたのか、カオス・ドラゴンはこちらを睥睨してくる。

「――っ!!」

 とたんに、今までの比じゃないほど高濃度な殺気を感じた。
 敵だと認識されたらしい。

 ドラゴンの召喚陣が追加され、ワイバーンが向かってくる。

「ティターニア、あれを抑えられるか?」

 尋ねると、何のためらいもなく頷き、空間に召喚陣を創りだした。

 そこから現れたのは、無数の妖精たち。
 見覚えのあるものもいれば、そうでないものもいる。
 キラキラと輝き、踊るように飛んでいく。
 美しい妖精たちの群れは、この世のものとは思えないほど幻想的で、一瞬、我を失ってしまった。 

 ここはティターニアに任せよう。
 僕は、やるべきことをやらなければ。

『行くぞ!!』  

 ワイバーンとエント、べヒモスに命じて、僕は地上へ向かう。
 すると、殺気に気付いたのか、町を襲っていたワイバーンの一部が、標的をこちらへ変更してきた。
 野生のカン、だろう。

 地上を行く巨人と巨獣が、臨戦態勢に入る。

『エント、べヒモス。僕の方はいいから、先に町へ行って住人を守れ』

 それを制し、代わりに命じると、地上をかけていたべヒモスは速度を上げ、エントが無数の巨大な蔦を街中へ出現させた。
 直後、至る所で土と蔦でできた防空壕が現れ、ワイバーンの断末魔が響く。

 こちらへ向かい来るワイバーンを、クリムゾン・ワイバーンの炎で牽制しつつ、

『出でよ、ピクシー、シャドウ』

 ピクシーとシャドウを召喚し、スキル<増殖>を発動する。
 配分は、ピクシー:シャドウ=8:2 の割合。

 すると、ピクシーとシャドウが次々と出現し、瞬く間に数えきれないほどの大群となった。
 なるほどこれでは、一体一体に指示を出すことが出来ない。

 スキル<群化>発動。

『ピクシー部隊はワイバーンの殲滅と住人の避難の手伝いをしてくれ。場所は町の中心に防空壕をつくらせるから、そこに頼む。シャドウは住人を見つけ次第、近くのピクシーへ知らせるんだ。動けない怪我人はアプサラスへ』

 指示が一瞬で解されたことは、すぐにわかった。無数の使い魔が、一糸乱れぬ連携でもって、町中へ広がっていく。

 中心部はちょうど、というとあれだが、跡形もなく吹き飛ばされているから、大きな防空壕をつくるにはもってこいだった。
 穴は、べヒモスがいれば簡単に埋められる。

『出でよ、アプサラス』

 次にアプサラスを召喚し、同じように<増殖>を発動する。
 さすがに数的限界があったのか、さきよりはだいぶ少ないが、それでも三ケタ近くには増えた。
 <群化>を発動。

『怪我をしている人を、町の中心部に造る防空壕へ運んできてくれ。なるべく優しく、速く、頼む』

 一斉にこくりと頷き、アプサラスたちは散会する。

『エント、べヒモス。中心部の穴を埋め立てて、そこに大きな防空壕をつくってくれ』

 さらに指示を出し、スキル<喰贄>を発動する。
 そして一気に溜まったエネルギーを用い、<治癒魔法>のレベルを五へ、そして六まで引き上げる。

「……よし」

 範囲魔法もあるだろうと予想していたが、果たして、複数を同時に治癒する魔法が使えるという確信が持てた。

 念のためさらにもう一段階レベルを引き上げ、防空壕の入り口に降り立つ。
 入口には、律儀にもエントとベヒモスが座して待っていた。
 なんか、忠誠心というか、そういうのがさらに上がってるような気がする……気のせいだろうか。

『二人ともありがとう。引き続き、町のみんなを頼む』

 命じると一礼し、二人はおもむろに腰を上げて、左右に別れた。

 ――と、複数の敵ワイバーンがこちらへ向かってくる。
 どうやら頭から叩くという戦法に変えてきたらしい。

 あのドラゴンの指示だろう。
 とすると、こちらの様子を伺う余裕があるということになる。
 ティターニアでも、さすがに分が悪いというのか。

『出でよ<ゴーレム>。ワイバーン、ゴーレム、向かい討て!!』

 召喚したゴーレムとクリムゾン・ワイバーンに迎撃を命じて、<増殖>でクリムゾンを五体まで(最大数)増やし、<喰贄>を再び発動する。
 どうやら<喰贄>は無制限に発動できるらしいので、これからは隙があれば常に使うことにする。

 そして解放できる使い魔の中から、使えそうなものを選び出した。

『出でよ<レッド・ドラゴン>』 

 召喚したのは、赤き龍。
 ワイバーンの倍はあろうかという体躯に、強靭な四本足。表面はいかにも堅牢な鱗で覆われていて、何本もの角が張り出した頭部は凶暴な雰囲気を漂わせている。

「グルルルル……」

 体勢を低くし、鋭い目をさらに細めた。
 唸り声は地響きのように重く、目の前の敵ワイバーンに今にも噛みつきそうな殺気を纏っている。 

「ドラゴン、そこにいるワイバーンを適当に蹴散らしたら、上に行ってティターニアを助けてやってくれ」

 指示を出すと、ドラゴンは弾かれたように跳躍し、敵ワイバーンの中へと踊り込んだ。
 そして一声吠えたかと思うと、その場で回転するようにして、巨大な尻尾で周りの敵を薙ぎ払う。
 吹き飛ばされたワイバーンたちは地面に叩きつけられ、そのまま痙攣して動かなくなった。 

 続けて二度、尻尾を振る。

 たったそれだけ。
 わずか数秒にも満たない間に、十はくだらないワイバーンの群れを叩きのめしたレッド・ドラゴンは、暴れたりないとばかりに一声吠え、勢いよく上空へと舞い上がった。

 と、呆けている場合じゃない。
 早速ピクシーが町の住人を連れてきた。

「急いで中へ!!」

 ぽかんとする住人を急かし、中へ誘導する。ピクシーには引き続き作業するよう言い渡した。正面の守りは、クリムゾン・ワイバーンたちに任せてある。

「けが人はいませんか?」
「き、君は一体なんなんだ?」

 中へ入った人々へ声をかけると、その中の一人が、おそるおそる訝しげに尋ねてきた。

「冒険者です」
「そ、そんなわけないだろう? こんな、わけのわからない……」

 反論は、尻すぼみに消えていく。
 怖がられてるんだ。

 その眼は、リュカ姉たちがあのドラゴンに向けていたものと同じだった。
 初めて向けられる目に、動揺してしまう。

「そ、そうだ……こんなの、意味が分からない……」
「もしかして……あいつは……」
「あの、ドラゴンも……」

 ひそひそ声が、かすかに漏れて聞こえてくる。
 けれど目を向けると、一瞬で黙り込んでしまった。

 怖がるのは、無理もない。
 余りにも非常識な力を見せつけられてるんだ。
 それも、行使しているのは召喚魔法。
 正直、魔人だと疑われるのも当然だろう。 

 きついな。
 でも。

 人々の中から、子供を背負っている女を見つけ、近づいていく。

「ひっ……」
「な、なにを……」

 女が怯え、隣にいた男が庇うように前へ出た。

「その子……」 
「こっこの子に手を出すな!」

 男が、震えながらに声を上げる。
 さらに近づいていくと、ついに殴りかかってきた。

「え……?」

 僕はそれをただ受けた。
 逆に男は唖然として、拳を振り切ったまま静止する。

 僕は男を避けてさらに進み、女の人へ声をかけた。 

「その子の容体を、見せてください。僕には治癒魔法が使えます」
「えっ? あ、はい……」

 放心したように彼女は背を向けて、おぶった男児を預けてきた。
 年は、幼稚園児ほどだろうか。
 背中が大きく引き裂かれ、血が流れている。

「はっ……はっ……」

 苦しそうに、喘いでいた。

 治癒魔法、発動。
 レベル七にも到達したそれは、明らかな致命傷をも一瞬にして塞ぐ。
 欠損さえも治してしまう、再生に限りなく近い治癒魔法は、失った血でさえも補った。

 呼吸が、和らいだ。
 顔色がみるみるよくなり、青白かった頬に赤みがさす。 

 周囲から、呆けたような声が漏れ出た。

 けれど、完全じゃない。
 雑菌が体内に侵入しているかもしれない。
 この年頃の子にとって、それは致命傷になりかねない。

 スキル<喰贄>発動。
 続けて<解放>。

『出でよ、<アシッド・スライム>、<バクテリオ・スライム>』

 緑色と灰色のスライムを召喚した。

「ごめん、ちょっと我慢して」

 少年にそう言い、口を開けさせた。
 そして命令すると、二匹は体の一部を切り離し、一部をその口の中へ滑り込ませ、液体のようになって体内へ侵入する。
 母親であろう女性が息をのんだ。

「――っ!? 何を――」
「傷は治しましたが、体の中に雑菌や毒が入ってるかもしれません。だからそれを取り除いているんです」

 素早く説明すると、声が消える。

「この二匹はそれぞれ、毒物を食べる性質、それから細菌やウイルスを捕食する性質を持っています」

 特にバクテリオ・スライムは、本来、体内に飼っている無数の細菌やウイルスを敵個体へ暴露するという、とんでもなく凶悪な魔物だ。

 スライムの上位種。便利そうだと、いつか解放しようと思っていた。
 個体数が少ないのと、あまりにも危険な魔物だということで、医療に使われるとかは聞かないけれど、アシッド・スライムとほぼ同じような生体だということは伝わってくるので、同じように使えるはず。

 なぜか、より精密に使い魔へ命令できるようになってるから、間違っても失敗は無い。



 三十分もすると、口から再びスライムたちが出てきた。
 作業終了ということらしい。

 そのころになると、ホール内には人々で溢れかえっていたが、敵意や疑念は微塵もなくなっていた。

「重症の方から治癒していくので、ご協力よろしくお願いします!!」

 そう声を上げると、すぐにホールは慌ただしくなった。



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