女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女 9


『みんなをっ!!』

 投げ出された直後、反射的に妖精たちへ命じる。
 視界の端に、こちらを振り向く敵ワイバーンどもの顔が映った。

 消える瞬間、最後の力を振り絞って、僕のワイバーンは僕らを敵の包囲網から外へと投げ出してくれた。
 けれど、それだけじゃやつらを振りきれない。
 やつらにとって僕らは、おいしい餌だ。

「――っっ!!」

 落下していく。
 下を見ると、地面は思ったよりも近かった。
 予想したほどの高度はない。
 逃げているうちにいつの間にか降りてきたようだ。

 それでも、落ちたらひとたまりもないだろう。

 けど、今は――

「グォオオオっ!!」

 ワイバーンの牙が迫る。
 今は、こちらの方が危険だ。

 妖精たちはそれぞれ、みんなにつけた。
 サラマンダーはワユンへ。ドリアードはリュカ姉。シルフはカリファ。アプサラスとピクシーはマルコ。

 足りるだろうか。
 急がなければ。

 牙が僕を捉えようとして――
 ――王の力発動。

 操ったワイバーンの背に乗る。
 すぐにでもみんなを回収しな――

 ――視界が、紅蓮に染まった。

「――――っっ!!!!」

 後続たちが吐いた炎だ。
 ワイバーンが一瞬で焼き尽くされ、僕は再び投げ出される。

 上を見上げた。

「「「グオオオオッ!!」」」

 多すぎる。 
 空はすでに見えなかった。
 無数のワイバーンで、覆い尽くされている。 
 その血走った目はすべて、僕を捉えていた。

 即、距離が縮まる。
 召喚魔法を使う余裕はない。

 短剣を構え、錬金術を発動した。
 身を守るため、金属の半球を作り出す――

 ――一噛みで食い破られた。
 予想はしていた。
 そのタイムラグを利用して火魔法を放つ。
 あれから何度も練習していた。 
 威力も精度も上がっている。 
 狙いは違わず、一体の眉間をとらえる。
 けれど――

「くっそ!!」

 止まらない。
 その一体は少し動きを止めただけですぐこちらを睨んでくる。
 その間に他のワイバーンが迫ってきた。

 正面のもう一体に王の力を発動。
 とにかく無茶苦茶に暴れさせる。

 しかし、そのワイバーンは周りの同種によって即、抑え込まれた。
 何のためらいもなかった。
 PCが連想される。
 バグを起こしたプログラムを即感知して、排除する。
 まるでプログラムされているかのようだ。
 全員で一つの機能を果たしている。

 王の力!! 王の力!! 王の力!!

 でも頼りはこれしかない。 
 ひたすら同じことを繰り返す。
 火魔法も錬金術も通用しないんだ。
 これ以外にない。 

「っ!?」

 がくんと、魔力が削られるのを感じた。
 どうやら強力な相手ほど消費が激しいらしい。

 王の力!! 王の力!! 王の力!!

 けど、魔力残量など気にしてはいられない。
 発動を止めた瞬間、食いちぎられてしまう。 
 たとえ無駄なあがきだとしても、続けるしかない。

 突如、ワイバーンが静止した。

 ――悪寒。
 下を見る。地面が――

 火魔法!!

 下へ向かって反射的に放つ。
 急激に勢いが制動される、と同時に衝撃。

 視界が暗転した。





 脳裏に移ったのは、複数の園児たちの無邪気な顔。
 原初の記憶。

 僕は虐げられる側の視線に立っている。
(これは、見覚えがある。あの頃の僕が見た光景だ!)

 詰め込まれたゴミ。
 強烈な吐き気。
 痙攣する体。

 抵抗しようともがくも、信じられない力で押さえつけられる。
 視界が涙で揺れる。
 鼻へ胃液が詰まり、呼吸が阻害された。

 苦しい。
 苦しい。

 そんな僕の様子を見て、さらに沸き立つ園児たち。

(きっと、僕がこのまま死んだところで、こいつらは喜ぶだけだろう)

 何が楽しいのか。
 何がそんなに愉快なのか。
 余りの理不尽に、猛烈な怒りが奥底で弾け、亀裂からどろりとした液体が溢れ出る。 

 マグマだ。それも、信じられないほど熱く、どす黒い。
 体内で渦巻き、噴火の時を待つ。

 なんで僕ばかり、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ?
 いやだ。
 こんなのもういやだ。

「うわっ! こいつションベンもらしてるよ!!」
「うわぁっ!!」

 キャッキャと嬉しそうに悲鳴を上げる。
 何がうれしいんだ。
 そんなに僕を苦しめたいのか。
 くそやろう。

 ――お前らみんな、死んでしまえ。

 突如、視界が砂嵐で遮られた。
 様々な音が無秩序に混ざり合ったような、意味不明なノイズが頭の中に直接響いてくる。

(何が起こってるんだ?)
 まるで、意図的に隠されているかのように、理解できない。

 ただ、ごく小さな生き物から、等身大のものまで、ありとあらゆる生物の生命機構――脳活動が、まるで自分のもののように感じられた。

 幼さゆえか、言語的記憶はほとんどない。
 特徴である視覚的記憶、聴覚的記憶は、意図的に破壊されているように思える。
 ただ、なんとなく、漫然とした感覚があった。 

 すべてが、まるで自分の一部のような、まるで、すべて思い通りになるような――

 ――瞬間、急速に伸びていく糸のようなものがイメージされ、直後、視界が真っ赤に染まり、凄絶な悲鳴が鼓膜を劈いた。 






「――っ」

 強烈な痛みに、目が覚めた。
 なにか、よくないものを見た気がする。

 何を――?

 いやそれよりも、何が起きてる?

「――っっ!!」

 上空から降りてくるワイバーンの群れを見た。
 そうだ、僕はあの後、地面に叩きつけられたんだ。

 意識があるということは、どうやら生きているみたいだ。 
 息ができないほど全身が痛いけれど、体はまだ動く。

 ワイバーンの位置的に、気絶は一瞬だったらしい。 
 ワイバーンが降りてくる。

 まずい、早く何か手を打たないと。
 酷い痛みも気にせず、体を起こした。

 ――かちり。

 何かが<解放>されるのを感じた。
 勝手に<解放>されるなんて、今までになかったことだ。

 反射的に、スキルを確認する。


<王の力>
 ・行使者の能力以下の生物単体を支配下に置くことが可能。随意活動、不随意活動を問わない。
 ・召喚魔法にて、複数の同一個体を召喚することが可能。
 ・以下の能力を扱うことが出来る。

<喰贄>
 一定時間以内に死亡した全生命エネルギーを吸収し、<解放>の糧とする。

<群化>
 配下の種族を一括りに意識統一させる。単体への指示は一瞬で、全体へ伝えられる。その命令には可能な限り、最高効率で従う。

<任命LV1>
 配下一体を、その種族の王に任命する(上限一種族のみ。数はレベル依存)。任命できるのは種族内で最も信頼のおける単体のみ。

<王権付与>
 王、ロードクラスの使い魔に対し、召喚魔法を付与する。召喚できる魔物の強さは対象に依存する。数の制限はない。

<配下強化LV1>
 配下にある個体の力を引き上げる。上昇率はレベル依存。

<配下進化LV1>
 配下にある個体のランクを一つ上げる。上限五体。数はレベル依存。

<増殖LV1>
 レベルに応じた使い魔を増殖させる。数は使用者の魔力依存。

<転移召喚LV1>
 任意の地点に使い魔を召喚できる。範囲はレベル依存。



「なっ……?」

 <王の力>が拡張され、見覚えのないスキルが羅列されていた。

 わけがわからない。
 けれど、能力の使い方自体は、一瞬で理解できた。

 ワイバーンが迫る。
 その巨大な口が、僕を喰らうため大きく開かれる。
 とにかく今は――

 ――スキル<任命>発動。
 種族は妖精。
 王をピクシーに設定。
 続けてスキル<王権付与>発動。
 ピクシーに召喚魔法を付与した。

『ピクシー!! ワイバーンを蹴散らせ!!』 

 開かれたワイバーンの口腔が、今にも閉じられようとして――
 ――目の前が、真っ白になった。



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