女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女二

〈もう一話、カリファ視点です。続き〉

 小さな女の子二人と、さらに幼い男の子が、薬草を一抱えほども持って、冒険者ギルドを目指していた。

 まだ、両手で数えられるほどの年だろうか。そんな子たちが薬草採集しているのは、ちょっと異常な光景なのに、道行く人は特に気も留めない。
 日常の風景だった。

 冒険者ギルドへは、薬草を売りに行く。
 ギルドと言っても、小さな村の小さな支部だ。小屋、と呼んでも差し支えの無いそこには、最高でもDランク程度の冒険者しかいない。

「リュカ姉、カリファ姉ちゃん、大量だね!」

 赤毛の小さな男の子――リュナンが、姉たちに笑いかける。 

「あったりまえだろ? なんたって、私がいるんだから」

 同じくらい赤毛の少女――リュカが、弟に向かって胸を張る。

「リュカちゃんは相変わらずよね。それ、意味わかんないわよ?」

 金髪の、ちょっときつそうな子――カリファが、ちょっと大人ぶって言う。

「わかるだろう? 私がすごいから薬草が集まったんだ。リュナン、わかるよね?」
「うん」
「……リュナン、わからないと思ったら反論してもいいのよ? リュカちゃん、たまに変なこと言ってるから」
「はんろん?」

 リュナンが首を傾げる。
 リュカは唇を尖らせた。

「変なことってなんだよう!」
「変なことは変なことよ。ちゃんと論理立てて説明しなさいよね?」
「はんろん? ろんり? ねぇ、それどういう意味?」

 キャッキャと騒ぎつつ、冒険者ギルドの扉を開く。

「どうだ!! 俺たちの勝ち!!」

 聞き覚えのある大声に、二人の少女は顔をしかめ、リュナンはぱぁっと顔を明るくする。

「この糞ガキ!!」
「へっ、悔しかったら俺たちに勝ってみろよおっさん!! なぁ、エーミール」
「あぁ」

 袋の中身を見せ合って、三十路近くの男と、カリファたちと同じくらいの年の男の子二人――マルコとエーミールが対峙していた。
 カリファがため息をつく。

「あの二人、またやってるわ」
「マルコたち、今日はどれくらい稼いだかな?」
「ちょっと、嬉しそうにしないでよ」
「ん? なんで?」

 カリファとリュカが言い合っているうちに、リュナンが駆け出した。

「マルコ兄ちゃん! エーミール兄ちゃん!」
「おう、リュナン! 見ろ、キャタピラーの糸袋だ! 大量だぜ?」

 キャタピラーは、芋虫型の弱小魔物だが、それでも大きさは五十センチ近くもあり、子供どころか、大人にとっても、戦闘の心得が無ければ脅威と言える。
 しかし、この年ですでに町で一二を争う実力者の彼らにとって、敵ではなかった。

 マルコが勝ち誇った顔で、右手を男に向かって差し出した。

「おっさん、約束の金!」
「ちっ! ほらよ!」

 すでに何度か二人に喧嘩をふっかけている男はあきらめて、おとなしく金を出す。
 とはいえ、大した額ではないのだ。今では彼も、この将来有望な二人に期待している者の一人である。子供の遊びに付き合っているだけ、といった面も強い。

 金を受け取りはしゃぐ二人と、それを見てとりあえずきゃっきゃと笑う男の子たちを見て、男は苦笑し、受付嬢たちは頬を緩めている。

 そんな光景を見ていると、ひとりの少女が、カリファたちに近づいてきた。エーミールと同じ紺色の髪の毛をした少女は、リュナンよりも幼いようだ。
 小さな声で、呼びかける。

「カリファちゃん、リュカちゃん、おかえりなさい」
「エミーリア、ただいま」 
「ただいま。元気してたか~?」

 リュカがエミーリアの脇をくすぐると、ケタケタと笑いながら身をよじる。

 幼いエミーリアは、みんなが出かけるとき、ギルドに預かってもらっているのだ。天使のように愛らしく、おとなしい彼女のことを、みんな好いている。
 とはいえ、そろそろ遠慮も覚える年ごろなのだろうか。カリファは少しだけ、申し訳ない気持ちになる。

 ひょんなことから、なぜかこの村で出会った身寄りのない子供たちは、助け合って生きている。
 周辺の寒村にくらべれば多少はマシであるものの、貧しい村だ。
 初めは馴染むのも一苦労だった。

 けれど、最初は汚い余所者の子供に対し冷たかった村の人たちも、子供たちが立派に自立し、村に貢献しているのを見て、すっかり穏やかになった。
 そんな村の人たちに、カリファたちも感謝している。

 二人の少女は愛想のいい受付嬢にお礼をし、薬草の換金をして、男の子たちのもとへと向かった。




「おいカリファ、カリファ!!」
「へっ? あ、マルコ?」

 肩を揺さぶられて、私は目が覚めた。
 後ろを振り向くと、私を抱えるようにしてダッシュリザードを操るマルコが、あきれたような目をしている。

「ダッシュリザードの上でおねんねとは、器用なやつだな」
「あ、えへへ……」

 あのころの夢を見るなんて、久しぶりにリュカと話したからかな?
 マルコに運転させて、私だけ寝ちゃうなんて。ばつが悪くて笑うしかなかった。
 そんな私に、マルコも少し笑いかけてくれる。

「そろそろ目的地だ。目ヤニくらいとっておけよ」
「へっ!? うそやだっ!!」

 目ヤニと言われ、慌てて私は正面を向く。うぅ、マルコにだけは見られたくなかったわ……。



 ヤヌルンは、オーガの大軍団によって完全に制圧されていた。

「じょ、冗談でしょう……?」

 こんなの、あり得ない。ただのオーガの大量発生だって大問題なのに、ナイト・オーガみたいな亜種や、ブラッディ・オーガみたいな上位種までいるなんて。

「あはは、こりゃちっとやばいかもね」
「ちっとじゃないわよ!! あのひげ野郎、私たちを捨て駒だと思ってるんだわ!! ねぇマルコ、逃げましょう!?」

 マルコに助けを求めるけれど、彼は渋い顔をしている。

「無理だな」
「なんで!? あんな奴の言うこと無視したって大丈夫よ!! こんなのどう考えたって私たちだけじゃ危険だわ!! 一度引いて、戦力を整えてから……」
「それができるなら、あいつらだってそうしただろう。そうせずに、わざわざ俺たちを当て馬にした理由はなんだ? オーガどもが向かってる先が、どこだか考えろ」

 この先……貿易都市<テオサル>。北と南をつなぐ王国屈指の大都市だわ……人口も半端じゃないし、あそこが潰れたら、南側の生活水準や経済水準は大打撃を受けてしまう。

 私が気付いたことを悟ったらしく、マルコが続ける。

「そうだ。もうかなり北上してやがる。ここで食い止めるより他ないだろう」
「で、でも……こんな状態で?」

 連戦に次ぐ連戦。加えて長距離の移動により、私たちはすでに疲れてる。何より、士気が低すぎるわ。みんな、お葬式みたいに暗くなってるじゃない。

 無謀よ。
 ここにいる全員が、そう思っているはず。せめて調子さえよければどうとでもなっただろうけど、今のままじゃ無理。
 けれど好戦的なオーガは、人の気配を察してか、すでに私たちの方へ向かって動き出していた。

 ここにいるのは、誰しもがBランク以上の上級冒険者たち。みんな、それなりに誇りを持っているわ。でも、それ以上に状況判断能力に長けているのも事実。
 わかってしまうの。危険だって。

 これは、明らかにキャパを超えている。

「お、俺は嫌だぞ!! こんなところで死んでたまるか!!」

 来たるべき時が来たわね。
 一人、ついに脱落者が現れた。

 あぁ、もうだめだわ。最初の一歩を踏み出してしまえば、あとはもう――。

「俺もだ!! やってられるか!!」
「俺も降りるぜ!!」
「私も抜けさせてもらうわ!!」

 次から次へと、冒険者たちが背を向けて走っていく。
 マルコが、目を瞑った――。

「ファイヤ――――っ!! いけぇ――――っ!!」

 ――場にそぐわない、なんとも陽気な声が木霊した。

 声の方を見ると、オーガ軍に向かって一歩前へ進んだところにで、赤い大剣を振り下ろしている女がいる。
 ってかリュカ!?

 リュカの放った炎の斬撃波は、いつも以上に巨大で、一撃でオーガ十数体を引き裂く。
 静寂が降りた。

「ここにいるのはチキン野郎ばっか!? ちょっと負けそうだから、僕ちゃん逃げますって、それでもあんたたち冒険者なの? 冒険者がここで冒険しないで、いつ冒険するんだよ!? それに言っとくけど、あの程度、私たちなら何とかなるから」

 怒ってる?
 一瞬、期待して、リュカを見た。でも――

 ――違う。
 リュカは、怒ってなんかいなかった。腰抜けどもを鼓舞する姿は、少し昔と被るけど、けど彼女は、この事態を覆すために、わざとああしてるに過ぎない。

「ちっ。しゃあねえ、やるか」

 マルコが前に進んだ。
 今の舌打ちには、どういう意味が籠ってるの?

「おらぁああっ!!」

 叫んで、マルコは一気にオーガとの間合いを詰めた。追随するように、他のAランクたちも突進する。

「マルコッ!!」

 今は考えてる場合じゃない。彼を、彼女を、全力で補助しなければ。
 それが今、私にできる唯一のことだから。



「女顔の僕は異世界でがんばる」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「冒険」の人気作品

コメント

コメントを書く