女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

狡猾な冒険者 閑話 二

〈ほとぼりが冷めた後、手伝ってもらっていた元奴隷たちを家へ送り届ける話です〉

 けものっ娘には様々ある。

 あぁ、けものっ娘というのは獣人の美少女を指す業界用語だ。
 オタク用語ともいう。
 別にオタクじゃないのに、使っていると『うわオタクだキモーーいWW』とギャルに笑われる、呪われた言語である。

 まぁとにかく、けものっ娘。
 そのジャンルの成長には、途方もないものがある。

 おそらくは猫と犬が起源だったであろうが、今ではウサギにタヌキ、さらにはクマなんてのもいる有様。その成長速度は、もはや医学のそれよりも速いのではないかと思わせる。

 嘆かわしいことだ。
 耳があればなんでもいいとか思ってんだろ絶対。
 ふざけんなよ? クマとかマジでヤバいんだぞ? 毎年人を殺すような猛獣だぞ? 地上最強はホッキョクグマかもしんないんだぞ?
 あ、でもクマ子さんはかわいいと思います〇
 魔法少女は別腹ですお。

「オーワさん? どうしたのですか?」
「え? あぁいや、なんでもないよ」

 最高にどうでもいいことを考えていたら、ワユンに不審に思われてしまった。
 おのれ、けも耳。

 今僕たちは、手伝ってくれた元奴隷で、残ってしまった三人の元へ向かっている。
 残ってしまったのは、ヨナよりも年下っぽい双子のネコの獣人、アレン(兄)とエレン(妹)、それからお姉さん風なエマさんの三人だ。

 エマさんには帰るところが無いそうだが、猫の獣人二人は違う。
 なんでも、王都よりはるか北部にある領土を任された、男爵様のご子息だという。階級とかはよくわからないけど、とにかくお坊ちゃまなのだ。

 一晩はエマさんに二人の面倒を見てもらっているが、早く帰してあげないと、いろいろ大変だろう。
 幸いまだ捕まって二週間ほどらしく、比較的元気なようだったが、それでも見た目に出ていないだけで、内心相当辛いと思っているに違いない。
 経験したから、それはよくわかる。

 というか、よく貴族から掻っ攫おうとか思ったよな。旅行中だったらしいけど、護衛だっていただろうに。



 歩きながら、横を行くワユンの、ひょこひょこ動く耳に目をやる。
 すると自然、黙考の続きが浮かんできた。

 とにかくだ。
 けも耳は、獣の耳なら何でもいいというわけではない。
 獣+美少女であるのだから、当然、愛らしい動物の耳が装着されるべきなのだ。それも、愛らしければ愛らしいほど愛らしい。
 ちょっと何言ってるかわからなくなってきた。

 まぁなんだ、つまりワユン最強というわけだ。
 秋田犬+巨乳美少女とか、もはや兵器だろそれ。一国くらい軽く落とせそうだ。わりとガチで。

 しかしそんな核兵器に唯一対抗できるとしたら、それは猫だ。それも、そこら辺にいる野良猫。

 別に僕は、それほど猫が好きなわけじゃない。
 だって、犬の方がいい子だもの。言うこと聞いてくれるし。

 けれど、やつらにはある種、憧れ的な物を抱いていたりする。
 だってあいつら、すごく自由じゃん? 奔放じゃん? 
 どんな時でも孤高にマイペースを貫く姿勢は、ボッチの鏡と言える。

 彼らは誰にも屈しない。
 たとえ飼い主に対してでも、媚を売ることなど一切ないのだ。
 やつらはただごろごろして、たまに遊んでるだけなのに、そのくせ餌が運ばれて来たら悠々と食すのだ。そこに感謝など一欠けらもない。

 あいつら絶対自分が一番偉いとか思ってるだろ。まさに今流行の俺様系。または黒王子。もしかしたら猫を真似するとモテるのかもしれない。
 ごろごろして餌食ってるだけでモテるとかなにそれうらやま。

 そんなこんなで、マジ猫リスペクトなのだ。
 だから猫耳にも憧憬を禁じ得ない。

「オーワさん、あの、大丈夫ですか?」
「ん? あぁごめん、ぼうっとしてた」

 ワユンが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「やはりお疲れなのでは? まだクマも少し残っているようですし……」

 ち、近い……いい匂い。ってうわっ近い!?
 思わず仰け反ってしまう。

「だ、大丈夫だよ、昨日はぐっすり寝られたし」
「ですが……」
「へーきへーき。ほら、もうすぐそこだし」

 いつの間にか宿の手前。
 ワユンはようやくわかりましたと頷いてくれた。



 中へ入り、部屋の戸をノックした。
 すると、パタパタと言う音がして――

「来たな兄ちゃん!!」

 ――中から、茶色いのが飛び出してきた。

「うぐっ!!」

 下腹部へクリーンヒット。
 しまった、油断した。
 やっぱりどうも疲れているらしい。
 そして結構痛い。

 茶色の癖っ毛がふわふわな頭を両手でがっしと掴み、引き剥がす。
 この無駄に元気がいいのは兄のアレンだな。
 なぜかこいつは僕に絡んでくる。
 まぁ一番年の近い同性だったから、しょうがないけど。

「朝からご挨拶じゃないかアレン君」
「痛い痛いごめんなさい!」

 掴んだまま軽く力を入れ、こめかみのあたりをうりうりすると、アレンが甲高い声で謝ってくる。

「おはようございます、オーワ様、ワユン様」
「うん、おはよう」
「おはようございます」

 奥からしずしずと出てきたのは、妹のエレンだ。
 茶色い髪はアレンより少し伸ばしているが、それ以外はほとんどアレンと見分けがつかない。
 いや、だからと言って、決してエレンがボーイッシュだと言うわけじゃないのだ。むしろアレンがあまりにも女の子っぽすぎる。

 両手の中で暴れるアレンは、恐ろしく線の細い美少年、というかほぼ美少女なわけで、なんとなく親近感が湧かないでもない。やっぱ湧かない。なんかアレンはモテそうだから、とかそういう理由じゃない、断じて。

 妹の凄まじく丁寧なあいさつに免じて、アレンのこめかみから手を離してやる。

「ってーなー、もう。冗談が通じねーんだから」
「冗談ならそうとわかるように手加減しようね」

 魚雷かと思ったぞ。

「そうよアレン! お二人は命の恩人なのですから、もっと丁寧に接しないとダメ」
「いや、そんな気にしないでください」
「ほら見ろ、姉ちゃんがいいって言ってんだからいいじゃん」

 ワユンの優しさに付け込むような奴は許さん。
 両手をわきわきさせて、間合いを詰める。

「アレンは礼儀を知った方がいいな。兄ちゃんが教えてあげよう」
「うわっ来るな!」

 脱兎のごとく逃げ出した。
 だから追いかける。
 弱いものを追っかけまわすのって楽しいよね? (ゲス顔)


 
 そんなこんなで少しじゃれた後、エマさんに挨拶してから僕たちは町の外へ出た。

 ワイバーンに乗り空の旅。
 前でキャイキャイはしゃぐ二人は、やはり年ごろと言うか、微笑ましいものがある。まぁワユンも十四だし、そんな変わりないのかもしれないけれど。

 アレンはまぁガキだからいいとして、エレンとは何が違うのだろう。エレンだっておしとやかキャラなのに。

「ふふ、かわいいですね、オーワさん」
「う、うん、まぁそうだね」

 後ろから嬉しそうに声をかけてくるワユンの胸がちょくちょく当たって、正直それどころじゃない。

 ……あぁそうか、おっぱいの差か。
 というか十四歳にしてすでにこれって……ワユン、恐ろしい子。 

「やっぱかっけーなーワイバーン!! なぁ兄ちゃん、どうやって召喚するのか教えてくれよ!!」
「あぁ~、えっと、それはその……」

 ぼけっとしていたら、突如アレンから質問テロを受けた。 

 思わず『それは』とか言っちゃったけど、答えられるわけがない。だって知らないんだもの。なんか使えるだけだし。

 なんて答えあぐねていると、エレンが口を開いた。

「もう、オーワさんを困らせちゃだめでしょアレン! きっと、相当難しくて、魔力もすっごく沢山なくちゃいけないんですから、私たちには無理よ」
「んなことわからねーじゃん! なー兄ちゃんー」

 どうするかな。
 まぁ、正直に話してもいいか。

「あーごめんなアレン。実を言うと、どうして使えるようになったか、よくわからないんだ」
「えぇっ!? 嘘つくなよ兄ちゃん!!」
「いや本当なんだよ」
「いーや嘘だね! 絶対秘密暴いてやる!」
 
 そのあと、結局片道六時間近くアレンの質問責めに遭ってしまった。



 辿り着いた町<スクルム>は、プネウマに比べるとだいぶ小さなところだった。

 エレンの話だと、魔大陸に最も近く、しかも小さい地域を任されるレーベ男爵家は、そもそも元騎士から成り上がったらしく、地位もそれほど高くないそうだ。

 それでもお父上の武勲やらいいところを列挙され、『パパ大好き』アピールをこれでもかとされてしまった。
 いいお父さんなのだろう。
 二人とも将来は騎士を目指して特訓中だったらしい。
 微笑ましい限りだ。

 門番のところへ行き事情を話すと、すぐに屋敷へと案内された。

 屋敷、とは言うものの、他よりちょっと大きいくらいの質素な家だった。
 その代り広めの庭があり、打ちこみ台が置いてあったので、そこで剣の稽古をしているのだろうと予想がつく。

「「――っっ!!」」

 二人は家の前に着くなり、脇目もふらず走り出してしまった。
 走り出した瞬間、二人の目には大粒の涙。
 そして中の方から、二人のものと思われる泣き声と、おっさんの吠声が聞こえてくる。

 家族に会えて、うれし泣きか。
 そりゃそうだ。
 あんな子供が人さらいに遭って、二週間も離れ離れになってしまったのだから。
 きっと、お父さんお母さんと抱き合って、泣いて、喜びを分かち合っているんだろう。

 正しい、あるべき家族の形だ。

「オーワ、さん?」
「いや、よかったな、と思ってさ。まだ子供なんだ。家族と離れちゃいけない」

 そう返すと、ワユンは少しさびしげに微笑んだ。

「そうですね。でも私は、ちょっと羨ましいです」
「……」
「私には、家族がいませんから」 

 予想はできた。
 何も言わない僕に、ワユンは滔々(とうとう)と続ける。

「いないというか、物心ついたときにはもう奴隷だったので、知らないというのが正しいのでしょうけど。だから、その、こういうのを見ると、少し嫉妬しちゃうんです。ちょっと、嫌な子ですね」

 寂しげに微笑みながら、てへぺろした。

「そんなことは、ないと思うよ」
「え?」

 ワユンがぽかんとした瞬間、屋敷の方から何かが突進を仕掛けてきた。
 速い! なんて勢いだ!
 思わず身構える。

 それは若いおっさんだった。
 細身だがエネルギーを感じさせるその男は、おそらくイケメンだったであろう顔を涙と鼻水でぐっちゃぐちゃにしている。
 茶色猫耳が天を衝いていた。

 パパさんだろう。
 パパさんは砂埃を上げて僕らの前に静止し、構えた僕の右拳を凄まじい勢いで手に取った。
 隣では、いつの間にかワユンの手も握られている。
 驚くべき早業だ。

「君たちがアレンとエレンを救ってくれたんだね!! ありがとう!! 本当にありがとう!!」
「い、いえその、おちっ着いてっくだっ……」

 握った手をしきりにぶんぶん振られ、ろくに返事もできない。
 恐ろしい腕力だ。

 そろそろ腕が千切れるんじゃないかと不安になってきたころ、パパさんの背後から、若い女が近づいてきた。
 凄まじい美人さんだ。そしてお揃の茶色猫耳をお持ちだ。
 ママさんはそのまま華麗にお辞儀する。 

「この度は、二人を救ってくださり、本当にありがとうございました。お礼など、言っても言い尽くせませんが、こんなところでは難ですので、どうぞ中へお入りください」
「あぁ、えぇと、はい。どうも……」

 勢いとお淑やか。
 お二人の対応の差に戸惑って、つい頷いてしまった。



 応接間っぽいところに通されて、お菓子と紅茶を出され、ひとしきり感謝された後、僕はこちらで分かっていることを一通り話し、パパさんの事情を聴いた。

 正直、これだけ子供を大切にしている人が、ただ黙っていたとは思えなかったのだ。いまだって、ソファーの上で両脇に二人を抱えてるし。アレンはちょっと嫌そうにしてるけど。

 ちなみにワユンは専ら、クッキーに夢中だ。ママさんが少し微笑ましそうに笑っているのにも気づかず、興味深そうに鼻でスンスン匂いを嗅いでは口に運んでいる。

 悔しそうに長々話す男爵の言葉を要約すると、どうやら私兵はこの地域を守るので精いっぱいだったらしく、捜索に人員を割けなかったのだという。
 ここら辺でも大量発生の兆しがあるらしい。

 初めはそれでも、無理やり少し徴兵したり、冒険者ギルドに依頼を出したりしていたが、金銭的な余裕もなくなり、ついには一人で探しに行こうとしたが、さすがに止められたそうだ。

「この十二日間、まるで生きている気がしなかった。二週間しても見つからないようだったら、この領地を捨てようかと真剣に考えていたところだったんだ」

 よく見ると、パパさんの頬は不自然にこけているのが分かった。さっきは涙で気づかなかったが、ママさんの目元にも、クマがくっきりついている。

 パパさんは再び、頭を下げてきた。

「本当にありがとう。この恩は末代まで忘れないと誓う」
「いや、頭を上げてください。さっき言ったとおり、僕も二人には助けられましたから」
「それでもだ! 何かお礼をしたいところなのだが……」

 その顔は苦渋に満ちている。
 金無いんですよね、さっき聞きました。

「いいですよ。別にお礼目当てで助けたわけじゃないですし」
「……すまない。だがもし何かあったときは、ぜひ家へ来てくれ。小さな領だが、総力を挙げて君を助けよう」

 そう言ってもう一度、パパさんは頭を下げた。



 その後アレンに『俺の剣技を見ろ』だの『魔法教えろ』だのと散々絡まれ、パパさんたちにも泊まっていけだの観光地がどうのだと引き留められてしまった。
 中でもエレンがお菓子でワユンを釣ろうとしたのには、さすがに参った。しかもワユン、普通に釣られそうになってるんだもの。

 正直、少し後ろ髪は引かれた。
 でも、心配して待っているであろうヨナのことを考えたら、それはできない。
 それにエマさんのこともあるし、まだやることは山ほどあったので、結局振り切ることにした。



 アレン一家に見送られ、僕たちは町の外に来た。

「兄ちゃん!! 絶対また来いよ!! 今度は剣を教えてやるからな!!」

 ワイバーンに乗って飛び立つと、下から声が飛んでくる。

「はっ返り討ちにしてやるよ!!」
「なんだとぉおおっ!!」

 眼下には、大声を上げてはしゃぐアレンと、それをたしなめるエレン、その二人を囲むようにしながら手を振る両親の姿。
 その幸せな家庭を見て、ほんの少しだけ胸が締め付けられた。
 前に座るワユンが、少し身じろぎしたのを感じた。



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