女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

狡猾な冒険者30


「待て貴様ら!! 誰の許しがあってこんなことを……」
「何を焦る必要があるんですか? 僕が犯罪者だと決めつけるからには、相応の理由があるのでしょう? なら堂々と構えていればいいじゃないですか」

 焦ったように喚き散らすルーヘンを、ワイバーンの上から見下ろす。

「も、もちろんだ!! 貴様が薄汚くて卑劣な犯罪者であることに疑う余地はない!! だがそれとこれとは……」
「まず最初に!!」

 大声対決は、かろうじて僕に軍配が上がった。被せるように進行する。

「まず最初に、冒険者ギルド<プネウマ>支部の受付嬢、ハンナさん、お願いします」
「何勝手に進めてるんだ!!」
「お黙りなさい!!」

 キーンと、耳鳴りがした。さすがお母さんスキルカンストしてるだけはある。ルーヘンだけでなく、ざわざわとしていた聴衆まで静かになった。
 これなら、ワイバーン兄貴の黙らせスキルも出番なしだな。

 ハンナさんを除いて、僕たちはワイバーンから降りる。彼女がワイバーンの上で立ち上がれば、檀上の出来上がりだ。

 物理的な高さには、それなりに意味がある。注目を浴びやすいというだけじゃなく、無意識とはいえ、精神的な優位性も確保できるのだ。

 とりあえず冒頭を乗り切った僕をねぎらうように、ピクシーが頭を撫でてくる。
 人々の視線は壇上の美しい女性へ注がれていた。

 さて、ここはひとまず落ち着いて傍観できるな。それより、先のシナリオをちゃんと洗い直しておかなくちゃ。

 しかし予想に反して、ルーヘンは無駄にがんばる。

「き、貴様は暴行罪でギルドを追放されたはずだ!! 犯罪者に口出しする権利など無い!!」

 あ、ハンナさんキレたわ。

「はっ、暴行罪ですって!? 聞いてあきれますね!! あなたの私兵が装備も何もしていない一般人を、それもか弱い女性を斬り付けたことは暴行罪に当たらないのでしょうか? 人質に捕って散々いたぶるのは暴行罪じゃないのでしょうか? ここにいるオーワさんは右胸を槍で貫かれて生死を彷徨っていたんです、それは暴行罪じゃないの?」

 まくしたてます。
 ルーヘンが無理やり割って入る。

「でたらめだ!! 犯罪者の戯言など……」
「軽傷者八名!!」

 一刀両断。

「軽傷者八名。うち四名が顔面の打撲複数、三名が腹部ほか数か所の打撲、そして一名が刀傷……何を言ってるかおわかりでしょうか? わかりますよね。あなたが不当に拘束監禁したギルドの受付嬢および事務員たちの被害です!! 対して兵士が負ったのはかすり傷にも満たない軽い怪我だけです。哀れなか弱い女性たちは、突如現れた武装集団に襲われ、暴力を振るわれ、強姦一歩手前まで追い詰められました。それに対し素手の我々がとれたのは、一致団結してなんとか抵抗することだけでした。それでもかろうじて逃げおおせた私たちに、あなたは暴行罪だと!? ちなみに当ギルド長はすでにこの件の不当性を認め、私は現在、元の職場に復帰しています」

 まくしたてます、それはもうブチギレたお母さんの如く。強姦とか多少盛ってるけど誤差の範囲だろう。あぁいうのって、被害者がどう感じたかだろうし、事実、そう思ってる受付嬢もいるはず。

 ギルド長が一歩前へ進み、頭を下げる。
 ハンナさんは一呼吸置いたが、ルーヘンはその隙を突くことができなかった。
 まだまだハンナさんのターン。

「では次に、オーワさんにかけられた罪についての証言に移らせていただきます。まずオーワさんが貴兄の奴隷を不当に奪ったとのことですが、私は確かに、貴兄から奴隷を捨てるとお聞きしています。ちなみにその時の契約書はこちらになります」

 ハンナさんは契約書を掲げる。

「そんなものねつ造に決まってる!! 僕ちんはそんな契約書見たこともないぞ!!」
「まぁサインが本物か偽物かは調べればわかることです。これは後々、王都の警備ギルド本部にでも提出しましょうか」

 ルーヘンは明らかに、『王都』と言う言葉に反応した。
 おそらくここら周辺の警備ギルドならどうとでもできると思っていたのだろうが、王都の本部ともなれば、さすがに手は出しづらいのだろう。大貴族とはいえ、所詮三男だ。

「また、貴兄の奴隷を性奴隷として酷使したとのことですが、彼の彼女への対応は極めて真摯な物だったと記憶しています。この点に関しては、貴兄も知っての通り、<プネウマ>の住人に聞けば多くの方から証言が得られるでしょう」

 うぅん、証言はどうだろう。街中でがっつり土下座しちゃってるしなぁ。

「さらに貴兄の奴隷が魔人を倒したとのことですが、全くのでたらめです。当ギルドは貴兄が逃亡した後、奴隷とCランク冒険者一名の救助を彼に任務という形で依頼しています。これはギルドの任務記録に記載されています」

 びっしりと文字の埋まった紙を掲げると、ルーヘンは一瞬何か言いだそうとして口ごもる。
 おおかた、『それは破棄させたはず』とか叫ぶつもりだったんだろうが、そんなことすれば不正を認めるようなものだ、それくらいの分別はまだ、つくらしい。

「それもねつ造に決まってる!!」
「確かに、これは予備でしかありません。私個人が趣味で写していた、コピーです。まぁでも、写しを取っておいて本当によかったですよ。なにせ、本物は事件の翌日、何者かの手によって破棄されてしまったようですから。まったく、誰のいたずらでしょうかね? このコピーが無ければ今ごろ、本当に大変なことになってましたよ。私としては早急に犯人を割り出し、厳格に処すべきと存じますが、いかがでしょう?」
「――っっ!! し、知るかっ!!」
「まぁいいです。いずれにせよ、彼は彼女とCランク冒険者を見事救助してのけました。そのことを評価され、彼は現在Cランクに昇格しています。彼が二人をワイバーンに乗せて凱旋したのは、多くの人が知っていることであり、また救助されたCランク冒険者も、必要とあらば証人として召喚できましょう。
 私の証言は以上です」

 凛と言い切り、ハンナさんは一礼した。
 先鋒は圧勝だな。彼女を一番初めに持ってきてよかった。
 場の空気はほぼ掌握済み。ってか、下手したらハンナさんだけで勝てたんじゃないか? この勝負。

 ルーヘンはまだがんばる。

「ぜ、全部言いがかりだ!! 僕ちんを貶めるために結託しているだけだ!! この卑怯者どもめ!!」

 よくこの状況でそんなこと言えるよな。一周回って逆に尊敬するわ。

「この件に対する抗弁は以上でしょうか? では次に、<プネウマ>の町長、お願いします」

 なぜか司会進行をやっている原告、おうわ。僕ってまじ働き者。何やってんでしょうかね、まったく。

 気づけば、人だかりはさらに規模を増していた。
 都市の警備兵も、来てみたはいいが、ルーヘンが輪の中心にいるからか、ワイバーンが怖いのか、はたまたハンナさんの迫力に気圧されたのか、手をこまねいている様子だ。

 よかった。正直、警備兵たちが一斉に退去を命じてきたら、少し面倒なことになっていたと思う。
 もっとも、規模はどうあれやってることはただの口論だ。撤去しろなんて言われる筋合いはない。

「えぇ~、おほんっ。冒険者の町<プネウマ>の町長を務めさせていただいております、アントンと申します。皆様、どうぞよろしくお願いします」

 場の雰囲気もあるだろうが、慣れているというだけあって、堂々とワイバーンの上に立つ町長。
 あいつ、なんか勘違いしてないか? 自己紹介とかどうでもいいからさっさと始めろや。

「ここにいる皆様方はご存知と思われますが、冒険者の町<プネウマ>では、その名の通り多くの冒険者が精力的に活動しておりまして、おかげで国内でも有数の素材出荷量を誇っております。リビング・スパイダーの糸をはじめ――――」

 あぁぁ、もう!!

「すみません!! 町の宣伝とかより早く証言の方を!!」
「おぉっと、そうでしたな、つい熱が入ってしまいまして。とにかく、<プネウマ>では、良質な素材を低価格で提供しておりますので、皆様、是非一度足を運んでみてください。
 さて、本題ですが。
 ルーヘン殿!! 私は貴兄を許しませんぞ!!」

 急激にトーンが変わって、ゆるゆるに緩みきった空気が引き裂かれたようだった。
 ルーヘンでさえ、あまりの変化についていけず、ポカンとしている。

「貴兄は私の妻を、娘を人質に捕り交渉を迫るという、卑劣で最低な手段をとった!! 愛するプネウマの住人、しかも将来有望な子供と身内を天秤にかけなければならなかった私の苦悩が、貴兄にわかるか!? この際はっきりと申し上げよう。卑劣で汚い犯罪者とは貴兄のことだ!!」

 顔を完熟トマトのように真っ赤にして怒鳴り散らす。どうやら人がいいだけの町長ではなかったらしい。
 まぁそれもそうか、あれでも大きな町の町長だ。
 でもちょっと公の場で言いすぎじゃね? 大丈夫か?

 ルーヘンも負けじと言い返す。

「貴様不敬だぞ!! 一町長の分際で僕ちんに向かってそんなこと、父上が黙ってないぞ!!」
「もうその手の脅しには屈しませんぞ!? 私は、彼を見て、目が覚めたのだ! <ミスナー>を救い、多くの人を助け、権力者による卑劣な罠にも屈せずに戦い抜いているのだ、この年端もいかない少年が!! ましてや私のような大の大人が、権力になどどうして屈せようか!?」

 町長は、僕が如何にしてミスナーを救ったか、僕がどれほど町に貢献しているかを、それはそれは雄弁に語っていく。恥ずかしいので聞いてられないが、我慢だ我慢。
 でも町長、あんた脚色とか加えすぎだから。それもはや英雄譚みたいになってるから。
 魔人を正々堂々、真っ向から斬り伏せたとか、僕は勇者〇トかよ。申し訳ないけど空から一方的に爆撃しただけです。

「――――それに比べて貴兄はなんだ!! 父上の威光にすがって赤子のようにやりたい放題喚き散らし、上手くいかなければ金と権力と兵士を使って黙らせる……まったく、見下げ果てた下衆ではないか!! いいかね……」

 ――町長が、固まった。
 それだけで、空気が一気に冷めていく。

「面白い演説だな。続けたまえ、アントン君」

 低く、威厳たっぷりの声。
 冷めた空気の中、重く響き渡る。

 目線の先にいたのは、たっぷりと顎ひげを蓄えた、いかにも厳格そうな中年男性だった。その目は驚くほどに冷たく、体格の割にまったく贅肉の無い顔は、やつれているようにも見える。

 ベーゼ伯のご登場だ。一度も見たことがないのに、すぐにわかった。

「り、領主様……え、えぇとですね、これはその……」

 しどろもどろになる町長。
 おい、権力に屈しないうんたらかんたらはどこに行ったんだ。

 しかし、それも当然だ。ご高説はごもっともだったが、罵倒がよくなかった。最高権力者であるやつがその気になれば、不敬罪は免れない。
 油断した。まさかこんなにも早くご登場とは。しかも、ここまで影響力があるなんて。

 しかしルーヘンは、調子に乗るどころか青ざめている。
 ん? 味方じゃないのか?

「と、とにかく私が申しますのは、ルーヘン様が私の家族を人質に捕り、この契約を不当に結ばせたということです。これが契約書になります」
「そ、そんなものねつ造に決まってる!」 

 どちらも勢いを無くしているが、ややルーヘンの方が気張っているように見える。

 そのまま少しぐだぐだとした言い合いが続いたが、大きく出ることが出来なくなった町長に対し、ルーヘンが勢いを取り戻してきたところで、討論を終了させた。

 流れがよくない。
 ベーゼ伯はだんまりだが、存在だけで聴衆まで少し萎縮してしまってるようだ。

 次の各ギルド長も、相手が怖いからか、そもそも乗り気ではなかったからか、証拠を提示して簡単に証言するだけにとどまる。
 ルーヘンはすっかり調子を取り戻し、『ねつ造だ』『オーワによる陰謀だ』の一点張りだ。ってか何回ねつ造って言葉使えば気が済むんだよ。もう少しまともに抗弁しろや。

 けれど冷静に見て、聴衆は僕たちに味方している雰囲気だ。
 所詮ルーヘンが言ってるのは苦し紛れの戯言。そんなこと、火を見るより明らかだった。

 サクラを用意した、というのも大きいだろうが、常識人ならおおよそ事件の概要が掴めてきているはず。
 ハンナさんの熱弁と、町長たちの提示した証拠は、いずれも知らぬ存ぜぬでなぁなぁにやり過ごせるほど軽いものではない。

 でも、本当の勝負はこれからだ。
 ここまでは、決して裏切る心配のないメンツだった。誰もが僕に急所を握られていたし、僕に対する個人的な恨みを持ってるわけでもない。

 だけど残りの三人は、僕に恨みを持っている。特に糞冒険者二人組は、貴族が勝利した方が利益になるくらいだ。
 洗脳される。裏切ればワイバーンに食べられる。
 そんな恐怖でしばりつけてはいるが、この状況では洗脳魔法が使えないと知れたら、すぐにでも寝返るだろう。

 当初の予定では、すでに大勢は決していたはずだった。いや、ベーゼ伯さえ出てこなければ、確実に決していた。
 たとえベーゼ伯が出てこようと、もはや覆しようがないくらいには、叩きのめせてたはず。そして、今更裏切りようがないと思わせる手はずだったのだ。
 まさかべーぜ伯がいるってだけで、ここまで萎縮してしまうなんて。聴衆たちも、いまいち先日のようにはヒートアップしてくれない。

 落ち着け。まだ優勢だ。
 あとは最後まで、この空気が持つかどうか。
 考えろ。
 冒険者と奴隷商、どちらを先に証言させるか――

「ルーヘン様助けてくだせぇ!!」

 ――ノッポの叫び声が木霊した。

「俺たちはこの悪魔に脅されてるんだ!! 他のやつらだって騙されてる!! こいつは人の皮を被った魔人だ!! 洗脳魔法が使える!!」

 ほぼ同時に、チビが喚き散らす――二人は駆け出していた。

「なに言って――」
「あの二人を保護しろ!!」

 駆け出していったチビとノッポを、ルーヘンの指示で私兵たちが匿う。あたかも、魔人である僕から二人を保護したかのように。
 裏切り――しまった油断した!!

 ルーヘンが二人に向かって歩み寄りながら、さも同情したように声をかける。

「怪我はないか君たち? 魔人に脅されて、さぞ心細かったろう? でも僕ちんがいるからには、もう大丈夫だ! 君たちには指一本触れさせない!」
「ルーヘン様! あ、ありがとうございます……本当にありがとうございますっ!!」

 ノッポがその言葉に、涙を流しながら首を垂れるという、迫真の演技で応じた。いや、事実かなりの恐怖を与えていたのだ。これは演技じゃなくて、心の底から出た言葉だったのだろう。

 ――間違いない。繋がっている。
 でも、いつだ? 昨日か? でもシャドウは特に不審な点を見つけられなかった――
 いや、シャドウだって万能じゃない。いくらでも隙くらいつけるじゃないか。例えば手紙、例えば執事を通して――?
 こんなところで、なんて詰めが甘いんだ!
 寝不足、疲労、極度の緊張。
 無意識のうちに、注意力が落ちていたか――

 ――どうする? 何とかしなければ。

「ちょっと待て!! 何適当なことぬかして――」

 僕の言葉を無視して、あちらでチビが進言する。

「でもあいつは、本当に凶悪な力を持っているんですぞ!? 危険です!!」
「大丈夫だ! 優秀な兵と僕ちんの力をもってすれば、魔人なんて恐れるに足りん! おい貴様!! 善良な一般人を捕まえて脅すとは、最低の屑だな!!」

 勇者もかくやと言うほどの大見えを切り、僕へ矛先を変えてきた。
 お前が言うな屑!!

「善良な一般人だと!? そいつらはもともと冒険者狩りをしていた犯罪者じゃないですか!! さっき警備ギルドのギルド長が示した通り、証拠もある!!」
「はっ、それがそもそも間違いなのだ!! 聞けば彼らは、貴様らの証言だけで犯罪者に陥れられたらしいじゃないか!! 明確な証拠も無しに刑に処されるなど、どうせその時も今回同様、誰かしら洗脳してたんじゃないのか!?」
「洗脳洗脳って、そんな都合のいい物あるわけないだろうが!!」 
「普通の人間だったらの話だろう!! 魔人である貴様ならその程度容易であろう!? さぁ、君たち!! 脅しに屈せず、勇気ある一歩を!! 僕ちんが必ず守ってやろう!!」

 ルーヘンの目が奴隷商を射抜く。
 見抜いている、一番不満なのは誰か。
 やつは、予想をはるかに超えて狡猾だったのだ。

 これ以上はまずい!!
 奴隷商とルーヘンは、商売仲間だ。
 金払いのいい客と商人という関係でもある。
 ここで奴隷商が裏切るのは明らか。そうなれば、さらにつながる警備ギルドのギルド長までもが裏切る可能性まで――
 阻止しなければ!! でもどうやって!? ルーヘンに王の力を? ダメだそれをすれば洗脳を肯定することになる! 奴隷商に声を? かけられるわけがない! 脅迫を認めるようなものだ!

 一瞬脳裏に、ドミノが崩れていくイメージが浮かんだ。崩れ始めたら、止まらない――

 ――手が、やわらかくきゅっと握られた。

「オーワさん、わたしに、勇気をください」
「ワユン?」

 顔を向けると、目が合う――固くなりながらも、ほんのちょっと、微笑みを返してきた。
 ――何を? 
 ワユンは跳躍して、ワイバーンの上に飛び乗った。

「いい加減にしてください!!」

 少女の甲高い叫び声は、喧騒を引き裂いた。
 誰もが彼女へ注目し、沈黙する。動き出そうとした奴隷商は、軽い前傾姿勢で器用に固まり、首だけでワユンを見上げていた。

 大きな目を涙でいっぱいにし、わなわなと震えながらも、ワユンはルーヘンを睨みつけた。 
 ルーヘンは一瞬怯んだ様子を見せるも、ふっと一笑する。

「黙っていろ奴隷風情が!!」
「うるさい!!」

 やつの怒声は、圧倒的に鋭い感情に貫かれ、霧散する。
 ルーヘンは口を開いたまま固まった。

「あなたはどこまで私を苦しめれば気が済むの!? ちいさいころにあなたの奴隷になってからずっと、地獄だった!! ちょっと嫌なことがあればすぐ怒鳴り散らして暴力振るって!! お腹を、胸を、顔を殴られるのが、どれだけ痛いかわかるんですか!? 鞭に、針に、ナイフに傷つけられた後、残った傷跡を見て、女の子がどんな気持ちになるか、考えたことはありますか!?」

 あのワユンが、髪を振り乱し、涙を振りまきながら、悲鳴を上げている。
 こんなのは、初めてだった。

「あなたに身代わりにされ、多くの魔物に囲まれたとき、私は逆にうれしかったんです。あぁ、ようやく解放されるんだって。こんな冷たい世界、もう嫌だった!! たくさんだった!!
 ……でも、オーワさんに、彼に助けてもらって、いろんな光景を見せてもらって、生まれて初めて楽しいって思えて、世界は変わりました。この人と生きたいって、そんなふうに思えたんです。
 彼は私みたいなのを、一人の人として、扱ってくれた。私みたいなののために、悩んでくれた。彼は、私を解放してくれると言ったんです。信じられませんでしたが、でも一緒に行動するうち、紛れもない本心だったって、気づいたんです。そしてようやく、過去の、悪夢から解放される時……」

 一転トーンを落とし、語りかけていく。声はやさしげで、なぜか温かい気持ちになるものだったが、しかしよく通った。 

「あなたが現れました。まるで悪夢だった」

 直後、声は底冷えするほどに冷たく、憎悪を孕んだ。

「あなたは私の友達、そして彼の大切な人である少女を人質に捕った!! こともあろうに、一度捨てた私の所有権を再び主張して、彼を犯罪者呼ばわりした!! 挙句の果てに彼に致命傷を負わせて……あの時の絶望がどれほどのものか、あなたにわかりますか!! 
 それでも彼は、自分の命など顧みずに、血反吐を吐いて力を振り絞り、最後の最後まで私たちを助けようとしてくれた……あなたの兵に叩きのめされて、薄れていく意識の中でも、そのことだけは分かった。それを、その英雄的行為を、あなたは鼻で笑ったんです!! 醜い悪あがきだと!!
 そのあとあなたに連れて行かれた私は、再び地獄へ叩き落されました。そしてあなたはまた、私を引きずり込もうとしている!!
 どうせそこの冒険者たちも、ここにいる人たち同様お金で買収したんでしょう? 権力で脅したりもしたんでしょうか? 何もできないから、金と権力に頼る。あなたはずっとそうでしたからね。一人の女を囲うために、どれだけのお金と兵隊さんをつぎ込めば気が済むんですか!! どれだけ罪のない人を犠牲にすれば気が済むんですか!!」

 ――牙。
 一瞬、ワユンの放った何かが、オオカミの顎に見えた。
 ルーヘンの喉笛に噛みつき、引き裂く――

「もう放っておいてください!! 嫌なんです!! 痛いのも熱いのも怒鳴られるのも辱められるのも嫌!! 鞭で叩かれるのも斬り付けられるのも刺されるのも全部嫌!! 大っ嫌いなんです!! あなたの全てが死ぬほど嫌いですっ!!!!」

 大絶叫が止むと、ワユンの荒い息つぎだけが残った。
 誰も二の句を継げずにいるなか、喉元に噛みつかれたルーヘンが、それでもよろよろと声を上げる。

「そ、そうか、お前またやつの奴隷にされたんだな? かわいそうに、無理やりそんなことを言わされるなんて……」
「そんなわけないでしょう!! 私は彼のおかげで、もう自由なの!! これが……」

 ワユンは、シャツのボタンを外し始めた。
 ――何を?
 それを見たルーヘンが、とたんに焦りだしてわけのわからない声を上げている。

「証拠です!!」

 ワユンは、左手でシャツの左半分をはだけた。
 右手で局部をかろうじて隠しているものの、美しい肌ときれいな乳房は、ほとんどすべて大衆のもとに晒されている。
 彼女は涙目になって、顔を真っ赤にして、震えていた。

「ワユンッ!! 何やって――」
「皆様ご存知のように、奴隷印は奴隷の左胸、心臓の位置に刻まれます!! ご覧のとおり、私にはもう奴隷印が刻まれていません!! 私はもう奴隷じゃない!! あなたにも、彼にも、私は束縛されない!! だから何度だって言ってやる!! 嫌い嫌い嫌い!! あなたみたいな人、大っっっ嫌い!!!!」

 泣き叫ぶようにして、ワユンはとどめを刺した。
 静寂。
 食らいついた顎は、ルーヘンたちの喉笛を食いちぎったようだ。

 僕はすぐさまワイバーンの上へ駆けあがり、抱くようにしてワユンの体を隠す。牙を持ち、勇ましく巨大な敵に食らいついた彼女は、怖いくらいに頼りなく、肩を震わせていた。

「ひくっ……うっ……」
「ありがとうワユン。本当に、よく、がんばってくれた」

 嗚咽交じりにこくこくと頷いて、ワユンは服を直す。

「せっ洗脳だ!!」

 背後から、ルーヘンの断末魔にも似た言いがかりが飛んできた。
 まだやる気なのか。
 僕は頭だけで振り返った――

「ふざけるな!!」

 ――聞いたことあるような声が、大衆の中から飛んだ。
 ナンパ君のものだ。それを引き金に、波紋は一気に広がっていく。

 瞬く間に、大暴動が起こった。
 千は優に超える人々がルーヘンらを取り囲み、一斉に騒ぎ立て、物を投げつける。
 数十の衛兵など、もはや物の数ではない。
 ルーヘンなど、べーゼン伯の威光など、圧倒的な数を前にただ蹂躙されるだけだ。理不尽なまでの力。もはや彼らの声は、全く聞こえなかった。

 ほっと息をついて、同時に少し、ため息も漏らす。

 どうやら僕は、とんだ茶番をしていたみたいだ。騙し騙され、散々駆けずり回って小細工を弄したが、そんなことしなくても、ワユンは立ち向かえたのだろう。結果は、変わらなかったはず。

 結局、人を動かすのは感情だったのだ。いくら理屈をこねくり回そうと、感情には勝てない。一見論理が破たんしているように見えても、人は勝手に正当化してしまう。

 そして人の感情を動かすには、天性のものが必要になってくる。ワユンにはそれがあった。そして僕には、それが無かった。
 王の力なんてものを使い、人の心を踏みにじり、強制しなければ、人を動かせない。

「オーワさん?」

 表情に少し出ていたのか、それとも勘によるものか、ワユンが心配そうな声を上げる。

「……いや、何でもないよ」

 かろうじて絞り出した声には、かすかな違和感。

 ――ワユンが、手を伸ばしてきた。
 その手はゆっくりと近づいてきて、僕の頬をそっと撫でた。

「オーワさんのおかげですよ。わたし、ヨナさんやハンナさんから聞いてたんです。オーワさんがどれほど必死になってくれているか。ここ数日、ほとんど寝ずに、ずっと戦い続けてくれていたんでしょう? でなければ、これだけの証拠は、揃えられなかったはずです」
「でもそれは、僕の汚名を灌ぐためだし……」

 苦々しげに言う僕に、ワユンはにっこりと笑いかけてくれる。

「いいえ、嘘ですよ。だって、オーワさんなら、犯罪者のままでも生きて行けたはずです。それだけの力があれば、もっとやりたい放題できたはず。でも、それをしないで堪えてくれていたのは、ヨナさんとわたしのためでしょう? この場を整えてくれたのは、わたしのためでしょう?」

 喧騒が聞こえなかった。
 僕の耳は彼女の声だけを聴いていた。

 まぁ、ワユンがそう思ってくれてるのなら、それでいいか。

 ちょっとした痛みと、ほんのかすかな甘みを噛みしめて、僕は最後の締めにと、踵を返した。



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