女顔の僕は異世界でがんばる
狡猾な冒険者 25
酒盛りです。見知らぬ男どもとまさかの酒盛り。
いやいや、みなさん商人さんなだけあって、とても話がお上手で、楽しいんですよ? 本当に。ただまともに受け答えできてないのは、ただでさえ人見知りなのに、女装しているせいでそれをさらにこじらせちゃってるわけなんです。
なぜ酒盛りかと言うと、結局あの後伯爵亭に押しかけた僕たちは、伯から多額――五十万Gほどの賠償金をせしめたから。
内訳……ハンネ(僕)への賠償三十万、ほか負傷者十名(軽症)への賠償二十万。
多いんだか少ないんだかよくわからないけど、商人たちの反応からするとかなりの額らしいので、とりあえずはこれで『今回は』手打ちにした。まぁ歯ぎしりしながら頭を下げるルーヘンなんてのも見れたしな。
僕は助けてもらったお礼に、賠償金の山分けを申し出たが、断られてしまった。なので代わりに紹介された酒場で、全員にお酒をおごることにしたのだ。
何がうれしいんだかわからないけれど、彼らの反応からするにこちらの方がよかったらしい。
ちなみに軽症者は治癒魔法で治癒しました。驚かれたけれど、あの程度ならレベル一でもなんとかなるレベルだったから、それほど怪しまれてはいない、と思う。
酒のネタは、貴族に勝ったこと。
でも、正直僕は納得していない。
ベーゼ伯は、結局姿を見せなかったのだ。仮にも息子が関係している事件なのに、代理が出てくるってどうよ?
まぁ、すぐに金出して黙らせてくるあたり、さすがの手腕だとは思う。それで思ったよりもずっとこの件は広まらなかったし。明日には人伝に伝わってるだろうが、事後の情報じゃインパクトにもかける。
どうやらベーゼ伯自体も、相当ねじくれた性格していらっしゃるようだ。親が親なら子も子もってこと。
二十時ごろ、少し早めに僕は上がらせてもらった。
酔った男に囲まれ貞操の危機ってのもそうだが、まだまだ作戦は序盤だ。『オーワ』の汚名を晴らさなければ、いくらルーヘンを貶めようと勝利じゃない。
ナンパ男君? 笑顔でお礼してサクッとお別れしてきました。いや、感謝してるけど、さすがに菊は捧げられません。ハンネ、なんて罪作りな女なの! ……おぇええっ!!
住宅街の端まで行き、誰も追って来ていないことを確認した後、アプサラスを召喚した。
さてと、姑息な作戦を始めますか。
『城壁のありとあらゆるところに、『三日後の十三時、中心街で面白いものが見られる』って書いてきてくれ。ただし、書いてる姿は誰にも見られないようにな』
うなずいて、ひゅんっと飛んで行くのを見送り、僕は町の外に出た。
ワイバーンに乗ること二時間。プネウマに到着。
シャドウとピクシーを再召喚し、ノームに抜け道を作らせて、町の中へと潜入した。
まずは町長宅を襲撃する。
シャドウをあらかじめ潜入させた結果、思ったとおり、彼は娘と自分の寝室の前に、警備兵を配置していた。
どうやら『誰かに監視されている』と思わせることが出来たらしい。今頃布団の中でぶるぶる震えていることだろう。
さてと、ここからが一番難しいところだ。
黒の外套を羽織り、シャドウをまとわりつかせることで背丈を水増しする。これだけあれば、とても『オーワ』には見えないはず。シャドウマジ便利。
扉を錬金術で開錠し、静かに階段を上る。
そして部屋と警備兵を確認して、王の力を使い、勢いよく飛び出した。
警備兵には王の力を使っているとはいえ、まだ命令はしていない。しかも今の僕の武器はただのダガーだ。
けれどこの程度だったら、なんとかなるだろう。
伊達にリュカ姉やワユンを相手に立ち回ってはいない。
やや押されつつ、形勢を維持。
――そろそろいいだろう。
僕は作戦の成功を確信して、屋敷から脱出した。
やったことは単純だ。
村長の部屋の前の警備兵に王の力を使い、ダメージを与えて、撤退。警備兵が襲撃者――僕をどう思ったかはわからないけれど、王の力で、なんとなく『ルーヘンからの刺客である可能性が高い』と思わせる。
もっとも、外見からして僕には見えないし、日中監視されていたということから、僕よりも他の可能性を勘ぐる方が自然だ。犯罪者がわざわざそんな危険なことするはずない。
何より、オーワなら召喚獣を使うはず。ワイバーンが出てくればひとたまりもないのだから。
よって、オーワと言う線は完全になくなる。他に何かやらかしてないなら、一番あり得るのは刺客だろう。
用済みだから? あるいは証拠を盗られたから? もしかしたら、逃げ出したオーワに更なる罪を被せるための生贄に?
きっと、町長はそんな不安でいっぱいだろう。見知らぬものに命を狙われるという極限状態は、妙な思考回路を生み出してしまう。その町長から事情を聴いてるであろう警備兵も同様。
たぶん、推論に無理はないし、強制されたと感じることもなかったはず。
町長もおそらく起きてるから、僕の姿を見たと思う。
巨漢にも見えるシルエットは、さらに彼の恐怖を煽るだろうし、襲撃者とオーワは別人であると思い込ませられる。余裕があれば後々、町長にも王の力を使って、思い込みをさらに強化してやろう。
ここで、先日の幼稚な実験が生きてくる。
僕には町長の命を奪うことが出来た。にもかかわらず、町長は酔っぱらわされただけだ。きっと町長は、『オーワは力を持っているが、人の命を奪うなんてことはできない、甘い男』と思っている。
たとえ無意識だとしても、きっとどこかでそう思うはず。
あと二件、同じことを繰り返すだけだ。
慎重に、気を引き締めてかかろう。
午前三時。
ようやくお宅訪問を終え、僕は一度ハンナさんのもとへ戻った。
さすがに限界だ。眠すぎる。それに明日、いや、もう今日か。今日はオーワとしてジラーニィに行ってこなきゃならない。
あたかも逃亡中のふうを装って、目撃情報を出しておくのだ。それでアリバイは完璧。
なにより、あの糞冒険者どもにも用があるし。
ハンナさんはなぜか起きていた。聞くと、『なんとなくそろそろだと思ってた』そうだ。預言者かよ。母さん並に鋭い。
ワユンはまだ目が覚めていないそうだ。
心配したが、疲労によるものだからしばらく寝てれば大丈夫、とのこと。
嘘つくメリットはハンナさんに無いので、本当なんだろう。
ベッドに入ると、恐ろしい速度で意識が落ちていった。
翌日の昼。
僕はハンナさんに魔改造を解除してもらい、オーワとしてジラーニィに潜伏していた。
ジラーニィは鉱山の麓にある、プネウマより幾分こじんまりとした町だ。冒険者ギルドもあるが、主要なのは鉱山からの採掘物となっている。
鉱員(鉱夫は現在使われていない)と冒険者の違いはほとんどないから、あまり冒険者の町と違いは無いんだけどな。
荒れているというか、多少粗雑な雰囲気の町の外れでシャドウを再召喚する。プネウマでの仕事は、ピクシーに任せることにした。
シャドウを召喚した理由は、糞冒険者どもを探してもらうため。やつらのことはよく覚えてないけれど、シャドウの速度ならこの町全域の捜索くらい軽いだろう。
シャドウさん、いつもお世話になってます。
でも、やつらも冒険者だ。
町にいない可能性の方が高い。その場合、物乞いでも釣って、ギルドへ聞きに行かせるか。
話しかけんの嫌なんだけどなぁ。
しかし予想に反して、やつらの居場所は簡単に見つかった。
移動すると、昼間っから酒場で酒を飲み騒ぐ二人組が見つかる。
いいご身分だなこの野郎。ルーヘンにお小遣いでももらったのかい?
王の力発動。
ノッポを操り、移動させる。
「お、おいっ! どうした?」
よしよし、チビの方もついて来たな。
それを確認して、僕は町の外へ出た。
人目につかなそうな近くの林に移動した。
早速ワイバーンを召喚し、錬金術の準備をして、二人組を待ち受ける。
少しして、まずはじめに姿を現したのはノッポだった。遅れてチビがやってくる。
「おい、こんなところに何があるって……」
「久しぶりだね、屑野郎」
我ながら似合わないセリフだ。けれど効果はあったようで、こちらを見るなりチビはみるみる青ざめた。
「な、なななんでてめぇがこんなところに!? ぐぁっ!?」
質問には答えず、錬金術でサクサクと二人を拘束した。いやだって、なんでわざわざ質問に答えてあげなきゃならないのさ?
雑魚は黙って言うこと聞いててください。
「ちきしょう!! なんだこれはっ!? おい糞ガキっ!! ぶっ殺されたくなかったらさっさと」
「グォオオオっ!!」
「ヒィッ!!」
口うるさいチビを黙らすため、とりあえず兄貴に吠えてもらった。
ヒィッてなにそれウケる。
喚く子を黙らすことに定評のある翼竜です。
すっかり小さくなって、いまや豆粒のようなチビの頭を踏んづける。
「すっごく大変だったんだよ? 身に覚えのない罪着せられて、犯罪者扱いされてさ。挙句の果てに公開処刑って、意味わからないよね。ねぇ、そう思うでしょ?」
「ぐ、ぐぅ……しっ知るか!! 俺たちのせいじゃねえ!!」
――スキル<怪力>発動。
ミシミシと音がするのにもかまわず、全力を籠めて踏みにじる。
「そうだね、一番よくないのはルーヘンだ。でもさ、君たちも一枚噛んでるよね? そうでしょ?」
「ぐぎぃぃいやめっやめろ死ぬ!!」
いやいや、何言ってんの?
「いやさ、僕の大事な仲間がさ、女の子なんだけど、死ぬほどつらい目に遭ったんだよね。だからさ、ルーヘンのバカは当然殺すとして、あと二、三人は殺さないと、気が済まないというか」
「――っ!!」
まぁこいつらにも役目はある。
でも、他の人たちに比べればそれほど重要ってわけでもないし、こいつらにはリュカ姉の時と言い散々恨みが溜まってるから、最悪処分でも構わないかな、なんて思ってたり。
まぁ一冒険者だしな。突然消えても事故で済まされるでしょう、たぶん。
なんて考えが通じたのかどうか、チビは完全に委縮してしまった。
「まぁでも、僕は優しいからね。ちゃんと公共の場で罪を認めて、ちょっと僕に協力してくれれば、牢屋に戻るだけで許してあげようかな、とも思ってるんだ」
「ろ、牢屋にだと……?」
「当たり前じゃん。お前らリュカ姉にあんなことして、懲りずにまたこんなことしたんだ。むしろ以前の罪だけで許してもらえるだけありがたいと思わないのか?」
力を籠めて、踏みます踏みます。
「あぐぐぐっ!!」
「あぁもうめんどくさいや。ワイバーン、餌だよ。召し上がれ」
そう言うと、ワイバーンはばりばりメンチ切りながら顔をチビへ近づけた。
「わわわかった!! 何でも言うこと聞くから!!」
「聞くから? き・き・ま・す・か・ら、でしょう? 敬語も使えないの? バカなの? 死ぬの?」
再び踏みます踏みます。あと四回踏んだら1UPです。どうしよう?
「あぐぅうう。い、言うこと聞きます!!」
「本当に?」
「あぁ!! 本当だ、です!!」
足を外すと、チビがほっとした顔になる。
なんとなくムカついたから蹴飛ばした。
「がっ!? な、何しやが……」
「嘘でしょ?」
「――っ!!」
チビは絶句した。
「まぁ嘘でもいいんだけどね。知ってると思うけど、僕には洗脳魔法があるからさ、嘘ついたらこいつみたいになるよ?」
チビの隣では、ノッポが狂ったように地面に顔面を叩きつけていた。一瞬垣間見える顔に、すでにもとの面影は無い。
「やっやめさせてくれ!!」
「いやいや、さっき言ったよね? あと二、三人殺さなきゃ気が済まないって。なんかイライラしちゃったしさ」
ワイバーンの鼻頭を撫でながら言う。
長い逡巡の末、
「くっ……すみませんでした」
「え? なんて?」
「すみませんでした!! 私たちはあなたの言うことに従います!! だからやめさせてやってくれ!!」
チビは頭を下げた。
うーん、どうしよっかなぁ。正直まだやり足りない感はあるし、1UPしてないし。
まぁいいか。これから扱き使ってやるんだし。ボロ雑巾の如く使い倒して牢屋にぶち込むだけで許してやろう。
僕ってマジ聖者。
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