女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

狡猾な冒険者22


「これはどういうことですか、ハンナさん?」

 事を終えて早朝、ハンナさんと待ち合わせた僕は、僕史上最大の怒りを覚えていた。
 糞ルーヘンのあれは怒り通り越して殺意だったからノーカン。

 ハンナさんの隠れ家は、町の外にあるらしい。まぁ、あのワイバーンを匿っているんだから、それは当然なんだけど。
 門の外へ出るには、以前言ったとおり、深夜の場合少し面倒になる。
 そこで早朝、門が開く五時を狙うらしい。
 けれど、それだけではまだ警戒が不十分だという。
 この世界の朝は早いから、五時とは言え既に活動を始めている人がいるのだ。

 そこで、ハンナさんが出した提案がこれだ。

 僕はひらひらした、白いワンピースを着ていた。
 小股がすーすーして心もとない。
 僕、女の子になっちゃいました、てへ。……死にたいマジで死にたいというか一思いに殺してください誰でもいいから。

「お似合いですよ、オーワさん!」
「殺しますよ?」

 僕を真剣な表情で言葉巧みに誘導したハンナさんは、さっきと打って変わってものすごくうれしそうな表情をしていた。絶対私情入ってるだろ。
 くそ、さっきまでじっと睨みつけてきて、

『あなたは本当に危険だということを自覚しているんですか? ここで捕まればワユンさんは一生助けられないんですよ? あなたは彼女の命と自分のプライド、どっちが大切なんですか!』

 なんて説教垂れてたくせに。感動したんだぞ? 僕の感動返せや。

 まぁ、変装と言う意味では、女装ほど適したものもないだろう。誰もこんな格好の僕を、『非道な犯罪者オーワ』だとは思わないはずだ。
 だからワユンを救うまでは、我慢するのもやぶさかではない。たとえこの格好が、過去のトラウマを抉るとしてもだ。

 強さを求めて、意を決した柔道部への体験入部。歓待されて、初めて仲間が出来たと思った入部初日。僕は部室に連れ込まれ、女装させられて……。

 地面が揺れた。
 いや、これはめまいだ。
 うっ、吐き気まで……。

 反射的に生命の危機を感じて、僕の思考は強制的に終了した。

 それに、百万歩位ゆずって女装はいいとしても、こんなフリフリのスカートである意味は全くない。どこのお姫様スタイルだよこれ。
 いかん、吐き気がしてきた。

「あぁ、こんな妹が欲しかったんですよねぇ……」
「おい、本音漏れてるぞコラ」

 ハンナさんの漏らした本音に、僕も思わず外交用の仮面(敬語etc.)を取り払い、本心をぶつけてしまった。こんなことは滅多にない。
 がしかし、剥き身の殺気にも彼女が怯む様子はない。ハンナさんは僕の怒りをスルーして、真面目な表情になった。

「さていいですか、オーワさん。あなたはお忍びで観光に来た、内気な貴族のご令嬢という設定です。私はその姉。
 声を出すとばれる可能性があるので、あなたは一言もしゃべらず、ただ頷くか首を振るかしてやり過ごしてください」
「……はい」

 どうやら抵抗しているうちに、いつのまにか一時間経ってしまったらしい。ここまで計算していたというのだろうか。

 ハンナさんも僕とほとんどおそろいの服を着ている。髪型も、いつもの茶髪ボブから黒髪ロングに変わっていて、パッと見で彼女とはわからない。
 もともと彼女の造形は整っている。加えてワユンの大改造からもわかるとおり、センスもいい。
 いつもの味気ない制服ではなく、このようにしっかりとした衣装を着れば、見目麗しい貴族のご令嬢に早変わりするのは当然と言えた。

 ちなみに髪型は、落ち合った時に尋ねたところ、魔法を使って変えたそうだ。ついでに言うと、僕の髪の毛と睫毛も魔改造を受け、女の子のように長くなっている。
 どんな魔法だよ。聞いたことないぞこんなの。

 
 門は難なく潜れた。
 いや、全く事件が無かったわけじゃない。
 案の定というか、怪しんだ看守に止められたのだが、ハンナさんが少し色目を使いつつ、簡単に説き伏せてしまったのだ。

 しかし、怪しんだ理由が『こんな早朝に貴族のご令嬢が揃ってお出かけとはおかしい』ってどういうことだよ。いや、当たり前と言っちゃ当たり前だけど、その前に僕を怪しめよ。男だぞ?
 女装がばれなかったことは喜ばしいことのはずなのに、素直に喜ぶことはできなかった。



 ハンナさんの隠れ家は、門を出て東にある、例の奴隷商の館がある森の中にあった。

 隠れ家と言っても、別荘みたいなものだ。
 森の中にそこだけ芝生でできた平地があり、ポツリとかわいらしいお家が建っている。芝生の上では気持ちよさそうにワイバーンが寝そべっていた。

 明らかに異常だった。
 おかしい。
 なにせ奴隷商から逃げ出した時、それにこの森で狩りをした時をあわせれば、僕はほぼ森の全域を探索していることになるんだから。
 それにこの森がいくら広いと言ったって、駆け出しの冒険者たちがこぞってやってくるんだ。いくらなんでも、今まで公になっていなかったはずがない。

 ハンナさんは、僕の質問には企業秘密だと言って、答えてくれなかった。いよいよ信用していいのかわからなくなってくる。

 けれどそんな思いも、ベッドの上で横になるヨナを見たら吹っ飛んだ。
 慌てて駆け寄ると、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえる。

「良かった……」

 安心したら、思わずベッドの脇にヘロヘロと頽れてしまった。

 だめだ、安心するのはまだ早い。それはワユンを助けてからだ。

 へたりこんですぐ、持ち直そうとして、肩を抑えられた。

「え?」
「オーワさんも少しお休みになってください。あなただって、つい二日前に瀕死の重傷を負って、それから獄中生活。加えて徹夜となれば、相当疲れているはずです」
「でもまだワユンが……」

 見上げると、本当に心配そうなハンナさんの顔があった。それは母さんを思わせる表情で、僕は先の言葉を失う。

「どちらにせよ、日中活動するのは控えるべきです。<プネウマ>ならまだしも、<ハンデル>は敵のホームグラウンドです。それに相手は大貴族。戦力も半端じゃない。
 ここは安全ですから、まずはしっかり休息をとって、作戦を立て、それから移動しても十分今晩に間に合うでしょう。ワイバーンの飛行速度は速い、なんてことはあなたが一番よくわかってるはずです」

 確かに、そうかもしれない。
 今もワユンが苦しんでいると思うと、到底寝ることなどできそうにないが、それでも休息は必要だ。
 焦ることと急ぐことは違う。
 ここは万全を期すべき。

 僕が納得したのを感じとったのか、ハンナさんは優しく微笑んで、客間のベッドに案内してくれた。

「お昼前には起こしますから、安心してお休みください」
「ありがとうございます」

 お言葉に甘えて横になると、ハンナさんが手のひらを僕の目の前にかざした。

「では、いい夢を」

 その瞬間、まるで引きずり込まれるように、僕の意識は落ちていった。



 午前十一時。
 ハンナさんに起こされた僕は、ヨナとの再会を果たしていた。

「よかった……」
「はい。オーワさんもご無事で、本当によかった……それと……申し訳ございませんでした」
「へ?」

 涙をこぼして喜んだあと、ヨナは俯いて謝った。震えながらおずおずと謝る姿は、まるでいたずらをした子供が怒られている時のようだ。

「……私が人質に捕られたなければ、あんなことにはならなかったでしょう?」
「いや、それは……」
「それに私、人質に捕られたとき……自殺できなかったんです。私なんかのせいで、オーワさんやワユンさんが苦しむとわかってて。なのに私、死ぬのが怖かった……」

 自殺できなかったからごめんなさい。
 にわかに信じがたいことだけど、本心からそう思っているんだとわかった。ヨナの心の闇は、いまだ深い。
 けれどこの告白が本当だというのなら、僕にとってそれは、紛れもない幸福だった。
 いつぞやのように、僕はヨナの頭に手を伸ばす。

「いいんだよ、謝らなくて。今回のことは、警戒が甘かった僕のせいだ。ヨナのせいじゃない。
 それに、死ぬのが怖いってことは、いいことなんだ。喜びこそすれ、悲しむようなことじゃない。ヨナがそう思えるなら、僕はうれしい」

 死にたくないってことは、僕たちと一緒に居て幸せってことだ。それがどんなに微かなものでも、そう思ってくれるなんて、そんなうれしいことはない。

 まだヨナは、納得いかないような顔をしていたが、反論することは無かった。 



 少しの間ヨナの頭を撫で、落ち着いたところで、いよいよ本題へ移る。
 まずハンナさんから<ハンデル>に関する説明を受ける。

 商業都市と呼ばれる<ハンデル>では、西は<ジラーニィ>周辺を代表とする鉱山地帯、冒険者の町<プネウマ>、南は大農園、東は貿易都市<テオサル>などからくる物資のやり取りがされているらしい。
 そしてそこを中継点として、北にある王都<クレンピア>へ物資が運ばれる。

 王都以北には広大な土地が広がり、さらにずっとずっと北へ行くと魔大陸がある。魔大陸は人の領土よりはるかに広大で、斜め北西に伸びてこの星をぐるっと半周以上もする。
 南からも、広大な海を渡っていけばたどり着けるのだ。
 この星がどれだけ大きいかはわからないけど、地球と同じなら、ユーラシア大陸程度の大きさをイメージすればいい。でかすぎだろ。てか、世界が丸いってのは常識なのね。どうせチーレム勇者たちが広めたんだろう。
 とまぁ、北の方がよっぽど広いのだから、当然<ハンデル>より大きな都市はいくつかあるが、それでも、比較的安全な地域である以南を一括していると考えれば、いかに栄えているかわかろうというものだ。

 都市の税金を下げることで商業をうんたらかんたらとハンナさんは補足していったが、それはいまいち理解できなかった。

 とにかく、交易が盛んな大きい都市だということ。

「王都以南の主要な都市から商人や人が集まるところです。王都にも近く、やり取りも盛んに行われています。それはすなわち、情報の発信源でもあるということです。
 つまり、今現在、オーワさんはかなり広範囲に渡って罪人として認知されていることになります」
「うぅ……」

 胃が痛くなってきた。

「ワユンさんを連れ出すこと自体は容易でしょうが、今後のことを考えると、ただ連れ出すだけではまずいでしょう。まずは犯罪者の汚名を何とかして、それから法に則って取り返すのが……」
「でもそれだと、ワユンが危険です。ルーヘンの性格だと、自分の思い通りにいかなかった時奴隷にあたり散らすと思う。今回の場合、それが関係者でもあるワユンに飛び火する可能性は高いでしょう?」

 ワユンかわいいし。それに自分を裏切ったとかなんとか適当ほざいて、ルーヘンは虐待を正当化しそうだ。というか、すでにされてる可能性が高い。
 いや、されてるだろう。希望的観測は無しだ。
 くそ……あのときもっと上手くやれてれば。
 落ち込みそうになって即振り払う。

 ハンナさんは顎に手を当て、唸っている。

「それは、まぁ、そうでしょうが……ですがワユンさんを力づくで取り返せば、もはや汚名を返上することは叶わなくなりますよ? そしたら、待っているのは破滅です」

 この世界は厳しい。王国と敵対すれば、確かに、生きてはいけないだろう。いくら僕だって、そんな状態でヨナとワユンを守っていけるなどとは思わない。

「とりあえずワユンを保護して、それから汚名を灌ぐことはできないでしょうか?」

 我ながら難しいことを言っていると思う。ハンナさんでさえ、眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。

 王の力でルーヘンを操って、公的に否定させるというやり方も無いわけじゃない。ただ、いきなりルーヘンが豹変したりすれば、十中八九洗脳に気付かれるだろう。少なくとも異変には気付かれる。
 僕が脱獄して、すでに町長他数名に異常が出ている。まぁ、酔っ払い程度なら身内内で処理してくれるだろうから問題ないけど。
 しかしそれがルーヘンともなれば、話は別だ。異変に気付かれれば、それは僕と結びついてしまう。
 何より、一生操ってなどいられない。
 洗脳が解ければ、再び騒ぎ出すはず。

 実のところ、案はすでにあった。
 ワユンを救出した後、汚名を灌ぐ方法。
 けれどそれは、至極稚拙で、とても策などと呼べるものじゃない。加えて狡猾かつ卑怯で、面倒くさいやり方であったために、言い出しづらかったのだ。
 代案があれば、諸手を挙げて歓迎したい。
 けれど効果はあると、確信していた。

 沈黙が続くこと数分。
 僕は口を開いた。



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