女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

狡猾な冒険者20


「起きたか。おら、飯の時間だ」

 やってきた看守は、どうやら配膳係のようで、パンとスープ皿の乗ったプレートをワゴンにのせ、ガラガラと転がして来た。

「つっても、そんな格好じゃあな。ま、せいぜい犬みたく頑張って食えよ」

 牢屋に入ってきて僕の目の前にプレートを置き、ニヤニヤと笑う。見下す側はさぞ気持ちよかろう?
 ――王の力発動。

 王の力は、魔法じゃない。スキルとも少し違う。
 いってしまえば、僕の身体機能の一部だ。
 よほど弱り切っていて、相手と力差が開いていない限り発動できる。

 急に生気を失った男に質問していく。

「今は何時だ? あれからどのくらい経っている?」
「今は、午後十三時二分。お前が収容されてから二日経っている」

 二日か。その間何も口にしていなかったから、体がだるいのだろう。
 意思のない男に水と食料を世話してもらいつつ、質問を続ける。

「ここはどこだ?」
「ここはプネウマにある警備ギルド直轄の収容所」

 どうやら知らない場所に連れて行かれたなんてことは無いらしい。
 しかしおいしいな。パンもスープも粗末なものだし、何よりむさいおっさんに食べさせてもらってるっていうのに。
 足りなかったので他の囚人の分も合わせて三人分平らげ、ようやく一息ついた。
 どうやら極限だったようだ。
 他の囚人? 知るかよ。一食ぐらい我慢しやがれ。

 その後も質問を続けた。
 まず、今僕はどんな状況にあるかを尋ねた。
 結果はこうだ。

 僕の罪は多岐にわたっている。
 卑劣な手を使ってルーヘンを脅し、その奴隷を奪い、性奴隷として酷使した件。
 ルーヘンの奴隷が倒した魔人を、自分が倒したと詐称している件。
 もと奴隷の身でありながら、奴隷商のもとから脱走し、またそこに勤務していた看守十六名に重軽傷を負わせた件。
 身分を偽り、冒険者になった件。

 さらに驚いたのが、リュカ姉を窮地に陥れた例の二人組冒険者の言い分が通ったらしく、その罪が撤回されたという話だ。
 代わりに僕が彼らを襲ったということになっているらしい。

 また、僕とヨナは魔人じゃないかと疑われているそうだ。
 二人組の証言と、僕の召喚魔法の練度、それをルーヘンが大げさに吹聴してるってところか。
 それは噂でしかないが、愉快じゃないな。

 これらを併せて、僕は一週間後――すでに二日が経っているから正確には五日後に、公開処刑されることが決まっている。
 裁判無し。執行猶予無し。

 それにしても、奴隷だったこともそうだけど、あの事件まで持ち出してくるとは……まったく、よくそこまで調べ上げたもんだ。
 執念すら感じられるほど、徹底している。しかも、脚色に虚飾を積み重ねているとはいえ、結構な割合で事実であるから性質が悪い。

 死刑、かよ。
 いき過ぎていて、逆に危機感がない。
 それでも理解してくると、寒気が走った。
 目が覚めるのがもう少し遅くて、動けないほどに衰弱していたらと思うと、ぞっとする。
 少しめまいがして、僕は目を瞑った。
 くそっ……ある程度予想はしてたけど、にしても酷いな。

 少し間を開けて、質問を再開する。

 次にこの建物の構造、および警備態勢について。

 ここは警備ギルドの地下三階に位置していて、警備は昼夜交代制で行われているらしい。
 見回りは一時間に一回、決まった時間に行われていて、各階一人ずつ担当している。 

 地図と、僕を拘束している鎖のカギはこの階の看守室にあるとのことで、すぐに取ってこさせた。
 久しぶりに自由になった体をゆっくりとほぐしながら、さらに質問を続ける。

 僕の持ち物だが、巾着袋はまだ保管されているらしい。もっとも、その中から金銭や金になりそうな魔石はルーヘンが取り上げたらしいが。
 この男も本当かどうかは知らないようだが、警備ギルドや冒険者ギルド、さらにこの町のお偉いさん方には少なくない金が払われているという噂もあり、それに充てられたのではないか、とのこと。

 装備品に関しては、冒険者ギルドが引き取ったそうだ。ルーヘンのことだから、僕みたいな身分の者の装備には目もくれなかったんだろう。
 ギルドの方で、有望な冒険者にでもくれてやる方針なのだろうか。

「くそっ!!」

 悔しくて、思わず怒りを吐き出した。
 少なからず、あの装備品には愛着があった。
 特に防具は、リュカ姉にもらったんだ。巾着袋などの雑貨を除けば、母さん以外からもらった初めての贈り物と言える、数少ない大切な物の一つだった。

 でも幸いなことに、まだ売られてはいないようだ。それなら取り返すチャンスはあるはず。 

 巾着袋は、この建物の二階にある倉庫に保管されてるようだ。すぐにでも確保したいが、こんなところで看守なんかしてるこの男に取ってこさせるのは無理だろう。

 武器になりそうな片手剣を没収し、鎖を錬金術で鉄塊に変えた。
 鎖のうち、錬金術が通らなかった部分があったが、たぶんそれが魔力を封じていたんだろう。
 大層手厚く拘束してくれていたおかげで、鉄塊はボーリングの玉程度の大きさになった。めちゃ重いけど、とりあえずはスライムみたいに地面を這わせておけば、移動に問題はない。

 脱出するなら深夜だな。
 今からでも脱出することくらいはできるが、それで外へ出たとしても町には敵が多すぎる。
 急ぐのと焦るのは違う。失敗は許されないんだ。万全の態勢を整えて臨むべき。
 敵は大きい。一介のDランク冒険者である僕なんか、本来同じ土俵に立つことすら叶わないほどに。

 準備を整えつつ作戦を練って、夜を待った。



 しんと静まった獄中に、カツン、カツンと足音が響き渡る。
 看守が変わって六回目の巡回だ。看守の交代は十八時に行われるから、今はちょうど夜中の二十二時を回ったところか。
 異世界では十分に深夜と呼べる時間帯で、かつ僕にとってはまだ活動時間にあたる。
 頃合いだな。

 用済みになった看守はそのまま帰宅させ、一緒に連れて行かせたピクシーに拘束させた。
 王の力を解いたのはついさっきだが、今頃は家でおとなしく寝ていることだろう。

 王の力発動中も、支配下にある相手の記憶は残ってしまう。

 王の力は、正確に言うと洗脳ではなく、支配だ。一時的に『絶対に逆らえない命令』が下せるという感じ。

 当然その間の記憶は残るため、スキルを解いた後で、僕が何をしたか知られてしまうのだ。
 ただし、ある程度記憶の操作はできる。
 人間の記憶は、かなり曖昧だ。それも、自分の都合の悪いことに関しては特に。
 だから『脅されて、仕方なく協力した』と思い込むよう命令すれば、ほぼ百パーセント勘違いしたまま記憶してくれる。
 それに、念押しに使える策も、たぶんすぐに『創れる』だろうし。
 まぁ百パーセントじゃないけれど、さすがに、口封じに殺しなんてできない。

 王の力で操った看守に檻を開けさせ、僕はカモフラージュにと巻きつけていた鎖を解いて外へ出た。 

「頼む、シャドウ」

 操った看守を先行させ、安全確認させつつ、シャドウにつき従って進んで行く。

 この建物の地図はもう頭に入っている。
 加えて昼間のうちに、シャドウに建物内を巡回させておいたから、不慮の事故で看守を失っても、こいつについて行けば迷うことは無い。
 念のためピクシーとアプサラスを召喚して、準備は万端だ。

 暗がりの中、前を行く看守の明かりだけを頼りに、慎重に進んで行く。ピクシーには自分の明かりを消してもらった。
 脱獄はどうせばれることだから、戦闘になっても問題は無いけれど、できることなら事を荒立てたくなかった。
 冤罪とはいえ看守に怪我をさせたら、後々面倒なことになるだろうし。

 その甲斐あってか、とくに何事もなく地下の牢獄から抜け出せた。

 まずは二階の倉庫へ向かう。
 巨大な倉庫内には、犯罪者から没収したと思われる武器や装備品、それから犯罪者を拘束するための拘束具や拷問道具、さらには警備兵用の装備一式と、ありとあらゆるものが詰め込まれていて、操った看守がいなければ探すだけで夜が明けてしまうところだった。 

 せっかくだからいくつか武器の類も迷惑料としてかっぱらっておきたかったが、それをしたら後々犯罪者の汚名を払拭することが出来なくなってしまうのでやめた。
 今盗めば絶対ばれるだろうし。公には、汚いところが何もない男の子で通したい。


 次に向かうのはギルド長の部屋だ。
 ここへ忍び込んだという事実は、あとのことを考えると絶対に公にしたくなかったので、操っていた看守には業務に戻ってもらう。

 ギルド長室の扉の鍵は、魔法無効素材だった。しかし錬金術を使って、鍵穴に鉄を流し込み固めることで即席のカギを作り、中へと侵入を果たす。

 現在、二十三時五分。
 盗賊開始。
 カーテンと鍵をしっかり閉め、ピクシーに室内を照らさせた。

 まず探るのは、ルーヘンとの不正取引の証拠だ。
 法を無視した蛮行、加えてそれなりのお金が動いているのだから、少なくとも契約書くらいはあるだろう。

 あとは迷惑料。
 不正取引の証拠さえつかんでしまえば、こいつへの個人的な攻撃はいくらでもできる。それを盾に脅しをかけている構図。騒ぎ立てれば、こっちも公表してやる、どうせもうこれ以上失う物は無いのだから。暗にそう伝えるのだ。
 それに、たとえ僕がそれを口外せずとも『倉庫内の物品に目もくれなかった脱獄者が、なんでわざわざ最上階のギルド長室を訪れたのか?』という疑問が生まれる。
 こういう中途半端な権力者は、スキャンダルに弱い。
 だから思う存分やってやる。ネタを大量に手に入れて、散々利用しつくしてやるのだ。
 手を組んだからには、こいつもぎるてぃ。

 妖精二人と手分けして探ると、いかにもな金庫を発見した。しかし鍵穴がある以上どんな防護がかかっていようと無駄だ。
 錬金術を使って開錠すると、出るわ出るわ怪しい取引書。
 げっ、こいつ死刑囚を奴隷商に売りつけてやがったのか。ん? こっちは? なになに、女の子の名前だな。この子に冤罪かけて奴隷商に回して、それを自分に安く売らせたってことかこれ? 
 最低だな。
 中からヤバそうな契約書を片っ端から、それと今回の件に関係した物を抜き取り、あえて開けたままにして仕舞い込んだ。こいつにだけすぐにわかるような形だ。

 迷惑料の方だが、さすがに現金の類は置いてないようだった。
 しょうがないので部屋の飾りみたいになっていた高そうな片手剣と盾を没収し、こいつの現住所が書かれた手紙と宝石をいくつか略奪した。

 あぁ、そうだ。試したかった毒薬がいくつかあったんだ。
 さすがに致死性の物は使えないけど、お腹が痛くなる薬くらいは使ってみよう。

 机や椅子、ペンなどに塗りったくり、一見何事もなかったかのように整理整頓して部屋を後にした。



「女顔の僕は異世界でがんばる」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「冒険」の人気作品

コメント

コメントを書く