女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

狡猾な冒険者 13


 翌日、冒険者ギルドで討伐依頼を受注した後、武器屋にやってきた。

 最近は適当に大量発生地帯を巡っていたから、討伐依頼を受注するのは久々だ。
 じゃあなぜ依頼を受注したのかと言えば、ワユンの一人立ちのため、依頼を受けてから達成まで、一連の手続きを教える必要があったから。それに加え、ちゃんとパーティー組んでますよと、ハンナさんに見せつけるためだ。
 後者はただのあてつけだけど。

 それから、僕のCランク昇格が決まった。 
 ワユンを登録することは、まだできない。仮とは言え、まだ奴隷という扱いだからだ。
 それを差し置いてCランク昇格手続きをするのは、なんだかすごく居心地が悪かった。別に悪いことしてるわけじゃないのに。


 そんなこんなで、やってきたのは例の高級中古武具店。
 連れ立って中に入ると、ワユンがほぇぇと気の抜けきった声を漏らす。

「ワユンは魔法使えるんだっけ?」
「ふぇっ!?」

 おぉ、『ふぇっ』なんてぬかすか。
 唐突な萌えタームにちょっとどきりとする。少しでも容姿に陰りがあればすさまじい苛立ちを相手に与えるそれも、ワユンが言うと妙に似合う。 

「えぇっと、私は使えないですけど……」
「じゃああそこから選ぶか」

 そう言って、右角にある短剣コーナーに向かう。
 すると、慌ててついて来たワユンがおそるおそる声をかけてくる。

「えぇと、まさか私の……?」
「そうだけど?」

 当たり前だろう。
 ワユンは慌てていた。

「ちょっ、ちょっと待ってください! 私こんなお金返せません!」
「返さなくていいよ」

 そんなの期待してないし。
 ワユンはぽかんとする。

「へ? ……い、いいのですか? でも……でも私、とてもそんなに役に立てるとは思えませんよ? むしろ足引っ張っちゃうかもですしイライラさせちゃうかもですし戦い以外能が無いダメ人間なのに……」

 ワユンは、あわあわしながら自分のダメポイントをアピールする。過剰なくらい、次々と。
 とりあえずいつまでも続きそうなので遮ることにした。

「役に立つ立たないはともかく、二週間とはいえパーティーなんだからさ、戦力の底上げをするのは間違ってないと思うけど」
「うぅ」
「だとしたら、ワユンの装備を整えるのが第一じゃないか? 幸い僕はそれなりにお金持ってるし、高すぎるのはあれだけど、剣杖みたいに宝玉がつくわけじゃないから、たいして高くないしさ」

 最高でも、せいぜい五万Gってところだろう。
 それくらいどうということは無い。今なら一日で稼げる。

 今の僕は白金貨すら六枚も持っている。
 金貨もたくさんある。
 特注の防具だってリュカ姉に買ってもらったし、無駄遣いをほとんどしてないから、港町<ミスナー>を救った時の報酬とか日々の稼ぎとかが丸々残っているのだ。
 加えて、価値が高そうな魔石は保管してあるし、売ってない魔石も結構ある。

 それにワユンには申し訳ないけど、パーティーを組んでる間も、今まで通りすごく危険な大量発生地帯を巡るつもりだ。
 もちろん彼女の安全には気を配るけど、ある程度は武装してもらわないと僕も動きづらい。

 それでも遠慮が残るのか、ワユンは能力度外視でやたら安い物を選ぶので、四万G以上の一番高級な棚から選ぶように言った。

「そ、そんな……私、絶対役に立ちませんよ? いいのですか?」
「いいから」
「すっすみません!!」
「土下座禁止。それよりも、役に立たないと思われたくないんなら、一番使えるものを選んでくれ」
「はぃ……」

 まったく。なんで高い物買うのが罰ゲームみたいになっているんだ?
 まぁしょうがないか。

 少し考えれば、ワユンの不安はよくわかる。
 必要以上に与えられていると感じれば、その分見捨てられるのが怖くなる。それは僕も常々思っていることだ。
 さっきのやたら自分を卑下する言動だって、後々失敗したときに、相手の失望を少しでも和らげるためのものだろう。僕もよくやる。

 ワユンはたぶん、僕の気が変わらないように、気分を害さないようにと思って、こんなに気を張っているんだ。
 もし機嫌を損ねれば、二週間後、解放してもらえないかもしれない。
 そんな不安があるんだろう。
 生殺与奪は、僕に握られていると言っていい。

 いまだに必要以上に謝るのも、たぶんそれが一因だ。もちろん性格や習性のせいでもあるけど。

 謝るってのは保身と同じだしな。
 ワユンのことはまだよくわからないけど、処世術として謝りまくるっていうのは理解できる。間違ってるとは思うけど。

 だから、ワユンを責めることはできない。 
 気長にやっていくしかないな。

 最初は渋っていたワユンも、しばらくすると、徐々に目を輝かせて、実に楽しそうに、夢中で短剣たちを選び始めた。
 戦いを専門にしているだけあって、やっぱり武器とか好きなんだろうな。
 ふさふさした尻尾がぱたぱたと左右に暴れまわっているのを見ると、なんかこっちまでうれしくなってくる。

 これは時間がかかりそうだな。僕も何か見て行こうか。

 新しい武器は、すでにオーダーメイドを頼んである。
<マジョノケツルイ>(今の武器)に不満は無いけれど、それでもお金に余裕はあったし、オークキングの魔石や、リュカ姉と採掘した時の鉱石、さらにオーガの変異種、ブラッディ・オーガの角まであるのに、寝かせておくのはもったいないと思ったからだ。
 まぁ普通は予備の武器も持ってるんだから、今の武器を予備にすればいいし。 

 だから武器を買う予定はないけれど、せっかくだから、前に観ることが出来なかった剣杖以外のスペースをまわっておくことにした。

 槍に斧、矛に大剣に太刀、刀、ハンマー、杖、メイス、鉄球……こうしてみると、様々な武器があるし、その形状も多種多様だ。
 たとえば一見ハンマーだけど、柄の先っぽが槍になっていて、しかも宝玉までついてるやつとか、のこぎりのような形の剣とか、死神の持ってるような鎌とか、誰がこんなの振るんだよってくらい重い大剣とか。

 正直、そういった武器にあこがれはある。
 でも、しばらくは無理だろうなぁ。

 一応リュカ姉がいない間も、筋トレとか素振りとか教わった型とかを毎朝繰り返し練習してるけど、いまだに短剣の扱いすら上手くいっていない。
 まぁ普通は数年どころか、極めるなら数十年単位で身につける必要があるんだから、それは当たり前なんだけどさ。

 でも、あまりに進歩が無いのは、少しどうかとも思う。
 スキルはズルして獲ってるってのに、一昨日だって、短剣だけじゃバッファローの突進にさえ対応できなかったし。

 やっぱ僕には、肉弾戦は無理なのかなぁ。 
 大剣振り回して敵をバッサバッサとなぎ倒す、なんてのにも憧れてるんだけど。



 三十分ほどかけて、ようやくワユンは短剣、というよりダガーを選んだ。
 白銀に輝く美しいダガーは、刀身がやや太くて長く、少し峰側に反っている。アラビアンチックな短剣に近い感じ。
 武器の名前は<ギンロウノキバ(銀狼の牙)>。
 なに? 強い冒険者って中二病なの? ちょっとカッコいいとか思っちゃってる僕も中二病?
 お値段四万五千G。

 僕の方も、せっかくなので投擲用の武器を『一袋』買った。
 中身は、簡単に言えば爆弾だ。
 昔ドラゴン討伐用に造られたもので、討伐後の余りらしい。
 一発で消えてしまうにもかかわらず、大きな宝玉を惜しげもなく組み込まれたそれは、なんと一つ一万Gもした。
 五個入りで五万G。ワユンの武器より高いとか、これじゃ何のために来たのかわかんないな。
 でもまぁ、もしもの時にこれほど頼りになる物もないだろう。いい買い物だと思う。

 ダガーをニマニマしながら眺めるワユンに話しかける。 

「あとは防具だけど、とりあえずは中古で我慢してくれるか?」
「へっ!?」 

 ワユン、石化する。

「ごめん。ちゃんとオーダーメイドのも造るからさ、数日だけ……」
「そっ、そうじゃないです! こんないい武器に加えて防具まで……」

 ニマニマしたりあたふたしたり、忙しい子だな。

「お金に余裕はあるからさ、大丈夫だよ。それにオーダーメイドにしたって、あんまいい素材残ってないから、高い物にはならないし」

 それでも少し素材を買えば、身に合わない中古防具よりよっぽどいいものになるだろうけど。
 それに数万Gくらいなら、数日でとり返せるだろうし。

「で、でもそこまでしてもらっても、私失敗ばかりしちゃいますよ……?」
「だからこそだよ。失敗して死なないようにさ、準備しとかなきゃ」

 仮にも僕はこの子を任されてるんだ。まぁそうでなくとも、死なれたら嫌だし。
 結局ワユンを引きずるようにして、中古防具店を目指した。



 中古防具店は、冒険者の街であるここ<プネウマ>の中にも少ない。
 少し高かろうと、普通はオーダーメイドで、ちゃんと自分に合ったものをつくるからだ。そして防具に慣れてから、魔物討伐に向かう。

 僕も入るのは初めだったが、中は高級武具店に比べれば小さくて質素だったものの、ほとんど同じような内装をしていて、特に緊張することもない。

 鎧は一式揃っている物がマネキン代わりの棒に取り付けられ、整然と並んでいる。近くの棚には、籠手や胴が鎮座する。
 不揃いなのは、中古だからだろう。

 服型防具は、服屋と同じようにハンガーに吊るされていた。
 奥の方を見ると、明らかによさげな鎧や服が展示されている。

 近くの、魔石の付加されていない安そうな鎧を見てみる。
 これでも一万六千Gか。やっぱ防具は武器よりも高いらしい。

 しかし服の方を確認すると、安いものは一万Gを切っていた。
 あぁ、そうか。硬い素材で造られているだけで、魔石とか使われてないからか。

「ワユンは軽いやつの方がいいよな?」
「は、はい……」

 防具が高いというのはワユンにもわかるらしく、おそるおそる返事を返してくる。

「じゃあ服型の防具だよな」

 つぶやいて奥に進み、あまり高くなさそうな服を手に取り、値段を確認する。
 六万三千Gなり~。
 ……うぅん、高いな。正直、すぐに買い替える防具にそんなお金かけたくないんだけど。
 魔石や鉱石が使われていると、途端に跳ね上がるらしい。
 まぁでも、しょうがないか。

 なるたけ感情を隠しつつ、ワユンの方を向く。

「六万G程度で好きなのを選んでくれ」
「六万!?」
「いいから」

 そう言って、話は終わりだと言うように背を向けた。これ以上話してるとボロが出そうだ。うぅ、カッコつけるって大変なんだなぁ。

 やがて服選びに夢中になるワユンを置いて、店内を回る。
 防具はいまの装備で十分すぎるくらいなので、むしろ服よりもアクセサリーの方に興味があった。

 アクセサリーとは宝玉のついた腕輪や指輪であり、大切そうに展示されていた。
 しかしそれらは、ゲームのそれとは違って、魔法の威力を高めたりはしない。
 威力は媒介する武器のみに依存するのだ。

 アクセサリーの用途は、主に魔力を貯めること。
 魔力を貯めこむ、と言っても純粋な魔力ではなく、魔法を籠めることしかできないのがほとんどだ。しかも火魔法限定とか水魔法限定というように、種類によって異なる。 
 場合によっては数種類籠められるものもあるが、そういうものは価値がグンと跳ね上がるらしい。

 もっとも、性能が良いものになると、純粋な魔力を貯めておいて、いざと言うときに取り出すなんてこともできる。
 ただ、そういうものに使われるのは魔石ではなく、一部の希少な鉱石だ。必然、値段はめちゃくちゃ高い。

 今僕が着ている服には、純粋な魔力が貯蓄できる。
 もらった後に調べたのだが、リュカ姉がこの服のために使用したモルガナイト鋼は、大きさにもよるが、少なくとも百万Gは下らないらしい。
 正直これを知ったときには足が震えた。リュカ姉が帰ってきたら、もっとちゃんとお礼を言わなきゃな。

 本当なら魔力を籠められるアクセサリーが欲しかったけど、さすがにこんなところにそんな高価なものは置いてなかったため、いざというときのために治癒魔法を籠められる腕輪を買った。
 お値段二万六千G。
 治癒魔法を籠められるとは言え、せいぜい骨折や酷くない外傷を治す程度しか籠められない。あんま意味ないかなぁ。

 けれど、まったくの無価値とは言い切れない。
 この世界には、飲んだだけで傷が回復するとかいう、いわゆるポーションなんてものは存在しない。
 薬草だって、塗れば痛みがひいたり傷の治りが早くなったり、止血できたりとか、そんな程度にしか効果は無い。
 飲んだだけで傷が治るなんて言われてるものもあるが、所詮眉唾物だ。 

 しかも治癒魔法を使える人は多くないから、そういった人は重宝されるし、たかだかこの程度しか効果が無い腕輪にも、これだけの価値がある。
 いざと言うとき一瞬で治癒できることを考えれば、悪い買い物ではないと思う。



 一時間して、防具を選び終えたワユンが着替えたまま僕の前に姿を現した。

「……っっ!?」

 一瞬、目の前の光景が呑み込めず、思わず二度見、なんて芝居がかった行動をとってしまう。
 えっと……え? そ、それでいいの? 本当に?
 混乱しまくる頭を無理やりに冷やし、目の前に立つ少女の服装をまじまじと確認する。

 端的に言えば、ホットパンツに紺のチューブトップ、加えて黒のニーハイという、ほとんど裸に近い服装である。
 これだけも十分にエロい。
 だが、それだけじゃない。それだけじゃ、一人の男の脳内を一瞬にして混乱の極地へ至らしめるほどのインパクトは得られない。
 チューブトップが、小さいのだ。
 小さすぎると言っていい。
 首を覆う薄い生地は、鎖骨や脇を隠すことなく下へ伸び、逆扇状に広がって胸をカバーし、わきの下を通って背中に至る。
 しかし、想定以上に大きな胸のせいで生地がぱっつんぱっつんに伸びきり、胸の形がくっきりと浮かんでしまっている。
 鳩尾までしか隠してないから、白くてきれいなおなかが完全に晒されていた。胸から下腹部までのラインは、もはや芸術の域に達している。

 黒ニーハイの先には、黒いシューズが履かれていて、ただでさえ長い脚がより一層長く見える。すごく速く動けそう。
 ニーハイの上には眩いばかりの絶対領域。

 ヤバい。
 ザ、女盗賊。って感じの服装だけど、これは攻撃力が高すぎる。

 ワユンが、気まずそうにもじもじして、上目遣いに見てくる。

「あ、あの……」
「ごっごめん!!」

 思わず土下座しそうになるほどの勢いで謝り、目線を逸らした。
 ヤバい、まじまじと見過ぎた。チラ見だけでも危険だというのに、まじまじ見るなんて自殺行為を、よもや僕がやることになるとは。

 女の子は、総じて視線に敏感である。
 ソースは僕。ちらちら見ただけで『ねーあいつチョー見てくるんですけどー』『マジで!? キッモ』なんて言われる。きっと陰ではもっといろいろ言われてたに違いない。
 これは、致命傷に近い。

「いえ、あのその、ちょっと恥ずかしいって思っただけですから謝らないでください。それより……へ、変じゃないですか?」

 無罪放免!? 天使ですかあなたは? 天使ワユンとかデュエマにありそう。

「い、いや、変じゃない、と思うよ。それより、それで大丈夫なの?」

 しどろもどろになるな僕。冷静に、冷静に。

「えぇと……ちょっと胸のあたりがきついですけど、これが一番動きやすくて性能がよかったので、これにします。……その、本当にいいんですか? こんなに高い物……」
「お金のことはいいよ」

 お値段五万九千Gなり。
 案外きっちりと六万ギリギリ狙ってきますね。いや、全然いいけど。



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