女顔の僕は異世界でがんばる
狡猾な冒険者 5
「Dランクになったのですし、パーティーを作ってはどうでしょう」
それは五日後のことだった。朝、いつも通り依頼を探し、よさげな討伐依頼があれば受注しようとしたところでハンナさんが放った一言は、僕の古傷を抉った。
『せっかくクラス替えしたんだから、友達作ってみようよ』
優しい笑顔で厳しいことを言う大人がいる。瀬名川先生(担任)よぉ、それは禁句だぜ?
『せっかく中学校に入学したんだから~』
『せっかく高校に~』
母さん、知ってて言ってるだろそれ。いじめ? 虐待で訴えるよ? 子供百十番しちゃうよ?
「うぐぅぅ~~」
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
突然自分の心臓を抉りだすかのごとく胸を掻き毟りうめき声を上げる僕を、本気で心配してくれるハンナさんマジ悪魔天使。傍から見ればまじキモイだろうに、落とした後のフォローも欠かさないのだ。
いや、わかってる。わかってるんです、悪気が無いってことは。でも、でもですよ? だからこそ傷つくことも、あるんです。
だからハンナさんマジ悪魔天使。
大切なことは二回言わないといけない。
「……だ、大丈夫です、ちょっと古傷が痛んだだけで」
「本当ですか? あまり痛むようでしたら、一度検査してもらってくださいね?」
いまだ心配してくれるハンナさんやっぱ天使。茶色の天使。
「依頼中に何かあったら、こっちとしても困りますし」
やっぱ悪魔。いや、決して悪気はないはず。ちゃんと心配してくれてるはず、ですよね?
受付を後にして、周りを見渡す。
わかってはいたことだけど、本当に新人以外、ボッチはいない。すでに強固なコロニーが造られている。
なぜなら最初のころは、保険という意味でも依頼を複数人で行うのが普通なのだ。そしてそのままつるむか、その時に作った人脈を頼りにパーティーを作るのがデフォ。
だから最初からずっとボッチを貫いてきた僕は、どこかのグループへ入れてもらわなければならない。
さぁ、それではイメージしよう。僕が和気あいあいやっている集団に声をかけて混ざる姿を。
和気あいあい⇒声をかける⇒何こいつ? ⇒スルー、もしくは沈黙⇒僕、死亡
無理だね。
きっぱりあきらめて、ギルドを後にした。
潔いのは美徳だ。
パーティー、すなわち仲間。それがどういうものなのか僕にはわからない。
もちろん、意味は分かる。ただしそれは辞書的な意味だ。もっとこう、本質的なところの理解には至ってない。
ヨナとはそういう関係ではない。運命共同体、もしくは縛る側と縛られる側だ。
依存関係。
ヨナは僕に縛られている。仲間とは違う。
では、リュカ姉やエーミールさんはどうか。
これも違うだろう。なんていうか、頼りになる大人? そんなに年が違うわけじゃないけどそう感じるのは、助けられたからだろうか。それとも、頼ってばかりだから?
とにかく、なんか違う気がする。違和感、というか、とにかく違う。
一番近いのはマルコやカリファになるんだろうけど、マルコは相変わらず無愛想だし、カリファはちょっかいは出してくるけど、基本マルコにべったりだから、同じ依頼を受けることは無いだろう。
仲間、かぁ。まだ早いなぁ。具体的にはあと百年くらい。
とその時、もはや見慣れた、しかし胸糞悪くなる光景が目に入った。
怒鳴り声。
「バカ野郎!! なんで捕まえてこれねえんだお前は!!」
「す、すみませんっ!!」
しっかりとした服型防具に、これまたいかにもな片手剣を腰に差した偉そうな金髪が、土下座をするボロボロの布をつけた少女をキィキィ怒鳴りつけている。
奴隷だ。
首輪を付けた少女は、犬耳に尻尾を生やした、いわゆる獣人だ。この町では珍しいが、そういう人種が存在する。
無造作に伸びた茶髪はばさばさで、ぼろぼろの布はところどころ肌を隠せていない。むき出しの肌の上には、痛々しい傷跡や汚れが目立っていた。
そんな格好での土下座だ。相当な屈辱であるはず。僕も似たようなことやったけど、人前だと本当に嫌だ。ましてや、女の子なのだから。
しかし人々は見向きもしない。少女は少しも抵抗しない。
「すみませんじゃねえすみませんじゃ!! いいか!? お前が見つけて来れないせいで、僕ちんはいつまで経ってもEランクなんだよ!!」
そう言って少女の頭を踏みつける。
あぁ、むかつく。それはお前がよわっちいだけだろうが。
あぁいうのは本当にいらいらする。
けれどこの世界では、信じがたいことにあれが日常茶飯事に起こる。まぁあれは少し極端だけど、普通にいい人が、奴隷に対してはやたら攻撃的というのもよくある。
つまり、自然なのだ。
日常の光景。主人が奴隷で憂さ晴らしするのは、馬車に乗った御者が馬に鞭をふるうのと同じ。ごくごく自然で、なんの問題も無し。
いくらでもそういう人はいるし、ゆえにどこへ行ってもそれは見られる。
パーティーに戦闘奴隷を加えている者がいる。
しかし奴隷は人数に数えられない。
物だから。
言ってしまえば装備品と同じだ。盾にもなるし武器にもなる。どう使おうが主人の勝手で、それを活かすも殺すも扱う者次第。
ね? 武器と同じ。
僕も物だたしね。こいつには何やっても許される、そういう世界だったしね。あの学校。
気が付くと歯ぎしりするほどに口をかみしめていた。
ふざけるな。糞喰らえだ。
別に奴隷を解放したいとか奴隷制度反対とか、そんな高尚なことを求めているわけじゃない。
ただ見たくない。
いいように使いっ走られて、いいように攻撃される彼ら彼女らは、重なる。なんか昔の自分を見てるようで、ムカムカする。
もういっそ、殴りかかろうか。
そんなことを思う。
でも、それをすれば間違いなく僕は犯罪者だし、そうなればヨナは自害するだろう。
彼女はする。
ヤンデレなんてかわいらしいものじゃなく、病んでるから。普段普通でもそれはトラップ。騙されちゃいけない。
王の力も、使えば十中八九ばれるだろう。これを使えば目が赤く光るから。ヨナによると相当目立つらしい。
男がようやく落ち着きを取り戻し、少女の頭から足をどけた。
「いいか、Dランクでもいい。とにかくEより上のやつと組めればいいんだ!! 体売るなりなんなりしてさっさと連れてこい!!」
そう怒鳴って、少女の脇腹を蹴飛ばした。
あぁいう手合いは少なくない。
上と組んで高いランクの依頼をクリアすれば、それだけ早く昇格できるからだ。何人でクリアしようが、実績は一人でクリアしたことと変わりはない。まぁ報酬はその分安くなるけど。
だからよっぽどのことが無い限り、上位ランクの人が下位の人と組むことは無い。だって、弱いやつと組んで報酬を山分けなんだもの。嫌に決まってる。
しかも、ああいう寄生虫みたいなのは、決まって弱く、お荷物にしかならない。
となれば、かわいそうなのはあの子だ。
正直、あんなふうに痛めつけられるのはかわいそうだと思う。
今までは見たくないからさっさとスルーしてたけど、Dランクにもなったんだ、多少の余裕はあるから助けてやりたい気分にもなる。
でもそれをすれば犯罪だし、今後ずっとそういうことを繰り返さなきゃならなくなる。だから見て見ぬふりをする。
これは、いじめを見過ごすのと同義では?
答えは否だ。
いじめじゃない。決まり事だし、悪いことじゃないのだから。
だから、違う。
殴りたいけど、頭踏みつけて思いっきり罵倒したいけど、それはだめだ。だって悪いことしてないんだもの。そんな格下のやつを気に入らないからって攻撃すれば、それこそいじめだ。
--本当に、そうか?
なんなんだ、このもやもやは。
思わず舌打ちして、僕はその光景から目を逸らした。
町を出た。
なんかこう……イライラしてる。だからこの五日間で貯めたエネルギーとそれまでの貯蓄量をすべて使って、念願の魔物を召喚することに決めた。
「出でよ、<ワイバーン>」
召喚したのは、翼竜。念願のドラゴンだ!
まぁ、最低レベルの亜種だけど。
でもドラゴンに違いはない。
土色のスリムなフォルムは柔軟さでありながら強靭な筋肉を備え、蝙蝠のそれに似た翼は開帳三メートルは優に越える。
鋭い目つきと攻撃力の高そうな牙により、その相貌は鋭利な刃物を思わせた。
足は細く、しかし隆々とした筋肉が盛り上がっている。
唸り声は『なんか用か、あぁん?』と、周りの生物すべてにガンを飛ばすかのようだった。
カッコよさは折り紙つき。中二病の権化がここに推参。
「うぅん……いい!!」
さっきまでの憂鬱な気分が幾分晴れた。
やっぱファンタジーっつったらドラゴンだろ。
でもさすがに人前じゃあ召喚できないな。大騒ぎになっちゃうだろうし。
誰かに見られる前に、早く出発した方がいいだろう。
ということで早速。
「あ、頭下げてくれ、ださい。あっ、というか、乗らせていただいてもよろしいですか?」
命令したら睨まれた、ような気がして、ついつい丁寧語になってしまった。
いやだって、マジで怖いよこいつ。ヤッさん事務所で葉巻吸ってるような組長さんが、裸足で逃げ出すレベル。
ワイバーンは、カエルを睨む蛇のように鋭い目をこちらに向けたまま、首を下げた。
ワイバーンの唸り声は低く、マジ怖い。
『ちっ! ったくしゃーねーなー』って言ってるよ、絶対不機嫌だよこのお方。
「ど、どこに乗れば?」
首だけで一メートル以上ある。
あんまし頭の方に乗ったら重いだろうし、ここはやっぱ胴体との付け根あたりがいいか? でも、翼の動きの邪魔になったらあれだし……。
胴体側の、あまり付け根に近くないところをおそるおそる触る。
「こ、ここらでよろしいザンス?」
「グルッ!」
恐怖で口調がおかしくなってしまった僕の問いかけに、たぶん『そうだ!』と返してくれた。
い、いいんだよな?
「し、失礼しまーうわぁああっ!!」
恐る恐る跨ると、勢いよくワイバーンは首を上げた。
あ、危ないじゃないか!! あっ、いえなんでもないザンス、ワイバーンの兄貴。
危ない危ない、思いが通じるのを忘れてた。
でも、悲鳴を上げてしまった僕のことを、いったい誰が責められようか?
「た、高い……」
急に高度が変わったから余計に感じる。
実際には僕の目線は二メートルあるかないかってところだろう。ビッグ・パンサーよりやや低い。
でも、安定感が違う。
パンサーの背は地面と平行だ。
けどワイバーンは違う。長いから、どうしても斜めになったりする。それに長さに比して細いから、大丈夫かどうかどうしても不安になってしまう。
「大丈夫ですか?」
『愚問だ!!』とでも言うように、鼻を鳴らして肯定なされた。そう言われると、この首確かに頑丈そうだな。
さすってみると、首の中がほとんど筋肉でできていることがわかった。
今はやりの細マッチョだ。
強靭だということが確認できると、だんだん慣れてきた。
よし、そろそろ大丈夫だろう。
「ふぅー。よしっ! 発進!!」
「グォッ!」
「してくださいお願いしまっ!?」
興奮で敬語を忘れ、慌てて訂正しようと思った瞬間、首が一瞬撓み――
「――――っ!? ――っ!!」
――視界が溶け、慣性力を受けて僕はワイバーンの首へ押し付けられた。
そして安定したところで、僕は下を見た。
とっ、ととと!!
「飛んでるっ!!」
あまりの感動で、単純な言葉しか出てこない。
ワイバーンは『当たり前だ』と突っ込むように唸った。
地面が、はるか下に見える。
斜め後ろ左右で翼が勢いよく羽ばたき、それに合わせて若干上下する。
けれど、思ったよりずっと安定していた。飛び上がるときも首に押し付けられるようだったから、危険は感じなかったし。もしかしたら僕に気を遣ってくれているのか?
唸り声で肯定された気がした。
仁義に厚いヤッさんでした。
「それじゃあ、ここから南西の湖畔までお願いします!」
お願いすると、ワイバーンはゆったりと進み始めた。
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