女顔の僕は異世界でがんばる
狡猾な冒険者 四
「……弱ったなぁ」
思わず、ぽつりとつぶやいてしまった。
後ろを振り返ると、果ての見えない闇がどこまでも続いている。
何でこんなことになったのか。
その日のお昼頃、いつもの洞窟内でのことだ。
目の前でくつろいでいるのは、パンサーとウィルム。まるでひと仕事終えたあとの親方分のように、まったりとしていらっしゃった。
いや、事実、終えてるのか。
なにせこの洞窟内の魔物をほとんど狩りつくしてしまったのだから。
まぁ、それ自体は別に悪いことじゃないんだけどさ。
規約に違反してBランク依頼をクリアしてしまったことになるけど、たぶんハンナさんならきちんと事情を説明すればわかってくれるはずだし。
まぁちょっと小言言われるかもだけど。
それよりもこの後、
「どうするかなぁ」
またも独り言。
今からここと同じくらい強い魔物が出る場所を目指すとなると、時間が足りない。移動だけで日が暮れてしまうだろう。
帰ってもいい。別にそこまで切羽詰っているわけじゃないし。
でも、なんかもったいないんだよなぁ。
貧乏性というか、効率主義というか。我ながらたまにめんどくさい性格をしていると思う。
「よっし皆の者注目!!」
パンっと手を叩き、偉そうに胸を張る。
「せっかくだから探検しよう」
と意気揚々出発したのが、六時間前だ。
現在午後六時半。
今から帰ったとしても、完全にヨナからお叱りを受けてしまう時間だ。しかもこういうときに限って、リュカ姉たちはいないし。
くそぅ、使えん。
そんな僕の心配などどこ吹く風。ピクシーはウィルムにちょっかい出して遊び、ウィルムはまんざらでもないようにそれに応じている。
アプサラスはシャドウの背にぺたんと座り、ほけらーっと天井を眺めていた。シミの数でも数えているのだろうか?
「はぁ~~」
盛大にため息をついてしまう。
別に疲れているわけじゃない。パンサーに乗ってのっしのっし進んでいるだけだし、戦闘だってほとんどなかった。
それに、少しは収穫もあった。
こういった場所では、武器とかお金が手に入ることも多い。ここで命を落とした冒険者の持ち物だ。そういうものは、見つけた人のものにしてもいいと言うのが暗黙の了解。
合法的なネコババです。
ちなみに、冒険者の死体などは魔物の餌となる。とくにここに出てくるリビング・ワームは肉だけじゃなく、文字通り骨の髄までしゃぶりつくすため、骸骨すら残らない。
クリーンな芋虫なのだ。
とにかく、得るものはある。
とはいえ、決して費用対効果が大きいわけじゃない。
正直に言えば、外へ出て狩りをしていた方が数倍も有意義だったはず。何より、ヨナに心配かけちゃうし。あぁ、怒ってるだろうなぁ……。
普段温厚な人に怒られるのは、あまり気持ちのいいものじゃない。
迷ったわけじゃないのが問題だ。
あまりに収穫が少ないものだから、意地になって深入りしすぎたのが原因。
気づくのがもう少し早ければ……あぁもう。ここまで来たら、もういっそ行き着くところまで行ってしまえ。
訓示『時計はよく見て行動しましょうね!』
小学生レベルの文句に涙です。
それからしばらく歩いていると、急な上り坂となった。
これまでも『少しずつ登ってるな』という感覚はあったが、ここに来て急に傾斜がついたのだ。
もしや、なにかあるのでは?
自然期待が高まる。飽きもせずきゃっきゃうふふと戯れているピクシーとウィルムはともかく、退屈そうにしていたアプサラスの表情がかすかに変わったような気がしないでもない。やっぱしない。
パンサーの頭を撫でた。
「お前はこの気持ち、わかってくれるよな?」
「がぉっ」
いつもと変わらないいいお返事だ。礼儀正しくて大変よろしい。
肯定の意思ととっておこう。
決して『肉よこせ』だとか『重い疲れた降りろ』だとか言ってないと思いたい。
螺旋のようにねじれる坂を登っていくと、冷たい風が吹き込んでくるのを感じた。どうやらこの先に出口があるらしい。
パンサーを急かして登っていくと――
「おぉ……」
そこには満天の星空が広がっていた。
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
この世界の空は、日本とはまるで別物だ。
正確には、ある程度都会に住んでいた僕にとっての空とは、まったくの別物。
満天。
そう形容してもなんら誇張がない。隙間なく散りばめられた星々は、色とりどりに輝き、空を彩っている。
だが、ここはそれに輪をかけて、きれいだ。
今にも落ちてきそうなほどの存在感を持っている。
手を伸ばせば届きそうだけど、伸ばせば絶対に届かないと思い知らされる。まるで幻影のようだった。
どれくらいそうしていただろうか。
--敵意!!
突如、ロマンチックだった雰囲気をぶち壊しにする吠え声が響いてきて、僕は我に返った。
声の方を見やる。
「……オーガ、か?」
そこにいたのは、一本の角を生やした巨大な鬼、オーガだった。
しかし肌の色が赤い。
たしか普通のオーガは緑だったはずだから、こいつは亜種か?
考えながら、構えを取る。
魔物のランクは、そのランクの冒険者が安全に倒すことのできることを目安につけられている。例えばBランク冒険者なら、たいていはBランクの魔物を倒すことが出来る。
もっとも、ランク内でも強さにムラがあるため、大体の指標にしかならないが。
オーガは、通常種でCランク相当の魔物だ。その亜種となるとBランクが妥当ではあるが……いや、違う。
この坑道に出てくる魔物でさえ、CからBランク相当なんだ。
そしてここは、山頂。周りを見る限り、こいつ以外の魔物はいない。
つまり、ボスだ。
下手するとAランク相当の可能性もある。
鬼を正面に見据え、ウィルムを左に、アプサラスを右に、そしてピクシーに一帯を照らさせた。
「ブラッディ・オークと同等かそれ以上、ってところか」
ウィルムとパンサーにやらせれば、てっとり早く片付けられるだろう。
この二体はそれぞれがBランクを圧倒するほどの力を持っている。Bランク冒険者――マルコと同等とはとても思えないけれど、少なくともCランク冒険者よりは強い。
でも。
パンサーから降り、前に出た。
「みんなは待機していてくれ。僕がやる」
これはある意味、いい機会だ。まだ一月も経っていないが、あれからどれくらい強くなったのかを試してみよう。
それに、錬金術がどの程度の魔物にまで通用するのか知っておきたい。
オーガと視線が合った。
――来る!!
直後、咆哮とともに飛び出してきたオーガを見据え、僕は地面に手をつき、錬金術を発動した。
「こんばんは、ハンナさん」
戦いを終えたあと、僕は一目散にギルドへ帰ってきた。
現在、午後九時ちょっと過ぎ。
この世界の基準で考えれば、立派に深夜と言える時間だ。
さすがに誰もいないだろうと思って、それでも一応ギルドへ来たところ、奇跡的にハンナさんがいた。
ギルドの丸机の上でなにやら書類を見て、難しい顔をしている。
「あら? どうしたのですか、こんな夜遅くに?」
しかし僕を見るなり表情を柔らかくしてくれるあたりは、さすがギルドの茶髪天使さんだ。ちなみにこのネーミングは通り名であり、僕が考えたものじゃない。
「すみません、でも報告しておきたいことがありまして……」
そう言うと、ハンナさんは「少し待って」と言い、書類を片してくれた。
僕は薦められるままに、向かいの席へ腰を下ろす。
「それで、なにがあったのですか?」
ハンナさんの顔が真剣みを帯びるのは、僕が何度か重大事件に巻き込まれているからだろう。
あのきれいな顔の裏で、『またこいつ厄介ごとを持ち込みやがって』なんて思っていないことを祈る。だ、大丈夫、ですよね?
「え、えっと、二つありまして。一つは、ここから北西にある山の坑道で起きてる大量発生のことです」
「あぁ、あれですか……」
すぐに察してくれるのは、この人が優秀だからだろう。
そして若干眉間に皺が寄ったのは、僕のしたことを見抜いている証拠。やっぱこの人に隠し事はできない。
「えぇと、その……解決しちゃいました」
「行ったんですね? それも一人で」
「はい……」
鋭い視線から逃れるように俯くと、はぁ、というため息が聞こえた。そして――
「ランク指定の意味が分かってないようですね。いいですか? これは別にあなた方を拘束するために作られてるわけじゃないんです。守るため、そう、あなたのような無法者を守るためにあるんです。わかってるんですか? わかってないですよね、全く。そもそもこのランク指定と言うのは過去に起きた痛ましい事件や後輩育成と保護を考えて決死の覚悟で魔物調査に乗り出してくださった諸先人の方々の、まさに血と汗の結晶でできているんです。命がけだったんですよ? あなたが強いのは分かってます。えぇえぇ十分承知ですとも。けれどそのことがこの厳密な決まり、ルールを侵していい免罪符にはなりえません。ほかの冒険者が真似しないとも限りませんし、あなた一人の問題じゃないんです――――」
別名『茶色の悪魔』は伊達じゃない。
注意、警告。
この人は僕たち冒険者が大好きだ。
そして好き過ぎるあまり、度を超える。夜遅くまでギルドに残っているのもそう。そしてみんな、そのことがわかっているからこそ、この人のお小言には頭が上がらず、逆に恐れる始末。
若くしてお母さんスキルをカンストしているのだ。
くわばらくわばら。
はぁ、というため息が聞こえ、僕は我に返った。
やべ、ぼぉっとしてた。
「まぁ、無事でよかったです」
かわいい。
三つ目のあだ名は茶髪の天使悪魔。あげて、落として、上げる。危うく惚れそうになっちゃったじゃないか。
危険だ。こういうのにコロッと騙されて、告白なんてしようものなら、次の日には晒上げだ。学校での数々の失敗は、確実に僕の糧となっている!
なんてくだらないことを考えているうちに、ハンナさんが話を進める。
「報酬は明日お支払いします。それで、二つ目とは?」
「これを鑑定してほしいんです」
そう言って、僕はオーガの角を取り出した。
赤鬼との戦いは、呆気なく終わった。沼の力は、どうやら陸上生物に対して圧倒的に強いらしく、ネズミと同じように鬼もホイホイ退治できた。
しかし、一応異常種であることも考慮して、持ってきたのだ。
角を手に取ったハンナさんは、それをまじまじ見て、むむっと眉間に皺を寄せる。
「オーガのものに見えますが……大きいですね。それに色も違う。赤黒いのは初めて見ました」
「えぇ、坑道の奥はあの山の山頂に繋がってまして、そこにいた赤いオーガのものです。強さはおそらくBランクの上。色と言い強さと言い、ちょっと異常だったので一応持ってきました」
「赤、ですか……わかりました。これについてはギルドで調査します。おっしゃる通り、もしかしたらイレギュラーかもしれません」
そう言って、ハンナさんは角をハンカチでくるみ、脇に置いた。
そして再度、真剣な顔つきになる。
「オーワさん、くどいようですが、気を付けてください。最近、異常種と言い大量発生と言い、おかしなことが多く起きています。いくら強くても、あっけなく死んでしまうことだってありますから。
冒険者は、そういう職業だということを覚えていてください」
真剣な声に僕はうなずいて、ギルドを後にした。
ちなみに宿でもヨナから説教された。
ヨナ、たのむから涙目になるのはやめてください。ベビーが消えてなきゃ平気だって、何度言えばわかるんだよ。
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