女顔の僕は異世界でがんばる
狡猾な冒険者 3
二日後の夜、リュカ姉の退院祝いパーティーが開かれた。
退院祝いと言っても、リュカ姉は四、五日前から普通に動き回っていたので、正直祝いって感じじゃない。
ただヨナの部屋にいつもの四人で集まって、ちょっと贅沢なご飯と酒を飲んで騒いでいるだけ。
しかも主催はリュカ姉という、なんとも涙を誘う話である。
惨めすぎる。
そんな中、だいぶ腹も膨れてきたところで、リュカ姉から約束の品が献上された。
そう、念願のオーダーメイド防具だ。
半ズボンと七分袖ワイシャツっぽい服、それにちょっと優雅に洒落た茶色のベスト。
加えて黒のドレスグローブにしっかりとしたウェスタンブーツ。どちらも手首、足首までカバーしているのに、すごく上品な感じだ。
なんか英国風のお坊ちゃまみたいな感じで嫌だったが、リュカ姉に急かされて着る羽目になった。
「これ、変じゃない?」
そう思うのは、この手の服を着慣れていないからだけではないだろう。
しかしヨナは嬉しそうだ。
「そんなことないです。とっても似合ってますよ? なんか貴族様のご子息のようで、素敵です」
「あ、ありがとう」
ヨナから否定的な意見が返ってくるはずがないのだ。
褒められてもいまいち素直に受け取れない。
というか、それが嫌なんだけど。貴族のご子息って、やっぱお坊ちゃまってことじゃないか。
複雑な気持ちでいると、
「似合ってるぜオーワ! これで君もモテモテだ!!」
リュカ姉が親指を立ててきた。そしてドヤ顔で続ける。
ちょっと酒に酔っていて、いつも以上に騒がしい。
「ふふふ……驚くがいい。
その服にはリビング・スパイダーの糸とブラッククリスタル、そしてなんと、なんか知らないけど見つかっちゃったモルガナイト鋼が使われてるのだ!」
「なんか知らないけどって」
この糸にそう言われると、無性に怖くなる。僕は今何を着せられているのだろうか。
リュカ姉は僕の不安をスルーして、上機嫌のまま続ける。
「だってあったんだもん。
てかすごいんだぞモルガナイト鋼は! 炎、斬撃、打撃耐性に加えてメチャ多い魔力貯蓄量、何よりピンクでかわいいし……むしろ私が使いたかったわ。
つーか驚け! 感謝しろ~」
リュカ姉はちょっと唇を尖らせると、僕の頭を掴み、揺さぶってきた。
まぁ確かに、すごく高価な代物だということはわかる。
すごく着心地がよく、羽のように軽い。なにより、恐ろしく頑丈であることがはっきりとわかった。
生半可な刃物じゃ傷一つつけることはできないだろう。
そりゃあ、感謝すべきだよな。
「あ、ありがとう」
「ふふん、わかればよろし」
僕の頭をぐしゃぐしゃにして気が済んだのか、リュカ姉は満足げに鼻を鳴らして離れた。
まったく、バカ力め。軽く脳震盪起こすかと思ったぜ。
お坊ちゃまルックかぁ。まぁでも、カボチャパンツに白タイツとかじゃないだけマシなのだろうか。
漫画とかに出てくる嫌な奴がたいていこういう服着てるから、どうも過敏に反応しちゃうな。
「……はぁ」
「そんな嫌そうにしなくても、本当に素敵ですよ? ねぇ、エーミールさん?」
いつものように完全に傍観者気取りのエーミールさんに、ヨナが振る。
「……あぁ」
一言漏らし、再び酒に口をつける。
ヨナは笑みを口に浮かべて、『ほら見なさい』と言わんばかりに鼻を鳴らした。
栄養のあるものを食べているからか、最近ではだいぶ顔色がよくなり、少しずつ肉もついてきたようで、こういう活気のある反応も見せてくれるようになった。
呪いの影響か、よく熱を出したり風邪をこじらせたりするものの、確実にいい方向へ向かっているとは思う。
しかしヨナのやつ、エーミールさんが怖くないのか?
いやまぁ、悪い人じゃないってのはわかる。けど、目つきが鋭いからか、ほとんどしゃべらないからか、どうもまだ苦手だ。
でも、ヨナはよくエーミールさんにお世話になっているんだし、慣れるのも当然か。
というか、エーミールさんには本当によくしてもらってるんだから、こんなこと考えるのは失礼だろう。
宴会は適当なところで切り上げられた。
リュカ姉のことだから夜通し騒ぐのかと思っていたが、ヨナの体調もある、そんな無茶は言わなかった。
それに加え、明日から少し大きな任務があるらしい。
各地で魔物が大量発生し、周辺の村が襲われているとのこと。
「結構遠いからね。まぁ一週間くらい留守にするけど、寂しくても泣くなよ~」
「泣かないよ。ってか、大丈夫なのか? 一応病み上がりだろ?」
リュカ姉のからかいを無視して、言った。
事実、心配だった。
一週間前の事件は、まだ僕の心に根強く残っている。
リュカ姉はそんな僕の心中を察してか、へらへらっと笑う。
「だーいじょうぶだって。あんましリュカ姉さんを舐めんなよ?」
……なんか、余計に不安になってきた。
ヨナも同じ気持ちなのか、心配そうに口を開く。
「本当に、気を付けてくださいよ? お二人とも」
「あ、あはは……ヨナちゃんにまで心配かけてしまうとは、リュカ姉一生の不覚だよ。ごめんねヨナちゃん」
リュカ姉も形無しだ。
「……問題ない」
と、それまで完全に蚊帳の外だったエーミールさんが急につぶやき、ヨナの頭に手を置いた。
そして歩み去る彼を見て、リュカ姉が「おお?」と驚きの声を漏らす。
よほど珍しいことのようだ。
「ま、そういうことで。オーワ、ヨナちゃんをしっかり守るんだよ?」
後を追うように、リュカ姉も出て行った。
さて。
「……エーミールさんって、ロリコンなのか?」
思わず、口に出してしまった。
「そんなことありませんよ!! エーミールさんはすっごくいい人です!!」
「あ、あぁ……そうだよな」
別にヨナに尋ねたわけではないけれど、勢いよく返されてしまった。
……確かにさっきの一言は、不敬が過ぎたかもしれない。
そうだ。あんなに寡黙でハードボイルドチックなエーミールさんに限って、そんなふざけた性癖があるわけない!
申し訳ございません、エーミールさん。いや、エーミール様!
「ところでオーワさん?」
「ん?」
「ろりこんってなんですか?」
顎に人差し指を添え、こてりと小首を傾げる純粋潔白お嬢様に対し、僕は何も言えなかった。
翌日、僕はパンサーに乗って移動しながら、右手でくず鉄をいろいろな形に変化させつつ、左手に『調薬の基礎』という本を持ち、読んでいた。
そう。せっかくなのでスキル<調薬術>のレベル一だけ取得していたのだ。
理由は、スキルの派生にある。
刀術を得た時にあったような派生が、もしかしたら魔術や魔法にもあるかもしれないと思ったのだ。
結果は思惑通りだった。
調薬術の派生か、それとも錬金術と調薬術を手に入れたから現れたのか。
とにかく、派生魔術である<錬薬術><毒薬調合術><火薬調合術>が現れた。
調薬術はその名の通り、植物などから成分を抽出して薬を作り出す術だ。
これは需要があるからか、ある程度研究が進んでいる。いくら治癒魔法が万能に近いとはいえ、使える人が少ないうえに、毒に対処するにはレベル三以上が必須となる。
対する調薬術は、基本的に毒に対する薬となる。
だからこうしてある程度金を出せば、本を手に入れることが出来るのだ。
くそ高かったけど。需要がないからしょうがないけどさ。
そして錬薬術。
これは薬とみなせるものに他から抽出した成分を加え、その薬をより強力なものに変えるという術だ。
それ以外にはわからない。取得方法不明の、いわば伝説に近い魔術らしい。
この魔術が曲者だ。
感覚的に、『この薬にはこれを入れれば良くなる』というのがわかるため、ほぼ知識を必要としない魔術となっている。
つまり、新薬開発し放題ということ。
これは、ただ効果が高い薬を作れるというものではない。
毒薬調合と合わせれば解除方法不明の新しい毒薬を生み出せ、火薬調合と合わせれば世界最強の爆弾が創れてしまうということだ。
元の世界では、錬金術はそもそも『不完全な物質を、より完全なものへ近づける』ものだったのだから、<錬薬術>は、正確には<錬金術>の派生と考えられる。
もしかしたら、とんでもない力を手にしてるんじゃないだろうか。
なんかこのままいけば、核爆弾クラスの物さえ簡単に作れてしまいそうな気がする。
だって今の時点でさえ、金属に限るとはいえ、原子どころか電子すら操れるんだから。
とはいえ解放にかかるエネルギーがアホみたいに膨大なもんだから、<錬薬術LV1>の解放だけですっからかんになってしまった。
レベル二にできるのは当分先、つまり実践に使えるようになるのはずっと先のことだろう。
錬金術をレベル四にするにもまだ時間がかかりそうだし、とりあえず今は、錬金術と調薬術の訓練と、エネルギー回収のための使い魔を解放することとしよう。
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