女顔の僕は異世界でがんばる
不器用な冒険者 8
町に着くと、そこには惨劇が広がっていた。
大量のオークが徘徊し、人々は逃げ惑う。オークの中には大きさや色が違うものもいて、そこら中で吠えては棍棒で人間を殴り飛ばしている。
子供の泣き叫ぶ声、女の悲鳴。
まるで現実味が感じられなかった。大変なことが起きている。そのことはわかるのに、なぜか心のうちは冷静だった。
「別れるぞ。赤いのは俺がやる。手え出すなよ」
マルコはそう言い残してまっすぐ駆け出した。
どうやら赤いやつは強いらしい。たぶん色的に緑が最弱で、黄緑色、黄色と赤に近づくにつれ強くなっていくんだろう。
「油断するんじゃないわよおチビ」
カリファは左へ駆けだす。僕は右へ向かった。
ここへ来る途中、僕はスキルを解放しようか迷っていた。
アプサラスがいない今、ピクシーとスカルナイトだけではやや不安だ。
でもここで貯まっていたエネルギーを使いたくはなかった。そろそろもっと強い妖精、あるいは精霊が出てきてもいい頃だったからだ。
結局僕は、解放をしなかった。
けどーー
目の前で、緑のオークが棍棒を振り下ろそうとしていた。その先には、見知らぬ若い男。うずくまり、手で頭を抱えている。
ふいに、昔の自分の姿が頭をよぎった。
顔が燃えるように熱くなった。
気が付くと火魔法を連射していた。瞬く間にオークが炎に包まれ、悶絶する。その隙に、こちらを一瞥もせず男は駆け出した。
自分の口元がにやけているのがわかった。高揚している。気持ちが、いい。
やつらは紛れもなく、町の人々をいじめている。
別に町の人を救いたいわけじゃない。自分がそんな正義感のあるやつじゃないことは僕が一番よく知っている。
そんな高尚な志、微塵もない。
ただ、いじめを見ていると、胸糞悪くなってくる。
自分より弱いやつに暴力振るって愉悦に浸るあの醜い顔を、土足で踏みにじって高笑いしてやりたいだけだ。
そういうやつに下剋上する。そういうやつを見下し、いじめ返すーー支配する。
それをいつも望んでいた。
『いじめは死ね!!』
心の中で叫んだ。
一匹残らず駆除してやるよ。
スキル『解放』。
火魔法のレベルを二に、そしてさらに三まで引き上げる。
試し打ちに近くの緑色にファイアを放つと、今までの比じゃないほどの爆発が起こり、一撃でオークが倒れた。今やピクシーのそれよりも威力が高い。
「ぶぉおおおっ!!」
黄色い個体が吠えながら近づいてくる。
王の力を発動し、それを手駒に変えた。
こいつを前衛にして、僕は後ろから魔法を放つとしようか。
「ピクシー。戦いはいいから飛び回って、状況を僕に教えてくれ。襲われている人がいたら緑は倒して、それ以外なら僕を呼ぶんだ」
指示を出すと、ピクシーはふんふんとうなずき、ぴゅんっと勢いよく飛んで行った。ピクシーの移動速度は速い。
さぁ、存分に暴れてくれる。
「大丈夫ですか?」
もう何十匹目にもなるオークの断末魔を聞いて一息つき、座ったまま呆然としている男に声をかけた。
「あ、あぁ……」
「あちら側にはもうオークはいません。早く避難してください」
そう言って、オークを掃除してきた方を指さすと、男はあわてて立ち上がる。
「助けてくれてありがとう。君も気を付けてくれ」
男は頭を下げ、駆けだした。
さてと、
「おい、でくの坊。移動するぞ」
「ぶ、ぶひぃ……」
ぼろぼろに傷ついた駒を蹴飛ばし、歩かせる。
いじめの実行犯――こいつらに人権なんてありません。動物愛護? 糞くらえだ。
けど、そろそろ限界だな。次、黄色を見つけたら乗り換えるか。
そんなことを思っていると、向かいからちょうど黄色のオークがやってきた。
グッドタイミングだね。
「でくの坊、歩いて行って殺されてこい」
「ぶひぃ……」
意思はないはずなのだが、その返事はどことなく哀愁漂うものだった。
しかし逆らうことはできない。
操り人形はただただ無防備に黄色オークに向かっていき、殴り倒されて無事玉砕した。
「ぶぉおおおっ!!」
向かってくるオークにスキル発動。
「回れ右だ豚」
「ぶひぃ……」
次なる獲物をもとめて徘徊しようとしたその時、ピクシーが飛んできた。
指さす方向で人が襲われているということだ。
「わかったよピクシー。ご苦労さん」
ピクシーの頭を指二本で撫で、
「おら、さっさと移動するんだよ豚」
豚の足を蹴っ飛ばす。豚は蹴っ飛ばされると駆け出し、僕はピクシーとともにそのあとを追う。
路地を曲がりすぐの通りを折れたところで悲鳴がした。
そこには赤いオークがいた。
振りかざされた棍棒、そしてその振り下ろされる先には小さな赤ちゃんを抱えた女性がいる。
「ファイアッ!!」
考える間もなく魔法を唱えていた。
しまった、手出しするなって言われてたんだ。
そう思った時にはもう遅かったようで、赤オークの顔がこちらを向いている。
全然効いてないみたいだ。
女の人と目が合った。
「こっちへ!!」
黄色豚をけしかけて、魔法を放ち、女の人へ声をかけた。
見過ごせるわけがない。
強いだと? やってやろうじゃないか。
火の玉を連続で放ち、豚の意識を逸らす。
女が黄色い豚のそばを駆け抜け、僕のそばまで来たところでいったん中断した。
「あの……」
「向こう側にはオークはいません。ここは僕に任せて、早く逃げてください」
「はっはい! ありがとうございますっ」
すごい勢いで頭を下げ、女性は駆け出した。
なにこれ、今の僕テラ主人公。今なら日本でもモテたに違いない。想像はできないけど。
「ぶぉおおおっ!!」
「ぶぎぃっ!!」
黄色い豚が命を張ってる間少し感傷に浸って、我に返ってあわてて思考を戻す。
すでに黄色は満身創痍だった。
まずい、黄色じゃほとんど歯が立たないみたいだ。
使えん。
火魔法を放ちながら少しずつ後ずさる。
「ピクシー、あれの代わりになりそうな黄色いオーク連れてきてくれ」
そしてピクシーに指示を出した。こうなったら数で勝負するしかない。
ピクシーが飛んで行ってすぐ、黄色のオークが倒された。
何度立てと命じてもピクリとも動かない。
赤いオークはこちらを向き、猛然と突進してきた。
やばい。
脇差を構えるが、どう考えても肉弾戦は無理だ。体格的に無理。リーチとか腕力とか違いすぎる。
王の力ーーだめか。実力差がありすぎる。
振り下ろされる棍棒を横に転がることでなんとか躱して、逃げる。
すぐに向きを変え、追ってきた。
傍目に動きは鈍いが、歩幅が違いすぎた。
追いつかれるのを感じて、また躱す。
そして逃げる。
手駒が来るまで逃げて逃げて、逃げ続けてやる。
卑怯? ハッ、勝てばいいんだよ勝てば。
圧倒的にあちらが強い。
けれど余裕があった。スピードはたいして違わない。あちらが棍棒を振り上げ、下す。それをかわせさえすれば、いくらでも逃げられる。
そして、黄色豚を何度かけしかければいい。
と、そんなことを思いながら駆けていると、向かいから黄色いオークに追っかけられてるピクシーがやってきた。
「よくやったぞピクシー!」
思わず歓声を上げて、黄色オークを睨んだ。
王の力発動。
「玉砕!!」
命令すると、黄色オークは僕の隣を猛然と駆け抜け、赤オークに殴りかかった。
不意を突かれたからか、赤いオークはまともにその棍棒を頭に食らい、硬直する。
「死ねおらぁあああっ!!」
火魔法で間髪入れずに追撃をかけた。
手ごたえあり。
勝てる。
口元が緩んだ。
王は民を使って戦争するのだ。……絶対僕は王に向いてない。そんなことを思った。
何度かとっかえひっかえ黄色をけしかけ、火魔法を撃ち続けてようやく赤は倒れた。
僕は思わずその場にへたり込み、大きく息をついてしまう。
巾着袋から水を取り出した。
「ふぅー」
水を飲むと、ようやく少し落ち着く。
ヤバかった。
思っていたよりずっと時間がかかってしまった。
赤は他と桁が違いすぎる。手駒に使える豚がいなかったら絶対勝てなかったな。さすがに黄色に感謝だ。
まぁ扱いは変えないけど。
少し休憩してスキルを確認する。
よしよし、やっぱ敵が強いとエネルギーの貯まりも早い。さすがに火魔法のレベルはまだ上げられないけど、剣術系統は上げられそうだな。今はあんまり意味ないけど。
「さてと、ピクシー、頼むぞ」
ピクシーに指示を出して立ち上がる。いつまでものんびりしているわけにもいかないからな。
金髪の母親と娘を襲っていたオーク二体を蹴散らすと、ポカンとしていた親子に駆け寄った。
母親が頭を下げてくる。
「ありがとうございますっ」
「おにーちゃんありがとう」
あぁ、かわいいなぁ。幼い子の笑顔は癒される。無邪気最高。
口元がにやけてしまいそうになるのをかろうじて抑えた。僕みたいな陰キャはロリに笑いかけることすら許されない。
いつかの幼稚園児のお守りというボランティアを思い出す。生徒会主催、クラスから無理やりいかされた。
生徒会長が遊ぶのは許されて、僕には極力子供を近づけないよう配慮されていたのを思い出す。
挙動不審だったからか、怪しいと思われたからか。そこでも僕はボッチだったのだ。
嫌な記憶がフラッシュバックしかけて、頭を振る。
「お母さん、避難を」
「はい。君も気を付けてね」
親子を避難させ、周りを見渡す。
黄色のオークが今の戦いで少し傷つき、荒く鼻息をついていた。けどまだ、使い捨てるには早いな。
王の力で操ったオークはこれで十三体目。
基本使い捨てるくらいの気持ちで戦わせ、火魔法も惜しみなくガンガン使っていったので、だいぶこちら側は片付いた。
となるとカリファさんの方が心配だ。
ここに来た時点で相当辛そうだったし、赤いオークの強さは異常だ。
急がないと。
オークとともに襲われている人がいないか確かめながら移動していると、先に派遣していたピクシーが帰ってきた。
どうやらカリファさんを見つけたらしい。
ピクシーに連れられ船着き場まで来ると、道の真ん中に倒れこんでいるカリファさんを見つけた。
その隣に心配そうな顔して座っているのは商人、コーウさんだ。こちらに顔を向けると、声をかけてくる。
「あぁ君は冒険者の! ちょうどよかった。この子、魔法使ったら急に倒れちゃったんですよ、看てもらえませんか?」
いかにもほっとしたというような顔で助けを求めてくる。
カリファさん、魔力を限界まで使っちゃったんだ。
「わかりました」
そう言って二人のもとへ向かう。
よく見ると、コーウさんは傷一つ負っていない。
カリファさんはきっと、この人を守りながら戦っていたんだ。それで必死になって、倒れるまで戦って……やっぱいい人なんだよな。
なんて考えていたその時、
「待てチビ!!」
背後から、マルコさんの鋭い警告が飛んできた。
「えっ?」
後ろを向いた瞬間、何かが腹を突き上げた。
なんだ?
みると、それはピクシーだった。
そしてさっきまで僕がいた場所で爆発が起こる。
何が起きているんだ?
わけがわからないままに、僕はピクシーに運ばれるようにしてマルコさんのところまで後退した。
「ゲホッ! な、なにが……?」
「あいつだ」
マルコさんの目線の先には、不気味な笑みを浮かべるコーウさんがいる。先ほどまでの温厚そうな雰囲気はまるで感じられない。
丸っきり別人だった。
「さすが『銀狼マルコ』。準Aランクは伊達じゃありませんねぇ」
とその時、コーウの顔がぐにゃりと崩れた。続いて全身のいたるところがぼこぼこと隆起し、何かが折れ、潰れるような気持ちの悪い音を立てて膨張を始める。
「うぇ……」
「目を逸らすなバカ。この隙にカリファを奪還する。俺がやつの気を引くから妖精でカリファをやつから遠ざけろ」
そう言うとマルコさんは、僕の返事を待たずして飛び出した。
僕はすぐにピクシーへ指示をだし、援護のため火の玉を放つ。
マルコさんは風を裂くように駆け抜け、一瞬で間合いを詰めた。
そしていまだ変体している魔人の肉体を猫のようにひっかく。
瞬間、魔人の体が割れ、鮮血がはじけた。
風魔法を纏わせた斬撃だ。
イケる!
そう思った次の瞬間、魔人の体から出血が止まり、腕のような何かがマルコさんの胴体を叩いた。
「ぐぅあっ!!」
マルコさんが信じられないくらい上空へ飛ばされる。
だが、その瞬間僕の火魔法が魔人に直撃した。
魔人の注意は十分に逸らせた。
あとはピクシーがカリファさんを運ぶだけ。
ちらりと、視界の端にピクシーを捉える。
あと少し――。
「ぶぉおおおっ!!」
オークの吠える声が響き、ピクシーの体が弾けた。
赤オークだ。
いつの間に? さっきまではいなかったはず。どうして急に?
「ちっ、召喚魔法だ」
着地したマルコさんは、肩で息をしながら吐き出すように言った。
「大丈夫ですかっ?」
「気ぃ遣ってる暇があったら頭動かせバカ。ったく、カリファの野郎……これじゃ戦うことすらできねぇ」
赤オークはカリファさんを人質にとるかのように彼女の細い腕を持って吊るし、鼻息を荒げている。
魔人は変体を終えていた。
だが、あれほど隆起を繰り返していた割には、それほど大きくない。それでも二メートルはあるだろうが、普通のオークの方がでかいだろう。
体はほかのオークと同じだが、顔が人間に近く、黒い魔法装束を纏っている。赤い宝玉のついた杖を持っているから、たぶんウィザード系なのだろう。
「くそっ、ブラッディ・オークにハイ・オーク。加えて人質にオークキングか……」
うん? 一匹多いような……あぁそうか、マルコさんは僕が黄色オーク、いやハイ・オークを操ってること知らないんだな。
「あの」
「よく聞けガキ。オークキングは人間に化けているとき無数のオークを召喚できる。まぁ限界はあるだろうがな。そしてあの状態になればブラッディ・オークより強ぇ。だが弱点はある」
僕の言葉にかぶせるようにマルコが早口にまくしたてた。
聞いてください僕の話も。と思ったが、そっちの情報の方が重要そうなので口は出さない。
「当然召喚には膨大な魔力が必要なはずだ。やつだってそろそろ限界だろう。だから人質なんてとってやがる。そしてやつはウィザードだ。接近戦には弱い」
「ってことは」
「あぁ、今はただの雑魚だ。っつっても、まだあれだけの治癒魔法を使えんだから、余力は残してやがる」
魔人から目を離さず話を聞いた。
マルコさんの攻撃は魔人の胴体を深く抉ったはず。にもかかわらず、一瞬でそれを治すなんて……しかも余力でだと? どんだけ化け物だよ。
魔人がこちらを見て笑った。
「動かないほうがいいですよ? ブラッディ・オークは手癖が悪いですからなぁ……こんな美人なんだ、うっかり手が滑るかも、しれませんねぇ……」
当のブラッディ・オークはふがふがと興奮しながら、カリファさんの体を凝視している。間違いなく魔人が指示を出したら大変なことになるだろう。
マルコさんの盛大な舌打ちが聞こえた。
「望みはなんだ?」
「言ったでしょう、動かなければいいって!」
その時、マルコさんにむかって火の玉が放たれ、爆発した。
直撃だったがしかし、マルコさんは倒れない。じっと敵を睨んでいた。
「そうそう、そういうことです」
楽しそうににやにやと笑っている。
「ちっ……おいコラ魔人。一つ約束しやがれ。俺の命はくれてやる。だからそいつとこのガキは逃がしてやってくれ」
「ちょっ」
漫画やアニメで聞きなれたはずのセリフが、まったく理解できなかった。いつもの、喧嘩っ早いDQNのセリフではない。
隣を見ると、そこには強い意志を持った男の横顔があった。怒りやその他の感情を押さえつけ、本気で懇願している。
魔人はそれを一笑に付した。
「ふははっ、どうしましょうか」
そして、火魔法を放つ。マルコさんは避けず、それを受けた。
「ぐぅっ」
「マルコさんっ!! あいつマルコさんを痛めつけてから断るつもりですよっ!! わかってるでしょう!?」
「おっとぉ、動いていいんですかぁ? この女がどうなっても知らないですよ?」
カリファさんの体が揺れた。
苦悶の声が上がった。
「黙ってろガキ」
「でもっ……」
「おしゃべりも控えてもらいましょうか」
命令すると同時に火魔法を放ってきた。三度、マルコさんの体は爆撃を受ける。
「マルコさんっ!!」
「しゃべるなと聞こえませんでしたかっ?」
今度はこちらに飛んできた。
避けちゃだめだ!
避けようとする体を必死に抑える。衝撃の瞬間、目の前が一瞬ホワイトアウトした。
崩れ落ちそうになってなんとか踏みとどまる。
マルコさんが吠えた。
「おいっ!! 約束が」
「うるさいですね」
さらに爆撃がマルコさんを襲った。ついでのようにこちらにも魔法が放たれる。
――まずい。
何とか踏みとどまり、朦朧とする頭の中で、まずその言葉が浮かぶ。
ここにきて、まともな防具を揃えなかったことを悔いた。せっかくオーダーメイドを作ってもらうんだから、もう少し貯めていいものを~とか余裕ぶっこいてた自分を殴りたい。まだ一度もまともな攻撃を受けていなかったことも原因の一つだ。
ちくしょう、下手したらすぐに死ねる世界だってことくらい、身に染みているはずなのに。
とはいえ、防具があったところで変わらないだろう。
何か、手は……。
その時、アプサラスが敵の背後からこちらへやってくるのが見えた。
まさか、あれだけのオークを一人で倒したのか? いくらなんでも強すぎる。
まぁいい。いくらアプサラスでもブラッディ・オークは厳しいだろうが、賭けるしかない。
『カリファさんを救出しろ』
突如。
風向きが変わった。
海が突然荒れだし、次の瞬間水が上空へ集まり、巨大な水の球体が出現した。
「なっ……なんだありゃ……」
マルコさんの呆然とした声が、海で巻き起こる轟音に邪魔されつつかろうじて聞こえた。
魔人たちが何か騒いでいるのも聞こえる。
そして球体がうねり、そこから無数の細い水の枝が伸びたと思ったら、それらが槍の如く魔人たちに降り注いだ。
「ぶぉおおおっ!!」
まず第一の犠牲者はブラッディ・オークだ。その手から落ちたカリファさんは水の枝の一本に絡め取られ、こちらへ運ばれてきた。
「カリファ!!」
マルコさんが慌てて駆けより、水の枝から彼女を受け取る。絡め取られたはずの彼女の体は、しかし濡れていない。半固形状の物質なのだろう。
「くそぉおおおっ!!」
一方の魔人は抵抗を続けていた。
しかしそれも時間の問題だろう。あまりに多勢に無勢、槍に次々と撃ち抜かれ、ついには這いつくばった。
終わりだ。
アプサラスは消え、海は怒りをおさめたように静けさを取り戻した。
そうだ、アプサラスは水の精なんだ。
水があれば自由に使えるし、強くなる。それが広大な海ならなおさらだ。
昨日アプサラスが消えたのは、たぶん海見てテンション上がってはっちゃけたからだ。二度目は反省してテンションが低かった。
昨日、町では不自然に魚が打ち上げられていた。彼女が何かしでかしたのだろう。
漁師たちへのささやかな報酬は、アプサラスからもたらされたものだったというわけか。
そんなことを考えていると、魔人が起き上がった。
まだ動けるのか?
「まだだ……まだ」
魔人はハイ・オークの足元にいた。多少傷ついているが、まだまだ元気だ。それが最後の頼りなのだ。
隣でマルコが舌打ちをし、構える。
けど、そのオーク、僕のなんだよなぁ。
魔人は満身創痍の僕とマルコを見て、余力を残したハイ・オークを見やり、笑みを浮かべた。
「くははっ……残念でしたねぇ。けど、おしまいです」
何か言ってるけれど、なんだかなぁ。
確かに僕たちは全員満身創痍だが、一匹動けるやつがいる。
というか、そいつです。
『やれ』
果たして、打撃音。魔人の後ろにいたハイ・オークは全身全霊を込めて棍棒を主人の頭へと振り下ろした。
最後の切り札として用意していた部下に裏切られた魔人は、信じられなかったのだろうか、声も出さずに倒れ、ピクリとも動かなくなった。
さてと、あまりこの力はばらしたくないな。証拠は隠滅しよう。
『ラリったみたいにアホな踊り踊ってから海に身投げしろ』
その瞬間オークは、コマネチ、アイーン、だっちゅーの、といった古き良きギャグをふんだんに含めたそれはそれはアホっぽい動きをしながら海へ向かい、
「ぶひぃ……」
一声こちらを向いて悲しそうに鳴いてから海へダイブした。
罪悪感? そんなもの湧くはずない。
残ったのは爽快感だけだった。
「あ? んだったんだあれ?」
「さぁ? 頭でも打ったんじゃないですか? そんなことよりも、カリファさんを……」
「……あぁ、そうだな」
マルコさんは僕を一瞥して、やがてつぶやいた。
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