女顔の僕は異世界でがんばる
不器用な冒険者 6
Dランクへの昇格には、軽い試験のようなものがある。
Dランクからは護衛依頼や、町周辺の村への派遣依頼があるから、実力他、ちゃんと依頼をこなす能力があるかどうか見極める必要があるのだ。
試験は、Bランク以上の冒険者の中から選ばれた試験官とともに、Dランク依頼を受けるというもの。
無事依頼を達成し、試験官に能力が認められれば、晴れてDランク冒険者となれる。
リュカさん曰く、Dランク依頼からはちょっと面倒になるから、パーティー組んだ方がいいかもとのこと。
依頼は複数人で一つ受けようが一人で受けようが問題はない。
ただ、依頼者が人数指定してくることもあるので、これからは即席でパーティーを組むこともあるだろう。
けどまぁ、僕にはまだ知り合いがいないし、今回はいいや。
べ、別に声をかけるのが怖いとかじゃないから。ただDランクくらい余裕なだけだから。
なんて思ってた時期が僕にもありました。
「俺が試験官のマルコだ。こっちがカリファ。よろしくなチビ」
目の前にいるのは、いつぞやの腐れ銀パと、その愛人らしきビッチ。二人してものすごく威圧的に睨んできている。
これは自己紹介ではなく、一種の恐喝だ。
「よ、よろしくお願いします……」
おずおずと頭を下げると、
「本当よまったく! こんなおつかい、ちゃっちゃと終わらせてよねー?」
ビッチが長い金髪をファサッと払い、吐き捨ててくる。
化粧してるのかと思わせるほど長い睫毛の赤目は少々つり上がり気味だが、そのほかの顔の造形は恐ろしく整っている。
そういう美人にはツンでれがデフォなのだが、この女はどうやらツンドラ属性らしい。僕に対してだけ恐ろしく冷たいのは、気のせいじゃない。
「は、はぃ。がんばります」
そう言って頭を下げた。
それにしてもなんて恰好してるんだこの人。
胸元のV字カットがみぞおちのあたりまで、そして下から腰の位置までスリットが入った赤のカクテルドレスは、もはや露出狂の域へ達している。
百パーセント露出した白いおみ足の側面がまぶしい。
「ねぇマルコ~、さっさと行きましょう?」
「あぁ」
カリファがマルコの腕にもたれかかる。このでれ要素が僕に向けられることはなさそうだ。期待してはいけない、絶対。
というか、Dランクとかどうでもいいから誰か助けてください。まじでこの糞カップルの間で一人とか嫌だ。
泣きそうになっていると、陽気な声が響いた。
「オーワじゃん。どったの浮かない顔して?」
リュカさんだ。
ニコニコ笑いながら僕たちのところに寄ってくる。
人の気も知らないでのんきな人だ。
「これから昇格試験なんですけど……」
「何よ、牛乳女! 試験中なんだからとっとと失せなさい!!」
「お?」
カリファがリュカさんに突っかかると、リュカさんがちょっと面喰ったような顔をして、そのあと状況を理解したようにうなずいた。
「なるほどねぇ、マルコが試験官でカリファがその付添い、と」
「そうよ、何か文句ある?」
「文句かぁ、別にないよそんなの。マルコなら安心だしね。マルコー、やる気ないからって試験中に酒飲みすぎるなよ~?」
もしかしてついてきてくれる? とか思ってた時期が以下略。
「誰が飲むか。てめえじゃあるまいし」
うっとおしそうに、けれどしっかりマルコは返事する。
リュカさんがこちらを向いた。
「オーワ、あいつが酒飲んでたらあとで教えろよ~」
「えっ?」
「さっさと失せろ牛乳!!」
カリファが怒声を浴びせた。やけに攻撃的だな。
「お~怖い怖い。そんじゃね、オーワにお二人さんっ。面白い話期待してるから頑張って~」
ひらひらと手を振って奥へ消えた。
期待するのは僕が昇格することじゃないのか。
「何しに来たのよあの女!」
カリファはいらいらしていた。
まったく同感だ。
けれどマルコが、いわくありげにリュカさんを見ているのが印象に残った。睨んでいるふうじゃないし、何かあるのだろうか。
町の外にいたのは、ちょっと太った、豚のような鼻をした商人――コーウさんとその馬車だった。
なんでも、ここから一日ほど移動したところにある港町<ミスナー>に魚介類や香辛料の買い付けへ行くそうだ。
往復で二日。こうなることは予想していたのでヨナにも言ってあるし、ベビーを置いてきたからそちらは問題ない。
あとは僕の精神が持つかどうか。
コーウさんはもみ手をする勢いでマルコにすり寄っている。
「いやぁ~最近は魔物が多いですから不安だったのですが、マルコさんなら安心です」
あの、僕もいますよ? ちらりとも見てもらえないとちょっと寂しくなる。あぁいつものことか。
マルコとコーウさんは軽く立ち話をして、それから出発した。
なんだかんだマルコは、仕事の時はちゃんとしているようで、礼儀をわきまえたしっかり者になっていた。
三人なので行きは荷台に乗せてもらえる。
バカップルと僕を乗せた馬車が、がたごとと草原に囲まれた街道を進んで行く。
青い空、朗らかな陽気、そして気持ちよさそうに寄り添う美男美女カップル……そんな光景を見なくて済むように、僕は魔法の訓練に勤しんでいた。
何度目かの失敗の直後、左斜め後ろから不快な笑い声が聞こえた。
「ぷふっ、だっさ」
「……っ!」
あのアマ、ピクシーの餌食にしてやろうか。
かろうじて怒りを抑え、練習に集中する。
くそ、試験中じゃなければ。
中心に凝縮させて……飛ばす!
「きゃはははっ、なにあの構え~っ!!」
再び笑い声が巻き起こる。
くそ、下品な笑い方しやがって。
さすがに何か言い返そうかと思ったら、
「カリファうるせぇ」
「へっ!? ごめんねマルコ~。怒らないでぇ~」
彼氏に怒られてやんの、ざまぁみろ。
しかしそのあとも、腹いせのつもりか僕が魔法を放つたびに小さく吹き出す声がした。
全然集中できない。
訓練は邪魔されるわ、むかつくやつのいちゃいちゃ見せつけられるわ……まったくもって不快な旅だ。あぁ、早く終わんないかなぁ。
しばらくしてようやくあの女が眠ったのか、ヤジが飛ばなくなってようやく集中できていた。
しかし何十発目かになっても、相変わらず火の玉はひょろひょろとしか飛ばないし、数メートル飛んだだけで消えてしまう。むぅ、うまくいかん。
「おいチビ。お勉強もいいがまわりの警戒を怠るなよ。油断は減点対象だぞ」
そう言う銀パは、ビッチをはべらせ寝転んでいる。ビッチはその隣ですやすやお休み中だ。
油断? あんたがそれを言うか?
「妖精たちにここら一帯を見回らせているので大丈夫です。油断なんてしてません」
「あっそ」
マルコは一言そう言って、静かに目を瞑ってしまった。完全に眠る気だなあの野郎。
マルコがいつ喧嘩ふっかけてきてもいいように、念のため僕は出発前にピクシーとアプサラスを召喚していた。
けれどそんな気配もないので、二人には小遣い稼ぎにこの馬車の周りにいる魔物の駆除を命令している。ここら辺に出てくる魔物が大したことないのは経験として知っているが、念のためだ。
二人には僕のと同じ巾着袋を持たせている。
この道具袋は一袋五千Gから高いのになると数十万もするが、一番安いのならすぐに元が取れる。いちいち往復させるよりはと何袋か買っておいたのだ。
というか、もう。また集中が途切れちゃったじゃないか。こいつら僕に恨みでもあるのか?
イライラしながらも、訓練を続けた。
昼ごろ、街道の右側に山が現れた。左側にはどこからかいつの間にか現れた大きい川。
そこでいったん休憩となり、コーウさんをふくめ僕たちは川のほとりでお昼を食べることにした。
どうやらコーウさんは結構裕福らしい。お昼を食べる習慣があるということは、つまりそういうことだ。
マルコとコーウさんが世間話をしている間、暇になったのか、カリファが魔法の訓練をしている僕の方へ寄ってきた。
また邪魔する気かこのアマ。
「あんたずっとそれしてるわね。まだできないの?」
うっ、棘のある言い方だ。
「え、えぇ、まぁ……」
「ふーん、召喚魔法なんて器用なもの使えんのに、変なの」
「ちょ、ちょっと違うんですよ、それとこれとじゃ」
できないものはできないんだからしょうがないじゃないか。ちょっとぶすくれて、魔法に集中する。
真ん中に集中して……できる限り凝縮して……飛ばす!
火の玉はちょっといったところで霧散してしまった。
「下手くそ」
「うぐぅ」
「あんた凝縮過程もなってないけど、それ以上に撃ち出し方がダメね。ちょっと見てて」
え、なに? 教えてくれんの?
呆気にとられた僕のことを気にせず、カリファは右腕を突き出して一瞬で火の玉を作り出した。
でかい。
その威力を物語るように、美しい金髪が宙空をゆらゆら揺らめく。そして一瞬力を入れるように体を硬直させると、次の瞬間火の玉は勢いよく撃ち出された。その反発を受けて、細い腕が上に挙がる。風圧でカクテルドレスが後ろへめくれ上がった瞬間、ぴっちりとお尻に張り付いたパンツが露わになった。
そして火の玉は川の中心へ飛び込み爆発し、一瞬川に大穴をあけた。
そのあまりの威力に、僕は呆気にとられてしまった。
「いい? あんたは撃ち出すというより投げ飛ばそうとしてる。それじゃスピードが出ないわ。ファイアの真髄は凝縮により引き起こされる爆発と、撃ち出すスピードよ。さぁ構えて」
「は、はいっ!」
やばい、この人すげえ。とたんにやる気になって、僕は手を水平に突き出した。
「まずその構えがダメ。なんでへっぴり腰なの? それじゃ体勢が崩れちゃって弾く力が逃げちゃうじゃない。ぴしっと立って……そう……あと肩とひじを固定して……」
後ろからくっつくようにして、姿勢を正される。
や、やばい、いい匂いが……っていかん、こいつは敵だろ、しっかりしろ僕!
「よし、それじゃあ火の玉を作って。凝縮のことは、今は考えなくていいわ」
「あっ……はい」
カリファはいつの間にか僕から離れていた。残念だなんて一瞬たりとも思ってないから。
火の玉を作り出す。
「あとは思い切りはじき出すイメージで」
「はいっ!」
弾く!!
パァンと、手のひらで何かが破裂したような感じがした。と、次の瞬間、火の玉が水平方向にまっすぐ飛んでいき、今までとは比べ物にならないほど遠くで消えたのを見た。
「やった!! できた!!」
「うん、まだまだってところね」
え? 十分飛んだじゃないですか?
僕のほうを見てカリファは首を横に振った。
「スピードが足りないわ。あれじゃ避けられちゃう。もう一度ね……って、何よ? 文句あんの?」
「いえ……カリファさん、いい人だったんですね」
正直な感想だった。それを聞いたカリファさんは耳まで真っ赤になる。
「あっ、あんたがあんまりにも惨めだったから相手してやってるだけよ!!」
うぅ、ニヤニヤしてしまう。
「えぇ、そうですね。ありがとうございます」
「い、いいからさっさとやんなさい!!」
「はいっ!!」
惚れてまうやろと叫びたい気分。この人やっぱツンでれだ。
日が暮れる頃、港町<ミスナー>に到着した。
ここまでの間にも何度かカリファさんに相手をしてもらい、なんとか火魔法の基本三種をマスターできた。
いやぁ、教えるのマジでうまいですカリファさん。
道中の魔物はすべて妖精に倒させたので、実質的な戦闘はゼロだ。
ピクシーはさすがに疲れた様子だったが、普段に比べれば戦闘回数が少なかったこともあり、二度の再召喚で事足りた。
問題はアプサラス。この町に着いた後で呼び戻したのだが、しばらく戻ってこなかった挙句にどこかで消えてしまったのだ。
再召喚して袋を回収させたが、今度は特に何事もなかったようだし……いったい何があったのだろう。
アプサラスはずっと無表情だからわかりにくくて困る。
翌日の集合は朝七時となり、門の前でいったん解散となった。
宿は用意されてるらしいが三人部屋らしく、マルコは僕にそこを譲ってくれた。自分たちは別に宿をとるそうだ。
まぁ自分の女を見ず知らずの男と一緒の部屋に寝かせたくはないわな。
いちゃいちゃとマルコに付き纏うカリファさんに礼を言い、僕は一人で港町を散策することにした。
まず向かったのは、海沿いの通り。波止場だ。
左手に広がるのは、この世界に来て初めての海。海岸線に沈む夕日が美しい。
独り身にこの景色と潮風は沁みるぜ、なんて思いつつも、嫌な気分にはならない。
なんで海って、見るだけで癒されるんだろう。
しばらくぼーっと佇んでから、海に沿って波止場の上を歩き始めた。
今の時間、さすがに港は落ち着いている。
それに対して町の方からは、宴会でもしているのか、ところどころから騒ぎ声が聞こえてきていた。
商人同士の交流だろうか、いや、漁師もいるんだろう。
この町に冒険者は少ない。
一応ギルドも存在するが、基本的に商人と漁師の住む町だ。海は漁師の領域であり、冒険者は活躍の場が少ない。
しかも陸地の方は<プネウマ>の大きな冒険者ギルドがほとんど牛耳っているのだから、これは必然だった。
せっかくの港町、なにか海の幸でもと思って入った店はやけに騒がしかった。
耳を澄ますと、なんでもついさっき突然海が荒れたと思ったら、死んだ魚が大量に波止場へ流れ着いたのだそうだ。
「シー・ドラゴンが現れたかもしれない」
ドラゴン!?
一瞬期待で胸がどきりとしたが、すぐに笑い声が上がったことから冗談だとわかり、うなだれた。
注文したシー・ピグのカマ焼きは脂がのってて最高においしかったが、僕の頭よりも大きくて、平らげるのが大変だった。
というか、シー・ピグって、つまりはシー・ピッグなわけで。
考えるな、感じるんだ、舌で。
せっかくなのでヨナにお土産として真珠が一つついた首飾りをを買い、宿に戻ってきた。
さすがに一日中魔法を使い続けたからくたくただ。なのでさくっと体を拭いて、さっさと寝ることにした。
おやすみ。
――ドンドンドン!!
「うぐぅ……」
突然のノックに、僕は叩き起こされた。
誰だこんな時間にドラミングしてやがるのは。
一喝入れてやろうと思い部屋の明かりをつけ、ドアを開けると、
「よぉ、中に入れろ」
そこにいたのは腐れ銀パだった。
左手に光る魔法の水晶を持ち、背中に赤い顔したカリファさんを背負っている。そして酒臭い。
何が起こったのか僕は一瞬で把握した。宿とるのも忘れてこいつらは……。
「ど、どうぞ」
ドアを開いて道を開けると、よろよろとマルコは部屋へ入り、一番手前のベッドの上にカリファさんを横たえた。
服が乱れまくってヤバいことになってる。
あぁ、薄桃色……マルコは手早く衣服を直し、こちらを睨みつけた。
「忘れろ」
「はい」
忘れるわけない。
今の画像は脳内の数学課題フォルダのS級ファイルに保存した。ちなみにファイルはDからSまでランク分けされていて、すでにSフォルダにはこの世界での写真がいくつか保存されている。全部リュカさんだけど。
と、そんなことを思っていると、マルコは自分もベッドの上で横になり、唸り声を上げた。
「くそ……飲み過ぎた……おいチビ、水よこせ」
「チビチビ言わないでください。僕の名前は煌輪です」
水を渡しながら訂正した。今のこいつになら素手でも勝てる。ヤッちまおうか?
そんな僕の殺気に気付きもせず、腐れ銀パは水を一息に飲みほした。
「ぷはっ……まぁなんでもいい、このことはあの女には言うな。というか今すぐ忘れろ。そんでもって明日の朝六時半に俺たちを起こせ……わかったな?」
「忘れたら起こせないでしょうに」
「うぐぅぅ気持ちわりぃ……つべこべ言わず言うこと聞きやがれチビ。試験落とすぞ……」
気持ち悪そうに唸り声を上げ、とんでもない言葉を吐きだした。
「職権乱用です」
「黙れ……うぅ……明かりを消せ……」
ため息をついて、僕は明りを消した。
まったく、リュカさんからも商人からも仕事に関しては信頼されてるふうだったのに、このザマとは……こんな気の抜けたやつ信頼していいのか? それに商人、人を見る目がなってないとこの先まずいんじゃないのか?
もやもやしながらも、僕はベッドに入った。
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