女顔の僕は異世界でがんばる
不器用な冒険者 2
こっちにきて、少しは強くなれたみたいだ。
思わず口がにやけてしまう。
ゴブリンもピグも弱すぎた。これなら、オークにだって勝てるかもしれない。
というか、筋力とか無茶苦茶上がってるような気がする。もしかすると目に見えないだけで、ステータスとかレベルとかが存在しているのかもしれない。
「ふぅ……」
三時間くらい経ったかな。とりあえず休憩しよう。
そう思い、よさげな木の根元へ腰を下ろした。
まだオークと遭遇していないということは、出現確率が低いんだろう。だったら、この森に用はないな。
てっとり早くランクアップして、もう少し手応えのあるところへ行きたいよ。
というか、これ、召喚魔法を端から覚えていけば倍数的に討伐速度上昇するよな。
とりあえず雑魚たくさん召喚して、一気に貯められるようにしてから強力なのを召喚していけばいいか?
いや、でも費用対効果は、強い使い魔の方が断然いい。
正直、ピクシー一体でスカルナイト三、四体分は働いてくれる。
ピクシーに必要な魔力は体感でスカルナイト二体分くらいだから、できる限り強いやつを召喚していった方がいいことになる。
スキル『解放』を発動した。
使い魔たちが大量に魔物を倒しているからか、解放できるスキルが結構ある。エネルギーとかいう経験値的なものは共有されるみたいだ。僕もそれなりに倒したしな。
とりあえず一番良さげな召喚魔法を――
「ぶぉおおおっ!!」
「うわっ!」
突如、前方で咆哮が発生した。
ビビって立ち上がると、オークが正面奥からどすどすやってくるのが目に入る。
び、ビビッちまったじゃないかこの野郎。まったく、TPOくらいわきまえてもらいたい。
王の力発動。
すると、オークはただでさえ間抜けな面をさらにだらりと弛緩させて、その場に静止した。
「適当な魔物ボコして魔石持って来い。五時間後に森の入り口集合な」
「ぶぅ、ぶぅう」
なんか異常にぺこぺこしながらしきりに頷き、オークは去って行った。
なんか、あまり疲れないな。魔力が上がっているのだろうか。今ならあと五、六発は連続で使えそうだ。
さて、続き続き。
「出でよ<アプサラス>」
魔方陣が発動し、光が消えると、そこには手のひらサイズの女の子がいた。
流れるような長い水色の髪に、すらりとした体つき。透き通るような白い肌は沁み一つない。
水の妖精は青い瞳の目を開けると、羽もないのに浮き上がってきた。
スレンダーな体は透明な水色の布で覆われていて、いろいろ危ない、というかほぼアウト。いやいや、別に興味ないよ? 僕紳士だし?
「よ、よし、アプサラス……」
どもっちゃう僕まじ純粋。草食系とも言う。『草食系』って『装飾系』にするとちょっと『オサレ系』みたいでカッコいい。
アプサラスに同様の説明をすると、クールにも表情一つ変えずにこくりとうなずき、ぴゅんと飛んで行ってしまった。
……魔物っ子ハーレム目指すっていうのも、いいかもしれない。あれ、でもそしたら僕は魔王になるのか? 魔王……かっこいいじゃん。人間嫌いだし、ちょうどいいかもしれない。
なんて考えてる時点で僕はもうだめなのだろうか?
壮絶にどうでもいいことをぐだぐだ考えつつ、再び狩りへ向かった。
六時間後、僕は魔法の巾着袋いっぱいの魔石と牙を抱え、ギルドへ戻ってきた。
結果として、アプサラスを召喚したのは大成功だった。
ピクシーもすさまじい速度で狩りをしていたみたいだが、アプサラスはさらに上をいっていた。機動力の差もあるだろうが、スカルナイトとベビードラゴンがちょっと気の毒になる。
召喚魔法は、一度召喚すればもう魔力を消費する必要はない。
その代り、使い魔自身に体力のようなものがあって、それを使い切ると消えてしまうようだった。
そのためスカルナイトとベビードラゴンは何回か召喚し直す必要があり、妖精たちに比べると効率はだいぶ劣る。
いやでも、こいつらもそれなりに頑張ったよ?
ちなみに僕は断トツで最下位だった。心が痛い、申し訳なさで。
十キロ入る巾着袋にも入りきらなかったので、残りは穴に埋めてきた。たぶんばれないと思う。いや、ばれてもいいか、あれくらい。
夜は、ギルド内の様子が少し変わっていた。
空きスペースの丸机は冒険者の交流の場として利用されているらしく、酒を飲みながらぎゃあぎゃあ騒ぐおっさんや女でごった返している。
その隣を通り過ぎると、多少嘲笑が耳障りだった。
特に「かわいー」とかいう声がマジうざい。やっぱりこの顔は、どこに行っても舐められるらしい。
不快感を何とか乗り越え、素材買い取りカウンターに到着した。
「こんばんは。魔石ですか?」
うなずくと、受付さんはケースを取り出した。
「ではここにお願いします」
言われるがまま、巾着袋からそのケースに魔石だけを流し込んでいく。
ケースいっぱいに黒曜石のような魔石が流れ込み、だんだん山に、そしてあと少しで崩れるというところで、僕はいったん袋を閉じた。
「もう一つケースをお願いできますか?」
「は、い?」
受付さんはぽかんとしていて、三拍くらい置いてからあわててケーシを取りにさがって行った。あぁ、きもちぃい。こういうのやってみたかったんだよな。
結局三つのケースになみなみ魔石を注いで総計約一万三千G手に入れた。塵も積もれば何とやらだ。ウハウハです。
そのあと受付へ行き、ゴブリンの牙を百二十五本納めると、特別に十二日分の依頼をまとめて行ったことにしてもらえ、三千六百G手に入れた。
「そ、それとですね……」
「はい?」
にやにやが止まらない僕だ。さぞかし変なやつとして認識されただろうが、やめられなかった。
「Eランク昇格です。カードを書き換えるので、提出をお願いします」
え、まじで? ……ちょろすぎる。
書き換えはものの数分で終わったが、その後の話が長かった。
何を言われたのかよく覚えてないけど、なんか『史上最速での昇格』だとか『ランクが上がると危険だから気をつけろ』だとか『初心者には変わりない』だとかいろいろ言われた。
ぼぉっと歩いていると、横から声がかけられた。
「おいガキ」
「はい?」
呼ばれて声の方を向くと、目の前にジョッキ?
視界が一瞬暗くなり、衝撃、すぐに激痛。
直撃だった。
ビールの苦いにおいが鼻を衝く。
「ひゃっひゃっひゃ、悪い悪い、まさかこんなのも避けられねえとは思わなかったからさ!!」
銀髪の大男が大声で笑い、つられるようにテーブル内で爆笑が湧きおこった。
「はははっだっせ――っ!!」
「ちょぉっとあんな子供にかわいそうじゃない、マルコ!」
その光景は、見慣れたものだった。なんだか、元の世界に帰ってきてしまったような気になる。
くそ、下衆な声だ。久々に聞いたけれど、やっぱり気に食わない。
何か気に入らなかったのだろうか? いや、入りたての、しかも明らかに自分たちより弱弱しい見た目の僕みたいのが調子乗っていれば、からみたくなるものだろうか。
糞が。
高揚感は、一瞬で霧散してしまった。
テーブルで最も存在感を放っている、銀髪の男が、吠えるような笑い声をあげる。隣のいかにもギャルっぽい、金髪のカクテルドレスを着た女とこちらを嘲っていた。
「はっはっはっ!! かわいそうじゃねぇよ、カリファ。これは躾だ!! ちょっといい気になってちょーしコイテるガキを躾けてやんのが俺たち上級者の務めだろう?」
なんでいつもこうなんだ。バカみたいに笑いやがって。
『いじめは死ね!!』
「ん? なんか文句あんのか、ガキ?」
銀髪の男は立ち上がり、威嚇するように見下ろして間合いを詰めてきた。
鋭い目つきに引き締まった顔は、なんとなく、野生のオオカミをイメージさせられる。肉食獣、捕食者だ。僕はさしずめ餌、こいつの憂さ晴らしか何か知らないけど、そういった心の上を満たすための被捕食者。
センサーはけたたましく鳴り響いていた。
けど、引けない。震える体を抑え、睨み返した。歯の根が合わず、カチカチと音を立てている。
ここで引けば、あの時せっかく超えた一線が、無意味になってしまう気がする。絶対引いてやるものか。
「あぁ、その目だ……その目がムカつくんだよ……雑魚が粋がってやがんのがよっ!!」
男が吠えた。
瞬間。
消えた?
いや、沈んだ!
下だ!
上体を高速で沈め死角に入りこむことで、あたかも消えたように見せかけた――
「おらぁっ!!」
「ぐっ!!」
ガードが間に合った。
完全に反射だった。
いつも食らっていた腹を、とっさにかばった。
体の前で交差した腕を、男の掌底が叩く。
一瞬、男と目が合った。
驚いたように少し見開かれている。
でも――
「らぁあああっ!!」
――力が圧倒的に足りない。
浮遊感。
視界が絵の具のように溶ける。
衝撃、体中に。
気が付くと僕はテーブルとイスの中に突っ込んでいた。
「「「うわぁあああっ!!」」」
「なんだっ!?」
「マルコとガキが決闘だってよ!! でも死んじまったんじゃねえかこれ!?」
外野がガヤガヤとうるさい。
一人、優しげなおっさんが覗き込んできた。
「お、おい坊主……大丈夫か?」
「……大丈夫です」
これくらい慣れてるから。しかもガードしたから、派手だったっぽいけどダメージはそれほどない。
どうやら戦いの中で鍛えられるのは筋力だけじゃないみたいだ。
すくっと立ち上がると、外野がまた喚き始めた。
「おぉぉっ!! ガキがまだやる気だぜ!?」
「Eランクなり立てだろ!? マルコとやりあうなんて無茶だ!!」
「いいぞーっもっとやれお前ら!!」
騒ぎ立てる観客は、敵ではなかった。けれど誰も僕の勝ちは期待していないようだ。
いや、確かにあいつは強い。今の僕では、とても勝てないだろう。
今まで戦ってきたどの敵よりも、速く、力強い。
人間じゃない。
けれど、まったく立ち向かえないわけじゃない!
その事実がうれしくて……僕、今高揚している!
--やってやる!
「出でよ<アプサラス><ピクシー>」
ガクンと魔力が削られるのを感じながら、男を凝視する。
男の目は、今度こそ驚愕に見開かれていた。
「おい……あれ、妖精だろ……?」
ざわざわと場がざわめきだす。そんなに珍しいことなのか?
見開かれた目を、警戒したように細め、銀髪の男が口を開いた。
「て、てめえ……フェアリー・サマナーか……?」
いや、違う。というかなんだそれ?
注目を浴びている妖精たちは、周りのことなんか一切気にせず、犬歯をむき出しにして男を威嚇している。
集中力があってたいへんよろしい。惜しむらくは、かわいくてまったく威嚇の意味がないことだな。
男の口が不敵にゆがんだ。
「おもしれぇ……行くぞガキィッ!!」
「来るぞ二人ともっ!!」
恐ろしい速度で男が向かってくる。地面を滑るかのようだ。
僕は体勢を落として、構えた。こうすれば死角が少なくなる。
ピクシーが火の玉を生み出し、アプサラスが水の壁を作り出して――
――男の目の前に銀色の槍が突き立った。
男はギリギリで踏みとどまり、槍の持ち主を睨みつける。
「エーミール」
「……」
野次馬たちが困惑したようにざわざわとし始める。
男の顔は怒りに満ちていた。邪魔されたから、というわけではないのは、すぐに分かった。
この男は、エーミールさんを憎んでいる、のだろうか?
今にも飛びかかろうと言わんばかりだ。
「よくもおめおめと、俺の前に立てるじゃねぇか? この、負け犬が」
「……」
エーミールさんは何も言わない。そこだけ気温が一気に下がったように、冷たい雰囲気を醸している。
さっきまでとは打って変わって、異常な緊迫感がギルド内を満たした。
「エッ、エーミールさ……」
「ごめんねぇマールコー」
エーミールさんに声をかけようとしたところで、頭の上からのしぃっと何かに押さえつけられた。
いや、何かが乗っかった。
やわらかくて甘いにおい……リュカさんだ。後ろから回された白い腕が僕の胸の前で交差し、頭上から思いっきり場違いな陽気な声がした。
「でもさぁ、子供に手を出すのはよくないでしょ?」
マルコの顔が苦々しくゆがんだ。
「……リュカ」
「なんか久しぶりってかんじだねー」
あまりに場にそぐわないリュカさんの声は、この場で明らかに浮いている。
数秒間、銀髪の男ーーマルコはリュカさんを睨みつけて、やがて視線を外した。
「お前ら、今日は引き上げだ。せっかくの酒がまずくなっちまった」
そして立ち上がり、仲間らしき人たちにぶっきらぼうな声をかけ、だらだらと出て行ってしまった。
「さて……わたしたちも行こうか。針のむしろだしね?」
リュカさんの問いかけにエーミールさんが小さくうなずいて答える。
声をかける間もなく腕を引っ張られ、僕たちはギルドを後にした。
近くの建物の陰に連れてこられた。そこで僕は解放される。
すごくムカついていた。
エーミールさんとリュカさんを前に、
「なんで邪魔したんですかっ!?」
気が付くと大声が出ていた。
リュカさんは困ったように笑い、エーミールさんは相変わらず無表情だ。
「助けたって言うつもりなんですか? 弱い僕を?」
まるで僕が弱者で、一方的にいじめられていたから助けましたみたいなノリが、我慢できなかったのだ。
僕はもう、ただいじめられるだけの存在じゃない。
「僕だって、ちゃんと戦えた!」
「知ってるよそんなこと。君は弱くない。なんてったってフェアリー・サマナーだ」
今度はリュカさんが、相変わらず陽気な声で言ってくる。
「なんなんですか、それ?」
不機嫌さを崩さないまま僕が質問すると、リュカさんは苦笑した。
「あぁ、ごめんごめん。そっか、オーワ君は知らない、よね。スキルはわかる?」
うなずくと、リュカさんは続けた。
「スキルの中には、魔物を使役できるものがいくつかある。調教魔法とか、召喚魔法とかね。だから魔物を使役していること自体は何にも不思議じゃないんだ。
でも、フェアリーとドラゴンは違う。難易度が桁違いなんだよ。ドラゴンはまぁ、めちゃ強いからだけど、フェアリーはそうじゃない」
リュカさんは僕の隣にふわふわ浮いている妖精たちを指さした。
「彼女たちは、なんていうか、エネルギーそのものみたいな存在だから。そもそも生物かどうかも怪しいし。だからよっぽど好かれない限り、使役することはできないって言われてる。
でね、そんなんだから、その二つを調教したり召喚できる人のことを、この界隈じゃ区別しているってわけ」
それで、フェアリー・サマナーか。
「なら、僕が戦えるってわかってるんなら、なんであんなこと」
「守るためだよ」
だから、僕はっ!
言い返そうとして、
「周りを」
リュカさんの続く言葉に、言葉が出なかった。
「周りを?」
「あんなところで魔法使ったら危ないじゃん?」
「……あ」
あんなところ……ギルド内の共有スペースだ。
いろんな人がいた……屈強な戦士に若い女の子……あの中には、当然まだ力のない冒険者だっていたはずだ。ギルドの職員だっていた。
もし、そういう人たちがピクシーの爆発魔法に巻き込まれたら?
僕が黙り込むと、リュカさんの掌が僕の頭の上に乗った。……撫でられている。
「たぶんオーワは、まだ外の世界をよく知らないからわからないだろうけど、君の力にほんの少し巻き込まれただけで大けがしちゃうほど、弱い人もいるんだ。今度から気を付けよう?」
まるで、出来の悪い子を諭すような言い方に、僕は顔が熱くなるのを感じた。
まだムカついてもやもやするけど、それは自分に対してだった。なんで、こんなこともわからなかったのだろう、そう思った。
「ごめんなさい」
しおらしく返事をすると、エーミールさんがかすかに頷き、その場の空気が急に緩やかさを取り戻したようだった。
様子を伺った後、リュカさんが明るい声を上げる。
「んじゃ、早くヨナちゃんのとこ帰ろ? おなか空かせて待ってるよきっと」
「はい……てかついてくる気ですか?」
「モチ」
メンドくさいなぁと思いながらも、突っぱねることはできなかった。
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