女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

#2 不器用な冒険者 1



 晴れて自由の身になったはいいけれど、それはそれで問題がある。
 自由と言うのは、すなわち束縛が無いということ、もっと言うと縛ってもらえないということだ。
 縛ってもらえているうちは、縛っている側に善かれ悪しかれ養ってもらえる。奴隷商のもとでも、最低限だったけど、それはあった。
 
 けど、これからは自分で稼がなければならない。いや、ヨナを束縛している今、彼女の分まで僕が稼がなきゃいけないんだ。

 それだけじゃない。

 結局、ヨナの呪いの正体はエーミールさんでもわからなかった。けれど、呪いは命を奪うような種類ではないらしい。

 エーミールさん曰く、おそらくヨナの容姿、異常に低い体力や免疫力などに関わっているのではないか、とのこと。

 もちろん断定はできないし、諸手を挙げて信じることもできない。
 けれど、今のところは、安静にしてしっかりと食べてもらうことが第一だ。
 当面の目標は、生活基盤を整え、できる限り早く資金を貯めること。
 とするなら、向かうところは一つ――ハロワだ。

 契約の翌日、僕はリュカさんとエーミールさんに連れられ、この世界のハロワ――冒険者ギルドに来ていた。

 ギルドは二階建てのそこそこ巨大な石造建築物で、入り口がやけに広く、開け放たれている。
 見た目はローマ建築に近い感じで、装飾付きのぶっとい柱が幾本も立っていた。

 ここへ来る途中散策気分でここ<プネウマ>の町並みを見物していたが、建物はレンガ造りのかわいらしいものが多く、道は石畳で、どことなく中世ヨーロッパっぽいと感じた。
 いや、実際に中世のヨーロッパなんて見たことないから、何とも言えないけど。
 とすると、この建物は少し古いのかな。とか思いながら、ギルド内へ足を踏み入れた。

 ギルド内はいたって事務的な造りになっていて、入ってすぐ正面にいくつか受付カウンターのようなものがあり、受付の女性が機械の如くキビキビと働いていた。
 冒険者は屈強なおっさんばかりでなく、優男やかわいらしい女の子もいて、和気あいあいとやっているような感じだ。
 よかった、これなら僕でもやっていけそう。

 リュカさんが左のカウンターを指さした。

「左側が受付で、右側が素材買い取りカウンター。とりあえずギルドに登録するなら、受付だね」
「わかりました」

 相槌を打つと、リュカさんが意地悪そうな笑みを浮かべた。

「お姉さんがついてってあげよっか?」
「いりませんよ」

 ガキ扱いしやがって。こちとらもう十五だぞ? もっと言うとあと半年で十六になる。 

「あっはっは! まぁ何かあったらお姉さんの名前呼ぶんだぞ? リュカ姉ちゃーんって」
「大丈夫ですって!」
「おぉ怖い怖い。じゃがんばってね~」

 ケタケタ笑いやがりながら、リュカさんは左にある階段の方へ歩いて行った。
 エーミールさんは相変わらず眉一つ動かさない。

「エーミールさんも、ありがとうございました」
「……あぁ」

 じっとこちらを見てひとこと漏らし、右側の素材買い取りカウンターへと歩み去った。
 さて、じゃあぼちぼち就活でもしましょうか。

 受付は若い女の人だった。
 やっぱり事務系の仕事は女性が多いのだろう。冒険者みたいな危険な仕事は男の方が適してるだろうし。
 受付さんが事務的に頭を下げる。

「こんにちは。ご用件はなんでしょう?」
「こ、こんにちは。ギルドに登録したくてここに来たのですが……」

 緊張するな、僕。深呼吸、深呼吸。
 噛み噛みになってしまった僕に、受付のお姉さんは優しげな笑みを浮かべる。

「登録ですね? 説明はいかがいたしましょうか?」

 ギルドのことは、ここへ来るまでにリュカさんからあらかた教わっていた。

 冒険者ギルドは、日本にいたころのイメージ通り、人を害する魔物の駆除や、生活に必要な物資――素材の調達をメインとした職業、冒険者の同業者組合だ。
 増えた魔物の討伐や物資の調達は依頼という形でここに集まる。
 冒険者はその中からできそうなものを選んで受注し、仕事し、達成したらその依頼の難易度に応じて報酬が得られるというシステムだ。
 念のため説明してもらったあと、筆を手渡された。

「では、ここにお名前と性別、年齢を記入してください」

 そういえば全く気にしてなかったけど、なんで日本語なんだ? 地球でさえ、日本語は結構マイナーな部類に入るというのに。
 まぁ、そんなことは考えても無駄だろう。
 名前だけナマエとカタカナ表記になっている。
 ふり仮名欄もないから、カタカナで書けと言うことか? 苗字と名前の順番は?

 考えてもよくわからなかったので、あきらめてオウワ・マダラメと書き込み、受付さんに渡した。
 すると受付さんが、僕の顔と紙を見比べて眉をひそめた。

「本当に十五歳、ですか……?」

 言われると思ったよ。
 昨日もそのことで散々リュカさんに笑われた。
 エーミールさんにも詰問されたし、挙句ヨナまで疑ってきた。
 ちなみにリュカさんは十九、エーミールさんは二十、ヨナは十四だった。僕はヨナに年下だと思われていたらしい。
 えーえーどうせ童顔ですよ女顔ですよ。何年も言われ続けたことだから慣れっこですよーだっ。
 精一杯の憎悪を込めて睨みつけた。

「……正真正銘十五です」
「し、失礼しました……」

 くそ、まだ疑ってやがる。

「それでは登録料として千Gいただきます」

 僕は巾着袋の中から銀貨一枚を出して、受付さんに渡した。
 この世界には鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨があり、それぞれ十G、百G、千G、一万G、十万Gとなっている。

「ではプレートをお作りしますので少々お待ちください」

 受付さんはそそくさと奥へ下がり、少ししてバーコード大の小さなカードを持ってきた。カードにはランクF・オウワと書かれている。

「これがプレートになります。プレートは魔石によってできた魔法道具であり、体内に埋め込むことが可能で、必要に応じて取り出すことも出来ます。無くすと再発行には千Gほど費用をご負担していただくため、普段は埋め込んでおくことをお勧めします。現在、オーワさんのランクはFですが、依頼の達成状況に応じて上がっていくので、がんばってください」

 ランクはFからSまで存在する。ランクが高いと様々な特権を得られ、難しい依頼も受けられるようになるのだ。

「ありがとうございます。それと今魔石を持っているんですが、これはどうすればいいですか?」

 魔石は、死んだ生き物の体内に現れる魔力の結晶体だ。
 生き物には魔力があって、それが魔法を使うエネルギーの源となっている。魔力は生き物が死ぬときに結晶化し、それが魔石として残るのだ。種類は生き物によって様々あり、強い魔力を持っている魔物ほどいい魔石を残すとのこと。

「魔石は向かって右手のカウンターにて、常に買い取らせていただいております」
「わかりました、ありがとうございます」

 お礼を言って、カウンターを後にした。


 魔石を売って一通りの用事を済ませたところで、ギルドを後にした。
 魔石は森の中で遭遇したオークとゴブリンと豚型の魔物ピグのもので、魔物の死体を発見してくれたリュカさんからもらったものだ。
 占めて百五十G。
 まぁそんなに数もなかったし、こんなものだろう。

 Fランクが受注できる依頼で残っていたのは『薬草採集(百グラム十G)』『町の掃除(三丁目)』『家の修理』『ゴブリン討伐(十匹)』だけだった。
 低いランクの冒険者は大勢いるため、早い時間に来ないとめぼしいものは売り切れてしまうらしい。

 とりあえず鍛えることもかねて、一番稼げそうなゴブリンに決めた。
 期限は三日、報酬は三百Gと、ずいぶん緩いものだった。
 
「あと必要なものは、服か」

 ヨナの分と自分の分、最低でも二着ずつは欲しい。
 ヨナの下着とかはわからなかったからリュカさんに任せたが、なぜか服はお前が買えと言われてしまった。
 ちなみに今、下着は履いてません。ノーパン。フルちん。露出狂かよ。
 
「……えっと……」

 リュカさんにもらった地図を、同じくリュカさんにもらった巾着袋から取り出した。
 この巾着袋は魔法道具で、見た目の割に最大十キロまで物を突っ込めるという代物だ。
『結構高いんだから感謝しろよ~』と冗談めかして言っていたが、エーミールさんも小さくうなずいていたから、それなりのブツなんだろう。
 もらってばかりで、ホント申し訳ないな。

 というか、リュカさんはなんであんなに僕を気にかけてくれるのだろう。なんか裏があったり……って、いかんいかん。
 命の恩人疑うとか、さすがにダメだろ。
 
「ここか」

 地図で確認し、店へ向かった。

 

 服は四着で二千Gもしなかった。言われた通り安くてそれなりの服が買えてよかったと思う。

 僕はシャツに長ズボンというなんの面白味もない服を二着、ヨナにはワンピースを二着買った。
 色は白と薄桃色。選ぶのがめんどくさかったとかじゃなくて、ヨナは外に出ることが出来ないから、簡単に着れてしかもかわいいものを選んだつもりだ。 

 防具は高価なため、普通鍛冶屋に頼んで作ってもらうらしい。
 中古が流行らないのは武器とは違い、サイズがすごく重要だからだ。そうでなくとも防具は武器よりはるかに高い。高い金出して合わない防具を買っていくやつはいない。
 頼むには品質に応じた魔石や素材を持っていくことと、それなりの資金を用意する必要があるらしいので、とりあえずはあきらめた。

 とそんなことを考えながら歩いていると、森に着いた。
 森へ侵入して周りを見渡し、誰もいないことを確認する。

 地面に向かって手をかざした。

「出でよ、『ピクシー』『スカルナイト』『ベビードラゴン』」

 叫び声とともに魔方陣が現れ、三体の魔物――使い魔が姿を現した。
 中二病? 男はみんなそれを抱えて生きていくんだよ。 

 適当な場所に穴を掘らせ、岩で蓋をした。

「お前たち、森の中を適当に駆けまわって魔物を倒してきてくれ。魔石を奪ってくるのを忘れないように。ゴブリンは牙も採集してくること。持ちきれなくなったらここに来て、穴に入れるんだ。あとほかの冒険者には手を出すなよ? 見つけたら逃げろ。とりあえず五時間後にここへまた集合」

 こくこくとうなずきを返してくる使い魔たち。
 うんうん、かわいいやつらめ。骸骨でさえかわいく見える。……いや、それはないな。

 ゴブリンの牙を集めさせるのは、駆除したことを証明するためだ。ほかの素材は、その時々で集めればいい。

「じゃあ散会っ」

 一声命令すると、弾かれたように散っていく。
 あっ、でもベビーは……。

「ちょい待ちベビー」

 よたよた飛んでいく子供ドラゴンを引き留める。

「君はオークとは戦うなよ? 見つけたら逃げろ」
「くるるっ!」

 甲高い声で『らじゃですっ!!』と声を上げ(幻聴)、再び飛んで行った。

 あの子だけは心配だ。まぁ死ぬことはないんだけどな。


「さて、じゃあ僕も行くか」

 声に出すことで気持ちを引き締め、武器を取り出した。

 取り出したのは、包丁が少し大きくなったような短剣と木でできた杖。
 短剣はリュカさんが回収しておいてくれた盗賊の装備品で、杖はエーミールさんのおさがりだ。盗賊の装備は全部売ってお金したらしいが、筋力の弱い僕でも使えそうな物だけ残しておいてくれたらしい。
 
 杖を持っていると、魔法の威力が上がったり、魔力の回復が早まる。
 魔力は体力ともリンクしているため、魔力が減れば体力も減るし、逆もしかりとのこと。だから杖は結構重要なアイテムだ。
 
 基本的に僕は魔法使いとしてやっていこうと思う。召喚士とかそんな感じのやつ。

 一か月間鍛えたが、どうしてもこの世界の連中には筋力的にも骨格的にも勝てそうにない。
 だから接近戦は僕には無理だと判断した。
 その代りスキルはいくらでも解放できるから、魔法使いとしては十分大成できるだろう。
 せっかく異世界なんだ、僕だって少しくらいは名を上げてみたいと思う。

 けれどみんな(使い魔たち)に戦わせて、僕だけぼけっとしているつもりはない。オーク以外とは戦って、少しでも接近戦に慣れておこうと思う。
 全く接近戦ができない魔法使いでは、とても大成できるとは思えないしな。

 さて、行こうか。

 森へ一歩、足を踏み出した。




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