女顔の僕は異世界でがんばる
#1歪なつながり 5
「貴様何をやっている!?」
檻を出ると、早速看守に出迎えられた。右から三人、左から二人。
たぶんまだまだ増えるだろう。
「ピクシー。向こうの三人は任せた」
ピクシーがうなずくのを見て、僕は二人組の片方にスキルをかけた。
とたんに看守の目は死んだようにうつろになり、味方を攻撃し始める。
ほぼ同時に、背後で爆発音がした。
ピクシーがやったのだろう。
「いいぞっピクシー! こっちだ」
僕は取っ組み合う看守の隣をすり抜け先へ進む。
ほかの奴隷と違い、僕は訓練のためにこの建物内をよく歩き回っている。
道順も建物の構造も大体は理解していた。
今いるここは、地下だ。
一階はよくある洋館屋敷のようになっている。
おそらく公的な取引は上の階で行われ、盗賊などとの非合法な取引は地下で行われているのだろう。
階段までの道中、数人の看守とかち合ってしまったが、いずれもピクシーが雷を放ったり爆撃したりして瞬殺していた。
本当に死んでしまったかもしれないが、不思議と心は痛まない。
きっとどこかおかしくなってしまっているんだろうな、なんて思ったが、そんなのわかりきってたことだと割り切れてしまう自分がいる。
思ったほど看守の数が少ないのは、たぶんあの檻の中の連中も逃げ出しているから、そっちと分散されているんだろう。
ゴミなりに役に立つことはあるようだ。
ほら、道端の空き缶とかだって、野良犬の注意を逸らすくらいには使えるし、そんな感じ。
「こほっ……は……は……」
それよりも、ヨナの息が荒い。
すごく苦しそうだし、空咳にも嫌な雑音が混ざるようになっている。
「ヨナ、ぐらぐら揺れてごめん。もう少しだけ我慢できるか?」
「……」
問いかけと言うより、懇願だった。
返事をする元気もないのか言葉は返ってこないが、代わりに首がかすかに縦に動いた気がする。
よくない。
それはこの子を背負った時から感じていた。
持ち上げた時に、まるで手ごたえを感じなかったのだ。
この恐ろしく細い体の中には何も詰まってないのではないかと不安になるくらい、肉体の存在感を感じられない。
まるで発泡スチロールだ。
「はぁっ……は……」
首元にかかるかすかに湿った息は、荒れているにもかかわらずわずかな量しか空気を運んでいない。だらりとぶら下がった手足にはまるで力がこもっておらず、ただブラブラと揺れている。
もしかしたら、もう手遅れなんじゃないだろうか。
ふと考えて、ぞっとした。
余計なことを考えるな。今はただ、一刻も早くここから脱出することだけを考えろ。
道中何度言い聞かせたかわからない言葉を、再び繰り返した。
「待て貴様!!」
背後から何人かの足音が聞こえてきた。
こちらより足が速い。軽いとはいえ人ひとり背負っているのだから当然か。
しかし階段はすぐそこだ。このまま突っ切れる。
と思った矢先、
「こっちだ!!」
階段の上のほうから声がした。
「ピクシーッ!!」
その一声ですべてを理解したのか、ピクシーは加速して階段の上に消えた。
きっと彼女ならサクサクと片付けてくれるはず。
支障はない。
「ファイア!!」
後ろの一人が声を上げた。瞬間、空間の気温が上がるのを感じて、僕は直感した。
火魔法だ。
そして後ろを振り返る間もなく左へ移動する。
火の玉がすぐ横をかすめていったのは、それとほぼ同時だった。
玉は階段に直撃し、小さな爆発を起こす。
ピクシーの魔法に比べればまったく大したことは無いが、それでも当たればただでは済まないだろう。
二発目が来ることは容易に予測できた。
僕はともかく、ヨナが危険だ。
仮に避けつづけることが出来ても、これ以上派手な動きをすれば負担がかかってしまう。
仕方ない、『王の力』を使うか。
使命感とピクシー召喚による高揚感でなんとかもっていたが、疲労はすでに無視できないレベルになっている。
一日中訓練を受け、男どもと乱闘をし、『王の力』を連続発動した挙句にピクシーを召喚して、ここまで人一人担いで逃げてきたんだよな、僕。
考えた瞬間、どっと体が重くなった気がした。
『王の力』は負担が大きすぎるかもしれない。
ピクシーの召喚ほどではないが、それに準ずるほど体力を持ってかれる。
動けなくなったらおしまいだ。
ここは適当な魔物を召喚して、そいつに相手をさせた方がいいだろう。
スキル発動。
手早く適当な召喚魔法を取得して、後ろを向いて発動した。
「出でよ、<スカルナイト>」
魔方陣から現れたのは、片手剣と盾を装備した骸骨剣士だった。僕よりでかいし、強そうだ。
時間稼ぎくらいはできるだろう。
消費量は少ないが、案の定、体が鉛のように重くなるのを感じた。『王の力』を使っていたら、今頃動けなくなっていただろう。
「なっ! なんだこいつは!?」
「アンデットだ!! 厄介な」
背後で始まった戦闘を無視して、再び走り始めた。
階段の中腹あたりでピクシーと合流した。
彼女にしては時間がかかったなと思っていたら、階段の上には十人ほどの人間が倒れていた。
なるほど、これ全部を相手にしていたのか。
「さすがだな、ピクシー」
褒めると、ピクシーはうれしそうに胸を張った。
外へ出ると、あたりは真っ暗だった。
しかし満天の星空と月のおかげで、うっすらと地面が見える。
静かに大きな中庭を抜けると、目の前に信じられない光景が広がり、僕は愕然とした。
鬱蒼と生える木々の中へと道が続いていたのだ。
この屋敷は、森の中にあった。
「……うそ、だろ……」
思わず立ち止まり、つぶやいてしまう。気力が一気に奪われていくのを感じた。
高を括っていた、脱出すればすぐ街だろうと。
よく考えれば、非合法な取引もしているこの館が、街中に堂々とあるわけがないんだ。なぜ気づかなかったのだろう。
悔しさの後に襲ってきたのは、絶望だった。
この道がどれくらい続いているのかわからないが、体力のこともある。
一本道では、捕まるのは時間の問題と言えた。
あの大きな屋敷内に、警備があれだけとは考えられない。そろそろほかの奴隷が捕まって、僕の方に集中するはずだ。
足ががくがくと悲鳴を上げている――逃げ切れるわけ、ない。
「……て……さい……」
ヨナが、小さく何かつぶやいた。
「え?」
「こほ……置いて……」
がんばって伝えようとしてくれている言葉は、しかしうれしくないものだった。
この子、自分を置いて行けと言っているんだ。
冗談じゃない。
「そんなことはできないよ。君を助けるために無茶したんだから」
「だ……め……」
ヨナは残り少ない命を削って、懇願していた。
僕の命を救うために、自分を捨てろと……そして、そのことを心の底から望んでいるのだと伝わってきた。
あぁ、この子を失いたくない。
そう思ったとたん再び動ける気力がわいてきて、息を吸い込み暗い森へと歩を進めた。
「大丈夫。絶対に二人で助かろう」
そう言うと、ヨナの抵抗が消えた。
背後から、駆けてくるたくさんの足音が聞こえた。
しばらく歩いていたものの、まだ町は見えない。
走って逃げるのは無理だ。
それは分かりきっていた。
「ピクシー、頼めるか?」
さすがに疲れたような表情のピクシーを見て心苦しさを感じながらも頼むと、一も二もなく引き受けてくれた。
「ごめん、ありがとう」
彼女には頼ってばかりだ。
魔物相手なのに、かわいらしい女の子の姿だからか、申し訳なさを感じてしまう。
けどそんなことは言ってられない。
スカルナイトがやられたことはすぐにわかった。
伝わってくるのだ。
もっともやられたからと言って完全に消滅するわけではなく、また呼び出せば元通りということもわかっていたから、どうということはない。
問題は敵の強さだ。
スカルナイトだって弱くはないはず。消費量的にはピクシーの半分だったから、たぶんそれなりの力はある。
けれど、たった数人にやられてしまった。
いくらピクシーが強いと言っても、そろそろ限界だろう。
たぶんピクシーはやられてしまう。
もう残された手はない。
こんな足じゃ、逃げ切ることもできない。
とすれば、とれる方法はただ一つだった。
「ヨナ、がんばろう」
「……」
もう反応すらできないヨナに声をかけ、勇気を振り絞った。
そして先の見えない森の中へと、足を踏み入れた。
ピクシーがやられたのは、それから十分以上も経ってからだった。
おそらく、時間を稼ぐような戦い方をしてくれたんだろう。
言葉にしなくても、なんとなくやって欲しいことを感じ取ってくれるらしい。
道からはだいぶ離れた。
遠くの方で声がするものの、とりあえず見つかる心配はないだろう。
方向感覚もある。
たぶんまっすぐ館から離れるように進めばいいので、その方向を忘れないよう、細心の注意を払っていたのだ。
「ふぅ……」
適当な木の根元にゆっくりとヨナを寝かせ、腰を下ろした。
限界だった。
もう絶対に動けない。叶うことなら、このままヨナの隣で寝てしまいたいと思った。
しかし、森の奥なら奥で、別の不安がある。
魔物が出る可能性だ。
ピクシーがいればまだ見張りをしてもらうという手があったが、もう彼女はいない。
彼女を召喚する体力もなかった。
何か手を考えなければと思うけど、できることはほとんどない。
とりあえず何かしたかったので、唯一体力を消費しなくても使えるスキル『解放』を発動した。
「ん?」
結構項目が出てきた。
スカルナイトの召喚魔法も解放してしまったからもうほとんど解放できないと思っていたが、どういうことだろうか。
やっぱり命がけの戦闘とかは、鍛えるより多くのエネルギーを得られるのか。
いや、人もたくさん殺したんだ。
そのエネルギーが丸々、吸収されたに違いない。ありがたく使わせてもらおう。
「出でよ、<ベビー・ドラゴン>」
小さな魔方陣とともに出現したのは、大きなトカゲのような、ふくふくとした愛くるしい生物だった。
大きさは、大きめのネコと同じくらいだろうか。
暗くてよく見えないが、翼らしきものが背中から生えているので、ドラゴンと呼べなくもない。
「くるる……」
ベビーでもこちらの意思はしっかりと受け取っているらしく、鳴き声もかすかだ。
ひざの上によちよち這い上がってきて、体を摺り寄せてくる。
顎の下を撫でてやると、ごろごろと猫のように喉を鳴らしてきた。
あ、温かい……かわええ……。と、いけないいけない。
一瞬何もかも忘れ浸ってしまったが、とりあえず指示を出す。
「ヨナに寄り添って、温めてやってくれ。あと、周りに危険が迫ってきたら、僕に知らせること。わかったね?」
「くるっ!」
小さく、しかししゃきっとした声を上げ、よちよちとドラゴンは這っていった。
とりあえず大丈夫だと信じよう。
とにかく休憩しないとどのみち生き残れないのだから、信じる以外にない。
そう思い目を閉じると、あっという間におちていった。
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