ファンタジー異世界って・・・どういうことだっ!?

蒼凍 柊一

第2話 少女の事情

商業都市は3つの区で構成されている。
貴族や裕福な者が住む上級区。、それなりに収入を得ている者が住んでいる中級区。一般人や浮浪者、孤児などがいる下級区……ざっくり説明するとこのような住み分けをされている。
上級区にはいわゆる学校がある。13歳から入学でき、武術や魔術、果ては農耕の事まで幅広く学習できる学校…【イルガ学術院】だ。
生徒はやはり学費の面から貴族が主立っているが、一定以上の能力を持ち、在学中でも十分稼ぎを得られる生徒は大幅に学費を免除され、入学を許されている。


そんな学校の生徒の一人である彼女、エル・フロウライトは上級区の一角に住んでいた。


フロウライト家と言えば【商業都市イルガ】の大貴族だ。
フロウライト家は今年の市長であるゲイル・ヴァリオンのヴァリオン家と対をなす貴族とされる。
【商業都市イルガ】の市長は5年で交代制となっており、ゲイルは今年で5年目、最後の年だ。
今年の最後に貴族の間で投票会が開かれ、再び市長が選出される。
ゲイルの評判は3年目にして急降下し始めた。騎士団の不正行為などが次々と発覚したのだ。そして彼を支持するものはほとんど現在はいなくなってしまったのだ。
対してエルの父であり現在フロウライトの家長である、ガイゼル・フロウライトは次期の当選を狙っている野心あふれる男だ。文武両道で、民衆からの支持も厚く、貴族からも一目置かれている存在だった。


——————―


「ふわぁ~あ…今日もいい天気ですの…」


少女…エルは窓から差し込む光をみて、独り言をつぶやく。


コンコンコン…とノックする音が聞こえた。


「どうぞ。」


エルが返事をすると、20代中盤くらいの女性…メイドが入ってきた。


「お嬢様、おはようございます。朝食の準備ができております。すぐにお召し上がりになられますか?」


窓を開け放ちながら、少女に尋ねるメイド。


「えぇと…そうですわね…すぐ支度をしますの。」


「それでは、今日はどのお召し物になされますか?」


悩みながらも動きやすい恰好を選ぶエル。


「これにしますの。」


いつもの調子で服を着て、朝食に向かうエル。
朝食を食べながら、メイドの報告を聞く。


「本日はガイゼル様より伝言を預かっております。」


「何ですの?」


いつもだったら簡単な一日の予定を話すのだが、先に伝言と来たのだ。しかも家長であるガイゼルから。


「『ヴァリオン家に不穏な動きがみられるので、注意すること』とのことでした。」


「なにかあったんですの?」


「いえ、そこまではわたくしの耳には入っておりません。上級区内であればいくらヴァリオン家とはいえ、凶行には及ばないでしょう…ですが、本日は学院以外への外出は控えるように、とのことです。」


その後は淡々と報告するメイド。
聞き終わったエルは学院へ向かう。


普段であれば馬車を使うのだが、今日に限って馬車が壊れていたのだ。
学院までは歩いてすぐの距離なので、天気もいいことも合わさってエルは歩くことを選択した。


「お供いたします。」


学院までついて来ようとするメイド。


「いえ、一人で大丈夫ですの。」


朝の件を気にしているようだったので、上質なマントを受け取った。
顔を隠せばエルだと気付かれないだろうというメイドの配慮からだった。


そのメイドを適当にあしらい、マントを受け取り、門の前まで来たエル。


(こんないい天気の日は一人で歩くに限りますの…)


エルの屋敷を出て、数分歩くとそれは起きた。


「エル様、ですね?」


道のわきから急に目の前に現れた一人の大柄な男。
いい気分を台無しにされたので、エルは少し怒る。


「なんの用ですの?あなたも殿方ならまず自分から名乗りを上げなさっ、むぐぐ!」


急に後ろから伸びてきた手がエルの口に布をあてる。
その布には催眠作用が入っていたようで気が遠くなるエル。


(こいつら…まさかゲイルの手の者です…の?)


男の右腕にある紋章がヴァリオン家のものだと気付いたが、エルの意識はそこで途絶えてしまった。






————————




そこは粗末な小屋だった。
男3人がエルの入っている袋を床に置く。


「おい、コイツを捕えたんだ。すぐゲイル様に渡すべきだったんじゃないか?」


「冗談じゃない!ここまで危ない橋を渡ったんだ!ちょっとくらい報酬があってもいいじゃねぇか…なぁ?」


「え?お前そういう趣味だったのかよ…?さすがに俺はガキは勘弁だな。」


引き気味に言う男。
その後は下品な談義が繰り返される。
そのあまりの優雅さからかけ離れた会話に吐き気を催すエル。


「なあ、そろっと薬の効果が切れるんじゃないか?」


一人の男の声が聞こえたとき、エルの視界が開けた。
エルの腕は縛られ、足も縛られている。
逃げようともがくが、逃げられない。


(こいつら、なんですの!?)


混乱するエル。


(呪文が、使えない!?……【口縛り】!?)


そう、エルの得意な風魔術が詠唱できないのだ。
原因は【口縛り】というスキルだ。それを使われると一定時間、しゃべったり、詠唱できなくなってしまうのだ。
そんな様子を見て下品な笑いをする男たち。


「…こいつがエル・フロウライトか。結構な美人じゃねぇか…ガキのくせに胸もでかいし…なあ、やっぱり俺も混ぜてくれよ。」


一人の男がエルの全身を眺めてそんなことを言う。
あまりの気持ち悪さにエルの目に涙が浮かぶ。
そんなとき、小屋の扉が開け放たれる。


「おい!お前ら何をやってる!預かりものに傷をつけるのは許されんぞ!」


「ひぃっ!?り、リーダー!す、すみません!こいつがあんまりにも騒ぐもんで…」


「俺たちへの依頼者がこいつをご所望なんだ。傷をつけてみろ!俺がお前らの首をはねてやる!」


リーダーと呼ばれた男が憤慨している。
依頼者がいるらしいということはわかったエル。


「す、すいやせん。で、コイツをどこまで運びます…?」


「ふん…奴隷市場の地下だ。そこの牢に入れ、首輪をつけるんだ!わかったらさっさとしろ!」


命令するリーダー。男たちは次々に騎士団の甲冑を纏っていく。


(こいつら…!?やっぱりゲイルの私兵ですの……奴隷市場…わたくし、奴隷にされるんですの…?)


じわじわと恐怖がわいてくるエル。内心は泣きそうだが、そうも言ってられない。


男たちがエルに近づいてくる。


「さあ、お嬢ちゃん。もう少し、眠っててくれよ…?」


再び口に布をあてられるエル。


(まだ…詠唱できませんの……ここまで…ですの…?)


抵抗むなしく、エルは再び意識を失った。




————————————


エルが次に目覚めたのはまたしても袋の中だった。


(ここは…どこですの…?朝なのか、昼なのか、夜なのか…わかりませんの…)


もはや時間間隔も狂ったエル。
ひそひそと声が聞こえてきた。


「なぁ、そろっと【口縛り】が切れるんじゃないか?」


「ばかっ…そういうことを言うなよ。今起きてたらどうすんだ?まぁ、すぐそこが奴隷市場だし、再使用するのも体力の無駄だ。さっさと運んじまおう。」


一人の男がそういったのが聞こえた。
瞬時に小声で詠唱するエル。


「荒ぶる風よ…我を戒めから解き放ちたまえ…」


たっぷりと自身の魔力を詠唱に注ぎ込む。
袋を担ぐ男は魔力の気配を感じ、あわてて袋を投げる。


「コイツ!魔術を使いやがった!」


気付いた時にはもう遅い。
瞬時に切り裂かれる袋。
同時に腕や足を縛っていた縄も切り裂かれる。
放り投げられた衝撃で、数メートル転がるエル。
瞬時に立ち上がり、一心不乱に駆け出す。


「逃げたぞ!!追え!逃がすな!!」


後ろから声が聞こえる。
必死で逃げるエル。何度か転びそうになるが、気合いで踏み止まり、また走り出す。


数分はそうしただろうか。
全力で走ったエルは路地裏に来ていた。


(ここまで、来れば、追ってこない…ですの…。)


「おい、こっちに小娘の魔力の気配がするぞ!回り込め!」


思ったよりも近くから声が聞こえ、動揺するエル。


(なんでですの!?魔力反応を感知できるのは高位の術者のみのはず…!?高位の魔術師があのパーティーに居たとでも!?)


そう、通常であれば微弱な魔力反応を感知できるのは相当に熟練した魔術士だけなのだ。
熟練した魔術師はその魔術に卓越した能力で一生稼いでいける。
そんな人物が子悪党まがいの方法で人攫いなどするはずがないのだ。


(何がなんだかわかりませんが…今は逃げますの!)


再び走り出すエル。途中で何度も騎士に捕まりそうになるが、魔術を使い、巧みに逃げる。


「はぁ、はァ…もう、魔力が…」


魔力が尽きかけたそんなとき、路地を曲がったところに何かにぶつかる。


それが、エルとアレンの最初の出会いだった。







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