底辺騎士と神奏歌姫の交響曲

蒼凍 柊一

想い、だせない

 ――…て


 声が、聞こえる。
 だが、身体が怠くて、起きられない。


 ―――――きて…。


 儚くて、切なくて…そんな声が、耳を震わせるが、どうしても起きることができない。
 だが、心のどこかで、起きられる、とも思っている。


 ――起きて…セツナ…!


 ゆっくりと目を開けると…そこには…カノンの顔が。


「うぉわっ!?…痛てて…!」
「そんなに急に大声を出すからですよ…セツナくん」
「教官…?」


 上体をゆっくりと起こし、自分の身体を見る。
 外傷はゼロ…まったくと言っていいほど外傷はゼロだった。
 だが、腹部に痛みを感じるのも事実。そう思って腹のあたりをさすってみると…


「服に穴が…開いてるんですけど…?」
「そこから覚えてないのか……」


 はぁ、とリリアは溜息を吐いた。
 セツナは状況がよく飲み込めない。


「…?ああ、そういえば俺…カイトに刺されたんだっけ…?」


 その時、セツナの脳裏に記憶が蘇る。
 腹部に受けた傷。
 教官に吹き飛ばされたカイト。
 剣を向けられるカノン。


「―――――ぐぅっ」


 そこまで思い出して、頭を抱えるセツナ。
 猛烈な頭痛が襲ってきたのだ。
 リリアはその様子を見て、目を顰めた。


「逃げるな。向き合え…己の内にいる者と」
「意味が…分かりませんっ!!」


 セツナは頭を抱えながらリリアを見る。


「貴様は私と戦ったんだ…そして、貴様は勝った…」
「なにをバカなことを…!?」
「セツナ…私も、あんまり覚えてないけど…【契約の言葉ラストリア】…セツナからきちんともらったよ…?」
「え……俺が!?」


 困惑する。
 まったく意味が分からない。


「…俺がカノンに【契約の言葉ラストリア】を…?」
「うん…どういう言葉だったかは……思い出せないけど…」


 二人の様子を見ていたリリアはくるりと踵を返す。
 そして、セツナに背を向けながら淡々と話し出した。


「さて…今日した個人授業プライベートレッスンで、かなりの事がわかったんですよ…セツナくん」
「え…?」


 未だ、リリアはセツナに背を向けている。


「…私と戦ったセツナくんは、あなたじゃない…。別のあなたです」
「別の…俺!?一体どういう事ですか!?というか、そんなのありえないっ」
「では昨晩の記憶は?先ほど、私と戦った記憶は?…カノンちゃんを使役し、剣を取り出したのは…誰だというのです?」


 その時、リリアは一つの映像水晶を放り投げる。
 それはちょうどセツナの頭の上に落ちた。


「痛て!!」


 鈍い音と共に、転がり、掌の中へ。


「これ…は!?」


 そこにはセツナ・・・がいた。
 【契約の言葉ラストリア】を紡いだ後なのだろう。カノンの姿が変化し、ちょうど剣を取り出した瞬間の映像がそこには映っていた。


「…俺…!?」
「…そう、それも、君なんですよ…セツナくん」
「そんな…なんで…」


 セツナは頭を抱える。
 自分の中にもう一人の自分がいる、などと言われても到底納得できるものではないが…目の前に物的証拠がある。
 信じるしか、無かった。


「これは推測ですが…貴方の中には【底辺騎士できそこない】と呼ばれている貴方と、私と相対したあなた…二人の人格が存在するのでしょう…それも、記憶が断絶するほど強い人格が」
「…」


 セツナは黙りこくる。
 どうすればいいのか、分からない。


「カノンちゃんと言葉をかわし、力を借りたのはもう一人のあなた…。今のあなたではありません」
「…っ!!それは…今の俺はまだ、騎士になれていない…ってことですかっ!?」
「残念ですが…そういうことですね…」


 衝撃が走った。
 まさしく、自分と言う存在が分たれている、と断言されたのだ。
 そして、騎士ですらない…「今」の自分。
 隣に居るカノンも、もう一人の「今」の自分ではない自分を見ている…とセツナは思い至った。


「教官…教官と戦った俺と、今の俺…どうやったら一つになれますか…!?俺は騎士以外に生きる道をしらない!俺が、俺である為には、騎士である必要があるんです!!」
「どうしたというのです…?」


 急に取り乱した様子のセツナを見て、リリアが驚きに目を丸くする。


「俺は、騎士でなきゃいけないんです!…紛れもなく、「今」の俺が騎士でなきゃ…いけないんです!どうすれば、どうすればいいですかっ!?」


 その必死さはまさに異常と呼んでもおかしくないほどのモノだった。
 自分が、神姫を使える騎士であること。
 そうでなければいけないのだ。


 ―カノンと契約していいのは、俺だけだ…!


 という独占欲を、無意識にひた隠しにして、セツナは自分が騎士であることに執着する。


「騎士になる…方法が無いことも、ありません。理論上は…ですが」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ええ…セツナくん。もう一人のあなたはカノンちゃんを使役していました…。一番可能性があるとすれば…やはり彼女でしょう…あなたは、もうひとりのあなたの言葉ではない【契約の言葉ラストリア】を見つけられれば…「今」のあなたも騎士になれるでしょう」
「…もう一人の俺じゃない…俺の言葉…」
「そうです。…二人を一人にするには、私には知識と経験が圧倒的に足りません…こんな状況になったことは、生まれて初めてですからね…ただ、一番可能性が高いのは、その線であることに間違いはないでしょう」


 セツナは頭を抱える。
 力ある言葉。【契約の言葉ラストリア】。
 それは、同じ人間が二人として居ないのと同じように【契約の言葉ラストリア】もまた、同じ言葉は存在しないとセツナは教えられてきた。
 だがそれは二重人格のような自分にも適用されるのだろうか?セツナは自問自答する。
 答えは、返ってこない。


「人それぞれ、姫と騎士の関係は違います…。なので、私が助言できるとしたら…ここまでです。どうかセツナくん…貴方は、あなたらしさを失わないように…」
「わかり…ました」
「それともう一つ…セツナくん。今のカノンちゃんは、きっと剣を取り出されたカノンちゃんとも別人だと思います…カノンちゃんもまた…神姫としての面が二面あるように思えました…記憶を失っているのがその証拠です…。二人の前途に、祝福あれ」


 カノンはうすうす気が付いていたのでなんとも思わなかったが、セツナは微妙そうな顔をした。
 反応に困っているのだ。


「…それでは私はもう行きます。セツナ君…思い出さなくてもいいんですよ…想いを、出すだけで良いんです」


 カツカツと靴を鳴らして、リリアは訓練場を後にした。

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