底辺騎士と神奏歌姫の交響曲

蒼凍 柊一

序曲

 【王都フェムリナント】。
 フェムリナント国最大の都市。多くの人々が行き交うこの国の中心部だ。
 都市の中心部には大きな川が流れており、都市は東西に分かれている。王城は東側にあり、山を背にして立っている白亜の城だ。
 なぜ街の中心を川が流れているかと言うと、太古の時代、この大きな川を基盤にして発展したという背景からこのようなつくりになっている。
 そして街の外周部には城壁がある。街をすっぽりと囲んでいる巨大な城壁だ。
 当たり前の話だが、外には魔物も悪魔もいて危険なのだ。だから城壁がある。しかしこれで魔物の侵入が防げるか、というと答えは否だ。ではどうやってこの国は外敵から身を守っているのだろうか?…その答えは、【騎士】と【姫】という存在である。


 騎士というのが神姫使い、姫というのが神姫というものだ。
 神姫使いは【契約の言葉ラストリア】という言葉を唱え、神姫と契約する。そして神姫の力を借りるのだ。その力は様々で…武装に変化する者、大きな魔力を神姫使いに与える者、超能力と呼ばれる、魔力を使わない強力な術を授ける者…多種多様である。
 ではその神姫とは何かというと…端的に言うと神姫使いの【力】である。存在としての姿かたちは男や女、犬や猫と言った哺乳類…ワニやトカゲと言った爬虫類…と様々な姿をしている。そして一つの共通点として…騎士と契約をすると人語を話せるようになる、ということだ。だが神姫はもともと知性がある生き物なので、人語を最初から話せる者も多数存在している。ちなみに、生殖器の有無は姿かたちによる。人の形をしていて生殖器があれば神姫使い、一般人とも子をなすことができるのだ。その場合の子は、神姫か神姫使いか一般人か…すべての可能性がありうるとされている。
 そしてなにより、一番の特徴は神姫使いと契約しなければ、内に秘めている【力】を使えないという点だ。
 つまり、神姫と神姫使いはペアになって初めて、その力を行使できる。
 使い勝手が悪いように見えるだろう。だが、この神姫使いと神姫の力は常人が手に入れることのできる力のどれよりも強力で、そんな力を神姫使いは個体差はあれども使うことができるのだ。
 ノーリスクで、瞬時に発現できる最強の戦力。
 それが神姫使いと、神姫なのだ。


 そんな神姫と神姫使い達はこの国に限らず、世界中に存在している。だがどの国でも同じような役割…ある種の軍事力としての役割があるのだ。
 神姫使い、神姫が強ければ強いほどその国は力があることになる位の影響力を持っている。
 なのでほとんどの国では神姫使い達の育成に力を注いでいた。
 この都市の西側にある【聖クラウディア姫騎士学院】もその一つ。
 神姫は生まれ持っての【力】であるが、神姫使いはそうではない。ある一定の年齢に達するまでに覚醒できなければ、神姫使いにはなれないのだ。
 素質があるものは生まれて十年くらいで覚醒し、神姫使いになる。そして姫騎士学院小等部に入学するのだ。才能があって、まだ覚醒していないものも、16歳まで学院に所属できる。
 神姫も希望があれば神姫使いと共に学ぶことができる制度もある。


 そんな聖クラウディアが姫騎士学院の教室…15歳からの高等部のクラスにいる、とある男。
 セツナ・ヴェルシェント。男の名前はそう言った。
 座学の成績はトップだが、神姫使いとしての実戦経験は皆無。なにより神姫使いとして覚醒していないこの男から、この物語は始まる。


―――――


「今日は神姫使いの歴史について学ぶ。それでは教科書を開いて―――」


 教壇に立つ教師が今日も教科書を音読する。
 何回と聞いたことのある昔話だ。
 セツナはこれを神姫使いの歴史とするのはなにか違う気もするがと思いながらも、退屈な教官の話に耳を傾けた。
 内容はこのようなものだった。


~~~~~


 神々の頂点である最高神は伴侶である二柱の神と共に世界を創造した。
 次に、自身の力の一部を分割し一人の【神姫】を創造した。
 最高神の力を受け継いだ…【神姫】は、その強力さ故に、最高神自身の手で独りでは能力を使えないようにされた。その過程で最高神はしばらく神姫の世話にかかりきりになってしまい、伴侶の二柱の神に構えなくなってしまう。当然、二柱の神は最高神を奪った神姫を疎ましく思った。
 二柱の神は最高神のスキをついて【神姫】を捕らえた。最高神がかかりきりにならなくても、他のものに神姫の世話をさせればいいと考えたからだ。
 結果【契約の言葉ラストリア】によって【神姫】の内にある力は制御できることを女神たちは知った。
 だが、それは神である二柱には扱えぬモノだった。
 二柱は話し合い、考え抜いた末、世界に居る【人間】の一部分の者達に【神姫使い】とよばれる力を与えた。
 【神姫】の力を制御しそれを監視する役を、人間にさせようという魂胆だった。
 その行いに最高神は怒りに震え、二柱の女神を叱った。
 最高神の寵愛はもうないのだと知った女神たちは【神姫】に対して怒り狂った。


 神姫をバラバラにしてしまったのだ。


 バラバラになった【神姫】の力は世界の地上に降り注ぎ、人や動物…植物にも影響を与えた。
 その力を浴びたモノは例外なく、元の【神姫】の力の一端を授かった。【神姫使い】となっていた多数の人は、【神姫】の力を授かったモノたちを【契約の言葉ラストリア】によって使役し、戦争の道具とした。


 その力を使って争い合う人と人。神姫使いと神姫使い。


 世界が破滅に向かうのは時間の問題だった。それを嘆いた最高神は【冥界の神】を呼び寄せ、知恵を借りた。
 【冥界の神】は言う。
 悪魔を造りだし、それに世界を襲わせる。人々は戦争どころではなくなり、自分自身を守るために【神姫】と【神姫使い】の能力を使うようになるだろう。と。
 最高神はそれに深く同意し、その通りにした。目論み通り、世界は冥界の神の言うとおりに進むが…思わぬ事態が発生する。
 【魔王】が誕生したのだ。
 神姫使いたちの力を超える魔王の力は世界を蹂躙した。それに憤慨した最高神は、【冥界の神】を永久に冥界に追放してしまった。
 最高神は二柱の伴侶の女神を呼び寄せ、話をした。
 改心していた二柱は最高神に助言する。
 【勇者】を作り出し、魔王を討伐してもらう為の道具となってもらうのです。と。
 その助言から最高神は圧倒的な力を持つ勇者…一人の【神姫使い】を創造したのだ。
 そしてさらに最高神は自身の力を分割し、9人の大いなる力を持った神姫…【神奏歌姫エリュシオン・ディーヴァ】を創造した。


~~~~~


「こうして、魔王は勇者と9人の【神奏歌姫エリュシオン・ディーヴァ】によって倒されたのです」


 三文小説もいいところな展開をしている物語だ。どこかの三流の作家が作ったものだろうか。
 セツナは教科書を閉じ、退屈になり再びあくびをする。
 すり鉢状になった教室…後ろに行くほど壇が高くなっていくのだが、その一番下の中央にいる教官はめざとくあくびをしたセツナを見つけ、指をさした。


「さて、ここで問題です。我々は神姫使いのことを【騎士】と呼んでいますが、【神姫】の事をなんと呼んで居ますか?セツナ君。答えなさい」


 教官は答えるように促してきた。
 これは簡単な問題である。
 昔から神姫使いでない者達は、神姫使い達を騎士と呼び神姫を姫と呼ぶ。
 物語の騎士と姫のようだと誰かが言ったのが始まりとか。
 退屈な授業に陰鬱になりながらもセツナは淡々と答えた。


「一般的に【姫】、と神姫達は呼ばれています」
「そのとおり。正解です。さて…魔王は倒された訳ですが、まだこの世界には魔物や悪魔が蔓延っています。定説によると王となる者が倒れ、人々が協力し合うようになった為、勇者は姿を消したと言われています…。それで、我々神姫使いが、悪魔や魔物を日々倒しているわけです。ですが、天から降ってきた訳のわからない力をそのまま不用意に使ってはならない、という話し合いが人間たちの間で行われた末…神姫使いの研究が始まったとされています。その結果、神姫使いの才能があるものは16才まで…15才の内に神姫使いとして覚醒しなければいくら才能があっても神姫使いにはなれない、という事がわかり……」


 教室に教官の声が響くが、無情にも鐘の音が鳴り響く。
 授業終了の鐘だ。


「…っと、もうこんな時間ですか。残りの文章は各自読んでおくように。歴史を知ることも良い神姫使いになる為に必要なことですからね」


 教官の声に教室の生徒たちが礼儀正しく返事をした。
 そして教官が教室を出ると、教室はざわざわと騒がしくなった。
 退屈な歴史の授業が終わったからだろう。いままで黙って聞いていた分だけ、反動で話したくなるのは分かるが…。


「今日これからどうする?」
「俺はコイツと連携の訓練するけど…おーい、セツナ!見学位はさせてやるぞ!?お前、今日で【底辺騎士できそこない】になるかならないか掛かってんだろ~?」


 底辺騎士、とは15歳をすぎても神姫使いとして覚醒できなかった者への呼び名である。
 騎士の学院に所属しながらにして、騎士ではない。
 そんな者のことをそう呼ぶのだ。


「いや、今日は独りでやってみたいことがあるから…気持ちだけ受け取っとくよ。ありがとう」
「そっか。分かった!じゃあ…みんな行こうぜ」


 声を掛けてきたクラスメイトが無意識に馬鹿にしているようにしか聞こえないので、やんわりと断りを入れるとあっさり声を掛けてきたクラスメイトの一群が教室を出て行った。


「なんで俺だけ覚醒できないんだ…」


 そう、まだセツナは覚醒できていないのだ。
 今日の零時を持って、セツナは16才になる。
 それまでに何とか神姫使いとして覚醒しなければ…本当に底辺騎士になってしまうのだ。それだけは避けたい。
 周りの視線を痛いように感じる。
 どれもが憐みの視線なのが丸わかりだ。途端に居心地が悪くなったセツナは足早に居室を出た。


 ――ヒーローになりたい。名誉も、金もいらない。俺はただ、ヒーローになりたいだけなんだ。


 誰かを助ける英雄…そういう者にセツナは憧れていた。
 神姫使いとして神姫と契約し、困っている人たちを助ける…それが唯一の願い。
 だが、望み未だ叶わず。
 騎士となるには…覚醒し自分の【契約の言葉ラストリア】を生み出さなければならない。
 この【契約の言葉ラストリア】というのが厄介者で、神姫が受け入れてくれるかどうかは運次第。しかも完全に同調してくれた神姫でないと専属の神姫契約は結べない。
 …ようするに、姫に騎士がプロポーズして、受け入れてくれるか否かなのだ。


「…はぁ…プロポーズしようにも、【契約の言葉ラストリア】が浮かばない…」


 セツナは自分の【契約の言葉ラストリア】を頭の中で探しながら…学院の屋上へと向かった。

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