運命のdi end

蒼凍 柊一

運命のdi end



 祖父が亡くなったのは一年前のことだ。
 やさしい祖父だった。
 しかし、祖父、と言うのは正式に言えば違うのだろう。
 なにせ俺は孤児だったのだから。
 だが、祖父は言ったんだ。俺に。


「お前は俺の孫だ」って。


 出逢った第一声にそれを言われたときに俺は思ったね。


「ああ、なんかイカれた爺さんに拾われたな」ってな。


 だが、その認識はすぐさま変わった。
 最低限の生活が、最高のものに変わったんだ。
 正確には、集団生活のあの牢獄のような生活から、一つ家を買い与えられて、莫大な金を与えられてそこで独り暮らし――しかも学校まで通えたんだから。


 それもあり、俺はもうあの人を祖父と認識した。


 血のつながりがなくたって、俺にとってあの人は命の恩人だから。


 祖父の死は突然だった。
 死、というのは突然訪れる物だが、あれほど唐突で、周囲の記憶に刻み込んだ死は、俺は初めてみた。


 その死の経緯を端的に説明しよう。


 まず、俺の祖父は82歳で他界した。
 人間の平均寿命だな。だが、その平均的な寿命に比べ、俺の祖父が歩んできた道は、とてつもなく――平均的ではなかったんだ。
 祖父の人生が平凡を大きく逸脱したのは、祖父が60を超えたあたりからだ。


 それくらいから小説を書き始めたんだ。
 どんな小説かはしらないが、なにせ、その小説が大当たりした。
 なんとかとかいう賞を受賞し、映画にもなったとか。


 そして、それで得た金をもとに起業。いまやなくてはならない大会社『マイルズ』を作り上げた。
 マイルズは日用品から電気用品、はたまた食料品など、様々な分野で急成長を遂げた、時代の先駆けともいうべき会社だ。
 当然、祖父は社長として日本のみならず、世界中を飛び回った。
 その途中で孤児なんかも引き取ったりしたらしい。


 俺もその内の一人だ。


 日本の政財界までも席巻する力を持った祖父は、もうやりたい放題だ。
 オリンピックの開催地を地元の新潟にしたり、百人近く居た引き取った孤児と夜通しのパーティーをしたり。


 なにせ、嵐のような人だった。


 だが、死んだ。


 祖父の82歳の誕生日――11月26日。
 きっかり24時00分。


 孤児だった俺の兄弟姉妹(同然の奴ら)達との馬鹿騒ぎの真っ最中。


 蝋燭の火を吹き消したその瞬間――


 祖父は死んだ。


 音もなく。声もなく。
 突然に呼吸を止め、瞳孔が開き、心臓の鼓動までもが一気に止まったんだ。
 そんな奇怪な死を遂げた俺の祖父。


 死んだ時は凄い騒ぎだった。
 やれ遺産分配はどうするだの、孤児共はどうするんだだの。


 祖父に身内はいないかと思っていたが、正式な孫たちは居たらしい。


 そいつらが祖父の遺産をほとんど掻っ攫ってしまった。
 そう、孤児たちには何も渡されなかったんだ。


 祖父の孫たちは俺たちを蔑んだような目で見ていて、まるで野垂れ死ねと言っているようだった。
 幸い、俺の兄弟姉妹の中にはもう自立してそれなりに稼いでいたやつも居たので、まだ働けないあいつらは働ける奴の庇護下に入った。


 俺はと言うと、兄弟姉妹の誰も受け入れなかった。


 酷いと思うだろう?


 だが、あの時の俺は祖父が遺してくれた俺名義の家や、家具とかが命より大切な宝物だったんだ。
 平凡な日常を送っていた俺は、なんとかそれを死守しようと頑張った。


 結果、中学を卒業し、高校生になった今、俺はこれまで通りの生活を続けられている訳だ。


 なぜ、こんな回想のようなものを始めたのかと言うと、理由がある。
 その祖父の遺品――らしきものが俺宛ての荷物で届いたからだ。


―――――


 『紘希へ』


 そう間違いなく祖父直筆の達筆な文字で書かれたその小包は、唐突に俺の17歳の誕生日の翌日の朝、枕元に置いてあった。


 なぜ、とか、不法侵入されたとかは考えなかった。


 ただ単純に開けよう、と思っただけだ。


 茶色い小包をびりびりに破いて開けると、中にはタイプライターと黄ばんだ紙一枚が入っていた。
 タイプライターは年代物だ。おそらく十九世紀末のものじゃないだろうか。
 アルファベットと数字が羅列しており、重厚な木と鉄でできている。
 黄ばんだ紙とは対照的で、まるで新品みたいに綺麗な状態だった。


「なんだこれ……」と俺は独り言をつぶやきながら、タイプライターを触る。


 とりあえず壊すと悪いので、ベッドの上から、自室の机の上にタイプライターを置いた。
 そして、もう一つの黄ばんだ紙へ俺は視線を移した。


 そこには、こう書いてあった。


『hatijuunisai no tanjoubi happi- end di end』


 ただ、それだけ。


 正確には最後の一文のそれくらいしか読み取れなかった。
 上の方にごちゃごちゃとアルファベットが並んでいるような気配はあるが、黒ずんでいて、もう解読は不可能だ。


「ローマ字? 八十二歳の誕生日 ハッピー エンド でぃ? ぢ? だい? えんど?」


 声に出して読んで、ようやく意味を掴めた。


 そこで確かに感じる違和感。
 82歳。ハッピーエンド。


 明らかに祖父を意味している言葉だ。


 だが、それ以上でも、それ以下でもない。


 俺は数分その紙をにらめっこしたが、それ以上の秘密が出てくるわけでもなかった。


 ――じりりりりり!
「うわあ!?」


 喧しく鳴り響いたベルの音に驚いた後、時間を見てさらに俺は驚いた。


「八時!? やっべぇ遅刻するっ!!」


 黄ばんだ紙を急いで机の上に丁寧に置いて、タイプライターを一撫でする。
 俺は着替えて、髪の毛を直して、歯を磨いて、朝飯を食べる暇はないので急いで家を出た。


 そうして俺は最後までそれに気付かなかった。


 知らない間にタイプライターが勝手に動いていることを。
 セットされているはずのない紙がセットされていたことを。


 誰も居なくなった部屋で、タイプライターはかしゃかしゃと静かに文字を打つ。


『kiryuu hiroki 4 gatu 28 niti sora kara onnnanoko ga otite kuru』


 ちりん、という金属的な音を境目にし、紙が一段ずれた。
 そして、タイプライターはまたしても動き始める。


『The story begins from here.』

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