雪月風花、ばーちゃるせかいを征く酔狂な青年

蒼凍 柊一

急激展開





 私は何が起こったのか全く理解できませんでした……。


 ただ分かったのはあの怪物の腕が一瞬にして切り落とされたこと。




「グギャアアアアアア!」




 肩からバッサリと切り裂かれた傷口をまだ無事な左手で抑えながら呻くゴブリン。


 侍さんはというと――変わらず、私の目の前に居ます。




「え? え!?」


「一撃という訳にはいかなそうであるな。まったく、タフな奴よ」




 侍さんはずっと私の目の前から動かなかったはずなのですが、ゴブリンの腕だけが飛んだように見えたのです。


 さっきと違うところは、明らかに血で濡れた刀の刃。


 この侍さん、恐ろしく強い人なのは間違いないでしょう。




「はぁ―――――」




 その瞬間、侍さんの姿が一瞬ぶれました。


 次の瞬間には、ごとり……と。鈍い音が部屋に響きます。




「燈火鮮血――まったく、雅なことではないか。松明の燈火の下に光る紅とはな。あの醜悪な姿からは想像できなかったぞ」




 そう、土に叩きつけられたのはゴブリンの頭。首だけ切り離されたゴブリンの身体は倒れ逝く前に蒼い粒子になって消えてしまいました。


 ――なんなんでしょう。この人は……。




「あ、貴方は……刹那さんは一体何者なんですか?」


「……ふむ。わたしが一体何者か。というと……むぅ。難しい質問をするのだな、ミカン殿は」


「ご、ごめんなさい。意味わかんないですよねっ」


「いや、良い。そう頭を下げてばかりでは疲れるであろう? 立ちたまえ。ミカン殿」


「は、はい!」




 この人、身長180位あるよね……かっこいいな。


 でもでも、彼女とか絶対いるよね。


 高望みはしないようにしないとっ。




「なんであろうか? ミカン殿。わたしの顔に何かついているか?」


「ご、ごめんなさい」




 絶対変な奴だと思われたぁ……。気付かないでまじまじ見ちゃってたとか口が裂けても言えないです……。




「むっ、なんだこの面妖な音と光は!?」




 刹那さんが驚くと同時に、私の方でも耳にレベルアップを告げる効果音が鳴っていました。


 周りに渦巻く私たちを包む光はきっと、元の居場所に戻る為の仕掛けかなにかでしょう。


 それにしても、これだけで驚くなんてなんだかびっくりです。


 さっきまではまるで鬼みたいに強かったのに、なんだかおかしいな。




「ふふっ。ははははっ」


「ミ、ミカン殿は何を笑っているのかっ、早くどうにかせねば――ええい、かくなる上はこうするしか」


「えっ、きゃ、きゃああっ」




 なんと、刹那さんは何を血迷ったのでしょう。


 私を――私を所謂……お、お姫様抱っこをして走り出したじゃあありませんか。




「出口はどこであ――」


「お、おろしてぇ……///」




 そんなこんなでもみ合う私たちでしたが、浮遊感に支配され、完全に全身が白い光につつみこまれました。


 その時、私の目の前を一行のゴシック体の文字が流れていきます。




 ――ログアウトが出来なくなりました――




 なぜか遠のく意識の中、最後に信じられないものを見てしまった気がして――。






―――――




 わたしがミカン殿を抱きかかえた数秒後には、視界が開け、最初の街『びぎんず』であったか。そこの広場のような場所に出ていた。


 まわりには人が数えきれぬ程おり、なぜか皆困惑したような表情をしておる。


 ミカンどのはきゅぅう、とか言いながら顔を紅くしておる――可愛い――が、見とれている場合ではない。


 周りの人々がなにやら異常なほど、怖さ、怒り……そういうものに支配されておるのでな。




「ミカン殿。なにやら面妖なことが起こっておるようだな」


「えっ、えっ?」




 このかなり広い広場の中心には噴水があり、人の数はざっと――一万人と言ったところか。


 全員が全員口々に呟いたり叫んだりしておるではないか。




「どうなってんだよこれ?」


「え? なにこれ強制転移でもされたとか?」


「せっかくダンジョン見つけたのに~~! 発売初日からバグってどういうことなのよ~!」




 どういうことなのであろうか。


 察するに皆意図しない形でここに連れてこられたという事であろうか。


 ――なにやら、嫌な予感がする。




「ミカン殿、わたしの後ろへ。何かが来るぞ」


「うえっ?」


「絶対にわたしの傍を離れてはならぬぞ」


「は、はい? どうしたんですか刹那さん……?」




 そうして、問題がはっきりしたのは何処からか聞こえてきた声。




「なんだこれ、ログアウトできねぇぞ?」


「何言ってんだ、メニュー開いて一番下にあるじゃねぇ――なんだ? おせねぇな」


「なによこれ、どうなってんの?」




 ろぐあうと、とはゲームをやめて、現実の世界に帰ることである。


 それが出来ぬとは。




「ミカン殿、ろぐあうとボタンは機能するか?」


「そ、それが……」




 青ざめた様子でこちらを見てくるミカン殿の表情は怯えきっていた。


 ろぐあうとボタンが機能していないのはあきらかである。


 そうして、事件がおこる。


 尋常ではない威圧感、このわたしでさえ冷や汗が止まらなくなるほどの殺意。それが一気に襲ってきたのだ。




『フハハハハハハ! 愚かな人間どもよ。貴様らは全て死に絶える! 死に絶えるのだあああああああああああああ!!』




 この世のものとは思えぬおぞましい声は、皆にとっての、悪夢の始まりであった。








―――――




『速報』




 コンプリート・ワールド・オンライン(以下CWO)でバグが発生しました。


 ログインしていた皆様はログアウトが出来なくなってしまいました。


 ここが、皆様の現実になったということですね。おめでとうございます。


 痛みも、暑さも、寒さも現実となんら変わりありませんので、死ぬほどの痛みを味わうと本当に死んでしまいますのでご注意を。


 また、この世界での耐力がゼロになった時点であちらの世界の身体は死にます。ですが逆に、あちらで身体が老いを迎えて死んでもこちらでは生きていられますのでご安心を。


 また、外部への連絡手段はありません。




 それでは、完全なるこの世界をお楽しみいただければと思います。




以上




―追伸―


 どうしても元の世界に帰りたい、と言う方はこの世界にいる魔王を倒して下さい。


 魔王を倒せば、帰れるかもしれません。




―――――






 速報が流れたのは、あのおぞましい声が過ぎ去ってから数秒後であった。






 こうしてわたしと桜殿、ミカン殿、ギルドの皆、その他のぷれいやー達を巻き込んだ大事件が、幕を開けた――。



コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品