生まれながらにして凶運の持ち主の俺はファンタジー異世界への転生ボーナスがガチャだった時の絶望感を忘れない。

蒼凍 柊一

フェイレンへの道程

 カイリ達はセントラルから迫っているであろう紅血騎士団の追手から逃れるため、時たま進路を変更しながら進んでいた。
 ここまでの道のりは本当に穏やかなものだった。魔物も出ることもなく、山賊の類や動物一匹見かけなかったからだ。
 小鳥のさえずりさえも聞こえない、静寂の道程であった。
 もっとも、そんなことに気付いたのはカイリだけであったが。
 他の兵士たちや、シオン、皇帝ルゼルノでさえ後ろを気にしていたのだから仕方がない。なにせ相手はセントラルを陥落させた紅血騎士団なのだから。
 もっともそんな緊張感が長く続けば当然兵士たちも疲弊してしまうのは必定だった。
 森の中を進み、フェイレンへはあと峠を一つ越えれば良いところまで進軍した時、ルゼルノが声を上げた。


「この先の久遠の峠を越えれば、フェイレンはもう目と鼻の先であるぞ! 皆の者も疲れたであろう、少しの間休息を取る!」
「はっ」


 ルゼルノが休息の号令を出した途端に座り込む兵士達。
 近くの岩に腰をかけるもの、小川の水を飲む者、様々だ。


「ふぅ、ふぅ」
「休んだらすぐに出発しなきゃなんねぇぞ……」
「だが、ここまで敵が襲撃してこなかったのは運が良かったよな」
「バカ、お前何のためにこんな大回りしたと思ってんだよ。みんなガレイアス将軍が考えて進路を決めてたからこそ紅血の野郎たちに襲撃されなくて済んだんだろうが」
「そ、そうか」


 そんな兵士たちのやり取りを横目で見ていたカイリは、兵士達とは少し離れた場所で休憩することにした。無論、シオンも連れ立っている。
 カイリは疲れてはいないが、知らない男たちに囲まれながら話すというのは何となく抵抗があったのだ。


「シオン、この先の久遠の峠ってのはどういう場所なんだ? ただのけもの道にしか俺には見えないんだけど」
「この先に久遠の峠は、選ばれた者しか通れぬ道があるという伝説がある峠なのじゃ」
「選ばれた者しか通れぬ道? なんかすっごく嫌な予感がするんだが……どういう伝説なんだ?」
「そうじゃのう……たしか……」


 シオンが語ったのは古い物語だ。
 セントラルができるもっと古い時代。ある国が外敵からの攻撃によって滅亡の危機に瀕していた時の事らしい。
 王家の血を引く最後の生き残りの王子が、なんとかその国から脱出に成功する。だが、その喜びは長くは続かなかった。外敵の追手が久遠の峠近くまで王子を追ってきたのだ。
 疲労困憊の王子の配下たちは激しく抵抗するが、外敵によりその命を絶たれてしまう。
 王子も殺されようとしたとき、奇跡が起こった。
 なんと久遠の峠の方向から、光を纏った剣を携えた一人の若者が現れたのだ。
 その若者は軍神の如き働きをみせた。剣技を繰り出せば敵の群れは一気に消滅し、声を上げれば敵は恐れ戦き逃げ出したという。
 そうして、若者は王子を救い、しかもその国をも救って見せたという。


「それがどうして選ばれた者しか通れない道っていう話になるんだ?」
「なんでも、その伝説の若者が死ぬ間際にこう残したらしいんじゃ……。【あの道を通りし、選ばれし者。我と同じく無限の力を手にする】と。以来そこは選ばれしものが通る神聖な場所として祀られていてな。そこが曲解されて、いつのまにか選ばれし者しか通れぬ道――として定着してしまったというわけじゃ」
「へぇ~……すごいなぁ、シオンは。どうしてシオンはそんなことまで知ってるんだ?」
「わ、わっちはその、ほら、部屋に籠って読書をしておる方が好きだったからの。書物にそう書いてあったんじゃ」


 シオンは褒められて上機嫌のようだ。ふふん、と自慢げに胸を張っている。


「そんなすごい道だなんて知らなかったな。俺たちにぴったりじゃないか……みんなが陛下を助ける選ばれし者達だよ」
「ふふっ、そうじゃな……!」


 カイリとシオンはそう言いながら笑い合う。
 少し離れた場所で兵士たちがごそごそと動き出した。
 そろそろ出発の時間らしいので、カイリとシオンも隊列へと戻る。


「うむ、皆それでは行くぞ! フェイレン家の領地、フェレスへと!」
『オォォォーー!』


 大きく声を上げ、一行は久遠の峠を上る。
 ごつごつとした岩場や、そんなに広くない道をひたすら歩く。
 そしてようやく峠の頂まで来た時――一行は目を疑った。




「なんということだ……フェレスが――燃えている」




 城壁に囲まれた大きな街フェレスはもう見る影もなく、地獄の業火に包まれていたのだ。


 空を飛んでいるのは大型のドラゴン。ワイバーンではなく、もっと禍々しい漆黒のドラゴンだ。
 地上を制しているのは成人の男性ほどもある棍棒を持った巨人たち――トロルだ。
 山ほどの巨大な身体が蠢くのが遠目にもわかるほどだ。
 ところどころに紅血騎士団の旗が見える。


 そう――フェレスは既に、紅血騎士団が率いる魔物達に落とされていたのだ。

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